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JAXA「イプシロンS」、燃焼試験中に爆発 今後の影響は?

種子島宇宙センター竹崎展望台屋上から撮影した試験画像(Credit : JAXA)

2024年11月26日、JAXA種子島宇宙センターで行なわれた開発中の固体ロケット「Epsilon S(イプシロンエス)」ロケット2段の地上燃焼試験で、試験中に推進装置(モーター)が爆発炎上するというトラブルが発生しました。

イプシロンSロケットは2024年度中の打ち上げ開始を目指し、2023年に一度失敗した2段モーターの燃焼試験を再度実施していた最中でした。開発はさらに足踏みすることが予想され、搭載予定の人工衛星のスケジュールにも影響が懸念されます。イプシロンロケットとイプシロンSへの移行の経緯を振り返り、今後予想される影響を考えてみましょう。

種子島宇宙センター竹崎局から撮影した試験画像(Credit : JAXA)

イプシロンSとは?

日本は基幹ロケットとして液体燃料と固体燃料の2種類のロケットを有しています。イプシロンシリーズはこのうち固体燃料を使用する、比較的小型のロケットです。JAXA発足前の宇宙科学研究所(ISAS)が開発・運用していた固体ロケットの系譜を受け継ぎ、科学衛星を打ち上げてきた実績を持つM(ミュー)ロケットシリーズの後継機にあたります。

イプシロン、および強化型イプシロンロケットは2013年から打ち上げを開始し、500kg前後の小型衛星や、超小型衛星を複数機搭載できるロケットとして、能力を増強しつつ2022年秋の6号機まで運用されました。6号機は打ち上げに失敗して衛星を喪失してしまいましたが、いったん運用を終了しイプシロンSとしてリニューアルする計画でした。

出典:2023年10月26日「イプシロンSロケット2段モータ(E-21)地上燃焼試験調査状況」より

イプシロンSの「S」は「シナジー」を意味し、H3ロケットの固体ロケットブースター(SRB-3)と生産を共通化することでコストを低減し、今後増加すると見られる日本の小型衛星を国内から、そして海外からの打ち上げ受注獲得も目指す方向性でした。

そのためには、欧州の「VEGA(ヴェガ)」や発展型のVEGA-Cといった海外の固体ロケットとも競争できるよう、打ち上げ能力を強化する必要があります。

出典:2023年10月26日「イプシロンSロケット2段モータ(E-21)地上燃焼試験調査状況」より

固体ロケットは1回使い切り

イプシロンなどの固体ロケットの推進装置のことを「モーター」※といいます。モーター内部には成形された固体推進薬が貯蔵され、これが燃焼して燃焼ガスをノズルから噴出させることで飛翔します。

※JAXAを始め日本では慣例で「モータ」と呼んでいます。

推進薬の成分はゴムの一種とアンモニウム、アルミニウムの粉末などを練り合わせたものです。液体ロケットの推進装置(エンジン)と異なり、固体モーターは点火するとすべて燃え尽きるまで燃焼を止めることができません。この性質から固体ロケットは1回使い切りであり、機体に新規の開発要素が加わる場合は、地上での燃焼試験をはじめさまざまな試験を行ない、設計上の問題や生産の際のばらつきを最大限になくしておく必要があります。

イプシロンからイプシロンSへの移行にあたって、1段はH3ロケットとの共通化のプロセスで試験を行ない、さらに能力を増強した2段モーターも燃焼試験を行なう必要がありました。

昨年の試験でも2段モーターが爆発

2023年7月、JAXAは秋田県能代市にある能代ロケット実験場で2段モーター(E-21)の燃焼試験を開始しました。ところが、点火からおよそ20秒後から燃焼圧力が計画の値を超え、開始から57秒後にモーターが爆発してしまったのです。爆発とその後の火災で実験場の真空燃焼試験棟は大きく損傷してしまいました。

その後の原因調査で、モーター内の推進薬に点火する機器「イグナイタ」の一部である「イグブースタ」という少量の火薬を含む部品から、溶けた金属がモーター内に飛散して断熱材が損傷し、モーターケース(モーターの容器部分)が熱のために耐圧性能が下がってしまったというシナリオが導き出されました。熱で弱くなったモーターケースは推進薬の燃焼の圧力に耐えきれず爆発してしまったと考えられています。

