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カシオ指輪ウォッチの誕生 衝撃の小型化と“ワクワク感”を紐解く
2024年11月20日 08:20
カシオから指輪型のデジタルウォッチ「CASIO RING WATCH CRW-001」が登場する。12月に19,800円で発売される予定。大きな注目を集めるこの製品について、なぜ指輪型になったのか、どのような経緯で開発されたのか、カシオの開発担当者にインタビュー取材を行なった。
対応していただいのは、カシオ計算機 羽村技術センター 時計BU 商品企画部の小島一泰氏、羽村技術センター 開発本部 開発推進統轄部の野中陽子氏、深センのCasio Electronicsから有田幸喜氏、林 宝峰氏の4名。
3つの企画が奇跡の合流
「カシオ リングウォッチ」は、カシオの時計事業50周年を記念する企画の“締め”として用意された製品だ。
カシオの原点を探ると、カシオ計算機の前身である樫尾製作所で戦後間もない1946年、紙巻きタバコを根本まで吸える指輪型の「指輪パイプ」という発明品をヒットさせている。この指輪パイプがヒットしたことで開発資金を確保でき、会社を成長させていくことになるほか、「世界初」を生み出すカシオのDNAの原点にもなった。小島氏は、時計事業50周年を控える中、創業当時の“指輪”を改めてフィーチャーできないか、企画していたという。
そんな中、カプセルトイという意外なところで2023年7月に登場したのが「カシオウオッチリングコレクション」だ。このカプセルトイはカシオの商品ではなく、カプセルトイメーカーの商品をカシオが監修したものだったが、大きな話題となった。
小島氏は、指輪型カプセルトイの登場や、反響の大きさに驚いたという。これは、社員としていち部署に所属する立場からすると、社内のほかの部署のプロジェクトやコラボレーションについてすべて把握できるわけではないことも影響している。
ただ、その指輪型トイへの反応を追っていくと、「時計として動いたらいいのに」という声が非常に多いことに気づき、指輪をテーマにしていた企画を「何としても実現したいと考えた」(小島氏)と、決意を新たにするきっかけになったとする。
一方、腕時計などの既存の製品ラインナップにとらわれない、アクセサリー展開について検討を進めていた野中氏は、グループ会社が3Dプリンターで試作した、腕時計モチーフの指輪型アクセサリーに出会う。
樹脂で作っていたところ割れてしまったとのことで、素材を耐久性の高い金属製にし、造形にもこだわるなど改善を図り、2023年の3月には社内の技術展示で提案するなどしていた(2022年にG-SHOCK PRODUCTSとして発売されたシルバーリングは別の企画とのこと)。
3つ目の動きは、中国・深センにあるカシオの開発部隊が中心となって開発した超小型モジュール。きっかけは、野中氏が提案した指輪型アクセサリーを社内の技術展示で見たことで、超小型の時計モジュールの開発が2023年4月にスタートした。
その後2023年9月に指輪型時計の試作品が完成、11月には量産に向けて動き出した。最終的には、体積比で従来の1/10という超小型モジュールが完成、指輪型の金属ボディを設計し、搭載することに成功した。
こうして、創業当時の指輪をヒントにした小島氏の企画、野中氏の指輪アクセサリーの試作、それをきっかけにしたカシオ深センでの超小型モジュールの開発と、社内の3カ所で起こった企画や開発が一堂に介したことで「カシオ リングウォッチ」が誕生した。
常識破りの超小型モジュールの世界とは
リングウォッチの要となる超小型モジュールは新規に開発されたもので、カシオの腕時計の従来のモジュール(デジタルウォッチのムーブメント)とは異なる技術が多数投入されている。
まずカシオ初採用の技術として「超薄型LCD」が開発された。定番製品「DW-5600」系のモジュールに搭載されるLCD(液晶ディスプレイ)のガラス板厚が0.4mmのところ、超小型モジュールではガラス板厚が0.15mmと、半分以下を実現。LCD全体でも厚さは1.27mmから0.77mmと、1mmを下回る薄さになっている。
「カシオとして初めて使った技術で、薄いガラスにチャレンジした。一般のモジュールには使われておらず、製造中も割れやすいので、製造メーカーと一緒に工夫を凝らした」(林 宝峰氏)。
つぎに、同じくカシオ初採用の技術として「超薄型導光板」も開発された。導光板はバックライトの光を拡散させるためLCDの背後に配置されるパーツで、5600系の導光板が厚さ0.4mmなのに対し、新開発の導光板は厚さ0.15mmと、A4紙(厚さ0.1mm)に迫る薄さとなっている。一般に導光板はある程度の厚みがないと光を均一に拡散できないが、成形技術を新たに開発することで薄型化を実現した。
