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日本の宇宙輸送はどうなるのか 発展型H3ロケットと新宇宙輸送システム
2024年12月25日 08:40
社会インフラとして役立つ人工衛星から、科学の地平を拓く宇宙探査機、有人宇宙探査まで、宇宙活動の土台に「宇宙輸送」があります。
2024年の7月から11月まで、文部科学省では日本の宇宙輸送の方向性に関する議論が行なわれていました。これには、JAXAが中心となって開発を進める「基幹ロケット」と、民間が進める「将来型宇宙輸送システム」の2つの方向性があります。ロケットを軸にした宇宙輸送が2030年代に向けてどう進んでいくのか、5カ月間の議論を追った立場から整理してみましょう。
日本の現在の基幹ロケットは、液体ロケットの「H3」と固体ロケットの「イプシロンS」があります。H3は、2024年7月1日に3号機が先進レーダ衛星「だいち4号(ALOS-4)」打上げに成功し、無事に運用段階に入りました。
10月にはXバンド防衛通信衛星「きらめき3号」打上げで静止軌道への衛星投入にも成功しています。2025年度には個体ブースターなしの30形態の打ち上げを控え、1段エンジン「LE-9」を完成させる開発もまだ途上にありますが、前身であるH-IIAロケットが50号機で引退する前に、ブランクを作らずに移行が進み始めたといえるでしょう。
一方で固体ロケットのイプシロンSは、11月末におきた2段モータの地上燃焼試験の失敗から、打上げ計画が見通せない状況にあります。2024年度中の実証機(1号機)打上げは実現できないことが確実で、当面はH3のみが基幹ロケットの活動を担う状況となります。
継続的な開発こそがロケット技術を維持する
基幹ロケットのように、宇宙活動のために不可欠な「宇宙輸送システム」を国として維持するには継続的なロケット開発機会が必要です。ロケット全体を一から開発した経験を持つ人が常に宇宙輸送の現場に存在しないと、技術も人も簡単に失われてしまいます。
H3ロケット開発を率いたJAXAの岡田匡史理事は「式年遷宮」という言葉で、自立的な宇宙輸送を維持できる技術と人を育てるには、最低でも20年に1回は新規のロケット開発が必要という持論を展開しています。さらに開発継続だけでなく、開発したロケットを繰り返し打上げて運用技術を磨く機会の確保と、整備から50年以上が経過し老朽化している射場の整備も必須です。
こうした論点を受けて、検討の中でまずは現在の基幹ロケットH3を増強していく方向性が示されました。H-IIAなどこれまでのロケットでは、開発開始から10年程度先の運用段階にどんな宇宙輸送のニーズがあるのか予測し、それに合わせた能力を逆算して開発するという方式でした。
たとえば「静止衛星が大型化してきているのでフェアリングをそれに合わせよう」といった考え方です。2010年ごろまでならそうした方式でもよかったのですが、それを打ち壊していったのがSpaceXの存在です。
段階的に改良を加える「ブロックアップグレード」
設立から13年でロケットの再利用を実現したSpaceXは、次にどんな手を打ってくるのかそう簡単には予測できません。その中でSpaceXに伍してとまではいかずとも、一定の存在感を示すには、より柔軟で高速な開発が求められるわけです。
そこで、「ブロックアップグレード」という開発の方式が示されました。段階的にH3の能力を増強していくという方向性で、H3という名前は同じでも能力は相当に変わっていくことになります。
このブロックアップグレード方式を進めているのもSpaceXです。現在主力の「Falcon 9」は、打上げ能力がブロック1(V1.0)から現在運用中のブロック5(V1.2)では、全高が53mから70mと大幅に高くなり、静止衛星を打上げる能力は3.4トンから8.3トンと2倍以上に増強されているのです。
H3では、ブロックアップグレードを3回行なって、2030年代にシームレスに「次期基幹ロケット」につながるという方向性となりました。並行して次期基幹ロケットにつながる要素技術の開発を進めておきます。これはFalcon 9を運用しながら「Starship」の開発も始めていたSpaceXと同じ進め方といえるでしょう。
ロケットを束ねた"ヘビーリフター"化も
2025年度から始まるH3の最初の「アップグレード1」では複数衛星の搭載機構開発が始まります。
複数の小型衛星をロケットに搭載して打ち上げるミッションは海外では「ライドシェア」と呼ばれ、ロシアのドニエプルロケットやインドのPSLV、SpaceXのファルコン9などですでに商用化されています。
H3でも元々の開発構想に入っていたもので、まずはアップグレードのテーマとして手堅いところから始めるといいえるでしょう。
すでにイプシロンロケットで実施してきた「革新的衛星技術実証」プログラムも複数の超小型衛星を軌道投入するライドシェアミッションです。経験を元に衛星コンステレーションの需要に対応していく方針です。
アップグレード2の詳細は今後となりますが、低コスト化、量産化、打上げ高頻度化という、需要が見えている要素に対応していきます。
いよいよ次期基幹ロケットに向けた能力強化が始まるのがアップグレード3。打上げ高頻度化(2030年前半までにまずは年間30機、現状は年6機が最大)、再使用技術の飛行実証、ロケット1段の機体を複数束ねた、「ヘビーリフター」と呼ばれる大型化などを目指します。
月から先を目指すには?
