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10年後には家庭に普及? ヒューマノイドロボットの可能性とは

CESのNVIDIA基調講演動画より。壇上にずらりとヒューマノイドロボットが並んだ。

ヒューマノイドロボットが、急激に存在感を増している。SNSで開発中のロボットの動画がバズることも多いし、ニュースなどでもよく見かけるようになった。

今年のCESでは、NVIDIAが基調講演でロボティスクを大きなテーマとして採り上げ、壇上にも多数のヒューマノイドロボットが並んだ。

その壇上に並んでいたロボットの1つが、Apptronik社のAPOLLOだ。ApptronikはGoogle DeepMindとも提携、開発に活用されている。今年2月にはGoogle本体とも提携を発表、3億5,000万ドルのシリーズA資金調達を発表した。

NVIDIAの基調講演動画より。左端にいるのがApptronik社のAPOLLO
2月には3億5000万ドルのシリーズA資金調達を発表

急激に進化したように見えるヒューマノイドロボットだが、そこにはなにがあるのか? 安全性や進化にどのような点が重要なのか?

そして、日本がそこで目立てない理由はなんなのか?

Apptronikの共同出資者兼サイエンスアドバイザーであり、テキサス大学オースティン校・航空宇宙工学・工学力学学部 准教授であるLuis Sentis博士に話を聞いた。

Apptronikの共同出資者兼サイエンスアドバイザーであり、テキサス大学オースティン校・航空宇宙工学・工学力学学部 准教授であるLuis Sentis博士

安全性こそがヒューマノイドロボットの価値

ヒューマノイドロボットはなぜ今注目を集めているのだろうか?

AIの進化やメカの進化など、色々な要素はある。だが、注目は集めてもマスビジネスになるにはまだまだ時間がかかる。大手が手がけてもうまく行かずに事業売却……という例もあった。

今、なぜヒューマノイド・ロボティスクが注目されるのだろうか? 過去の経緯も含め、Sentis博士は。次のように話す。

Sentis博士(以下敬称略):4年前、ヒューマノイドロボットはまだビジネスではなく研究開発の段階でした。しかし今は、何兆ドルものビジネスが動いています。日本でも世界でも「いかにビジネスを加速すべきか」「ロボットで医療・物流・製造といった主要なビジネスを強化するか」が語られています。

弊社(Apptronik)はこうした話が盛り上がる前である、2015年の終わりに創業しました。当初はアメリカ政府から助成金を受けていました。特に、NASAはロボット工学とヒューマノイドの先駆者です。AIとロボティクスに関し、NASAと米海軍は、過去数十年にわたって重要な役割を果たして来ました。AIとヒューマノイドロボット、この2つの混合です。AIのないヒューマノイドは、製品として成り立ちませんから。

ApptronikはNASAとも連携し、物流・製造・医療支援などの地上業務にAPPLLOを活用するための開発を続けている。また、NASAは将来の月・火星ミッションで宇宙飛行士を支援するアシスタントロボットを開発するためのベースとしてApolloを使うことにも大きな関心を持っているという。

まさにヒューマノイドロボットは産業化に向けて本格的な産業化に向けて進んでいる。そこで産業化になにが重要なのか?

Sentis博士は「安全性」と話す。

Sentis:現在のヒューマノイドロボットの確信の1つは、安全性とコンプライアンスです。

コンプライアンスとは言い換えれば、ロボットがパッチを当てて自らを修正する能力です。相手が何であるかを知り、接触に対してどのように対応するかを理解することでもあります。

Apptronikのウェブより。安全性の高いヒューマノイドロボットとしてアピール

なぜその能力が必要であるかといえば、ヒューマノイドロボットは「人間と一緒に働くから」です。これを実現するにはより多くのことが必要となりますが、先ほど挙げた「コンプライアンス」とは、まさに、より多くの安全上の問題が存在し、それを解決していく必要があることを示しています。

Sentis博士はここで「アトムのようなロボットの実現に近づいているからだ」と話す。

彼のいうアトムとは、もちろん「鉄腕アトム」のことだ。

Sentis:日本はロボットのアイデアについて、素晴らしい先駆者でした。1970年代、子どもだった私は多数のコミックを読んでいましたが、特に日本のコミックからは、たくさんのインスピレーションを得ています。

現在みなさんが目にしているのは、アトムのように、ロボットが人に近づいている姿です。

他の物流ロボット、例えばアームに固定されたり、トラックの中に入ったりするようなロボットは、人に近づいていきません。なぜなら、それらのロボットは「コンプライアンス」を満たしていないからです。

ロボットの形状は色々ある。その中で現在は、二足歩行が困難なので「固定型」か「車輪型」が主流だ。Sentis博士は「将来的に車輪型がなくなっていくのは間違いない」と話す。

Sentis:車輪型のロボットには安全性の面もあります。

例えば、家の中を考えてみましょう。床に赤ちゃんがいるかもしれないので、これは難しい環境です。

車輪型の場合、赤ちゃんにぶつかってしまうと、すぐに反対方向に戻らなければなりません。でも、あまり素早く動くと、カートがひっくり返ってしまうかもしれません。

しかしヒューマノイドロボットなら、(さっと除ける動作をして)こんなことができますよね?