この試験失敗のためイプシロンSの予定は大きく見直しになり、損傷した能代の試験場は再建に時間がかかるために当面は利用できないことになりました。イプシロンSの最初の打ち上げも延期され、2段モーターの燃焼試験は種子島宇宙センターへ移動して実施されることになったのです。

種子島ではもともとH3用のSRB-3と共通部品である1段モーターの試験を行なうことができるため、設備面で2段モーターの試験を受け入れる余地がありました。

2回続けての異常燃焼―原因究明へ

こうして迎えた2段モーターの再地上燃焼試験ですが、当初は11月25日の予定だった試験を天候状況のために1日延期し、11月26日の朝に試験を開始しました。

26日午後のイプシロンロケットプロジェクトチーム 井元隆行プロジェクトマネージャからの説明によれば、8時30分の点火から20秒ほどで予測値よりも燃焼圧力が高くなり始め、49秒で爆発(異常燃焼)に至ったとのことです。実験隊や関係者への人的被害、第三者に対する人的・物的被害はないと報告されています。

異常燃焼の原因はまだ調査中ですが、井元PMは「計画よりも燃焼が早かった」と感じているといい、何らかの計画外の燃焼が起きた可能性があります。

気になるのは、モーターケースの耐圧性能の範囲内で爆発が起きたという点が2023年の試験失敗と重なるところです。昨年の失敗の原因箇所には対策が施された上での今回の試験ですが、2回続けての異常燃焼という結果には慎重になるべきでしょう。

現在は施設内に飛散した2段モーターの破片を回収する作業が進められています。データの見直しも進め、「モーターケースに起きた事象の可能性も排除せずに徹底的に究明する」(井元PM)としています。

現時点でイプシロンSロケットの計画への影響を断言することはできませんが、原因究明後に再々度の2段地上燃焼試験が必須であることを考えれば、イプシロンS実証機(1号機)の打ち上げ延期は避けられないと思われます。

種子島宇宙センターでの設備は、設備のクレーンや周囲の建屋に損傷があった様子も見られるといい、その修復の時間も必要になります。

今後のスケジュールに影響は?

宇宙基本計画工程表(令和5年度改定)におけるイプシロンSロケットの計画は下記のとおりです。

  • イプシロンS実証機(1号機)/LOTUSat-1(ベトナム向けの地球観測衛星):2024年度中
  • イプシロンS(2号機または3号機)/革新的衛星技術実証4号機:2025年度中
  • イプシロンS(2号機または3号機)/深宇宙探査技術実証機(DESTINY+):2025年度中

上記のうち、DESTINY+については、イプシロンSロケットから他のH3を含めた他のロケットに載せ替えることがすでに決定しています。これは今回の問題によるものではなく、能代試験場で真空燃焼試験棟が損傷したため衛星の軌道投入を調整する「キックステージ」の試験ができないことから決定されたものです。

革新的衛星技術実証4号機は、実証機打ち上げの後に搭載されることになるため、2025年度後半またはそれ以降になる可能性もあります。JAXAが中心となって民間の宇宙技術実証機を取りまとめ、イプシロンロケットで宇宙での性能確認の機会を提供してきた革新的衛星技術実証プログラムは、本来は2年に1回程度は実施する目標でした。

奇しくも2022年のイプシロン6号機では打ち上げ失敗とともに革新的衛星技術実証3号機を喪失、イプシロンSの試験トラブルで4号機のスケジュールに影響ということになるわけです。

本来は、地上燃焼試験で機体の不具合を洗い出すからこそ打上げ失敗を防ぐことができるのですから、試験失敗ですんでよかったともいえるでしょう。しかしイプシロンSは2回続けて2段モーターという同じ場所で異常燃焼という同種のトラブルが続いています。落ち着いて、調査結果を待つべきときではありますが、基幹ロケットの開発足踏みには気がもめるところです。

秋山文野

サイエンスライター/翻訳者。1990年代からパソコン雑誌の編集・ライターを経てサイエンスライターへ。ロケット/人工衛星プロジェクトから宇宙探査、宇宙政策、宇宙ビジネス、NewSpace事情、宇宙開発史まで。著書に電子書籍『「はやぶさ」7年60億kmのミッション完全解説』、訳書に『ロケットガールの誕生 コンピューターになった女性たち』ほか。2023年4月より文部科学省 宇宙開発利用部会臨時委員。X(@ayano_kova)