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日本から民間ロケットを打ち上げる 4社が目指すそれぞれの宇宙

日本が今後10年間で打ち上げる人工衛星の数は、政府系、商業衛星を合わせて310機以上という推算があります。1年で30機以上になるわけですが、現状ではロケットの打上げが追いついていないため、衛星コンステレーション(多数の衛星で目的に応じて機能や軌道を共有する運用形態)を目指す企業は米国やインド、ニュージーランドなどで海外のロケットを調達しています。

出典:内閣府宇宙戦略推進事務局「宇宙輸送を取り巻く環境認識と将来像」より

こうした状況から脱して、国内の衛星を基本的には日本のロケットで目的の軌道に打ち上げるため、政府のロケット開発支援事業が2023年秋にスタートしました。中小企業イノベーション創出推進事業(SBIRフェーズ3基金)」を活用した文部科学省の民間ロケットの開発・実証プログラム(以下、SBIR3民間ロケット支援事業)です。

SBIR3民間ロケット支援事業では、2023年9月の採択から2027年度までに打上げ実証に進めるベンチャー企業が実現することを目指し、総額350億円の補助を実施します。目標は「軌道上の打上げ実証が可能であること」ですからロケットの大きさに制限はありませんが、日本ではまだ民間企業が単独で開発した商用ロケットが軌道上にペイロードを運んだ例はなく、また開発費や大型のロケットに適した射場といった条件も整っていないため、実質的に200~300kg程度までの衛星の打上げを目指す小型ロケットが目標になってきます。

2023年の採択時は4社でしたが、「ステージゲート」と呼ばれる中間的な審査を通じて2社まで絞り込みます。最終段階まで通過するには、およそ4年半の期間で軌道上まで打上げ可能なロケットを開発しなくてはなりません。

採択された4社

  • インターステラテクノロジズ株式会社
    事業計画名:小型人工衛星 打上げロケットZEROの技術開発・飛行実証
    フェーズ1交付額上限:20.0億円
  • 株式会社SPACE WALKER
    事業計画名:サブオービタルスペースプレーンによる小型衛星商業打ち上げ事業
    フェーズ1交付額上限:20.0億円
  • 将来宇宙輸送システム株式会社
    事業計画名:小型衛星打上げのための再使用型宇宙輸送システムの開発・実証
    フェーズ1交付額上限:20.0億円
  • スペースワン株式会社
    事業計画名:増強型ロケットの開発、打上げ実証及び事業化
    フェーズ1交付額上限:3.2億円

「フェーズ」という言葉が何度も出てくるためにややこしいのですが、この事業は全体でフェーズ1から3(前半と後半)の段階に分かれ、フェーズが上がる段階で採択企業が順次絞り込まれ、開発が高度化するにつれて補助額が上がっていきます。1社あたり最大20億円が補助されるフェーズ1の期間は2024年9月末までですから、あと2カ月ほどで早くも採択企業は3社になるのです。

フェーズ2、フェーズ3への移行の可否を分けるマイルストーンに「技術成熟度レベル(Technology Readiness Level:TRL)」という尺度が使われています。TRLとはNASAが1970年代に考案した技術の実現度を測るスケールで、1990年代に現在広く使われている9段階が定義されました。さまざまな分野で応用可能ですが、由来からして宇宙分野と関係が深く、JAXAも日本に合わせてこの尺度を採用しています。

©NASA

技術の実現度はTRL1(アイディアの着想段階)からTRL9(実運用段階)まで9段階に分かれます。本事業では、TRL7以降の宇宙で機能している段階を目指します。民間ロケットの軌道上実証実現までの時期と達成すべきTRLの関係を整理してみましょう。

