小寺信良のくらしDX

第24回

「スマホソフトウェア競争促進法」で消費者の選択肢は増える?

2024年6月に、「スマホソフトウェア競争促進法」が成立した。年内には施行される見込みとなっている。スマートフォンプラットフォーマーによる優越的な地位のIT企業を規制し、公正な競争市場を形成するのが目的となっており、法律の主管は公正取引委員会となっている。

以前からゲーム開発会社の米国Epic Gamesが、AppleのApp Storeでの決済手数料が高いとして争いになっていたことはご存知だろう。それが結果的に手数料を下げるの下げないのというより、そもそもiOS向けには同社のアプリストアしか使えないという構造が問題じゃないのかという話になってきた。

この問題を受けてEUでは2023年より、巨大テック企業の活動を規制するデジタル市場法(DMA)をスタートさせた。EU限定ではあるが、現在iOS上でもApp Store以外からのアプリ配信が可能になっている。

日本においても、かねてからアプリメーカーやサービスプラットフォームから、ビッグテックの優越的立場によってビジネスが阻害されているという意見があることから、2022年に内閣官房デジタル市場競争本部が「モバイル・エコシステムに関する競争評価 中間報告」を公開するなど、検討を重ねてきたという経緯がある。

スマホソフトウェア競争促進法の規制対象となるのは、スマホOS・アプリストア・ブラウザ・検索エンジンの4つである。具体的には、以下のような形になる。

特定ソフトウェアAppleGoogle
スマホOSiOSAndroid
アプリストアApp StoreGoogle Playストア
ブラウザSafariChrome
検索エンジン-Google 検索エンジン

具体的な規制事項に関しては、24年6月に公正取引委員会が公開した資料を見ていただきたいが、消費者のくらしという立場からは「アプリストアの限定の禁止」、「課金・販売システムの自由化」といったあたりが、影響が大きいところだ。

規制の概要

アプリストアが増える?

「アプリストアの限定の禁止」に関しては、現在Androidにはそれほど影響はないと思われる。AndroidベースのOS、例えばAmazonのFireOSやOPPOのColorOSでは独自のアプリストアが用意されているが、Google Playストアを排除しているわけでもなく、複数のアプリストアが使えるようになっている。

別の問題として、HUAWEIは米国において制裁措置が取られている関係で、日本においてもGoogle Playストアからメーカー製アプリが提供できなくなっている。よって公式サイトからAPKファイルをダウンロードして、自分でインストールするようになっている。

一方iOSは、アップル以外にはライセンスされておらず、アプリストアも公式のみである。一時期Jailbreakと称して、App Store提供以外のツールもインストールできるようにする改造が流行った事もあった。アプリ開発者には自作ツールなどが動かせるので評判が高かった一方で、一般消費者にはとくにApp Store以外のアプリを動かすインセンティブがなかったので、やがて廃れていった。

今回の規制では、サイトから直接パッケージをダウンロードしてインストールできるようにすることまでは、求めていない。第三者のアプリストアを認めろ、という立て付けになっている。

公式アプリストア以外からアプリがインストールできるメリットとしては、サービス提供側にとっては公式サイトでは認証が通らないタイプのアプリ、例えばアダルト系サービスやコンテンツのような、そもそもの企画の部分で引っかかっていたものが、第三者アプリストアを経由して配信できるというケースはあるかもしれない。

ただその一方で、第三者アプリストアがユーザー保護のためにアプリのソースからバッチリチェックするといったことをやってくれるのかは、未知数だ。HUAWEIやOPPOなど自社スマホのためのストアであれば、自社ユーザーを守るために厳しくチェックするだろうが、そうした守るべきものを持たないストアが登場する可能性もある。

マルウェアが仕込まれたアプリなどによるセキュリティ低下問題については、情報は出すからあとは消費者が自分でがんばれ、という事になっている。

関係行政機関との連携を通じたセキュリティ確保等にかかる対応

なにかおかしな事になったら、消費者が文句を言うのはOS事業者である。だがOS事業者としても、自分たちが審査していないアプリによる被害に対応する理由がない。消費者としても、ものっすごくiPhoneでエロゲーがやりたいとかいった強い情熱がない限り、そうしたリスクを犯してまで危ない橋を渡るインセンティブがないように思える。

新たなストアや決済サービスも発表されているが、アプリ開発者にとって、第三者ストアを利用するメリットがあるのは、Epic Gamesのようなビッグタイトルを持つ超大手だけではないだろうか。個人や小規模事業者に対しては、公式ストアでも手数料割合は低く設定されている。第三者ストアは公式よりもマーケットが小さいことが予想されるため、わざわざ自分たちを小さいところに押し込めるメリットはあまりない。

決済手段が増える?

「課金・販売システムの自由化」については、例えばプログラムとしてのアイテムの販売などは、アプリストアの問題とも関係する。一方ゲーム課金などの決済については、アプリ内決済やアプリ外決済が自由に選択できるようになる。

アプリ内決済はユーザーにとってはいちいち決済のためにアプリ外に出る必要がないため、利便性が高い。だが事業者にとっては、我慢して高い手数料を払わなければならないといった不満も大きい。

高校生がゲームアイテムを購入したいとしても、クレジットカード決済しかなければ購入できない。コンビニやファーストフードのようにPayPayで買えるようにして欲しいというリクエストもある。

だがこれはガラケー時代に子供のアイテム課金で大騒動になった歴史的背景があって、青少年の決済には制限が加えられた結果である。かつてはゲーム開発社が業界団体を作って、自主規制により健全化を図ってきた。決済手段を限定して利便性を制御することで、青少年保護を行なったわけだ。

ガラケー時代には、個人や小規模事業者が自らゲームを配信するというケースはなかった。スマホ時代になって、アプリストアの門戸が広く開かれた結果、個人や小規模事業者が大量に流入したが、それらの人達は業界団体に加入しないので、自主規制が効かない。そこでそうした業界団体に変わって、公式アプリストアが決済手段を絞ることで、青少年保護を代行してきたという一面もある。だが決済手段を解放せよというお達しが出てしまえば、その手段も使えなくなる。

解放された市場に参入する決済会社は、子供が勝手に課金したアイテム料金を、保護者の申し立てにより全額返金するといった度量があるだろうか。

法律を主管する公正取引委員会は、事業者の公平な競争を担保する機関である。消費者保護という観点をどれぐらい考慮しているのかは、正直よくわからない。政府のどの機関も、国民の生命と財産を守るのはキホンのキとは言え、事業者の公正な競争が起これば結果的に消費者保護に繋がるという、靴の上から足を掻くみたいな方法論でこの法律を運用して、上手く行くだろうか。

「消費者を食い物にするオレたちにも公平なチャンスをくれてありがとう公取委!」といったことにならないことを願う。

小寺 信良

テレビ番組、CM、プロモーションビデオのテクニカルディレクターとして10数年のキャリアを持ち、「難しい話を簡単に、簡単な話を難しく」をモットーに、ビデオ・オーディオとコンテンツのフィールドで幅広く執筆を行なう。メールマガジン「小寺・西田のマンデーランチビュッフェ」( http://yakan-hiko.com/kodera.html )も好評配信中。