東芝のdynabookは、早くから国内外の薄型ノートPC市場をリードしてきた、言わずと知れた存在だ。そんなdynabookの最新ラインアップ「dynabook R631」は、インテルが提唱するUltrabookプラットフォームを踏襲しつつ、同社が培ってきた薄型・軽量化やWiMAX搭載などの技術・ノウハウを結集したものとなっている。今回は、東芝の開発陣ならびにインテルに取材を行うことで、R631誕生の裏側とその魅力に迫ってみたい。
Ultrabookはインテルが提唱する新しいコンピューティング・プラットフォームで、そのコンセプトは「PCを再定義するもの」とも言われている。すでに国内外各社がUltrabookカテゴリの製品の出荷を開始しているが、国内ベンダーでは、東芝が満を持して送り出すのが、「dynabook R631」だ。
WiMAXを内蔵し、13.3型液晶で重量約1.12kgは、各社のUltrabook現行モデルの中で最軽量となる。まさに、日本の意地、東芝の底力を見せた格好だ。指紋認証用センサーを内蔵するなど、ノートPCの使い勝手に徹底的にこだわる同社の姿勢が見て取れる。
本体仕様としては、第2世代インテル® Core™ i5-2467M プロセッサー(クロック周波数1.60GHz)、メインメモリ4GB、SSD 128GB、DVDスーパーマルチドライブ、13.3型ワイド液晶 1,366×768) 。バッテリー駆動時間は約9.0時間と、外に持ち出して使うPCとして申し分ない。Webカメラや指紋センサーを標準搭載している点もポイントが高い。まさにオールインワンなスペックを、これだけの薄型軽量に詰め込んでしまった。
Ultrabookの登場により、ノートPCが持ち出される機会はいっそう増えるにちがいない。そして、持ち運ばれるのみならず、フィールドで実際に使われる機会も増えるはずだ。そんなPCに求められるのは、いったいどのような要素なのか。Ultrabookというプラットフォームは、どのようにあるべきなのか。dynabook R631には、それに対する東芝からの回答が凝縮されている。
そもそもUltrabookには、どのような要件が求められるのか。「厚みが21mm以下。具体的にはそれだけです。それに伴っていろんな要素が決まってきます」。インテル株式会社技術本部長、土岐英秋氏はあっさりと言ってのけた。
「制限をいろいろつけるとエンドユーザーに対するバリエーションを絞り込むことになってしまいます。それは避けたいと考えました。豊富なバリエーションの中で、いい技術の提案があればぜひとも実現すべきだし、それによってユーザーにユーセージを発見してもらおうというのがUltrabookなんです。インテルとしては、ハードウェアだけですべてが解決するとは思っていません。だからこそ、進化を重ねていきながら、Ultrabookの使い方を、エンドユーザーといっしょに考えていきたいと思っています」(同氏)。
実にシンプルだ。だからこそ東芝はdynabook R631の開発にあたって、「薄いノートPC」以上のことを実現するため、さまざまなことを考え、実践し、それをカタチにしてわれわれに提示した。さあ、これはUltrabookですが、実はdynabookです、と。
彼らはいったい何を考え、何を意図して、ここに立ち位置を求めたのか。今回は、dynabook R631の開発に関わった東芝デジタルプロダクツ&サービス社の日下博之氏(商品統括部ビジネスPC担当)、金子礼寛氏(同ビジネスPC商品部)、古賀裕一氏(設計開発センターデジタルプロダクツ&サービス設計第1部)、手嶋正雄氏(同)、福島和哉氏(生産・調達センターグローバル資材調達部)らに話をきいてきた。
― Ultrabookというよりも、dynabookの名に恥じない仕上がりです。
日下今回はインテルのUltrabook構想のもとに開発を進めたという事実は確かにあります。でも、東芝としては、ずっと薄型のPCを作ってきたわけじゃないですか。それが東芝のDNAですからね。そうした流れの中でタイミングが一致したにすぎないということです。誰もにモバイルしてもらいたいという想いをこめて、そのためのPCを作りたかったということなんです。
高級な部材を使えば薄くて小さいものは作れます。でも、通常の標準的な部材を使いながら、技術のイノベーションによって、いろいろな問題をクリアしようとがんばってきました。その結果、これまでのRXシリーズを進化させた製品が完成しました。
― WiMAX内蔵というのは現存のUltrabookの中では唯一ですね。
日下先日のCEATECでKDDIさんのブースで展示してもらったんですが、とにかく起動したら2秒でWiMAXにつながるということで、そのすばらしさを十分にアピールできました。