人間は振り子の力学で動いています。バスケットボールや野球の選手は本当に速く動くことができますよね? 一方、彼らが車輪型だと、スタートとストップの機敏さが大きく変わります。

もちろん、バランスをとる上で難しさはありますが、私は「ヒューマノイドロボットの方が安全な環境が多い」と主張したいのです。

人間は日夜、1Gの環境下で機敏に動き、安全性を維持しています。すなわち、人間と同等以上に機敏に動けるなら、さらに安全性を維持できるのです。

一方、それを実現するには課題もある。筋肉と同じくらい機敏で力も強いアクチュエーター(駆動装置)をロボットに組み込むのは大変なことだ。

Sentis:たしかに課題はありますが、モーターには十分進歩の余地があります。

現状、高速で正確に動くにはまだ足りないものがあり、「重さ」という課題もあります。

しかし、それを実現する技術はすでに見えており、今、市場が成長しつつあります。だから私たちも、そうした課題を解決して先に進む予定です。

「子どもサイズのロボット」が10年後には7000ドルに?!

安全性や可用性はサイズにも影響する。Sentis博士は「家庭用は子どものように小さめに、工場用は大きめになる」と予測する。

Apolloは工業用なので身長は176cm(5.8フィート)。家庭用はもう少し小さくなる

Sentis:物流業界で働いている人たちは、若くて体力がある傾向にあります。重いものを運ぶわけですからそうなりますよね。だから、工業用は大きく、出力の大きなものになるでしょう。

しかし、家庭で働く場合にはそこまで力は必要ない。ロボットが料理をするとして、料理はあまり重くないですよね。

背も高いと、家の中で動くのは面倒です。家庭には子どもやペットもいますし、「恐怖心」という繊細な問題もあります。

ですから家庭用のロボットは、今のヒューマノイドロボットより小型になります。私たちは「ジュニアサイズ」と呼んでいますが、14歳くらいの子供が扱えるくらいの大きさです。それでも、冷蔵庫を開けたり、物を取ったりできます。

製造業や物流ではもっと大きいでしょう。クリーンルームで動かすとしても、半導体ウェハーは7kg以上あります。ヤマト運輸のような物流だと、5kgから25kgの箱を運ばなければなりません。

小規模なものは家庭用、中規模なものは小売業用、大規模なものは物流用になるでしょう。

安全性を備えたヒューマノイドロボットは、人間に近い自由度を持っているがゆえに急速に普及する可能性がある、とSentis博士は期待を語る。

Sentis:私見ですが、ヒューマノイドロボットは3、4年後だと、まだ5万ドルくらいするでしょう。

しかし今から10年後には7,000ドル(日本円で約105万円)くらいになると予想しています。

これは、アメリカで売れているイタリア製のエスプレッソマシンくらいの価格です。誰もがキッチンに欲しいと思っていて、買える。そんな値段です。

自動車の価格ではなく、エスプレッソマシンの価格になる。それで洗濯・料理・整理整頓をやってくれるロボットがあるなら、欲しいと思いますよね? 私は必ず実現すると考えています。

商業利用でも同様です。工場やホテルではたくさんのモノが「物流」しています。現在は工場ごとに大量の労働者を配置していますが、それをロボットに置き換える可能性は十分にあります。

大量のロボットが工場や物流など様々な場所に進出する可能性がある

10年で価格がそこまで下がる、というのは衝撃的な話だが、仮に生産と販売が「数千万台」の規模に拡大するなら、価格は十分に下がる可能性はある。

データがロボットの価値を変える

ロボットが正確かつ安全に動くためには、なにより「データ」が必要になる。ApptronikはGoogle DeepMindと提携しているが、この狙いもAIが使うための「データセット」にある。

Sentis:パートナーシップの鍵となるのは、DeepMindが生産しようと考えているデータセットの大規模な展開と、ハードウェア(ロボット)を使用したデータセットの拡張です。

世界には、AIの学習に使えるデータセットがあります。教科書やチャット、画像のストックも大量にあります。

しかし、ロボットによるデータセットはほとんどありません。DeepMindはロボット向けデータセットを整備したいと考えています。非常にユニークなことですね。

物理的に動けるロボットがあるということは、そこから多数のデータを得られるということだ。安全な動作のためにも重要なものだ。ヒューマノイドロボットに求められるデータとはどんなものになるのだろうか?

