鈴木淳也のPay Attention
第241回
日本のキャッシュレス「4割」達成へ 増える“独自マネー”と手数料の実際
2025年3月28日 08:40
先日、米HPのAmplify Conference 2025に参加するために米テネシー州ナッシュビルを訪問していた。会場はカンファレンスセンターと宿泊施設が一体化した郊外のリゾートホテルで、会期初日に夕食会場に移動するためにナッシュビルのダウンタウンを訪問したのを除けば、時間がなくて最終日までホテルの敷地から一歩も出(られ)なかったのだが、このホテルに宿泊予約をした際に面白いメールが送られてきた。
いわく、ホテル内のショップやレストランはすべて“完全キャッシュレス”であり、現金は一切受け付けないという。その代わり、ホテルに現金を持ち込む、あるいはクレジットカードが何らかの理由で直接使えないという宿泊客のために、ATMと「現金をプリペイドカードにチャージするKIOSK」が設置されているので、それを利用してプリペイドカードを入手してくれという指示だった。
幸い、カンファレンスでは到着日以外の食事はすべて用意されていたため筆者自身のクレジットカードを使う機会もほぼなかったのだが、なかなかに思い切ったコンセプトのホテルだと思う。何の因果か、当該のKIOSKは筆者が泊まっていた部屋のすぐ隣に設置されていたので移動のたびに毎回前を通っていたのだが、割と利用している宿泊客がいたのが印象に残っている。
そんなわけで今回のテーマは“キャッシュレス”だ。過去1年を振り返って欧米への出張で現金を使った記憶がまったくない。一方で、日本を含む東南アジア方面ではまだまだ現金を使わなければならないタイミングが多いのだが、それも踏まえて最新事情を追いかけたい。
「2025年までに4割」のキャッシュレス比率目標はどうなった?
3月26日にNHK News Webが「キャッシュレス決済 政府目標の4割 前倒しで達成へ」と最新ニュースを報じている。それによれば、2025年6月までとされた「日本国内におけるキャッシュレス決済比率を4割に引き上げる」という目標が前倒しで達成できる見込みだという。
経済産業省では例年、日本クレジット協会や日本銀行、キャッシュレス推進協議会のデータを集計して3月の年度末にキャッシュレス決済比率を発表している。2024年3月29日に発表された2023年のキャッシュレス決済比率は39.3%で、この時点ですでに目標達成はほぼ確実だといえるが、NHKによれば特に近年の(決済手数料が相対的に安い)コード決済の伸びがこれを後押しした影響があるという。
前段でNHKの報道が“見込み”とあるように、本稿執筆の現時点ではまだ2024年のデータを集計したキャッシュレス決済比率が出ていない。経済産業省の担当者によれば「NHKからの取材があったのは確かだが、4割目標達成とはNHK側で独自に数字を集計しての報道であり、政府側の公式見解として現時点でコメントはできない」という。
いずれにせよ、過去の推移から推測して43%前後の数字となる可能性が高く、“キャッシュレス万博”をうたった大阪・関西万博の開催を前に当面の目標は達成し、今後も取り組みとしては継続しつつ、「キャッシュレス将来像の検討会」の資料でもうたわれている将来的に世界最高水準の80%を目指していくことになると考えられる。
さて、この国内のキャッシュレス比率についてもう少しだけ掘り下げる。
病院と一部のラーメン屋と決済端末が故障しているときしか現金払いをしない筆者からすると、自身のキャッシュレス決済比率は余裕で9割を超えているのだが、キャッシュレス決済の比率は人それぞれのライフスタイルや利用店舗の傾向によっても大きく異なってくる。
数ある小売店舗の中で、割と経済産業省の出すデータに近い水準でキャッシュレス決済比率を維持している業態があるが、それは他ならぬコンビニエンスストアだ。
筆者の把握する限り、ここ10年ほどのコンビニでのキャッシュレス決済比率は経済産業省のデータと同等、あるいはそれを若干上回る水準で推移している。主要コンビニ3社への聴き取りを行なっている範囲で、現在の数字は「4割強」となっており、予想される2024年のデータとほぼ合致する。ある意味で、日本のキャッシュレス事情を知るためのバロメーター的存在だ。