  • ステージゲート審査1
    2024年9月:フェーズ2への移行審査、4件→3件へ補助対象者を絞り込み
    マイルストーン:システム定義
  • ステージゲート審査2
    2026年3月:フェーズ3への移行審査、3件→2件へ補助対象者を絞り込み
    マイルストーン:基本設計の完了(TRL5相当)
  • ステージゲート審査3
    2026年4月~2028年3月:フェーズ3前半から後半への移行審査
    マイルストーン:詳細設計の完了(TRL6相当)
  • ステージゲート審査4
    2026年4月~2028年3月:フェーズ3後半の活動の妥当性審査
    マイルストーン:飛行実証の完了(TRL7相当)

※ステージゲート審査3以降は採択された事業者が設定した時期に実施

こうして審査の要件を見てみると、2026年ごろまでに詳細設計が完成していることが求められていることがわかります。ただし、それまで机上の設計に専念していればよいかといえば、そうではないでしょう。

フェーズ3前半まで進めたとして、最終段階のフェーズ3後半はそれから最大で2年以内に実際の機体を製造して軌道まで打上げを実現することが求められます。あくまで軌道実証ですから、ペイロードは衛星を模したダミーであったり、比較的低高度の、実際には衛星を極短期間しか運用できない軌道をめざすといった限定的な実証にとどまることも考えられるでしょう。

とはいえ、ロケットエンジン、機体、アビオニクスといった要素を全て製造、試験した上で射場を確保し、周辺の地域との合意を得て打上げを実施するのは、2年ではかなり難しいでしょう。各要素の製造と試験を設計と並行して進め、フェーズ3後半は打上げ実証に専念する期間になるのではないかと思われます。

そこで、採択された4社の目指すロケットとこれまでの達成項目について見ていきましょう。

インターステラテクノロジズ

画像提供:インターステラテクノロジズ

2013年に設立された北海道大樹町に本拠を置く民間ロケット企業、インターステラテクノロジズは、小型人工衛星 打上げロケット「ZERO」の開発でSBIRフェーズ3事業に採択されました。

ZEROは地球低軌道(LEO)に小型衛星を打上げることを目的とした液化メタンと液体酸素を推進剤とする小型ロケットで、全長32m、全備質量は71トン。LEOには最大で800kg、LEOの中でも地球観測などに適している太陽同期軌道(SSO)には最大250kgのペイロードを投入することができます。

ZEROは超小型衛星を1機、多くても数機程度を軌道に投入するDedicated(デディケイテッド)と呼ばれる小型ロケットのカテゴリーに属しています。Falcon 9のような大型ロケットで小型衛星をまとめて打ち上げるライドシェアという形態の場合は、どうしても個々の衛星の求める軌道に精密に対応することが難しい一方で、デディケイテッドは衛星側の要求にしっかり応えることが可能になります。

ニュージーランド発の企業、ロケットラボがこの分野を牽引しており、世界でも競争が激しい分野ですが商用機で成功しているのはロケットラボの独走に近い状態です。

日本の中で早くから小型ロケット開発を目指していたインターステラテクノロジズは、SBIR3民間ロケット支援事業のような政府の補助制度が立ち上がる前からZERO開発の意思を示していました。

内閣府のヒヤリングなどにも協力しており、民間ロケット市場の方向性など事業者の側からインプットできる立場にあります。また、サブオービタルロケット(軌道には到達せず、弾道飛行で地上に戻って来る科学実験向けのロケット)「MOMO」の開発・運用を通して機体開発や製造のみならず、打上げ時のオペレーションや地元の漁業者との調整などの経験をすでに有していることも強みです。

開発面では、2023年末に地元である十勝地方の酪農家から調達した牛ふんを原料に、バイオメタン由来の液化メタンを燃料として調達する体制を確立しました。同時期にこの液化メタンを使用したエンジンの地上燃焼試験を始めており、主要なハードウェアを製造・試験する段階に入っています。2024年7月には新たな経営陣を迎え、人材を強化しています。

ロケットの事業には、衛星に合わせた微妙なカスタマイズや為替変動のリスク、天候や打上げ射場環境など、さまざまな不確実性がある中で何カ月も、あるいは数年も前に打上げを契約しなくてはならないというリスクがあります。

