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“フリマの先”を見据えるメルカリ 高価格+AIと「ハロ」の成長戦略

メルカリの日本事業を統括する山本 真人 執行役 SVP of Japan Region 兼 CEO Marketplace

メルカリは8月13日、2024年6月期決算を発表した。売上収益は、前年比9%増の1,874億円、営業利益は同13%増の188億円と、いずれも過去最高だった。

好調に“見える”が、同日の会見では山田進太郎CEOによる反省の弁も多く聞かれた。日本のメルカリは、営業利益では良い結果だが、トップライン(売上収益)を伸ばしきれず、GMV(総流通額)の伸び率も目標に対して未達。そしてUSメルカリは、売上高で前年比9%減、GMVも減少し、「再成長」という目標は果たせず、人員削減にも踏み切った。

日本を代表するスタートアップとして成長を続けてきたメルカリだが、創業から10年が経過。「フリマ」アプリとしての成長は続いているものの、“踊り場”に入っているようにも見え、各方面での課題を残す結果となった。

一方、メルカードの発行枚数は、1年強で340万枚超まで拡大。暗号資産取引口座開設数が220万を超え、新規口座開設数は圧倒的に業界ナンバーワンとなった。また、スキマバイトでも「メルカリ ハロ」がスタートするなど、“次の成長”に向けた仕込みも続いている。今後のメルカリはどこに向かうのだろうか? メルカリの日本事業を統括する山本 真人氏に聞いた(取材日は8月26日)。

メルカリ成長の“手応え”

山本氏に、前期について尋ねると、最初に強調したのが、「ミッション」の変更と、それによる会社の変化についてだ。

「'23年2月に10周年をメルカリとして迎え、そのタイミングで我々としてはミッションを新しく策定し直しました。前期(2024年6月期)はその最初の年になりました。ミッションは、『あらゆる価値を循環させ、あらゆる人の可能性を広げる』ですが、この変更は日本事業については特に大きな出来事でした。これまでのミッション『世界的なマーケットプレイスを作る』は、物の流動性に力点が置かれていた。新しいミッションは、あらゆる価値を対象にしてて、あらゆる価値を循環させ、やりたいことできるようにしていく、という広がりがあります」

「メルカリ自身、これまでは日本のCtoCのマーケットプレイスが軸で、その中で、2本目、3本目をどうやって作るか、が事業のテーマでした。新しいミッションでは、明確にCtoCの日本のメルカリ以外の形を作る。そこが新たなミッションで定義され、1年かけて取り組めた部分です」

その中でも、手応えがあったのは2つだという。

ひとつはFintech。メルペイ立ち上げの立役者である山本氏だが、「メルペイは、メルカリの売上金をどうやって使うか、から始まりました。売上金をうまく使うためのサービスで、メルカリの“周辺”的な位置付けでした。そこから昨年はメルカードが大きく伸び、“メルカリから離れて”使えるものになりました。結果的に数字も340万枚まで伸びた。伸びたという点ではメルコイン、ビットコインの取引も200万口座を超えるまで拡大しました」。

また、メルカードが伸びたことで、メルカリの中での買い物自体も、ARPU(ユーザーあたりの平均売上金額)ベースで、メルカードユーザーは50%向上した。「カード発行だけでなく、メルカリへの良い影響が明確に出た。(メルカリの)マーケットプレイスにも還流する仕組みを作れたことが成果です」と語る。

今回の決算発表では、メルカリとして初めて来年度の目標、ガイダンスも発表した。目標として「Fintechでコア営業利益30億円以上」としており、「2桁億円の収益ガイダンスが出せる“柱”にFintechがなってきた」と手応えを述べる。

もうひとつがマーケットプレイスの「広がり」だ。

スキマバイトの「メルカリ ハロ」を開始し、500万人が登録。メルカリでモノを売るだけでなく、自分の時間やスキルを売る仕組みが構築されたことになる。「お客様としては、モノを売ってお金を得るわけですが、売れるものの数は限られています。買いたいものがあったも『売れるまで待とう』となっていた。ハロはメルカリの中で『売れるものが増えた』という考えです」とする。

また、法人の出品も伸び、BtoCの「メルカリShops」は、前年比で2.7倍に拡大。「越境EC」も3.5倍に伸びている。マーケットプレイスで、「売れるもの」が増え、「買える人」が増えたという点で、「事業の広がりについては手応えがあった」という。

AIと高額商品でマーケットプレイスを拡大

一方、日本のメルカリ(マーケットプレイス)の課題と言えるのが、GMV(総流通額)の伸びが、目標の前年比10%増に対し、9%増で未達となったことだ。

年間流通金額が、1兆円を超えるメルカリは、「日本の国民的サービスに近づいてきた」。そのため毎年10%の伸びは1,000億円に相当する。山本氏は、「規模が大きくなれば、2桁成長は確かに難しくなってくる。ただしその中でも、まだまだできた部分はあったはず。プロダクト的な変化が遅かった」と反省の弁を述べる。

