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打上げ費用半額 "H3ロケット新形態"と宇宙ビジネスへの展望
2024年10月23日 08:20
2024年9月27日開催の文部科学省 宇宙開発利用部会で、H3ロケット30形態試験機の打上げミッション計画が発表されました。H3ロケット30形態(H3-30S)とは、H3ロケットの1段にLE-9エンジンを3基取り付け、固体ロケットブースター(SRB)を取り付けない形態のことです。
H3ロケットには、一段ロケットに専用固体ロケットブースター(SRB-3)の取り付け構成が異なる22形態(SRB-3が2本)、24形態(SRB-3が4本)、30形態(SRB-3なし)という3種類のコンフィグレーションがあります。
日本の大型液体基幹ロケットで、SRBなしで衛星を打上げたことはこれまでありませんでした。さらに、エンジンが3基という、こちらも新しい構成になっています。このため、今回の30形態試験機ミッションでは基本的には衛星を搭載せず、衛星を模擬したダミーマスを登載します。
H3ロケットの開発にはいくつかのマイルストーンがあり、SRBなしの30形態は、「H-IIAから約半額」という打上げコスト面の低減と、将来の複数コアへの布石といった意味を持っています。開発の経緯と、運用段階に入ったH3ロケットで衛星を搭載しない試験ミッションを行なう意味を考えてみましょう。
ロケットエンジンを複数搭載する難しさ
H3の開発が正式に始まったのは2014年で、開発目標には「太陽同期軌道に4トン以上」「H-IIAの約半額である約50億円の費用」「静止トランスファ軌道に6.5トン以上」という目標がありました。
このうち、2番目がH3 30形態で達成する目標であり、3番目の目標はSRB-3を備えたエンジン2基の22形態と24形態で達成する目標です。静止トランスファ軌道というのは、赤道上の高度約35,800kmにある静止軌道に衛星を送るための目標となる軌道です。静止軌道は通信衛星や気象衛星などが利用する重要なターゲットですが、地球周辺の軌道の中では地球から遠いために、ロケット側の負担が大きくなります。
このロケットの推力を追加する手段が、固体ロケットブースターです。液体燃料のエンジン開発は時間とコストがかかり、打上げ能力を増強するために強力な新型エンジンを開発することはそうたやすくはありません。
1段に搭載するエンジンの数を増やすという方法もあり、SpaceXのFalcon 9は9基ものエンジンを登載しています。ですが複数のエンジンをうまく制御して、協調的に動作させることはとても難しいのです。
日本ではH-IIAロケットを発展させ、国際宇宙ステーション補給機「こうのとり(HTV)」専用の打ち上げロケットであるH-IIBで初めて、1段に2基のエンジンを搭載する開発に取り組みました。まだ手にして日が浅い技術であるといえます。
また、搭載できるエンジンの数はロケットの直径に制限されるため、多数のエンジンを搭載するには根本からロケットを設計変更しなくてはなりません。
これに対して、SRBは1990年代のH-IIロケットのころから使われていた技術で、2本、4本と組み合わせを変えながら柔軟にロケットの出力を向上させることができました。H3ロケットでもSRBを発展させ、シンプル化やコストダウンを図りながら使用しています。ただ、SRBにはSRBならではの固有のリスクというものも存在します。
固体燃料ロケットは実機燃焼試験ができない
SRBの中身は、燃料と酸化剤を固形にしたものが詰まっています。この推進剤は、打上げよりも前に作り置きしておくもので、一度点火すると、液体エンジンと異なり燃焼を止めることができません。
つまり、SRBでは実機の燃焼試験ということができず、製造後は点火イコール本番ということになります。この試験ができないという要素が、打上げ失敗につながってしまったのが、2003年11月29日にH-IIAの6号機で発生したSRB-Aの燃焼異常に由来する分離失敗でした。
H-IIA 6号機の失敗後の評価には、このSRB-Aの燃焼異常を確率的事象、つまり一定の確率で発生しうる問題だとしています。
ロケットの構成はさまざまなリスクと性能のトレードオフですから、液体のエンジンにはまた別のリスクもあります。ですが、選択肢としてSRBを取り外し、燃焼試験が可能である液体エンジンだけで打上げ可能なオプションを持っておきたい、という方向性がありました。これが、H3-30Sで実現したSRBなし、エンジン3基の形態なのです。
50億円で太陽同期軌道への衛星投入が可能に
