トピック

ゴアテックスは「洗って」 ブランド横断で訴える理由とは

トークイベントの会場に展示されたパナソニックの洗濯機とゴアテックス採用のアウトドアウェア

日本ゴアは、GORE-TEX(ゴアテックス)採用のアウトドアウェアを家庭で洗濯して長持ちさせることを訴求するメディア向けのトークイベントを開催した。アークテリクス、ザ・ノース・フェイス、パタゴニアの3ブランドの担当者のほか、洗濯機でアウトドアウェアの「はっ水回復」コースを開発したパナソニックも参加して、アウトドアウェアの定期的なケアの重要性を訴えた。

左から「パタゴニア」マーチャンダイジング テクニカルラインコーディネーターの片桐星彦氏、「アークテリクス」アフターセールス/リバードマネージャーの室田剛氏、「ザ・ノース・フェイス」マーケティング部 部長の山下浩平氏、パナソニック ランドリー・クリーナー事業部 衣類ケアBU 商品企画部の中込光輝氏、日本ゴア GORE-TEXブランド アカウントマーケティングの阿部功氏

ゴアテックスは過去10年に渡って、ゴアテックスのウェアは家庭で洗濯できる、長持ちさせられる、という啓蒙活動に取り組んでいるが、認識の広がりに課題を感じているという。また各ブランドでもそうしたケア関連のイベントを開催しているものの、やはり広がりには限界があるという。そこで、素材を各社に提供する立場であるゴアテックスが音頭を取り、ブランド横断でケアの重要性を訴える今回のトークイベントの開催につながった。今後、各ブランドでは、例えば洗濯関連の表示を揃えるといった、ブランド横断の取り組みも検討されている。

ゴアテックスは、ゴアテックス採用ウェアは家庭で洗濯でき、定期的に洗濯することを推奨しており、最終製品を販売する各ブランドも同様。下着や普通の服を毎回あるいは定期的に洗濯するように、アウトドアウェアも着用したら洗うことを推奨する。日常的に使っている場合なら、1週間に1回は洗濯することが望ましいという。

アークテリクスとパタゴニアは、家庭用洗濯機を使い、中性洗剤やアウトドアウェア専用洗剤で洗濯できると案内。ザ・ノース・フェイスは「念には念を入れて」、洗濯機ではなく手洗いを推奨している製品が多いものの、どのブランドの製品も、開発段階では洗濯機を使った厳しい耐久試験をパスしているとのことで、基本的には家庭用の洗濯機で洗濯できるというのが実際のところになっている。

パナソニックは、2023年に発売したLXシリーズなどで、乾燥だけのコースの機能として、アウトドアウェアの「はっ水回復」コースを備えた製品を発売している。

担当者によれば、きっかけはアウトドアウェアの撥水性能が熱で回復することを知ったこと。ヒートポンプ乾燥の熱を利用して新しい機能を実現できるのではないかと考え、3桁におよぶという試行・評価を経て実装にこぎつけた。パナソニックでは、洗濯で衣類のロングライフを追求するというテーマがあり、アウトドアウェアの撥水性能を回復する乾燥コースは、そうしたテーマとも合致する取り組みになったとした。

パナソニックの一部の洗濯機は、乾燥機能のひとつとしてアウトドアウェアの「はっ水回復」コースを備えた製品を展開

なお、パナソニックの洗濯機では、「防水ウェア」の洗濯は非対応となっている(上記「はっ水回復」は乾燥のみのコース)。これはメーカーの保証体制とも関連するためだが、「防水ウェア」としてレインコート、スキーウェア、あるいは防水シートなどを含めてしまうと、脱水時に水の偏りが出て故障や事故につながる可能性があるためだ。一方、ゴアテックス製品を開発するウェアメーカーは、前述のように洗濯機でテストを実施しており、製品に付属する洗濯の取扱表示タグでも、多くの製品は洗濯機で洗えることが示されている。洗濯機で洗う場合は、取扱表示タグの内容を守るのが基本になる。

