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打上げ後にトラブル ボーイング宇宙船「スターライナー」で何が起こっていたか

国際宇宙ステーションにドッキングしたボーイングの有人宇宙船「スターライナー」(Credit: NASA)

2024年9月27日、国際宇宙ステーション(ISS)長期滞在クルーの2名の宇宙飛行士を乗せたSpaceXの宇宙船クルードラゴン「Crew-9」ミッションがフロリダ州のケープカナベラル空軍基地から打上げられました。

Crew-9ミッションの搭乗者はもともと4名の予定でしたが、コマンダーのニック・ヘイグ宇宙飛行士、ロシアのアレクサンダー・ゴルブノフ宇宙飛行士の2名となっています。これは、6月5日からISSに滞在しているサニータ・ウィリアムズ、バリー・ウィルモア宇宙飛行士の2名と合流して、4人で新たに長期滞在ミッションを開始するためです。4名の帰還はおよそ半年後の2025年春となります。

同じ長期滞在ミッションのクルーでありながら、2人ずつ別々にISSに向かうことになったのは、ウィリアムズ、ウィルモア宇宙飛行士の2人が元はボーイングの宇宙船「スターライナー(CST-100)」の飛行試験ミッションのクルーであり、6月からISSに滞在していたためです。

本来ならば1週間ほどISSに滞在してスターライナーで帰還するはずでしたが、スターライナーの機体に相次ぐ不具合が見つかり、ISSから宇宙飛行士を乗せて帰還することを断念し、先に無人の機体だけが地球帰還することになりました。2人の宇宙飛行士はISSに残り、そのまま長期滞在クルーとしてISSで活動した後にクルードラゴンで帰還することになったのです。

ウィリアムズ、ウィルモア宇宙飛行士はどちらもスペースシャトル時代から経験を積んだベテランで、6月から9月までISSでの活動に参加して活躍してきました。ですからスターライナーの無人帰還でなすすべもなく取り残されているということはありませんが、それでも長期滞在クルーの計画を組み替えなくてはならなかったというのはやはりただごとではありません。

なぜ、ボーイングのように経験も実績もあるはずの企業が開発した宇宙船でそんなことが起きているのか、また今後の影響はどうなるのか、整理してみましょう。

そもそもスターライナーとは

スターライナーとは、NASAの民間宇宙船開発支援計画「Commercial crew program(コマーシャルクルー計画)」の下で開発された、地球低軌道に人や物資を輸送するための宇宙船です。地球低軌道(Low Earth Orbit/LEO)とは、高度2,000kmまでの地球周辺の軌道で、国際宇宙ステーションはこのうち高度400km付近を周回しています。

NASAは2011年のスペースシャトル退役後、米国が低軌道への輸送手段を持たない期間はロシアの有人宇宙船「ソユーズ」に頼って宇宙飛行士をISSに送り、2017年から米国の民間企業が開発した有人宇宙船にクルー輸送を委託する計画でした。ISSへの有人宇宙輸送は民間に委託し、月や火星などの深宇宙ミッションに向けた宇宙船「オライオン」に注力しようと考えていたのです。

このために、宇宙船を開発できる企業としてボーイングと当時はまだ設立から日も浅いSpaceXを選定しました。契約には宇宙船開発とそれぞれ数回の宇宙飛行士輸送ミッションの契約が含まれています。

2014年に正式に宇宙船開発がスタートしたときの契約額は、ボーイングが42億ドル、SpaceXが26億ドルとボーイングの方がおよそ1.6倍大きな契約でした。当時のボーイングは経験ある航空宇宙企業として本命視されていた事情がうかがえます。

最大搭乗人数などの能力面でもスターライナーの方が大きいのですが、1人あたりの輸送コストはボーイングのほうが高額でした

実際には計画の3年遅れではあったものの、SpaceXが先に2020年5月に宇宙船「クルードラゴン」によるISSへの有人飛行を達成します。スターライナーはこのときまだ無人飛行試験の段階にありました。

2019年末に行なったスターライナーの無人の飛行試験は、ミッションの経過時間をはかるタイマーの不具合で推進剤を浪費してしまい、計画していたISSドッキング試験を断念して地上に期間することになりました。

飛行試験前に適切な統合試験を行なっていなかったことが原因とされ、ボーイングの開発体制に疑問の視線が向けられるようになります。

2019年12月、無人飛行試験を終えて着陸したスターライナー(Photo Credit:NASA/Bill Ingalls)