HS-30S形態は、日本のロケットにとって初めて経験するコンフィグレーションですから、打上げにあたっては試験が必要です。
当初の計画では、H3試験機1号機にJAXAの地球観測衛星「ALOS-3(だいち3号)」を、H3-30Sである試験機2号機に「ALOS-4(だいち4号)」を搭載し、SRBあり、なしと連続して打上げ試験を行なう予定でした。
しかし、試験機1号機の失敗で方針が見直されることになり、試験機への衛星搭載を行なわないことになりました。ALOS-4は試験機ではなく運用段階に入った3号機の機体に載せ替えられて7月1日に無事に打上げられ、年末からの本格的な観測に備えて機器の点検を続けています。
そのため、もともとH3ロケット試験機2号機のために用意された30形態の試験機が、使われずに残っている状態になっていたわけです。30形態の試験が完了しない限りは、運用段階に進むことができません。
また、SRBのコストを削減して、一定の条件では50億円という価格を打ち出すこともできません。30形態は、大型の静止衛星よりももっと地球に近い高度500km付近で、南北方向に地球を周回する「太陽同期軌道(SSO)」という軌道に4トンまでのペイロードを運ぶことができます。
SSOは、地球上のある地点の上空を毎日同じ時間に通過するという性質を持っているため、衛星に定点観測のような役割を持たせられるなど、地球観測衛星にとって都合のよい軌道ですから、求めるユーザーも世界に多いのです。
2025年度に打ち上げへ
長らく待たれていたH3 30形態の打上げ試験ですが、ついに性能評価用ペイロード「VEP」(衛星の質量を模擬したダミーマス)を載せ、太陽同期軌道に向けて2025年度に打上げられることになりました。さらに、試験機のリスクを受け入れた超小型衛星を追加で搭載することになったのです。
H3ロケット試験機1号機/ALOS-3の失敗を受けてH3の試験機には衛星を搭載しない方針になったのに、超小型衛星を搭載するのはなぜかと思われるかもしれません。
H3ロケット試験機2号機のケースでは、試験機ならではのリスクを承知してもらうかわりに、無償で超小型衛星を搭載する機会を公募で提供しました。ロケットの打上げ機会を探している超小型衛星の立場からすれば、リスクはあっても無償打上げ機会の獲得ができたわけです。
今回は費用については試験機2号機のケースと事情が異なりますが、超小型衛星の開発者にとっては貴重な打上げ機会が得られることになります。
日本は今後、H3ロケットで対応できるミッションの種類を増やし、ユーザーを拡大することを目標としています。このために、2025年度からH3のアップグレードを開始し、第1段階では500kg程度までの小型衛星を複数機搭載できるようにする計画です。
小型衛星の複数搭載を「ライドシェア」ミッションといい、SpaceXのFalcon 9や、欧州のArianespace、インドのPSLVロケットなどが提供しています。
複数の小型衛星を地球低軌道に配置する衛星コンステレーションの増加、ロシアのロケットが西側の宇宙ビジネスには利用できなくなったことなどの事情からライドシェアは今後の需要増も見込まれており、小型衛星の搭載を柔軟にしておくことでさまざまなユーザーに対応できるようになるのです。
搭載衛星の候補は、現在のところ5つの開発元による超小型衛星です。このうち東京工業大学の「PETREL」と静岡大学の「STARS-X」(どちらも50kg級)は、もともとイプシロンロケット6号機に搭載される予定だったものです。ですが6号機搭載の衛星を一部入れ替える変更を行なったため、JAXAが新たな打上げ機会を用意することになったという経緯があります。
さらに、九州工業大学の「VERTECS」、BULLの「HORN R」と「HORN R」、海外事業者と3事業者の衛星が加わることになりました。いずれもキューブサットと呼ばれる超小型衛星のカテゴリーの衛星です。
また、衛星にとってH3ロケットの乗り心地を向上させるため、超小型衛星を搭載する専用のリング状アダプターが今回新たに追加されています。試験機2号機のときには、衛星の搭載位置の関係で衝撃が大きい搭載方法となってしまったため、追加の試験などが必要でした。30形態試験機では、超小型衛星専用アダプターを追加することで衛星に与える衝撃を大きく緩和することができるようになります。
低コスト化の実現、SRBを持たない新たな打上げ形態オプションの獲得、ライドシェアミッションに向けた経験の蓄積など、H3ロケット30形態試験機は、ロケットの新たな利用、宇宙ビジネスの拡大に向けた構想が盛り込まれています。ロケットの形状はシンプルですが、将来への布石として注目したいミッションです。