急務はまず打上げ能力の強化。国際共同探査計画「アルテミス計画」で日本も月近傍の宇宙ステーション「ゲートウェイ」建設に参加する計画ですが、ゲートウェイへ輸送機などを送るには現在のH3ではパワーが足りないのです。現状のH3の2倍程度の能力が必要と考えられています。
米国ではFalcon 9に1段を3基束ねた「Falcon Heavy」が、United Launch Alliance(ULA)のTitan IVに同じく1段コアが3基の「Titan IV Heavy」があるように、コア機体を複数束ねて増強する構想が示されています。
月以遠の深宇宙への対応能力も必要です。JAXAの岡田理事は「能力向上するのに最も効果的かつ手っ取り早いのは、上段のアップグレードなんですね。H3ロケットの上段をアップグレードすることで能力を向上させることによって、能力がかなり上がる側にいきます。それらをブロックアップグレード3の段階で考え始めるというよりは、既に考えながら3の段階を迎えたいというふうに考えています」(第88回宇宙開発利用部会より)と述べています。
米国の例で考えれば、ULAのAtlas Vが火星へ「キュリオシティ」「パーサヴィアランス」といった大型ローバーを送り、冥王星を探査した「ニューホライズンズ」打上げを成功させたのは、パワーのある上段ロケット「Centaur(セントール)」があればこそでした。
日本版セントール上段といった要素が具体化しているわけではありませんが、月、火星圏、小惑星やさらに遠い天体の自在な探査を実施できる要素の一つとしてぜひ実現してほしいところです。
日本も「再使用型宇宙輸送システム」を目指す
そして、次期基幹ロケットでは、世界で急務となっている再使用への対応を盛り込んだ「再使用型宇宙輸送システム」を目指すこととなっています。
要素技術として日本では宇宙科学研究所(現在のJAXA宇宙科学研究所)が1998年から再使用ロケット実験機「RVT」とその後継機である「RV-X」というロケットの開発を進めてきました。「2030年代には、再使用化を軸とした抜本的なコストダウンと打ち上げ頻度を持ち合わせた」システムを目指す方向性です。
回収、再使用、高頻度化という要素を実現するには、機体を洋上も含めて安全に着陸させる技術、帰還用燃料や着陸脚などの要素が増えても能力を損なわないための機体の軽量化、長期間利用できる素材の高度化や3Dプリンティング、メタンなど新たな推進剤の技術、回収・整備を可能にするターンアラウンドの高速化技術の獲得など、課題が山のようにあります。
RV-Xの実証や、同じく再使用ロケットを目指すドイツ、フランスとの共同プロジェクト「CALLISTO」での共同実証なども進めていますが、CALLISTOは数回の延期を繰り返してきた飛行実証が2025年度目標から2026年度に伸びるなど、スピード感の点では相当な課題を残しています。
民間による「将来型宇宙輸送システム」
ここまでは、政府系衛星の打上げに対応する基幹ロケットのアップグレードと、次期基幹ロケットへの方向性を見てきました。その中で出てこなかった要素に、「有人宇宙輸送」があります。
日本はこれまで構想はあっても実現していなかった有人ロケットをこのまま持たないのか、と心配になるかもしれません。実は、文科省での議論にはもう一つのテーマ、民間による「次世代の宇宙輸送システム」があります。
次世代宇宙輸送システムとは、民間開発による有人・高頻度宇宙往還機という意味で使われています。2040年代にエンジン開発から成層圏飛行、サブオービタル有人飛行、衛星打ち上げ、軌道周回飛行まで民間が牽引する有人宇宙輸送サービスが実現しているというゴールを掲げ、日本発の企業が衛星打上げのみならず、有人宇宙飛行も担うという世界を目指しているのです。
構想の取りまとめの中核となったのは、2021年に設立された宇宙旅客輸送推進協議会(SLA)でした。SLAは、約20社のロケット関連企業が参加し、民間主導の新しい有人宇宙輸送の実現を目指すため設立された団体です。
