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ベイスターズ日本一の影の功労者は経営陣? 赤字球団を再建したDeNAの戦略

横浜スタジアムのグラウンド

プロ野球の頂点を競う日本シリーズの第6戦が11月3日に行なわれ、横浜DeNAベイスターズ(以下、ベイスターズ)がパ・リーグの覇者・福岡ソフトバンクホークスを下し、26年ぶり3度目の日本一に輝いた。過去2回の日本一は「横浜ベイスターズ」(1998年)、「大洋ホエールズ」(1960年)時代のもので、現在のチーム名となってからは初の快挙だ。

ベイスターズ日本一を支えたDeNA経営陣

ベイスターズは長らく成績が低迷、赤字続きということもあり、オーナー企業は食品大手「マルハ」(現在の「マルハニチロ」)→TBSホールディングスへと交代。しかしTBS傘下の10年間は、140億円で取得した球団を65億円で売却せざるを得ないような窮状であり、身売りや本拠地移転の噂がいつも絶えない状態であった。

しかし、2011年に「株式会社ディー・エヌ・エー」(以下、DeNA)による買収が行なわれてから、状況は明らかに激変した。万年最下位であったチームの成績は安定し、観客動員数が12球団中最下位であった頃が遠い昔に思えるほど、入場チケットの完売が相次いでいる。いまやベイスターズは、人気・実力ともに国内トップクラスの球団と言っていいだろう。

人気・実力だけでなく、ベイスターズは経営面から見ても好調を保っている。チームの運営を担う子会社「株式会社横浜DeNAベイスターズ」は、直近の決算(2023年12月期)では、12億2,100万円と前年同期から90%プラスの大幅増益を達成した。

また、ベイスターズを柱としたDeNAグループのスポーツ事業(ほかSC相模原/サッカー、川崎ブレイブサンダース/バスケなどを運営)も、2024年3月期には前期より30%プラスの273億円を売り上げ、21億円の利益を稼いでいる。祖業であるゲーム事業や、ライブ・ストリーミング事業(「ポコチャ」など)が伸び悩むDeNAグループの中で、ベイスターズ関連事業は今や、グループを支える事業の柱に成長を遂げたといえるだろう。

DeNAのセグメント別業績。スポーツ事業は、ゲーム事業に続く利益を上げている。DeNA2024年3月期 通期 決算資料より

ベイスターズ日本一の最大の功労者は、三浦大輔監督率いる選手の方々やスタッフ一同、全力で声援を続けたファンの方々であることは間違いない。この記事では、その陰で戦力補強・ファンの獲得など、すべの施策に必要な「安定経営」をもたらした「横浜DeNAベイスターズ経営陣」の功績を検証していく。また、DeNAのどのようなノウハウがベイスターズの経営再建に活かされたのかについても、検証していこう。

ベイスターズを変えた「リ・ブランド」「マーケティング」

横浜スタジアム構内

初代監督であった中畑清氏は就任会見後の挨拶で、球団職員のあまりの士気の低さに「挨拶くらい、目と目を合わせてちゃんとできるような人間づきあいをしようじゃないか」(双葉社「ベイスターズ再建録―『継承と革新』その途上の10年―」より)と、挨拶のやり直しを即したという。この頃のベイスターズは、もはや野球以前に組織として問題を抱えていたのかもしれない。

チームの経営も「年間売上50億円・年間赤字二十数億円」という末期症状に陥っていた。しかしベイスターズは、DeNA傘下入り後の5年間で売上100億円を突破し、たった5年で黒字転換を果たしている。果たして、どのような経営改善策を打ったのだろうか?