NHKが指摘するように、筆者が最近になり現金をほとんど使わなくなった大きな理由の1つに、飲食でのPayPay利用可能店が一気に増えたことが挙げられる。
ただ以前にも指摘したように、コード決済のカテゴリは比較的最近まで除外して各種の検討が行なわれるケースが多かった。理由としてはクレジットカードを間に挟んで決済を行なうということで“ダブルカウント”が発生するなど、集計の難しさが一因としてある。経済産業省のデータではそれを加味したうえでの集計を行なっており、比較的実数に近い数字が出ているのではないかと考える。
一方で、昨今増えつつあると考えられるのが、“独自の電子マネー”の存在だ。ハウスカードなどとも呼ばれる店舗独自の決済方式で、仕組みとしては前払い方式のプリペイドカードとなる。特に「安さ」をアピールする大手チェーンや地方スーパーマーケットでの採用例が多い。注意点として、これらプリペイドカードは日々の“キャッシュレス決済”で用いられているにもかかわらず、経済産業省のデータでは集計されていないとみられる。
下の式は経済産業省の「2023年のキャッシュレス決済比率を算出しました」のページにあるキャッシュレス決済比率の計算式だが、プリペイドカードが本来含まれるカテゴリに入ると思われる「電子マネー支払額」の根拠となるデータは日本銀行の決済動向の「電子マネー」のページにある集計情報を参考にしている。だが決済動向の注意書きにある電子マネーの集計対象はIC方式、つまりFeliCaベースの主要電子マネーサービスが対象であり、これら前払い式支払い手段のプリペイドカードは集計対象になっていない。
そのため、実際のところ近年増えつつある「店舗独自の電子マネー」の市場がどの程度の規模なのか、また「(主に端末での)現金チャージが前提のプリペイドカード」をキャッシュレス決済のカテゴリにそのまま算入していいのか判断が難しいところだが、コード決済の次に考慮すべきポイントとして、この独自マネーのカテゴリが勃興しつつあると考える。
増える独自マネーの世界
筆者は知らない土地に行ったり、比較的行く頻度の高い場所であっても地元のスーパーや商店をまわって、実際にどういった決済が利用でき、買い物客がどのような支払いを行なっているか観察するようにしている。
「店舗独自の電子マネー」を採用するのは“西日本”のエリアで多い印象だが、最近では全国区のスーパーでも採用するケースが増えており、その筆頭格といえるのが西友を買収したトライアルや、先日話題になったロピアだ。
トライアルではポイントカードが一体化したプリペイドカードを発行しており、同店での買い物では基本的に現金またはこのプリペイドカードしか利用できない。このほか、モバイルアプリ「SU-PAY」の利用も推奨しており、プリペイド方式で銀行口座からのチャージが可能な点に特徴があるが、やはりクレジットカードを使ったチャージには基本的に対応しない。
トライアルを含む、こうした店舗が「独自の電子マネー」に走る理由は主に2つある。
1つはロイヤルティカードの役割を担っており、「独自の電子マネー」を利用して決済する、あるいは現金チャージを行なった際に「ボーナスポイント」を付与し、あえて“お得”に見せることで積極利用を促すためだ。
これによるメリットは2つあり、1つは小銭の取り扱いが減少することで事務作業負担や設備投資負担を軽減挿せる効果、もう1つは再来店を促す効果だ。「独自の電子マネー」は他店舗では使えないため、必然的に同じチェーンの店舗で使わざるを得ない。しかも、例えば「299円」のようなお得感を演出する価格設定を行なうことで電子マネーを使い切るのが難しくなり、それもまた再来店の理由になりやすい。めったに同系列での店舗で買い物しない客にとっては使いにくいものだが、固定客を掴む上で重要な手段となる。
理由の2つめは決済手数料の存在だ。
クレジットカードに電子マネー、コード決済を利用するにあたり、加盟店はアクワイアラや決済代行業者に決済手数料を支払わなければならない。よく勘違いされるが、この決済手数料は一定ではなく、業態や決済量に応じて可変する。そのため、決済手数料を開示しているAirペイやSquareなどのサービスの2.5%~3.5%程度という数字がよく一人歩きしているが、実際にはそれより高いケースもあれば、もっと低いケースもある。