私たちはインテルのUltrabook構想が出てくる前からノートPCの薄型化に取り組んできました。その流れで設計の古賀を中心に、dynabook R731に続くモバイルノートPCを、どのようなものにすればいいか、考えてきたわけです。
薄型ノートの市場が広がっている実感をつかんでいましたし、東芝としてもそこに参入していくために、東芝らしい薄型軽量モデルをどう進化させていくか、R731のシリーズで培った技術をどう盛り込んでいくかを懸命に考えてきたわけです。
ネットワークについては、東芝は徹底的にこだわってきました。日本向けモデルでは、WiMAXを内蔵していますし、日本以外の地域のために、3Gも含めてアンテナはすべてに対応できるようにしてあります。つまり、世界各地、どこにいってもWANにつながるPCです。
手嶋無線システムとしては、Wi-Fiと3GとWiMAX全部に対応しなければならないというミッションがありました。そのアンテナをどこにのせるかですが、結果としては、どうしても良好な感度を確保できる位置として、LCD(液晶ディスプレイ)の上になります。でも、LCD部を薄くしたいからと、ヒンジ部分にアンテナを入れるようなベンダもあるんです。当然、特性的にはLCDの上部が有利です。
東芝では、アンテナ設計も独自にやっています。自社でアンテナをできる限り小型化するための研究をしており、その技術を使っています。いくつか特許もあって、小型化しつつも性能は落とさずに実装できました。
福島逆Fアンテナというんですが、基板のパターンで板状に作られているんです。東芝で研究開発されたもので、特許も持っています。
古賀本格的な薄型PCを作りたいという思いは、私たちの原点ともいえるものです。薄く軽くすればバッテリが持たないというジレンマは常にありましたが、第2世代インテル Core プロセッサー・ファミリーを搭載したR731の製品開発を契機に、薄型化をもう一度やってみようと再検討しはじめました。Ultrabookの影も形もなかったころからです。
― dynabookといえば、2007年末のdynabook SS RX1が印象に残っています。あれは驚きでしたね。
古賀他社の姿勢との大きな違いは、単なる薄型ノートPCを作りたいのではなく、「東芝ならではの」薄いノートPCを作りたいというところにスタートを置いている点です。
たとえばタッチパッドのクリックボタンや指紋センサーは、使い勝手の面でゆずれませんでした。さらに、ボディを薄くしたとしても、絶対に犠牲にできないのはバッテリ駆動時間です。9時間をわずかに切ってしまいましたが、なかなかのものだと自負しています。使ってみればわかるのですが、超低電圧版プロセッサ(ULV)の特性がうまく作用しています。公称値と実稼働時間に大きな乖離がありません。普通に使っても6時間程度は持つはずです。うまくコントロールができている証拠です。
― 標準的なサイズの端子が装備されているのも驚きです。VGA端子やLAN端子の実装は、脚が伸びる部分をうまく使うなど、とてもアクロバティックです。
古賀ポートについてもUSBが3ポートあって、ひとつは3.0です。RGB端子もつけました。有線LAN端子もあります。どんなところでも、無線LANが使えるわけではありませんからね。やはり豊富に標準的なポートがあると安心です。
機能としては、バックライトキーボードを絶対にやりたいと思っていました。キーボードの厚みも4mmを切っているんですが、その中にLEDをもうけて、全体に光をまわらせるのはチャレンジングでした。
そしてWiMAX。これは絶対に落とせないと考えました。
白状すると、実は、われわれ自身も本当はWiMAXがどれだけ求められているのか、よくわかっていなかったという過去があるんです。お客さまからの要望としてはWANにつなぎたいというのが多かったんですが、RX3で店頭モデル100%をWiMAXモデルにしてみたところ、尻すぼみにならずに、確実に、ジリジリと最終段階まで売れ続けたのです。これで需要がはっきりと見えました。コンシューマーも企業もWiMAXを求めていることが証明されたんです。
これがモバイルなんですよ。確かにUltrabookはPCです。でもライバルはタブレットやスマートフォンなんじゃないでしょうか。だったら、電源を入れればすぐにWANにつながって、インターネットが使えるということが求められます。そこにきちんと対応するには、WiMAXが必要でした。