その上で、今後のメルカリのマーケットプレイスにおける対応策としては、「AI」の活用と「高価格化」を挙げる。

AIについては、主にライトユーザー向けの施策として強化する。メルカリの認知は高く、ほとんどの人が知っているものの、「売る」ための面倒くささを超えられず、「始められない」人はまだまだ多いという。そこでAIを活用した取り組みを進める。

「例えば、『写真をとったら、カテゴリとタイトルが入って、これぐらいの価格で売れます』まで出したい。昨年は、AIが急速に進化しましたが、テクノロジーカンパニーとしてメルカリ自体にまだまだ踏み込めていないかった。そこは反省がある。メルカリの中に、もっと大胆にAIによる機能を埋め込めると考えています」

10日には、最短3タップで出品できるという新機能「AI出品サポート」を発表。今後ほぼすべてのユーザーに開放していく。

「使う前の最初のハードルとして、写真を撮るとか、説明文を書くのが大変とか、そういう部分のハードルが高い。そこに対してプロダクト側で解決できることはまだまだ大きいと思っています」。

AIにより、まだ「始めていない人」を取り組んでいく。それが1つ目の強化策だ。

もうひとつは「高価格帯」の強化だ。メルカリにおける平均取引価格は、取引量の多いエンタメ・ホビーなどから数千円程度と見られる。より高価格な商品の売りやすさを向上する施策を導入することで、高額商品も売りやすい/買いやすいマーケットプレイスを目指す。

その一例が「鑑定」を伴う機能だ。ラグジュアリーブランドなどの出品商品について、本物かどうかを確認しながら取引できる機能を強化する。

メルカリでは、3月からトレーディングカードやバッグ、スニーカーなど鑑定・真贋判定を行なうことで、安心して“本物”を取引できる「あんしん鑑定」を開始している。専門業者の真贋判定を介することで、取引商品が本物であることを証明する機能だ。

出品者が「あんしん鑑定」をONにして、出品すると、購入者が鑑定を求める場合に選択可能となり、手数料は購入者が負担する。手数料は、スニーカー1,900円、トレカ1,700円、バッグ4,500円となる。

今後、このあんしん鑑定の適用範囲を広げることで、高価格な商品を売りやすくする。対象ブランドの拡大のほか、時計などのカテゴリへの拡大を目指すという。

「あんしん鑑定」の利用は伸びているが、まだ広く認知されている状態ではない。ジャンルの拡大や機能強化により、多くの人に知ってもらうことで、高単価の取引を増やしていく狙いだ。

一方、「あんしん鑑定」は、業者による判定や、追加の配送が発生するため、手数料負担の増加や、配送時間が数日増えることになる。数を爆発的に伸ばしていくという施策にはならない。ただし、「あんしん鑑定」を使わない場合でも、出品者が「あんしん鑑定」をONにしていたり、取引実績がある出品者であれば、信頼度は増す。その点で、マーケットプレイスの安全性・信頼性向上という効果も見込んでいるという。

鑑定だけでなく、「配送手段」においても改善を図る。

例えば、スマートフォンの取引においては、データ削除を代行する「あんしんデータ消去」などを展開。「CtoCの取引の間に加価値を提供する仕組みを作っているが、このバリエーションを増やしていく」(山本氏)という。

メルカリでは、プロが集荷・梱包まで対応する「梱包・発送たのメル便」を展開しており、冷蔵庫や洗濯機、エアコンなどの取引も可能になっている。「『これはメルカリ難しいよな』と思われているものがある。でも実は取引できますよ、と伝えることで、大型、高価格の取引を広げるチャンスがある」と語る。

越境取引で「メルカリなら買える」を強化

メルカリの中でも大きく伸びているのが、「越境取引」だ。日本のメルカリの商品を海外から購入したり、海外のマーケットプレイスの商品をメルカリで購入する(もしくはその逆)仕組みだが、2024年6月度の越境取引のGMV(総流通額)は前年比3.5倍に成長。累計の越境取引は1,700万件を突破している。

越境取引は積極的に拡大していく方針で、8月29日には台湾参入を開始した。米国のような現地法人展開ではなく、台湾の人が日本のメルカリの商品を「買える」取り組みで、日本のメルカリの強さを、有効活用する施策とも言える。

現状、エンタメ・ホビー、マンガ・アニメ・ゲームなどのジャンルは、特に海外でのニーズが高い。「コンテンツ力があるものは人気がある。日本の産業拡大としても意義が大きい」という。