宇宙飛行士の輸送ミッションを実施するには、宇宙船の能力や安全性を実証する飛行試験を行ない、NASAから認証を受ける必要があります。開発費に含まれていた無人飛行試験は1回でしたが、必要なマイルストーンをクリアしていない状態で人を乗せることはできません。

ボーイングは計画外の無人飛行試験を追加する必要があり、2022年に自費でこの試験を行ないました。想定外のコストがかかったわけですが、それでも有人飛行試験に進めることになったのです。

スターライナー有人飛行試験の振り返り

ボーイングは、2019年と2022年の無人試験飛行の後、さらに2年経った2024年春にスターライナーの有人試験飛行(CFT)を計画していました。

試験では、ISSへの接近とランデブー・ドッキングを実施し、機体の性能を確認するほか、ISSで緊急事態が発生した場合に宇宙船を緊急避難所として使用する際の性能を確認するといった目的も持っていました。

ですが、宇宙船を搭載するAtlas Vロケットの問題や地上系のトラブルから打上げは6月まで遅れます。このとき、スターライナーのエンジンを取り付けるサービスモジュールでヘリウム漏れが発見され、このことが後々まで影響することになりました。

6月6日にISSに到着したスターライナーは、当初の計画では5日間のISS滞在で緊急避難所機能の試験などを行なうことになっていました。

ですが、サービスモジュールでのヘリウム漏れは軌道上で新たに2カ所発生し、さらに姿勢制御用のガスジェット装置でバルブの不具合が見つかるなど次々と問題が発見されます。地上で同型のスラスター試験をするなど原因究明が行なわれましたが、スラスターの不具合解消には至りませんでした。

ウィリアムズ、ウィルモア宇宙飛行士はISSで第71次長期滞在クルーのミッションに参加しつつ、想定よりもはるかに長い8月までISSに滞在することになりました。8月後半に、スターライナーの帰還にあたって2つの方法を選択しなくてはならないことになります。

スターライナーの試験飛行に搭乗し、ISSに残って滞在ミッションを続けるサニータ・ウィリアムズ宇宙飛行士(Credit: NASA)
同じくISS滞在を続けるバリー・ウィルモア宇宙飛行士(Credit: NASA)

ひとつは、予定通りスターライナーに搭乗して2名の宇宙飛行士が帰還する方法です。ボーイング側の意見では、ヘリウムのリークがあったとしても帰還運用は可能だというものでした。

もうひとつは、スターライナーを無人でISSから切り離し、宇宙飛行士はISSに残って第71次/72次長期滞在クルーとして活動し、その後にSpaceXのクルードラゴンで到着する2名の宇宙飛行士(「Crew-9」ミッションのメンバー)と共に約半年後にクルードラゴンで帰還するという方法です。

クルードラゴンでの帰還を選択する場合、まずはスターライナーが無人で帰還し、クルードラゴンがドッキングするISSのポートを空けなくてはなりません。このスターライナー無人帰還にあたって、ソフトウェア改修が必要であることも判明しました。

スターライナーはこれまで2回の無人飛行試験を実施していますから、無人、つまり自律的にISSから離脱して地球に帰還する能力を持っています。しかし、今回は有人飛行試験であったため、無人の離脱機能は使用しない状態に設定されていました。これを改修する必要があったのです。

9月6日、ISSから無人で離脱するスターライナー(Credit: NASA)

検討の結果、NASAは安全を最優先し、スラスター問題を抱えたままのスターライナーは無人で帰還させ、2人の宇宙飛行士はCrew-9のメンバーと合流する方法を選択しました。そのため、当初は8月に予定されていたCrew-9打ち上げは9月に延期されることになったのです。

ISS長期滞在クルーの交代には、宇宙服の準備やミッションの引き継ぎなど多大な負担がかかっているはずですが、それでもスラスタに不安を抱えたスターライナーよりも、実績あるクルードラゴンに搭乗するほうが宇宙飛行士の安全にとってより良い選択だと考えられたわけです。

膨らむスターライナーの開発費

今後、スターライナーはどうなるのでしょうか。NASAと契約し、今後予定しているISSへのクルー輸送ミッションは全6回あり、最初の「Starliner-1」ミッションは現在のところ2025年中となっています。

8月ごろの時点では、2025年夏ごろと記載されていたこともありましたが、現状では2025年中のISS輸送計画は来春にクルードラゴンで実施する「Crew-10」と、時期未定の「Crew-11」となっており、スターライナーについてはより時期が不透明になっています。

NASAが9月に発表したISS運用の将来に関する報告書の中で、スターライナー有人試験飛行の今後については、2025年6月末までに案を公表するとしていますから、もしも今後の方針決定が6月いっぱいまでかかるとすれば、スターライナー運用に割ける時間は2025年後半の6カ月しかないことになります。