実際、WiMAXの快適さを知ったら、もうWiMAX無しには戻れないはずですよ。今後、特に必要になるだろうし、求められていると考えます。こういう製品は出だしが大切です。RX3のリリース当初にWiMAXモデルが間に合わなかったときは、なぜ無いのか、とさんざん言われたのですが、そのときのお客様の気持ちが今よくわかります。
通信は、ネットにつながってなんぼだったということですね。まして今、いろんなデバイスが確実につながるわけですから、PCも、もっと簡単に、パッとつなげられるようにしろというのが当たり前です。RX3のときに、そのトレンドに遅れてしまったことの反省もありますね。
― WiMAXがそれほど快適なのに、どうして、他社はそうしようとしないのでしょう。
古賀他社がWiMAXを内蔵できないのは、薄さを確保するために、マグネシウムなどのメタルシャーシを使っているからでしょうね。金属シャーシの内側にアンテナがあると、電波が飛ばなくなるのは自明です。それを回避するには、アンテナをLCDではなく、ヒンジ位置などに実装するアプローチと、筐体をけずってアンテナを入れ、そこにプラスティックをかぶせるアプローチなどがあります。アンテナの特性としてはヒンジの位置では低いし、まわりの影響も受けやすくなります。よい特性を出すのが難しくなるんです。R631では後者のアプローチですね。
― アンテナを入れるにも苦労するほどの本体の薄さ、ということですね。薄さそれが20mmを切るということには、どのような意味合いがあるのでしょう。
日下インテルはずっとWindowsといっしょにやってきましたよね。ここにきて、さまざまなデバイスが台頭してきて、ちょっとした危機感を持ち始めていたんじゃないでしょうか。だから、少しでも軽くしていくことを考え始めたにちがいありません。
厚みを制限すれば、いろいろな要素がそれに伴ってきます。そして、結果として軽くなるわけです。
古賀でも、東芝が考えるユーザビリティでは、標準電圧版プロセッサ(SV)を使った場合、厚みの限界として20mmを切ることはできません。できたとしても、使用時に発生する熱などで、東芝が満足できるものにはならないんです。
すでに熱は限界にきていました。すると何かしらの飛び道具が必要になってきます。それが超低電圧版プロセッサ(ULV)なんです。そしてSVで培った技術をULVで使うことで、薄くて熱くないものが作れるようになりました。
モバイルノートに求められるのは、過度な性能ではないと考えています。仮に、SVで一般的な使い方をして快適だった作業が、ULVでは足りないと感じることがあったとしても、きっとモバイルでは十分だと感じてもらえるだろうし、性能についても満足できるものとして受け入れられるはずです。
― ULVというと、どうしてもCULVを連想してしまいます。
古賀 CULVはMontevinaプラットフォーム(2008)世代ですね。確かにあのころは性能的にいまひとつでした。でも、Calpellaプラットフォーム(2009)で、かなりよくなって、さらに、Huron Riverプラットフォーム(2011)ではグラフィックス性能が向上しました。いろんなソリューションが出てきたことで、性能的にはSVと遜色ないくらいの段階にきています。インテルが再びULVの底上げをしたのが救いになりました。
あとは、SSDの存在も大きいですね。実は、HDDの方がいいと思っていた面もあるのですが、これも一回さわるとSSDしか使えなくなるし、HDDには戻れません。そのことで、ようやくPCがタブレットなどの使い勝手に追いついたということでもあります。Ultrabookを一言でいえば、ULVとSSDの組み合わせで生まれる新たなバリューということなんじゃないでしょうか。
― 東芝ならではのUltrabookなんですね。
金子東芝には素晴らしい技術者がいます。タブレットもやっていますし、PCもやっています。これらのデバイスが共存することで、確実にそれぞれのデバイスの使い方は変わってきます。そうするといろんな技術がもっと生きてくるんです。
その技術のさらなる進化のためにも、インテルさんには、もっとがんばってほしいですね。
古賀最終的にこの製品は、われわれ開発に関わったみんなで作ったものだと思っています。みんなの中で、こうあったらいいよねという話をつきつめていく過程で、ちょうど時期的にうまくUltrabookがのってきたわけです。
自分たちがどんなPCをほしいかをカタチにしたらこうなったにすぎないんです。それをお客さまが気に入って選んでくださるのがいちばんうれしいですね。このdynabook R631でノートPCを再定義できるかどうかはわかりませんが、今、われわれがやりたいことは全部やったと考えています。
― ありがとうございました。
(Reported by 山田祥平)