再建策(1) 球団イメージの一新

一塁側スタンドから見た横浜スタジアムのグラウンド

「みんな、なぜベイスターズに興味を持ってくれないの?」「興味を持ってくれそうな客層は、どこにいるの?」

DeNAは球団買収後に、「好き」「興味がない」の理由を探る「定性データ」、明確な数字を出せる「定量データ」の収集のため、ネットを駆使して1年がかりでアンケートを行なったという。その結果、本拠地を置く「横浜」という街は「港町」「観光地」「先進的」といったイメージだったのに対して、ベイスターズのイメージはまったくリンクしていなかった。いわば、「横浜市民に愛される球団」というより、「たまたま横浜に本拠地がある弱い球団」だったのだ。

そこで、DeNAはチームのブランドを一新(リ・ブランド)、「横浜の街のイメージに合ったチーム作り」に徹するという戦略を取る。まずユニフォームを、海をイメージした鮮やかなブルー基調のデザインに変更。試合中も、ベイスターズ選手のホームランを汽笛で祝うなどの演出で、港町・横浜らしさをショーのように演出した。

かつ、地域に根差したファン獲得のために、小学校訪問や観戦招待を積極的に行ない、72万人もの子供にベースボールキャップをプレゼントという大盤振る舞いも実施した。こういった戦略はベイスターズのブランド力向上だけでなく、家族ぐるみでの来場や、一新したブランドイメージの浸透、さらなるファン獲得にも繋がる。

こうして2016年には、横浜スタジアムは「年間観客動員194万人&スタジアム稼働率93.3%」を記録。べイスターズは「横浜市民に愛される人気球団」に変貌を遂げた。

なおDeNAは本業のゲーム部門でも、主力の「モバゲータウン」を英語圏・中国語圏進出のために「Mobage」に変更するなど、臨機応変なリ・ブランド戦略をとっている。データに基づいてブランド戦略を変えるDeNAの柔軟な経営方針は、各方面で活かされていると言っていい。

再建策(2) ターゲットを絞った集客力向上

横浜スタジアム限定パッケージの「シウマイ弁当」。球場内の物販もマーケティングによって工夫が凝らされた

上記のアンケートは、リ・ブランド戦略で増加した潜在顧客を、ファンとして取り込むための「マーケティング戦略」に、絶大な効果を発揮した。

アンケート内容から判明したのは「年代別・性別などファンの属性」「平日、休日の客層の違い」「どの属性の来場者が増加しているか」など。その中で、まずメインターゲットを「20代後半~40代のアクティブサラリーマン層」に設定したという。

「家族や友人とともに、ビールを飲みながら盛り上がることが目的」という顧客像のイメージを描き、野球に興味がない観客でも楽しめるショーを開催する「YOKOHAMA STAR☆NIGHT」や、平日夜の会社帰りにナイターを見に来るファンへの「ビール半額祭り」などで、潜在顧客をコアなファンへ、コアなファンをさらに深化したファンへと変えていったのだ。

いまプロ野球各球団では、「野球に興味がなくても楽しめる空間」として球場を演出することで潜在顧客を掘り起こし、ファンのすそ野を広げる経営戦略が一般化している(例:ファイターズ「エスコンフィールドHOKKAIDO」など)。DeNAはアプリゲームの顧客獲得で培ったマーケティングのノウハウを最大限に活かし、2011年には約110万人だった観客動員数を、2016年は約194万人にまで増加させることに成功したのだ。

再建策(3) 横浜スタジアムを子会社化

横浜スタジアムの外観。この日の先発は今永昇太投手(現:シカゴカブス)

毎試合ガラガラだった本拠地・横浜スタジアムは、2015年の時点で“大入り”(満員)が前年より20試合も増加、43試合にものぼった(中畑清監督・退任スピーチより)。しかし2015年12月期の時点でのベイスターズの経営は、まだ「売上93億円、赤字3億円」(当時の球団社長・池田純氏の著書「空気のつくり方」より)だったという。

ベイスターズ黒字化への最後のネックは、本拠地である横浜スタジアムの使用契約であった。球場は横浜市が所有、管理は第3セクター会社「株式会社横浜スタジアム」に任されているが、ベイスターズと交わした使用条件が「入場料収入の25%を球場に支払う」「グッズ・飲食・広告看板など球場内の売上は球場側に入る」といった、かなり一方的な契約内容であったという。

入場者が増加すればするほど使用料も上がるため、球団関係者も「全試合満員でも赤字」とこぼしていたという。この状況を改善するために、DeNAは「株式会社横浜スタジアム」そのもののTOB(公開買付)を目指す。しかし同社は市民の共同出資で建設された経緯があり、株主の6割以上を個人が占め、中には「新参者に球場の株を売るなどとんでもない!」と態度をあらわにする株主もいたという。