Starliner-1には、JAXAの油井亀美也宇宙飛行士も搭乗する計画となっており、日本のISS滞在機会にも影響する事態となりました。

今後、ボーイングがStarliner-1ミッションに進むためにはNASAからスターライナーの機体の認証を受ける必要があります。2019年の無人飛行試験の前例から考えれば、追加の有人飛行試験をもう一度実施し、要求された機能を全て実証するという選択が考えられるでしょう。

ただし、前回と同様に追加の費用がかかります。ボーイングはこれまでの計画遅延でスターライナー開発の超過コストが約16億ドル(約2,400億円)に膨らんでいます。新たに、米海軍向けの無人空中給油機「MQ-25」と合わせて4億ドルの追加費用(内訳は非公開)を準備しているとの発表があり、超過コストは3,000億円近くまで迫る可能性があります。

ボーイングが度重なる開発遅延と損失のために、スターライナーの開発を中止してしまう可能性はあるのでしょうか? これは、NASAとのコマーシャルクルー計画の契約がポイントになります。

コマーシャルクルーにおける、ボーイングとの個別の契約詳細は非公開ですが、基本的には「固定価格契約」といい、定められた開発マイルストーンを達成したところまで開発費が支払われます。

開発を中止して宇宙飛行士輸送ミッションを実施しない場合は、輸送サービス契約の金額は支払われないことになります。「コストプラス契約」といわれる、開発費が膨らんだ場合でも支払いが行なわれるタイプの契約とは異なるため、一般的には損失があったとしてもクルーミッションを実施して輸送サービス費用を受け取るほうが損失を抑えられると考えられています。

2030年にはISSは退役となり、地球低軌道では米国の複数の企業が開発する商業宇宙ステーション(CLD)になっていく計画です。

ジェフ・ベゾス率いるブルーオリジンが2021年に計画を発表したCLD、Orbital Reef(オービタルリーフ)はボーイングも参加しており、商業宇宙ステーションへの人の輸送を担うことになっています。

CLDの開発も当初の構想よりは時間がかかっていると指摘されていますが、ボーイングが計画を撤回したわけではありません。スターライナーの運用を5、6年で止めてしまうよりは、CLD時代の有人宇宙輸送手段として活用するという可能性はあります。

ボーイングとスターライナーのこれから

ボーイングとスターライナー開発が苦境に陥っている原因にはさまざまな事情が考えられます。直接的な答は容易には見つかりませんが、ボーイングがNASAと結んでいるもうひとつの大型契約、Space Launch System(SLS)ロケットの開発を取り巻く事情にも同根の部分がありそうです。

有人月探査「アルテミス計画」で宇宙飛行士を月に送る要となるSLSロケットの開発は遅れに遅れ、今年すでに飛行しているはずだった輸送能力向上型の「SLS Block 1B」は2028年以降に延期となっています。

このSLS開発遅延に関して、NASAは今年8月に立て続けに2本の報告書を発表しています。特にBlock 1Bに関する報告書では、ボーイングがルイジアナ州の工場で熟練工を十分に雇うことができず、推進剤の酸素タンクの一部という重要なコンポーネントの製造が止まってしまっているといったケースが挙げられていました。

なんらかの新規な技術要素の開発で苦労しているといったことではなく、生産計画の実行面でうまくいっていないのだと考えられます。

SLSの事情を単純にスターライナーに当てはめられるものではないかもしれません。ですが、これまでの飛行試験で発生したトラブルの性質から考えれば、大きな新規開発の要素が完成しないというよりは、生産や地上での試験で不具合の余地を残してしまっているように思えます。

開発マネジメントでの苦戦はそれほど容易くは解消できないでしょう。ですが、万が一ボーイングがスターライナー開発を手放してしまうようなことがあれば、米国の有人宇宙輸送の手段がSpaceXばかりを頼ることになります。来年6月の期限まで時間はかかっても、よりよいマネジメントに向かうことが望まれます。

秋山文野

サイエンスライター/翻訳者。1990年代からパソコン雑誌の編集・ライターを経てサイエンスライターへ。ロケット/人工衛星プロジェクトから宇宙探査、宇宙政策、宇宙ビジネス、NewSpace事情、宇宙開発史まで。著書に電子書籍『「はやぶさ」7年60億kmのミッション完全解説』、訳書に『ロケットガールの誕生 コンピューターになった女性たち』ほか。2023年4月より文部科学省 宇宙開発利用部会臨時委員。X(@ayano_kova)