代表理事の稲谷芳文JAXA参与は、宇宙科学研究所で再使用ロケット実験機「RVT」開発を主導し、長く日本の有人宇宙往還機の実現に取り組んできた存在です。民間企業と国をつなぎ、技術課題の洗い出しと2040年代の「大量高頻度宇宙旅客輸送」の構想をまとめています。
SLAの調査によれば、2030年代のポストISSの時代には、民間主導の宇宙ステーションに向けて「軌道上施設への輸送にFalcon9やNew Glenn等のロケット、Crew Dragon、Starliner、Dream Chaserによる有人往還飛行が行なわれると期待されている」といいます。
2040年代に入ると、有人ロケットの弾道飛行によって大陸間を1、2時間で移動する「二地点間高速輸送(P2P)」と宇宙旅行というマーケットの展望が見えてきます。ケーススタディ例では、現在の国際線ファーストクラス料金程度の100~200万円でP2Pを利用する人が千万人単位まで増えれば、最大20兆円規模の市場となります。
軌道飛行の宇宙旅行だけでなく、大陸間をロケットで移動しつつ、弾道飛行の途中に宇宙に滞在する時間もあるという、カジュアルな宇宙旅行が実現している可能性があります。
有人宇宙飛行を目指すために
開発しなくてはならない技術課題は山積みといえる状況で、推進系、構造系、再突入、高頻度運行、有人安全など5つの分野に必要な要素が並んでいます。技術の実現性の見通しについては、技術成熟度(TRL)という尺度で測ることになりますが、9段階のTRLのうち実際に宇宙実証ができているTRL7以降に達しているものはまだ少ないのです。
米SpaceXがStarshipの利用例として二地点間高速輸送を掲げており、すでに飛行実証を行なっているわけですから、TRLを上げてここに日本が食い込んでいくことは容易ではありません。とはいえ、やらなければいっこうに何も始まらないといえます。
文部科学省も「取組を主導する民間事業者における開発・事業化を促進する」とJAXAの役割を明確化しています。日本がこれまで国として正面から取り組んでいなかった、有人宇宙輸送を民間として実現する、2024年はそのために具体的に動き出した年となるかもしれません。
稲谷理事は、具体策として「有人宇宙往還飛行に必要な課題を追求する動きを国の側から出し、JAXAがそれに対応して動き、民間側も応募して採択される、そうしたサイクルを回し始める」ことが必要だといいます。さらにそのツールとなるのは、技術目標を明確化した「宇宙技術戦略」と、資金をバックアップする「宇宙戦略基金」です。
2024年に取りまとめられた宇宙技術戦略は、日本が今後獲得していくべき技術を列挙したもので、毎年その内容を見直しつつ、宇宙戦略基金で実施するプログラムの裏付けとなります。
10年間で総額1兆円の宇宙戦略基金は、第1弾のプログラム採択がほぼ決まり、今後は第2弾、第3弾のテーマ選定に向けた議論が始まるでしょう。こうした政府方針の明確化と資金プログラムを使って、国が支援し民間が次世代の宇宙輸送システムを開発していく流れの先に、多くの人が宇宙輸送を利用できる将来があります。
そして11月22日の第92回宇宙開発利用部会で、「民間等からの提案を踏まえ、宇宙技術戦略のローリングにおいて反映すべく、関係府省庁間で調整を進めていく」との方針が示されました。技術戦略への盛り込みから基金でのプログラム化というサイクルが少しずつ回り始めたといえます。
国による次期基幹ロケットと、民間による新たな宇宙輸送システムが両輪として本当に実現すれば、長く議論されてきた宇宙輸送の要素をしっかり獲得できることになります。ただし、宇宙戦略基金といった解決の糸口はあるとはいえ、人もお金もまだまだ足りないという状況はそんなに簡単には解消できません。実現に向けて必要なものを一つ一つ議論し、獲得に向けて具体案を作っていくことが依然として必要です。