ゴアテックスウェアの取扱表示タグの例
消費者庁が案内する新しい洗濯の取扱表示

撥水は洗濯だけでも回復

そもそも、ブランド側で定期的な洗濯を推奨する理由、それがユーザーには広まらない理由とはどんなものなのか。

ゴアテックス採用製品を含め、アウトドアウェアも衣類のひとつ。タフなウェアというイメージとは裏腹に、着用することで、目に見えなくても、外気、雨、汗、皮脂、クリームや整髪料などに由来する汚れが付着する。洗濯しないまま時間が経過すると、こうした汚れが生地内部での素材の剥離といったことを含む、致命的な傷みを引き起こし、本来の機能や性能を回復できなくなる。

例えば、ウェアの首筋に黄ばみが出ている状態。アークテリクスの担当者は「襟に皮脂の汚れが見えたら、その時点ではもうほぼ落ちない」としている。ウェアの低下した性能を回復させる観点でも、すでに手遅れになっている可能性が高いという。

また、アウトドアアクティビティだけに使う人より、街着としてカジュアルに使う人のほうが着用回数が多く、汚れにさらされやすいという。パタゴニアの担当者は、洗濯することで、撥水性能の回復だけでなく、汚れによる致命的な劣化を防ぎ、製品寿命を伸ばせるとする。

汚れの程度が分かりやすく現れるのは、生地表面の撥水性能の低下。高機能なアウトドアウェアでは一般的に、生地表面に撥水剤がコーティングされており、撥水剤により付加された撥水基と呼ばれる微細なブラシのような構造が「立って」いることで、水をはじく仕組みになっている。汚れの付着や摩耗などでこの撥水基が「寝て」しまうと、水をはじく性能が低下、生地に水が浸透して、いつまでも濡れた状態になる。

撥水性能は、撥水剤のコーティングで付加される撥水基が「立って」いることで実現
撥水性能の比較。左が汚れなどで撥水性能が落ちているもの、右は撥水性能が保たれている状態
撥水性能が落ちていると濡れた状態になり、性能に悪影響が出る

ゴアテックスを採用する防水・透湿機能を備えた生地は、内部に薄い膜(メンブレン)を挟み込んだ構造が特徴で、このメンブレンが「防水」と内部からの蒸気を逃がす「透湿」機能を実現している。上記のように撥水性能が低下し生地表面が濡れたままになったり、汚れが付着したままになると、フタをされたような状態になり、メンブレンの透湿性能が低下、ウェア内部が蒸れやすくなる。この状態が悪化すると、ウェア内部で汗の蒸気が水に変わり、服や体が濡れてしまうことにもつながる。

アークテリクスの担当者によれば、「漏水している」という理由で検査や修理に持ち込まれる製品の約7割が、実際には漏水ではなく撥水性能の低下で、内部の結露を漏水と勘違いしているケースだという。

ザ・ノース・フェイスの担当者は、ウェアが雨で濡れた状態が続いたり、内部で体が濡れたりする状態は、体温低下を招きやすく、標高や気候によっては命に関わる問題となるため、本格的なアウトドアアクティビティに使用する際には特に注意すべきとしている。

なお、上記の撥水基が寝てしまい撥水性能が低下した状態は、洗濯して汚れを落とすだけでもある程度回復するほか、アイロンなどの熱を加えることで大きく回復する。ただし、摩耗による撥水性能の低下は、撥水基が失われている可能性が高いため、撥水剤のコーティングをやり直すといったケアが必要になる。

撥水剤は、洗濯機に投入してウェアの撥水コーティングをやり直せる製品が市販されているほか、一部ではコインランドリーで同様のサービスを提供しているところもある。

多くのユーザーが洗わない現実に「洗わないほうがダメになる」

ゴアテックスや各ブランドがウェアの洗濯を訴求する背景には、多くのユーザーがアウトドアウェアを「洗わない」という現実がある。

ゴアテックスがアウトドアアクティビティを行なっているユーザーを対象に調査したところ、ゴアテックス採用のアウトドアウェアを「洗っている」と回答したのは53%にとどまったという。明確に「洗っていない」と回答したのは23%で、半数近くは洗わないことが明らかになっている。

「洗っていない」と回答した人(23%)の39%は「洗い方が分からない」と回答。36%は「あまり汚れない」、18%は「洗わなくても性能や耐久性に影響がない」、15%は「洗ってはいけない」となった。

「あまり汚れない」という回答理由は、前述のように目に見えていないだけで、着用したり外気に触れたりする時点で汚れは付着するため、過信したり勘違いしたりしている部類に入る。「洗わなくても性能や耐久性に影響がない」は間違いで、これも前述のように着用を重ねて汚れがたまり、撥水性能が低下すれば、生地内部の透湿性能にも悪影響を及ぼすことが分かっている。