開発当初はバックライトを搭載しておらず導光板は不要だったものの、途中でバックライトは必要ということになり、追加で開発された。光源のLEDを搭載すると関連パーツも増えるため、限られた面積での高密度実装に苦労したという。
高密度実装の難しさはLED関連だけでなくモジュール全体の課題で、部品同士の隙間、部品の厚み、LCDのコンタクトパッドのピッチなど、カシオの過去製品にはないレベルで小さいパーツが追求された。パーツ関連で最も難しかったのは電源まわりとのことで、電池の1.5Vの電圧を昇圧させるパーツは可能な限り小さいものを搭載する必要があり、苦労したとのことだった。
こうした結果、従来(5600系)のモジュールは直径31mmだったところが、リングウォッチのモジュールは直径12.8mmを実現。体積比にして1/10という超小型モジュールが誕生した。
特筆すべきは、機能面でもカシオの腕時計の基本機能を省かなかったこと。LCDは7セグメントの6桁表示が可能で、時・分・秒を表示できる。本体には3つのボタンを備えており、12/24時間表示の切り替え、カレンダー、デュアルタイム、1/100秒ストップウォッチ、バックライトの点灯で知らせる時刻アラーム(時刻フラッシングライト)の各機能を搭載。カシオの腕時計の定番機能をそのままにダウンサイジングすることにこだわった。
また、前述の超薄型化されたLCDガラスにより、製品本体の表面ガラス側に近い位置で数字などが表示される。影も少ないため想像より視認性が優れる点は実用性に貢献している。
最新の時計製造技術が実現する金属加工
超小型モジュールと並んでもうひとつの大きな課題となったのは、フルメタルで作られる指輪部分。ここにはG-SHOCKなどで採用実績のある技術として、粉末状の金属を射出成形する「MIM」(メタルインジェクションモールディング)という成形技術が採用された。これにより、ケースと裏蓋、リング部分を一体成形しながら、カシオの腕時計をモチーフにした複雑な形状を実現している。
電池交換と防水(日常生活用防水)を両立させた部分も、いくつかの候補があり、苦労した部分という。最終的には、裏蓋を採用せずケース部分は一体成形とし、電池を含むモジュールを前から組み込む構造にした。ガラス接着技術でフタをする仕組みにより気密性を確保、修理センターでの電池交換に対応する。採用する電池のサイズは開発中も調整を続け、駆動時間は約2年を確保している。
ソーラー発電は搭載できる?
今後の展開や技術的仕様の発展可能性についても聞いてみた。ソーラー発電への対応については「可能性はある」(林 宝峰氏)とのことだが、「さらなるサイズダウンが必要。もう一段階進化したら、ソーラー発電を搭載できる可能性はある」(同)と、技術の発展に時間が必要という状況。
本体サイズについては、押し出し感が強いG-SHOCKテイストのデザインを採用することで厚みの存在を“中和”しているが、薄型化やコンパクト化は開発の視野に入れていきたいとのことだった。
リングウォッチ本体の素材はステンレススチール製。これをほかの素材に変更できる可能性については、「(アクセサリーとして定番の)シルバーはお約束できないが(笑)、作ろうと思えばステンレス以外も可能」(有田氏)とのこと。腕時計ではチタンなども素材に採用されているだけに、バリエーションの登場にも期待がかかる。
また近年のカシオの腕時計は「CMF」(Color Material Finish。色・素材・仕上げにこだわること)を掲げており、例えば、貴金属でなくても、高度な技術で質感を高めたり、ユニークな素材を開発・採用、仕上げにこだわったりして、付加価値を高めている。小島氏は、リングウォッチを通して、指輪やファッションの領域にCMFを応用していくことも検討していきたいとしている。
スマートより“ワクワク”を
近年は光学式心拍センサーを備えた「スマートリング」や、タッチ決済機能を備えたものなど、指輪型デバイスが増加している。カシオのリングウォッチもそうした流れを意識したものだろうか? 小島氏は、それらとは少し異なるカシオ独自の内容になっているとする。
リングウォッチは時計事業50周年を記念した企画であることに加え、例えば1990年代以前のカシオのラインナップにはユニークな機能を備えた腕時計も多く「ワクワク感のあるものが多かった」(小島氏)と振り返る。リングウォッチは、デジタルで培ってきた技術を投入しつつ、かつてのカシオを体現するようなユニークな製品になるようアプローチしたとしている。
小島氏によれば、開発段階では「不安のほうが大きかった」という。一方、内覧会などを開催して社外の人からは一番期待されるものとして注目を集めたことから「手応えを感じている。社内での期待も高まっている」と、不安から一転、発売に向け期待が大きくなっている様子を語っている。
なお、販売に際しては通常の腕時計のように取り扱われる見込み。当初の生産数はそれほど多くないとしており、注目している人は予約をするのがよさそうだ。