文具知新
「LAMY×ジェットストリーム」実現の裏にあるこだわり・熱意・哲学と苦労
2025年2月28日 08:40
2025年1月、日本全国の文具ファンが渇望していたと言っても過言ではないボールペン、「LAMY safari JETSTREAM INSIDE」(3,630円)が発売されました。日本でも絶大な人気を誇るドイツの老舗文具メーカーLamy社の「LAMY safari」シリーズに、感動的に滑らかな書き心地で知られる油性ボールペン「ジェットストリーム」のインクを搭載したという、夢のようなアイテムです。
発売されるや否や、瞬く間に人気に火がつき、本記事執筆時点でも品薄の状態が続いています。この商品が世に出るまでには、一体どんなストーリーがあったのでしょうか? その裏側について、三菱鉛筆で「ジェットストリーム」シリーズの企画を担当する、商品開発部 商品第二グループの藤川恵汰氏にお話を伺いました。
三菱鉛筆がLamy社を連結子会社化した狙いとは?
「LAMY safari JETSTREAM INSIDE」の開発がスタートしたそもそもの発端は、24年2月に発表された三菱鉛筆によるLamy社の連結子会社化にまでさかのぼります。
今でこそ三菱鉛筆の海外と国内の売上は6:4と海外の比率が大きくなっていますが、もともとは競合する他の筆記具メーカーと比べて海外での販売が特に多いわけではありませんでした。
「ポスカ」など、欧州・北米を中心とするアート市場で高く評価されている商品もあるものの、海外進出を一層強化したいと考えていた、そんな折。縁あって、両社の連携が実現したのです。以前より交流もあり、社風や文化的な部分に近いものがあるとお互いに親近感を抱いていたこともあって、実は外から見るほどには意外なタッグではなかったんだとか。
またLamy社は万年筆や高級筆記具、三菱鉛筆は一般ユーザーが手に取りやすい価格帯の筆記具をそれぞれ強みとしており、両社の製品ラインアップや技術力、販売面でも競合する部分が少なく、連携が双方にとって純粋な拡充につながることも要因でした。
両社の連携の「象徴」となる製品を作れ!
24年2月に連結子会社化が実現した時点で、そう遠くないタイミングでLAMY製品の日本国内での取り扱いを三菱鉛筆の販売網に切り替えることは検討していました。その際に、2社が手を取り合う象徴となるような製品が欲しいと白羽の矢が立ったのが、「LAMY safari」と「ジェットストリーム」だったのです。
数あるラインアップの中からこの2つが選ばれたのは、まさに象徴と呼ぶにふさわしい両社を代表するブランドであることに加え、ターゲット層の拡大を狙う意図もありました。
藤川氏によると、「私どもが得意としている一般の文具店や雑貨店という販売場所で、お客様が手に取りやすい価格帯のものを選ぶという点で、“LAMY safari”が適切かなと思いました」とのこと。たしかに高級筆記具といえど、三千円台であれば一般の方でも少し手を伸ばせば届きますし、ちょっとしたプレゼントとしてもぴったりです。
日頃「ジェットストリーム」を愛用している方にLAMY製品を手に取って頂きたい。逆に、LAMYファンで「ジェットストリーム」を使用した経験がない方にも、この機会に知って頂きたい。それによって、双方のファンを起点にお客様の層を広げていきたい。そんな狙いがありました。
また、「SNSに投稿されたご意見はほぼ拝読しております」と語る藤川氏。「24年2月の発表時点で、“ジェットストリーム”のインクが入ったLAMY製品を期待する声も多くあることは認識しておりました」とのこと。「お客様が本当に欲しいものを作ろう」という両社の強い思いがある中で、SNSを通じて発信された文具ファンの声も企画実現の後押しにひと役買ったようです。
短期決戦の中で、完全新設計の替芯を開発
しかし、すでに世にある製品の組み合わせだからといって、開発が簡単なわけではありません。製造業において、海外とのやりとりは昨今さほど珍しいことではありませんが、今回の製品で最も苦労を強いられたのは開発期間の短さです。通常、筆記具の開発は年単位の時間をかけて行ないますが、「LAMY safari JETSTREAM INSIDE」に関しては1年弱しかありませんでした。
今回発売されたジェットストリームインクの入った替芯「M17」は、LAMYの従来の替芯「M16」と見た目はほとんど同じです。だからといって、M16のガワにジェットストリームのインクを詰めれば“ハイおしまい”というワケにはいきません。
ジェットストリームらしい滑らかな書き味は、インクだけではなくペン先のボールチップ、そこまでインクを送り出す内部機構によっても支えられています。そのため、M17も「機構としては全て新設計」(藤川氏)なのだそう。
ボール径によっても、設計は変わります。特にM17の0.5mm(EF)は、従来のM16よりも細い新仕様(M16は細い順にF、M、Bの3種で展開)です。これは、細字が好まれる日本市場に照準を合わせたラインアップで、実際に替芯では0.7mm(F)よりも0.5mm(EF)の方が売れているのだとか。
また「余談ですが」と前置きした上で藤川氏が教えてくれたところによると、従来の「LAMY safari」と同じ軸であっても、商品写真は「M16入り」のものと「M17入り」のもので別々に用意しているのだそう。その理由は「よく見るとペン先のチップが少し違う」(藤川氏)から、ですって! 素人目にはもう全く分かりませんが、こうした細部へのこだわりも、まさに「インクが違えば別物」を現しているようで、個人的はテンションが上がってしまいました。
結局は、人と人のコミュニケーション