「洗ってはいけない」は、1990年代など、ゴアテックスが普及し始めた初期に拡大した口伝とされる。現代では間違いの部類に入るが、当時にはそれなりの理由があったという推察もある。

当時のゴアテックスウェアは現代の製品ほどの耐久性を備えていないことが多かったほか、当時の洗濯機用洗剤は、機械の洗濯性能の弱さを補う形で、強アルカリ性が中心。洗濯機の仕様や生地との相性によっては製品や撥水コーティングを痛めてしまうケースがあったという。ネットのない時代にはそうした「高価なゴアテックスウェアをダメにしてしまった」という失敗談が「洗わないほうがいい」という教訓になり、「洗ってはいけない」に発展、口伝で広まったと考えられるという。

ザ・ノース・フェイスの担当者によれば、高価なアウトドアウェアを家庭の洗濯機で洗うことに対する不安は現代でも共通とし、洗い方が分からない、各ブランドで案内方法がバラバラといったように、洗濯方法の案内には課題が残っていると指摘、ブランドを横断して取り組む方向性もあるのではないかと語っている。

各ブランドが行なった調査や、担当者がケアイベントなどで感じる“肌感”でも、ウェアが洗われていない状況は同様。街着に使うのがメインというカジュアルなユーザーほど、洗わない割合が高いとしている。

アークテリクスでは、修理専門の部署に持ち込まれるウェアのうち、まめに洗わない人のウェアは致命的な破損や不具合が多く、修理できないケースが多いという。まめに洗う人のウェアは修理できるケースが多く、こうした傾向は統計的にも判明しているとした。

パタゴニアの担当者も「洗ってダメになることはない。洗うことで長持ちすると明確に言い切れる」と太鼓判を押すほか、ゴアテックスの担当者も「洗わないほうが実は傷んだ状態になる。洗わないほうがダメになる」と、定期的な洗濯の重要性を訴えた。

実はオオゴト? ゴアテックス2025年問題

現在、世界規模で、PFAS(ペルフルオロアルキル化合物およびポリフルオロアルキル化合物)を使用しない「PFASフリー」の取り組みが拡大している。PFASは有機フッ素化合物の一種で、健康や環境への悪影響が懸念されるためで、各国で規制や使用制限の対象になっている。日常生活では、調理器具のテフロン加工、ウェアの防水・撥水加工、一部の包装材などが該当する。

こうした流れを受けゴアテックスは、機能の要となる「GORE-TEXメンブレン」について、従来のフッ素ポリマーを加工した「ePTFE」(延伸ポリテトラフルオロエチレン)から、「ePE」(延伸ポリエチレン)に、素材を変更すると発表。ePEを採用した新世代のゴアテックスは2022年の秋冬から一部に出荷が開始されており、2025年の秋冬からは、ePEに全面的に移行する。

ePE採用のゴアテックスはPFASフリーを実現するほか、素材量の縮小でCO2排出量も削減されるという。従来と同様、最終製品はゴアテックスが定める耐久性の基準を満たした製品になる。

メンブレンにePEを採用、PFASフリーを実現する次世代のゴアテックス。2022年から出荷が始まっている
「ePTFE」(延伸ポリテトラフルオロエチレン)から、「ePE」(延伸ポリエチレン)に、素材を変更
2025年の秋冬からはePEに全面的に移行するが……

ただし、PFASフリー化に伴い、ゴアテックスの生地表面にコーティングする撥水剤の原料も変更されるため、撥水性能の一部が変わるという。

具体的には、初期の撥水性能はこれまでと変わらないものの、それを持続できる期間が従来より短くなるとしている。

つまり、撥水性能の低下を防ぐには、これまでよりマメに洗濯して、定期的に性能を回復させることがより重要になる。

ザ・ノース・フェイスの担当者は「2025年は大きな変化。どうやってユーザーとコミュニケーションをとっていくかは課題」としており、性能変更の周知に頭を悩ませていることを窺わせている。

今回、各社がブランド横断でゴアテックスウェアの洗濯を訴えるのも、こうした背景から、「定期的なケアの習慣」を浸透させたいという思いがあるようだ。