Sentis:基本的には、物流環境や医療環境における人型ロボットのような活動データです。つまり、物品の取り扱い・箱の開封など、基本的な作業に対するものですが。

通常は2つの領域で達成されるものです。

1つは、人間によるデモンストレーションから得られるものです。

ただし、人間によるデモンストレーションには限界があるため、そこから生成モデルや拡散モデルで拡張します。Googleや他の企業が採用している戦略の1つと言えます。

2つ目はビジネス運用にも重要なものです。

ロボットがこの辺を動き回っているとします。ゴミ箱を片付けたり、基本的な清掃を行なったり、郵便物を配布したりと、オフィス内で求められることをする、とします。

こうした動きを実現するには、「生活スケール」での環境把握が必須です。そこには「目の前にあるものがなにか」を理解すること、つまり、そのためのラベル付けが含まれます。

画像内のピクセルがどんな意味を持っているのかを把握する必要もありますし、物事の概念を理解する必要もあります。これは通常、ニューロ・シンボリック戦略と呼ばれているもので、それが現れつつあります

いくつかの企業や組織は、そうした技術がどのように機能しているかを理解し、機能的に運用できるようになりつつあります。

今年の1月に開催されたCESで、NVIDIAは重要な発表をした。GPUが生み出す演算力を背景に、物理的な現象の検証に使える「フィジカルAI」を提供することだ。そのためには世界を形作るルールを知っている「ワールドフィジカルモデル」が必要だ。それを兼ね備えた技術として「NVIDIA Cosmos」を発表している。

NVIDIAが発表した「Cosmos」。物理放送をはじめとした「世界のルール」を知る生成AIで、多数のシミュレーションを実現する

Sentis博士はNVIDIAの考えに同意し、「シミュレーションは非常に重要だ」としつつ、次のように考えを語る。

Sentis:より高品質で忠実度の高いシミュレーションデータの作成に努めることが重要だと考えています。また、そのデータを実際のロボットへ転送して使うことも重要です。

このやり方は重要な戦略であり、私の意見では、「まずは」それだけでも十分です。

ただ、このやり方の難点は、「すべてをシミュレートすることはできない」ということです。一般的な物体のいくつかはシミュレートできますが、あなたのオフィスを見回せば、それでは足りないことに気付くはずです。

オフィスには、シミュレーション環境にはない物体もあります。なぜなら「一般的ではないものがたくさんある」からです。

例えば、特別な万年筆をどう扱うのか? 人間がこれらのものにどう対処するかを観察することによってのみ、学習可能です。

ですから、一般的な環境と特別なものの間でトレードオフを行なう必要があります。

NVIDIAの戦略により、多くの一般的な物体をカバーできるようになるでしょう。家庭でも産業でも、都市環境にある限り、おそらく70%の存在をカバーできるでしょう。

しかし、残りの30%は、特定の配慮が必要になる。特別な30%をどこまで減らして行くのか、70%~100%の部分に残る不具合をどう減らすのか、という課題に直面します。

ロボットの「OSプラットフォーム」「UX」はこれから産まれる

コンピュータが産業化し、誰もが遣うものになっていく過程では、OSとソフトウェア産業が登場した。そこから「プラットフォーマー」が産まれ、ビジネスを加速した。

ロボットが産業になっていくとすれば、その時にはハードウェアの完成度が高まるだけではなく、「ロボットを扱うためのプラットフォーム」が必要になるのではないだろうか?

この質問をSentis博士に投げかける、「そのことは非常に本質的な課題であり、同意する」と答えた。

Sentis:現在、ロボット産業は初期の段階です。消費者が思いうかべるような意味での「OS」があるか、という、すべてが存在しているわけではありません。

現在のヒューマノイドロボットにおいては、トレーニング環境の一部が現れつつあると思います。NVIDIAはまさにその一部を持っています。それは「OS」の一部になり得ます。

必要なのは「インターフェース」。いわゆるUXです。ここは速やかに構築する必要があります。現在存在する技術と組み合わさると、「OS」が生まれます。

おそらくロボットのUXは、デザイン・コミュニティや、トレーニング・システムを利用する人々から産まれるでしょう。アーティストや心理学者、そしてもちろんUXの専門家が作る可能性もあります。必ずしもエンジニアである必要はありません。
なぜなら、私たちはロボットインターフェースとのコミュニケーションの方法を知らないからです。