日本初の民間ロケット事業者である同社は、日本の衛星事業者から見た場合、日本語でやりとりできるということに加えて、政府や異業種であるガス製造企業と協力の上に燃料調達を実現した実績など、コミュニケーションがしやすいであろうという期待を抱かせます。実証を終えた後の事業の方向性が見えやすいという点が大きな強みではないでしょうか。

SPACE WALKER

画像提供:SPACE WALKER

スペースプレーンとも呼ばれる、有翼式再使用型ロケットの開発を目指すスペースウォーカーは、サブオービタルスペースプレーンによる小型衛星打上げでSBIRフェーズ3 民間ロケット事業の採択を目指します。

2017年12月に設立されたスペースウォーカーは、日本の宇宙往還機HOPE/HOPE-Xに長く関わってきたCTOの米本浩一東京理科大学教授を中心に、スペースプレーン構想を打ち出してきました。

2030年代以降に目指す有人大型スペースプレーン「NagaTomo(長友)」の前の段階として、無人の小型スペースプレーン「FuJin(風神)」と「RaiJin(雷神)」を計画しています。風神と雷神はどちらも弾道飛行の機体であり、自身は軌道まで到達しませんが、雷神は背中に超小型ロケットを搭載し、空中発射することで小型衛星を打ち上げるための機体です。

風神、雷神に続いて次の有人機が「長友」と人名になっているのは、米本教授の師であり、液体・個体ロケットから有翼飛翔体、電気推進、宇宙旅行まで日本の宇宙輸送システムの開発を牽引してきた故長友信人宇宙科学研究所教授の名にちなんでいるからです。

小型衛星打上げ用の雷神は液体酸素・液化天然ガス(メタン)を推進剤とする全長17.5m、全備質量約54トンの有翼型無人機です。7基のエンジンを備え、高度700kmの太陽同期軌道へ200kgの小型衛星を投入することが可能となっています。初飛行は2028年を目指しており、これが2027年度中であればSBIR3事業の期間とも合致します。

要素技術としてスペースウォーカーは推進剤用の複合材タンクを新規に開発しています。超高圧の液体酸素や、マイナス約160度のメタンを貯蔵し、同時に軽量化を実現するタンクは機体の質量を左右する重要なコンポーネントです。現在は地上の実証機でタンクの試験を続けています。

スペースウォーカーのもうひとつの側面は、スペースプレーンという新しい宇宙輸送システムを実現する際の法的な環境整備に取り組んでいることでしょう。

たとえば、2019年ごろのことですが、宇宙と大気中の飛行を両方行なうスペースプレーンは航空機として取り扱うのか、宇宙機として取り扱うのか、また商業用途のひとつとして小型衛星打上げを実施する場合、機体から切り離された小型ロケットは航空機からものを投棄する行為にあたらないのか、といった整理されていない法的な要素がありました。

スペースウォーカーは官民でサブオービタルプレーンについて議論する場を長くリードしており、宇宙輸送システムを制度面で整備してきた実績があるといえます。

将来宇宙輸送システム

画像提供:将来宇宙輸送システム

2022年5月に設立されて約2年の将来宇宙輸送システムは、2030年代に単段式・往還型の宇宙輸送機の実現を目指している企業です。経済産業省、外務省を歴任した畑田康二郎氏が打ち出す宇宙輸送システムの目標は、宇宙旅行や二地点間輸送を可能にする、有人のロケットプレーンです。

2030年代に有人ロケットを目指すとなると、2027年までに軌道上実証を求めるSBIR3民間ロケット支援事業とはタイムラインが一見合わないようにも思えますが、畑田代表は「将来的なニーズの変化に柔軟に応えるために、特定のスペックに固定せず、構成要素をモジュール化し、構成要素を組み替えることによって打上げ能力等を調整できるマイクロサービスアーキテクチャを採用し、短いサイクルで開発とリリースのサイクルを繰り返す『アジャイル開発』を採用する」と表明しており、SBIR資金を活用した高速開発を目指しています(第67回宇宙科学技術連合講演会「将来宇宙輸送システム実現に向けた挑戦」より)。