さて、商品を世に出すには機構の設計だけではなく、生産体制の構築、品質基準のクリア、パッケージや販売什器のデザインなど、やることはまだまだ目白押しです。それも、日本とドイツにわかれている中で連携しながら進めなければなりません。
突然「今から英語で打ち合わせします!」とよばれてうろたえたり、同じものについて話しているのに社内用語などの前提が違うので通じなかったり、様々な苦労がありました。それを乗り越えた要因の一つが、双方の担当者がお互いの国を行き来して、直接コミュニケーションを取ったことでした。
日本からは技術者がドイツの生産拠点を訪問し、職人としてのこだわり、一つ一つの工程にかける時間と労力など、多くのことを学びました。Lamy社の担当者たちも日本を訪問。会議室にこもるのではなく、実際にジェットストリームやLAMY製品が置かれている店舗に足を運んで、現場を見ながら議論を重ねることで、「お互いの考えへの解像度を高められた」(藤川氏)のだそう。
独自の世界観を構築する、デザインへの深い造詣
特に、デザインに関してLamy社は「哲学」といえるほど深い背景と思想を持っており、藤川氏も「一から勉強しましたし、いまだに勉強中です」とのこと。例えば、ペン軸の色ひとつをとっても、相当時間をかけて検討を重ねるそうです。
その造詣の深さの一端を感じたのが、販売什器やパッケージのデザインにおいてでした。日本では、この手のものをデザインするときにどうしても情報を詰め込みたがり、説明書きが多くなりがちです。一方、Lamy社は世界観を表現することを重視しているので、むしろ「いかに情報を削ぎ落とすか」を意識しているのだとか。そのため、LAMYファンの期待を損なわないためにも、販売什器から替芯のパッケージにいたるまで、細部にわたり何回もやりとりをしてチェックを繰り返したのだそう。
もしかすると、細かい部分は日本サイドだけで進めることもできたのかもしれません。でも、あえて最初だからこそ、勝手に進めることも、かといって相手任せにすることもせず、藤川氏自身も「バカ正直に」と表現するほど、コミュニケーションを徹底しました。
ものづくりを通して会社同士の距離が近づいた
その甲斐もあって、経営体制が変わるという大きな環境の変化の中にあっても、共にものづくりを行なうことを通じて歩みを合わせ、会社同士の距離がぐっと近づいたのだそう。国が違って、会社が違っても、良い商品をいち早くお客様に届けたいという思いは同じ。それがあることで、短期決戦のハードな開発も乗り越えることができました。
その影響は、会社全体にも広がっているといいます。セールス担当も、新しいブランドを取り扱うために一生懸命Lamy社やその製品のことを勉強したり、プロジェクトに直接関わっていない社員も新しいことをやろう! と良い刺激を受けたりしているんだとか。
数年前には想像もしていなかった変化があちこちで起こっているそうで、その点においても、「LAMY safari JETSTREAM INSIDE」はまさに「象徴」としての役割を充分以上に果たしたと言えるのではないでしょうか。
文具の枠を超えた反響
こうして1月29日に発売を迎え、反響はまさに想定以上でした。文具好きやいわゆるマニアの枠を超え、老若男女を問わずに関心が広がっています。「LAMY safari JETSTREAM INSIDE」をきっかけに久しぶりにボールペンに触ってみた、という方もいらっしゃるようで、改めて「文具の価値や、書くことの大切さを広めることができたのではないか」と藤川氏も喜びを噛みしめています。
「ジェットストリーム」をフックに、取り扱い店舗も拡大。従来、LAMY製品の取り扱いにハードルの高さを感じていた小売店でも導入しやすくなったそうで、販売戦略の面でも当初のもくろみを達成できているようです。「LAMY safari」を入り口として、今後は他のLAMY製品へも関心が広がることが期待されます。
また、替芯のみを買い求める需要も少なからずあるとのこと。「LAMY 2000」や「LAMY noto」など、従来の替芯と互換性のあるペンが引き出しに眠っていたのを復活させた、という声も届いているんだとか。藤川氏も「どちらが優れているということではありませんが、書き心地も含めてお気に入りのものを、愛着をもって長く使い続けて頂けるような商品になったのではないかと思っています」と胸を張ります。
今後の展開にも期待大!
「LAMY safari JETSTREAM INSIDE」は大人気のため品薄の状態が続いていますが、定番品として継続販売されるものですし、「供給が追いつかずご迷惑をお掛けしており、現在進行形で鋭意生産中です」とのことですので、いずれ供給も安定してくるものと思われます。ダークダスク、サンセットの軸色は限定品ですが、数量ではなく「期間」限定とのことですので、今後入手できるチャンスも充分ありそうです。
最後に、今後の展開について藤川氏に伺いました。「なかなか具体的な商品についてはご回答できませんが、Lamy社が長い歴史の中で培ってきた技術力やデザイン性と、当社が大切にしてきた部分を融合させて、新しい何かを作っていきたいと思っています」とのこと。
文具マニアとしての私個人は、「三菱鉛筆製の万年筆」の登場に大いに期待したいところです。そこに「ハイユニ」鉛筆のえび茶色とワインレッドが混ざったような、あの軸色のインクなんて出てきたら、もう最高なのではないでしょうか?
SNSの声にも耳を傾けて下さっているようなので、皆様も「こんなものがあったらいいな」と発信し続けていれば、いずれ実現してしまうこともあったりなかったり!? いずれにせよ、これからも三菱鉛筆とLAMYの動きから目が離せない日々が続きそうです。