LaVie Zの特筆すべき特徴のひとつに、世界で初めて新規開発の超軽量マグネシウムリチウム合金の採用がある。この新しい合金とはいったいどんなものなのか。今回は、米沢事業場を訪ね、この新しい素材の開発に関わった神尾俊聡氏(NECパーソナルコンピュータ商品開発本部技術戦略部構造・材料担当)に話をきいてきた。
神尾 今まで一般的に使われてきた通常のマグネシウム合金に対して、比重75%の超軽量合金です。アルミニウム合金と比べると、比重は半分となります。LaVie Zでは、この合金を底面に使用しました。また、極薄のマグネシウム合金を天板やキーボード面などに採用することで、大幅な軽量化を実現しています。
実用化という点では、PCへの採用のために、いくつものハードルを越える必要がありました。たとえば、開発した形状を作るための加工法がそうですし、錆び止め加工や塗料も新しくしました。EMCの規格などもあって、アースのために装置と導通をとれるよう、表面抵抗値が低くなるようにする必要もありました。さまざまな技術的な課題をクリアしています。
神尾 最初考えたのは、世界をリードできるような技術開発力を最大限に発揮し、世界ナンバーワンの魅力ある商品を作りたいということでした。やはり、自分たちのやりたい装置のためには、この軽い素材は必要だと考えました。
NECとしては2009年頃から、この合金の実用化に向けて研究開発を続けてきたのですが、将来に向けてとがった技術を世界に紹介したいという気持ちと、今回の新筐体の企画がタイミング的に合致したわけです。
そこに至るまでは、営業にヒアリングにいったり、販売現場の声をききにいったりして、ユーザーがどういうものを求めているのかを調査しました。顧客アンケートをとっての受容性調査もやりました。技術者が営業拠点のオフィスにいって、直近のお客さまの声をきいたりする中で、近い将来、こういうPCが求められるのではないかという像が見えてきました。そして、モビリティ性が高いものについては、軽さが圧倒的に重要視されていることを2009年頃には確信しました。
モビリティの中でもっとも重要視される項目が軽さだったわけです。それなら、世界で初めての軽い素材を使おうじゃないかということになったのです。
神尾 すぐには見つかりませんでした。当時、日本で0.5ミリくらいまでの肉厚がマグネシウム合金の限界でした。これよりももっと軽いものを作るためには、マグネシウムの剛性を維持しながら、比重の軽いものを開発するしかありません。
この素材はNASAが60年代に紹介したもので、いろんな企業が注目していました。でも、素材の製造の難しさなどの理由から、商業ベースではなかなか実用化できなかったのです。それでもいろいろなメーカーがチャレンジしていたのですが、 NECは協力会社といっしょに開発を進めた結果、成型性などをPCで十分に使えるものにすることに成功したわけです。協力会社としても初めての挑戦で、共同で壁を乗り越えてノウハウを作りました。
神尾 もちろんNECだけの力では実現することはできません。素材を作る会社、材料を作る会社、圧延をする会社、プレスをする会社、さび止めをする会社、塗装をする会社など、いわばチームのような状態で、全体が、フォーメーションを組んでプロジェクト開発をスタートしています。その中で、NECは、いわばオーケストラの指揮者といったところでしょうか。指揮者がいないと音楽にならないのと同じで、各社をまとめる役割を果たしました。合金プロデューサーというイメージでしょうか。
材料のスペックを決め、成型したときにどのような形状になるのかなどの情報を、各社に提供し、NECの求める品質や特性に合わせるよう協力会社と一緒に開発して、素材や各工程をチューニングしていくのです。各社ともに、限られた分野で優れた技術は持っていても、それを最終的にまとめて実用化するには、オーケストラのような協調がどうしても必要になり、それには必ず指揮者が求められるのです。
神尾 もちろん、他の素材も検討しています。最初はカーボン素材とどちらにするか迷っていた時期もありました。AZ31というマグネシウムの板とか、CFRP、炭素繊維などを検討した中で、やはり、パソコンで使える素材の中ではもっとも軽く、実用化も大丈夫ということで採用を決めました。
苦労したところは、開発当初は、材料の中に介在物(異物)が入っていて、伸びが小さくて割れやすかった点があります。そこで、割れにくさを引き出すために、不純物を削減することに努めました。また、熱処理条件を変えてといろいろやったのですが、最初は材料が伸びず良く割れていました。焼き鈍しなど、温度条件を変えていくことで、ようやく改善することができました。現場にも立ち会いましたが、ほんとうにたいへんでした。
さらに、板材の凹凸スジ問題も難関でした。8ミリくらいの間隔でスジができてしまうことに気がついたのですが、最初は研磨したら取れるだろうくらいに思っていたものの、削っても削ってもスジが残るのですよ。真っ平にしたかったのですが、そのおかげで塗装してもスジ目がとれなかったのです。ああ、これでもう終わったといったんは思いましたね。でも、圧延の工程と研磨の行程を工夫して直しました。
もうひとつはカモメ形状です。圧延板が波っぽくなるのです。ある周期で波ができてしまう。これも、圧延の方法を見直してクリアしました。
なんだかんだで、寝ずに仕事した日もありました。偶然に助けられたことも多かったのですが、板材の割れやグニャグニャが出なくなったときはホッとしました。これらは、誰もやったことのない問題をあきらめずに対策やることで解決できました。
神尾 当然、素材の状態が安定するように調整しています。パソコンによく使われているマグネシウムの安全性と同じです。
加工技術としては、10年ぶりくらいの刷新になるそうです。表面も薬液ベンダーと話をしてPCに合う表面処理を施し、長時間使用しても大丈夫なように考えてあります。だから、安全性はしっかりと確保されています。安心してください。
神尾 他社がすぐにキャッチアップすることは難しいです。今回のマグネシウムリチウム合金は、ダイキャストだと材料ロスが大きいので、ロスをなるべく少なくすることを考えて、圧延した板材をプレスするということを考えました。そこにいろんなノウハウが詰め込まれています。こうしたノウハウの積み重ねで、今回の量産を実現できたわけです。マグネシウムリチウム合金については、苦労して立ち上げた結果、多数のノウハウを得ることができました。 今回の板厚は0.5ミリでマグネシウムより軽いところを実現しています。きっと、当面は、技術的な面での優位性が保てると確信しています。
最初は天板にも使おうとしたのですが、天板はボスやリブが必要だったり、ヒンジを止めなければならなかったりと、また、樹脂で作る部分との溶着加工も必要です。ダイキャストなら一体成型できるのですが、プレスではそれが難しいです。現在の技術の限界まで挑んだ結果、今回は底板だけとしました。
神尾 NECの品質基準はかなり厳しいです。通常パソコンに海水(塩水)をかけたりはしませんが、マグネシウムリチウムについては、塩水噴霧するとどうなるかの実力評価をしたりもしています。そこまでやるメーカーはあまりないかもしれませんね。普通の金属板材はボロボロになるのですが、マグネシウムリチウムは耐えます。また、温湿度サイクルテストで、温度をあげたりさげたりしても素材が駄目にならないよう組成を変え、さらに、表面のさび止めや塗装を開発するなど、いろいろな工夫があります。
人間の汗を想定した対策も行っており、酸やアルカリに対する評価ということなのですが、NECは非常に厳しい基準で評価を行っています。昔に比べて、PCそのものについて丈夫さが求められるようになっていますし、ユーザーの声の中で、どれをいちばん大事にするかを考えると、やはり、基準を甘くするわけにはいきませんね。だから、安心して使ってください。
(山田 祥平)