技術面では、酸素・水素・メタンの3つの物質を使った「トリプロペラント」推進剤を採用し、3Dプリンタ製造によるエンジン開発を進めています。同時に開発要素をクラウド環境で統合するシステムを開発するなど、アジャイル開発を体現する活動を続けています。

2024年12月には、軌道上に達する前の中間目標として「ASCA hopper(アスカ・ホッパー)」と呼ばれる小型試験機の離着陸試験を行なうことを計画しています。ASCA hopperは全長4,050mm、直径2,000mm、推進剤を搭載した全備質量は743kg。飛行時間目標は10秒間で飛行高度は10mとなっています。

名称に含まれる「ホッパー」は、SpaceXの再利用ロケット試験機「Grasshopper」や超大型ロケット「Starship」の試験機「Starhopper」を想起させ、同様に要素技術を早いサイクルで開発、試験していくという姿勢を表明しているものと考えられます。

スペースワン

画像提供:スペースワン

2024年3月に初の打上げ実証を行なったスペースワンは、キヤノン電子、IHIエアロスペース、清水建設、日本政策投資銀行の4社の出資により2018年に設立された企業です。採択された4社の中ではフェーズ1の補助額が他3社より小さくなっていますが、これは補助率がスタートアップと“みなし大企業”では異なるためでしょう。

スペースワンはすでに「KAIROS(カイロス)」という3段式固体燃料ロケットを完成させています。カイロスは高さ約18m、燃料等を含めた全備重量は約23トン。地球を南北に周回する高度500kmの太陽同期軌道に150kgの衛星を、同じ高度250kmで赤道から33度傾いた軌道には250kgまでの衛星を投入することができます。

4社の中で唯一、固体燃料ロケットを運用するスペースワンは、日本の固体燃料ロケット「Mシリーズ」や「イプシロン」、H-IIAやH3の固体ロケットブースターを開発、製造しているIHIエアロスペースが参加しており、50年以上培ってきた固体燃料ロケットの技術をそのまま活かしています。

ベースに飛行実績を持つロケット製造企業が入っていること、機体はすでに完成して一度は飛行実証を行なっていることを考えれば、フェーズ3前半までの工程はすでに終わっているともいえます。和歌山県の串本町に専用の射場を備えており、地元との調整は必要ですが打上げタイミングを自社で決定しやすいことも強みでしょう。

2024年3月の1号機打上げは失敗しましたが、試験機のリスクは開発に織り込み済みともいえます。すでに大学衛星を搭載する2号機の計画と防衛省から打上げ契約を持っており、経験を重ねて信頼性を増す段階に入っているといえます。製造と打上げ実証のための資金調達手段のひとつとしてSBIR3民間ロケット支援事業に応募したと考えてもよさそうです。

SBIRフェーズ3民間ロケット事業に採択された4社を概観してみました。現状では、北海道の射場、推進剤にメタンを採用(液体ロケット)しているインターステラテクノロジズ、スペースウォーカー、将来宇宙輸送システムの3社と、固体ロケットで和歌山県に射場を持つスペースワンという構図になります。4社とも、日本のロケットが日本の衛星を日常的に打ち上げる世界を目指して開発を続けています。

秋山文野

サイエンスライター/翻訳者。1990年代からパソコン雑誌の編集・ライターを経てサイエンスライターへ。ロケット/人工衛星プロジェクトから宇宙探査、宇宙政策、宇宙ビジネス、NewSpace事情、宇宙開発史まで。著書に電子書籍『「はやぶさ」7年60億kmのミッション完全解説』、訳書に『ロケットガールの誕生 コンピューターになった女性たち』ほか。2023年4月より文部科学省 宇宙開発利用部会臨時委員。X(@ayano_kova)