音声は重要ですし、視覚コミュニケーションも重要です。

しかし、それだけではありませんよね? 何らかの組み合わせが必要であり、ユーザーインターフェースの専門家やアーティストは、それを知っています。UX開発には、人間と人間の相互作用や、人間の心理的な動きに関する何らかの知識を必要としています。

現状はまだ、だれも作っていない。非常に未開拓な分野です。

現在のApolloには画像・音声・ディスプレイ表示など多彩なインターフェースがあり、人とコミュニケーションする

「ロボット産業化」で課題を抱えているのは日本だけではない

ロボットに必要なUXは誰が作るのか?

そこでSentis博士は「日本の研究者が大きな役割を果たすのではないか」と話す。

Santis博士はインタビュー中、日本の開発者やフィクションへのリスペクトを幾度も語った。そこには、日本でインタビューしていることへのサービス精神もあるのではないか……と感じた。

一方で、ロボットの研究開発において日本の研究者が大きな役割を果たしてきたことも事実で、Sentis博士の発言は、すべてがサービスというわけではない。

では、日本はなぜ現在のロボットビジネスで存在感を発揮できないのだろうか?

Sentis:日本のロボット研究者は、世界でもトップクラスだと思います。東京大学に早稲田大学、京都のATR(国際電気通信基礎技術研究所)など、優秀な研究者のいる組織は多数あり、知り合いもいます。

ただ、アメリカが素晴らしいのは、「リスクをとる投資家」が存在することです。

ヨーロッパにも良いロボット工学企業があり、イタリアにも優れたロボット工学企業があります。私の出身国であるスペインにも、ドイツにも素晴らしい人間工学やロボット工学の企業があります。

しかし、どれも進歩していません。

その理由は、アメリカのように「リスクをとる投資企業」がまったく存在しないからです。

また、DeepMindやMeta、Amazonなども、研究開発に年間数百億ドルを投資しています。

途方もない金額ですが、2億・3億・5億・10億ドルといった額を、アイデアに投資できます。

もちろん、非常にリスクの高い投資であり、アメリカでしか起こりえないことです。他の国では、私たちは非常に保守的ですから。

スペインでは、1億ドルを求めに行っても、誰も提供しはしないでしょう。たとえ十分な資金があってもです。

つまり、「ロボット関連企業が立ち上がらない」という課題は日本だけのものではなく、「アメリカ以外」が共通で抱える課題だ、ということだ。

あえて筆者から補足するとすれば、中国でも似た投資状況があるため、「アメリカと中国以外」と言えるかもしれない。

では、中国との競合はどうなるだろうか?

Sentis:中国はハードウェアが得意です。非常に迅速に製造し、低価格を維持しています。

ですが彼らは伝統的に、彼らはソフトウェア面で遅れをとってきました。

AIでは競合しつつあります。

ただ、ロボット工学における新しいトレンドのいくつかは、中国とは異なる方法でアメリカで開発されていると思います。

私はアメリカが、ヒューマノイドロボット工学におけるオペレーティングシステムやAPI、UX体験、そして現在のところハードウェアで、優位に立つだろうと予想しています。

私は中国人をよく知っていますし、友人もいます。ただ、米中対立の関係もあり、これ以上の輸出も、輸入も難しいかも知れません。

中国市場はアジアの一部として、確実に存在するでしょう。

だから、(アメリカと中国という)2つの市場戦略が少しずつ違ってくると思います。今後どうなるか見てみないとわからないですね。

ただ、テスラはテスラです。中国でEV産業が新しく、健全に成長しているとはいえ、テスラは依然としてよく売れています。

iPhoneも中国でも依然としてよく売れています。

そう考えると、アメリカ製のヒューマノイドも中国でよく売れるようになるかもしれません。アメリカ人のマーケティング能力、販売力、そして新しいライフスタイルとして紹介する情熱は素晴らしいと思います。アメリカ人の革新への欲求にはかないません。

そして、革新は素早く拡大します。

「Apple II」が登場したときのことを想像してみてください。普及は瞬く間でしたよね。

同じようにアメリカでは、特にこれからのトレンドとして、ヒューマノイドの普及が盛んになると考えているのです。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、AERA、週刊東洋経済、週刊現代、GetNavi、モノマガジンなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。 近著に、「生成AIの核心」 (NHK出版新書)、「メタバース×ビジネス革命」( SBクリエイティブ)、「デジタルトランスフォーメーションで何が起きるのか」(講談社)などがある。
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