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北海道「千歳線」沿線が熱い! 国際空港+ラピダス+ボールパークで急成長
2025年2月19日 08:20
沿線に半導体工場やスタジアム、大学が次々と誕生し、さらに100万都市・札幌と国際空港に繋がっている。そんな「JR千歳線沿線エリア」(白石駅~沼ノ端駅間。列車は札幌駅~苫小牧駅間を直通)が、いま国内有数の急成長を遂げている。
沿線にラピダス&プロ野球の本拠地
人口約9.7万人を擁する千歳市では、先端半導体の開発・生産を担う新会社「Rapidus(ラピダス)」の工場建設が進み、まだ世界で実現していない「2ナノ世代」半導体の量産を目指して、間もなく試作ラインを稼働する見込みだ。ラピダスの半導体事業が計画通りに軌道に乗れば、千歳市への消費経済効果は2040年までに約1,400億円にものぼるという。
また、人口約5.6万人の北広島市には、23年3月に「HOKKAIDOボールパークFビレッジ」が開業。プロ野球・北海道日本ハムファイターズの本拠地となるスタジアム「エスコンフィールドHOKKAIDO」を核に、アクティビティやカフェ、マンションや介護施設が一体となった「巨大な街」が誕生した。
ボールパークが地元・北広島市にもたらす経済効果は1,500億円とも言われているが、この試算のあとに「北海道医療大学」の移転(28年4月目途)が決定しており、さらなる波及効果も期待できるだろう。
半導体工場、ボールパークによる経済効果は、すでにJR千歳線の沿線地域の在り方を変えようとしている。今や日本有数の「経済成長エリア」となった千歳市・北広島市に足を運び、「まさか、ここがこう変わったの?」と言いたくなる激変の現場や、今後の課題を探ってみよう。
「千歳美々ワールド」にはすでに多くのラピダス関連企業
JR千歳駅から6.2km、新千歳空港から4.5kmの郊外にある工業団地「千歳美々ワールド」の一角にある「ラピダス」工場の建設現場では、25年1月の段階では建屋のほとんどが完成し、「ラピダス社員送迎バス」と方向幕を掲げたバスが出入りしていた。どうやら、すでに多くの人々がここで働いているようだ。
同じ「美々ワールド」内の施設は、すべからくラピダスとの連携を模索しているようだ。まず、西隣にある「セイコーエプソン」千歳事業所は、ラピダスに半導体の仕上げ部分(後工程)の研究施設のスペースを提供、さらに出資も検討しているという。
また、エプソンの西隣にキャンパスがある「公立千歳科学技術大学」は、卒業後に学生の半数近くが関東に就職先を求めてしまうという悩みを抱えており、ラピダス進出は「電子光工学科の卒業生を道内に繋ぎ止める」という長年の課題を解決する絶好の機会だ。同大学はすでに半導体・AIの知見を持つ教員の確保に動き、多くの人材を輩出する環境を着々と整えているという。
「美々ワールド」周辺は多くの人々が行き交っており、すでにラピダスを中心として動いている。分譲区画はほぼ埋まっており、間もなくこの一帯は、ラピダスのための「“モノ”(半導体製造・物流)拠点」に変貌を遂げるだろう。
ただ、千歳市は高速道路(道央道・道東道)・鉄道(千歳線・石勝線)・空港がギュっと集積する要衝とあって、「美々ワールド」以外も含めて工業団地は9割が分譲済み。市は急きょ、道央圏連絡道・日の出ランプ近くの土地を、新たな工業団地に転換する方針を立てている。
ほか、隣接する恵庭市・北広島市も工業団地の新設を検討しており、ラピダスの事業が拡大していくにつれて、取引先は千歳市内だけでなく、千歳線沿線や国道36号沿いに分散されていくだろう。
市街地は地価上昇率日本一 駅ビルには半導体技術者と地元住民が集まる
ラピダス進出が千歳市に与える影響は、これだけではない。郊外に賑わいを奪われていたJR千歳駅エリアや市街地が、一転して「“ヒト”(居住・出張)の拠点」に変わりつつあるのだ。
駅直結の「千歳ステーションプラザ」には、過去にユニクロや文教堂書店が退去して空テナントであった3階に、製造ラインの核となる露光装置を納品するオランダ「ASML」や、半導体製造装置の売上高で国内トップ・世界4位の「東京エレクトロン」が次々と入居。2階は100円ショップ「キャンドゥ」があり、1階には半導体の洗浄装置で世界No.1シェアの「SCREEN」が、レストラン「ガスト」、フィットネス「カーブス」に囲まれるように入居している。
なんの変哲もない地方の駅ビルに、地元の人がまったり集うファミレスや100円ショップと、世界で活躍する半導体関連企業が混在する光景は、おそらく千歳市でしか見られないだろう。千歳市ではほか、関連会社37社がすでに拠点を構え、57社が進出を検討している。
駅南側では、四半世紀前はデパートであった商業施設「千歳タウンプラザ」跡地で高層マンションの建設が進む。さらに市内に常時2,000人の滞在が見込まれる出張客を見込んでホテル建設も続いているものの、市内をクルマで走行しても空き物件はほとんど見つからず、「空いていそうで空いてない」“千歳市物件”の争奪戦が続きそうだ。
ラピダス進出によってオフィスビル・宅地の引き合いが急増した結果、23年9月に発表された基準地価では、パチンコ店跡地ウラの宅地(千歳市栄町5丁目)が「前年比30.7%上昇(上昇率全国1位)」を記録。すぐ近くの商業地(千歳市北栄2丁目)も「前年比30.8%上昇」(上昇率北海第1位、全国2位)。10年ほど前まで下落基調だったとは思えない高騰ぶりだ。
もっとも、両地点とも25年1月時点で大きな変化はなく、古色蒼然としていたパチンコ店の解体が進んでいるくらいだ。これからラピダス工場が本格稼働するにつれ、さらなる物件の争奪と再開発によって、光景が激変していくのだろう。
観光客数4.6倍増 ボールパーク効果に沸く北広島市が狙うモノとは?