また、現状の越境取引では、『限定品』ですでに販売していないものなど「メルカリでしか買えないもの」が多い。こうしたものを世界中で買いやすくすることで、「『メルカリなら買える』を世界に届けたい。それがマーケットプレイスだとしてのユニークな価値になっていく」(山本氏)

メルカリでは、台湾を皮切りに対象地域・国を拡大していく方針。8月29日の発表会では、今後の進出エリアとして「越境取引ですでに取引規模が大きい国や地域、インバウンド人気の高い地域、ゲーム、アニメが人気の地域など。アジアだけでなく世界中に候補がある」と説明された。

なぜメルカリに「ハロ」が必要なのか 勝つための仕組み

もう一つ成長領域とするのが、スポットワークの「メルカリ ハロ」だ。

3月にサービス開始したスポットワークで、メルカリアプリに「はたらく」機能を追加。ハロで働いて、メルカリで買う、といった“循環”を作り出すという、メルカリにおける戦略的に重要なサービスになる。

ハロについては、ワーカー登録数が500万人、パートナー拠点数5万という数字を公開しているのみだが、「強い手応えを感じてる」という。一方、同業のナンバーワン企業である「タイミー」のほか、リクルートの参入など競合も増え、難しい市場にも見える。開始から半年のハロの現状をどう見ているのだろうか?

山本氏は、働く場所や事業者などパートナーからの期待は「想像以上」と説明する。競争環境についても、「スポットワークはWinner takes all(勝者総取り)の市場にはならないと思っています。全ての働く人が、特定の会社だけと契約するという形にはならない。スポットワーク自体が、今までの働き方とは違うので、導入すること自体が新しいオペレーションが必要。そこに手間が発生するのは事実です。ただ、今は各社が参入することで、この領域をどんどん広げていけるタイミングだと思っています」とする。

その中で、メルカリの強みとしては、「マーケットプレイスとウォレットがすでにあること」と語る。「メルペイやメルカードでも感じていましたが、何かを買う原資が必要で、そのために売る、働くが必要になる。『欲しい』を実現するための方法論を、メルカリの中で見せられるのはユニークですし、すごくシナジーが高いサービスだと思っています」(山本氏)。

一方、メルカリ ハロの課題は対応店舗数だ。ハロの登録ユーザー数は500万人超だが、その人が住む地域、働きたい地域に求人がなければ意味がない。現状メルカリ ハロの稼働率等は非公開だが、アプリを見るに、求人のバリエーションはそれほど増えているようには見えない。

山本氏も、「働く場所の数は、確かに課題です。まさに強化中で、これからメルカリ ハロだけでやっていく、という事業者さんもいます。働く登録者数は十分な数ですので、働ける場所と求人自体をちゃんと増やしていけば、自然と数字としてもついてくる状態になると思っています」とする。現状、強いニーズがあるのは「倉庫・運送」とのこと。配達という面ではメルカリとの親和性があることも特徴だという。

働く場所と並んで気になるのは営業体制について。スポットワークにおいては、全国各地に営業網を持ち、緻密な営業体制が必要となる。タイミーは全国14拠点で、600名以上の営業人員を抱えている。対して、東京拠点の“テクノロジーカンパニー”メルカリは、このような体制を作りきれるのだろうか?

「営業体制の強化には本格的に取り組んでいます。また、メルペイ、メルカリShopsの営業においても、領域が異なることもありますが、『実は相手は同じ』という状況もあります。効率的にアプローチできる形を整備していきます」(山本氏)。なお、この点におけるM&Aにはそこまで積極的でもないようだ。「メルカリで事業を考える上で、パートナーシップかM&A、自社でやるかは必ず検討します。ただ、ハロは単体で伸ばすだけでなく、メルカリグループのエコシステム全体の中で伸ばしていく必要がある。メルペイやメルカリとも密接に絡むのが特徴なので、丁寧に進めるには、まずは自社で体制強化に取り組むべきと考えています」とする。

メルカリ ハロとのシナジーで注目されるのは「給与デジタル払い」への対応だろう。メルペイなどの決済サービスで一定の条件を満たせば給与の一部を受け取れる仕組みで、PayPayが「PayPay給与受取」を年内にスタートする。メルカリでも検討を進めているが、まだ厚生労働省への申請も行なっていない。

メルカリ広報によれば、「基本的にポジティブなこと。前向きに検討をしている。新しいキャッシュインが入ってくることで、決済サービスを使った体験の幅が広がる点でプラスだと考えている」とのこと。将来的な対応を見据えているようだ。

日本の「フリマ」だけでなく、Fintechも軸になってきたメルカリ。マーケットプレイスとしての成長は基本としながらも、メルカリ ハロや周辺サービスの舵取りが、今後の成長を左右することになりそうだ。

臼田勤哉