比較的大きなチェーンやスーパーの場合、決済手数料はかなり低めになる傾向が高く、端的にいえば「1%台」のような数字が提示されていることが多い。
時々、スーパーで特定の決済手段、特に電子マネーやコード決済の一部ブランドが後に利用不可となったという経験があるかもしれないが、これはスーパー側の手数料引き下げ交渉で要求をのめなかったブランドが撤退したことによるもの。これが中間業者の(ほぼ)介在しない「独自の電子マネー」であれば決済ごとに○%単位で手数料の支払いが発生することはなく、薄利多売とされるスーパーマーケットの運営で大きな助けとなる。
もっとも、システム維持やサポートにまつわる費用が発生するため、本来手数料として引かれる利益がそのまま手元に残るわけではないが、売上の1-2%を丸ごと“抜かれる”よりはメリットが大きいと考えているのだろう。
手数料といえばもう1つ、先日話題になったファミリーマート店舗での掲示の話だ。
キャッシュレス決済では店舗手数料負担が大きく、「現金またはファミペイでの支払いをお願いする」というもの。3月中旬ごろからSNSで話題となり、同社へ真意を問い合わせるケースも出てきた。実際の掲示物とファミリーマートの公式見解は次のようになる。
「決済におけるキャッシュレス比率の高まりにより、決済手数料の増加が店舗運営における課題となっております。ファミリーマート本部として決済手数料負担の軽減のため、お支払いを現金もしくは決済手数料が少額なファミペイのご利用をご案内しております。なお、告知物の掲出については加盟店判断のもと、3月中旬から全国の店舗にて順次展開しております」(ファミリーマート広報)
ファミリーマート側の見解として、決してユーザーに2択での支払いを強制するものではなく、あくまでお願いベースで現金やアプリ利用を検討してほしいという点を改めて強調している。実際、アプリ利用に関してはステッカーの掲示されていない店舗でも多くのファミペイに関するプロモーションが行なわれており、同社ならびに加盟店としてはファミペイを極力使ってほしいという意図は毎回強く感じている。
決済手数料の実際
決済手数料について、もう少しだけ掘り下げる。
あくまで筆者が認識する“一般論”として受け取ってほしいが、キャッシュレス決済における手数料が一筋縄で説明できるものではなく、数字が簡単に表に出てこない理由の一端を理解するものと認識してほしい。小さな飲食店や小売店など、個人事業主であればキャッシュレス導入において個別に決済代行業者などと契約することになるが、チェーン店やグループ内で同じ決済システムを導入する場合など、本部が包括して契約を行なうケースが多い。
理由としては、前出のように信用力や取扱量が個人ベースのものよりも圧倒的に高く、手数料交渉でも有利だからだ。そのため、本部がアクワイアラなどと包括契約を行なうことで手数料は低く抑えられることになる。
一方で、このかなり低い水準に抑えられた決済手数料は、グループに属する個人事業主やフランチャイジーなどに決済システムとともに提供が行なわれる際に、若干のマージンをシステム利用料として上乗せするケースがある。これは通常の契約において、決済システムを買い切りではなくレンタルで導入する場合などでも適用されるルールだが、初期投資が少なくなるため決済手数料が若干上昇することを許容する加盟店も多い。
これを「中抜き」と表現する人もいるかもしれないが、キャッシュレス決済の大前提として「システム利用料は“タダ”ではない」という点に留意してほしい。一見“タダ”に見える仕組みでも、まわりまわって誰かがどこかで負担しているだけで、それが見えにくくなっているだけということは知っておくべきだ。
話を「独自の電子マネー」に戻すと、一見すると現金利用で加盟店からは手数料分がそのまま利益になるという考えもできるが、一方でシステム維持のための負担は誰かが被っている形であり、それは前出のトライアルのプリペイドカードやファミペイについても言えることだ。