JR北広島駅から1.9km、徒歩20分少々。この立地条件による集客が懸念されていた「ボールパーク北海道」は、年間で418.7万人が来場。その半分以上がファイターズの野球観戦と関係なく来場しており、アミューズメントや飲食・ホテルなどが一体化した街としての人気が、すっかり定着したようだ。
北広島市はもともと観光スポットに乏しく、年間100万人程度であった観光客も、市の西端にある「三井アウトレットパーク 札幌北広島」頼みであったという。一方でボールパークはめぼしい集客施設が音楽ホールしかなかった市の東側にあり、ボールパークの玄関口である北広島駅西口が、昔は想像もつかなかった賑わいを見せている。
23年の北広島市の観光客数は、(プロ野球以外の)イベント集客が伸びた札幌市、根強い人気の小樽市、インバウンド景気に沸く喜茂別町・函館市に次ぐ464万人を集客。伸び率は道内トップの「前年度比4.6倍」を記録。高度成長期の宅地造成から長らく停滞していた市東部エリアへの来訪客の呼び込みに成功し、周辺地域では飲食店やホテルなどに売上の増加が見られるという。
あとは、もう少し定住人口が欲しいところだ。ラピダス関連の人々が、住宅事情がひっ迫しそうな千歳市以外にも住居を探すなら、千歳線で繋がる恵庭市・北広島市は真っ先に候補にあがるだろう。さらに北側の札幌市は住宅や土地の価格も一挙にあがり、南隣の苫小牧市には「ラムサール条約」に登録されているウトナイ湖があることを考えると、鉄道・国道沿いの2都市は好影響を受けやすい。
特に北広島市は、高齢化率が「市の西側20%強、東側(北広島団地周辺)40%強」(市資料「北広島市の現状を示す基礎データ」より)と、同じ街とは思えない偏り方だ。ここは、分譲マンションやホテル・交流施設・公園を整備する再開発計画「キタヒロ・ホームタウンBASE」で、市東部に定住人口・交流人口を呼び込みたいところだ。
なお、25年1月現在では「トナリエ北広島」が開業を控えて全貌を現し、分譲マンション「レ・ジェイド北海道北広島」予定地では、かつてファイターズの主力選手であった斎藤佑樹氏(現・「株式会社斎藤佑樹」社長)を前面に推した看板の前で記念写真を撮る人々の姿が多く見られた。
「ラピダスは本当に成功するの?」千歳線沿線が抱える課題
半導体工場・ボールパークによる経済効果に沸くJR千歳線沿線(千歳市・北広島市)ではあるが、賑わいの永続にはまだまだ課題も多い。
まず、地域全体の課題として「JR千歳線の輸送力強化」は欠かせない。快速「エアポート」は新千歳空港の利用者増加とともに極端に混雑するようになっており、近年でも「ロングシート車両導入」「増発・1時間6本化」など、積極的なダイヤ改正を行なっている。
6両編成の「エアポート」をせめて7両にしたいところだが、白石駅・手稲駅が6両までしか対応しておらず、当面のところ実現が難しい。あとは、JR北海道が中期経営計画で掲げている「札幌~新千歳空港高層化(32分→25分)」、現状では行き止まりの新千歳空港駅を延伸し、岩見沢方面、石勝線方面の列車を経由させる「スルー化」、そして「ボールパーク新駅」開業に期待したいところだ。
また、「ラピダスの事業の成否」は、千歳市だけでは判断のしようがない。
国内では熊本県でも台湾大手「TSMC」による半導体工場の建設が進んでいるものの、すでに全世界で2.16兆台湾元(約10兆円・23年度)の売上を稼ぐTSMCと違い、ラピダスはまだ事業自体が立ち上がっていない。取引先としてすでにカナダ「テンストレント」、アメリカ「IBM」などとの関係を築いているものの、実際に2ナノ半導体を量産し、事業として利益を上げるまでには、しばらく時間を要する。
さらに、これまでの資金は経産省からの1兆円近い補助(独立法人からの「研究委託」)名目で拠出されており、どこまで“税金による支え”を必要とするのかも焦点となる。ここは、ラピダスの早期の事業立ち上げを期待したい。
また北広島市の課題として「ボールパークへの優遇維持」が挙げられる。
ファイターズは札幌ドームからの本拠地移転の際に、「固定資産税10年間免除(年間3~5億円)」などの優遇を引き出したうえで、北広島市への移転を決定。また近年でも、市有地を隣接する土地より4割ほど安く、入札を行なわない随意契約でボールパーク側に売却。北広島市とボールパークのタッグによる活性化は、こういった蜜月の関係があってこそ成立している。
ただ地元・北広島市ではこの関係を疑問視する声が皆無という訳でもなく、いずれはボールパーク側が相応の負担を求められることとなる。しかし、ボールパーク事業は立ち上げに当たって100億円単位の社債を複数回発行しており、まだ応える余裕はない。まずは、固定資産税の実質的免除が終了する10年後に、どれだけ事業に余裕が出ているか。また地域の人々が優遇をよしとする環境を築けているかが注目される。
ほかにも課題は山積しているものの、過疎化・高齢化に悩む地方が「巨大半導体工場」「ボールパーク」誘致という千載一遇のチャンスを掴む機会など、そうない。経済の停滞が緩やかに続く北海道で、「希望の光」とも言える千歳線沿線でどこまで賑わいを生めるのか、人口の流出をどこまで食い止めることができるのか、見守りたい。