DeNAは上場企業としてのIR発信の経験を活かし、横浜スタジアムとベイスターズの今後の経営方針を丁寧に伝えつつ、株主に売却を求めた。かつ、20人以上の特命チームが企業や個人宅を何度も訪問。DeNAの創業者である南場智子オーナー(当時)も主要株主に頭を下げてまわる総力戦で、期限前に買い付けに応じる株主が急増。2015年12月にTOBが成立した。

その後、2016年にベイスターズは黒字化を達成する。実質的に自前球場となったことから、耐震化、シート交換、大幅な客席増設(ウィング席)などを実施。2020年に増築・改築工事が竣工し、顧客満足や収益増加に繋げた。球場の買収をきっかけに、ベイスターズの経営は、さらに成長曲線を描けるようになったのだ。

収益を選手に還元して日本一を獲得

芸能人などを呼んだ始球式も、演出として欠かせない

そうして稼ぎ出した収益は、もちろんベイスターズの今後、そして選手のために充てられている。

まず、黒字化直後の2017年から、AIや統計学、金融工学などの知見がある人材を次々と採用し、R&D組織(研究開発部門)を強化。全社員からアイデアを募り、その中から「選手・コーチとの協業で、AIを使った選手の動作解析」などのプロジェクトが実現した。その後もベイスターズはデータ活用・トレーニング環境で他球団の先を行く環境を整備しており、引退後の2022年にチームに戻った小杉陽太投手コーチのように、元・選手の立場でデータサイエンスを使いこなし、ノウハウを現役選手に共有するような人材も出てきている。

なお、このR&D組織の接点がきっかけとなり、サイ・ヤング賞(アメリカ・メジャーリーグで最も優れた投手)受賞の経験があるトレバー・バウアー投手の獲得に成功している(2023年に在籍。現在も再獲得の報道あり)。流体力学などの知識を活かす「ベースボール・サイエンティスト」として名高いバウアー投手を納得させた環境づくりも、ベイスターズとして収益を挙げているからこそ、実現できたものだ。

また、若手選手寮(青星寮)、屋内練習場、屋外練習場を備えた「DOCK OF BAYSTARS YOKOSUKA(ドック オブ ベイスターズ ヨコスカ)」を建設。全体的な建設は横須賀市が負担し、うち10億円をベイスターズが拠出した。これからのチームを担う2軍選手のための投資も、惜しまず行なっているようだ。

近年でも山崎康晃投手、宮崎敏郎選手などの功労者に複数年契約を提示。2024年にアメリカから帰国した筒香嘉智選手には他球団に劣らない条件を提示し、再び迎え入れた。

その筒香選手は日本シリーズの大事な場面でことごとく打ち続け、見事にベイスターズ日本一を呼び込んだ。なお筆者はどの球団のファンでもない(応援していた球団が消滅したため)が、筒香選手のような“(運を)持っている”スターの凄みを、観戦を通じて痛感させられた。

DeNAは2011年にベイスターズを買収してから、企業の強みであるリ・ブランド戦略、マーケティング戦略、IR発信力を活かし、プロ野球に必要なファン(顧客)の獲得、チームの強化、収益を出せる強い組織づくりを、すべて並行して行なった。その結果、チームは2024年のプロ野球12球団の頂点に立ち、横浜スタジアムの年間観客動員数は「235万8,312人」と史上最高を突破。チームは栄冠を掴み、会社も必要な利益を稼ぐことができたのだ。

ベイスターズは来シーズンも熱い戦いを見せてくれるだろう。そして、野球に興味がない人でも楽しめるようなショーや演出は、横浜スタジアムの観客を楽しませ続けるはずだ。あとは、2025年のベイスターズが念願のセ・リーグ優勝を飾れるのか(2024年は3位。その後上位決戦の「クライマックスシリーズ」で上位2チームを倒して日本シリーズ進出)、さらに、次の決算では優勝効果がどれだけ現れ、補強やトレーニング環境の充実に使われるのか。ベイスターズ戦士+経営陣・DeNAが一体となった”燃える星たち”(球団歌より)に注目していきたい。

宮武和多哉