キャッシュレス決済比率が高くなるほど手数料負担が増える話は以前にもしたが、システムが存在する以上は「独自の電子マネー」導入で手数料負担は軽減できても、手数料あるいはシステム利用料そのものはなくならない。あくまでベースを若干底上げするだけだ。
例えばコンビニの決済手数料は1%台のかなり低い水準に抑えられているが、仮に国際ブランドのクレジットカードが利用されなかったとしても手数料が0になることはないと思われる。あとはシステム利用料や現金取り扱いの事務負担と合わせてどう考えるかだ。
筆者の考えとしては、どの決済手段を用意するかは店舗しだいであり、それを見て利用するかを判断するのも買い物客自身だ。ただ、外野の見解として「手数料や中抜き許せん」という簡単な話ではないことは覚えておいてほしい。
冒頭で、政府がキャッシュレス決済比率4割達成の後は8割を目標にしているという話題に触れたが、実際のところ日本がキャッシュレス先進国になる過程において、複数の決済手段を組み合わせたハイブリッドな仕組みにならざるを得ないと筆者は考えている。「EUとかのようにカード決済手数料の上限を決めて低く抑えるべき」という意見も聞く。実際、下記のような「Antitrust: Regulation on Interchange Fees」のルールによって欧州の国々では国際ブランドのデビットカードによる決済が広く普及しており、たいていの場所では現金なしで滞在をやり過ごせることが多い。
The Regulation ensures that interchange fees are capped at a level such that retailers' average costs are not higher for card than for cash payments. Therefore, the Regulation caps interchange fees for consumer debit cards to 0.2 % and consumer credit cards to 0.3 % of the value of the transaction.
米国の場合はデビットカードのインターチェンジフィーの規定はあるものの、クレジットカードについては言及されていない。日本の場合はインターチェンジフィーを含む手数料が高すぎるという意見もあるが、従来からの商慣習により日本のカード会社のビジネス構造が手数料に大きく依存していること、ポイント還元を主体にユーザーを取り込んできたため、還元をいまさら大きく削るのが難しいこと、そしてCAFIS利用料や全銀システムの振込手数料が下限として存在するため、一定以上は下げられないことがある。
また、「カード会社が手数料で儲けるのは納得がいかない」という言いがかりに近い意見もある。前述のようにシステムを利用するのは加盟店や買い物客の自由だし、それに対する対価は払って当たり前だ。おそらくはPayPayの手数料有料化の話などを受け、よく見られた意見だったと思うが、決済サービスはボランティアではなく、あくまでビジネスだ。
PayPayがローラー作戦で加盟店開拓を行ない、膨大なコストと人的リソースをかけてシステムやサービスを開発し続けているのも、将来に向けてビジネスを伸長させ、さらに稼ぐためにある。
「政府がシステムを用意して、キャッシュレス決済を整備すればいいじゃないか」という意見が出てくるかと思うが、キャッシュレス決済の普及を民間主導で任せたのは経済産業省の方針だ。事業者としては将来の“うまみ”があるからこそ膨大な先行投資とリスクを背負っているわけで、おそらく政府が自らやっていたのでは、こんなスピードでキャッシュレス決済比率が伸びることはなかっただろう。これは中国でアプリ決済の覇権を握ったAlipayやWeChat Payも同様で、このスピード感は民間主導ならではのものだと考える。
一様ではなく、まだら模様の勢力分布となった日本のキャッシュレス決済地図だが、これは今後もある程度その形を維持しつつ浸透し、そう遠くない時期に5割を超える水準に達するものと思われる。そこから先、さらに水準を上げていくには別のさまざまな問題が存在すると考えているが、このあたりの課題は別の機会に改めて触れていきたい。