西田宗千佳のイマトミライ
第285回
スピードと量が広告を変える アドビが狙う「AIエージェント時代」の変化
2025年3月24日 08:20
3月18日から20日まで、米・ラスベガスで開催されたアドビのイベント「Adobe Summit 2025」を現地で取材してきた。
Adobe Summitは同社のデジタルマーケティング事業に関するイベントであり、ここ数年のテーマは「生成AIを使い、デジタルマーケティングの価値を高めること」だった。そして今年のテーマは、「生成AIによるデジタルマーケティングの確度を高め、実効性を上げる」ことだったと言える。
そこで重要性を増してくるのがAIエージェントだ。
今回は、アドビがデジタルマーケティングの世界で主張する「生成AIとAIエージェントの価値」を見ながら、どのような可能性がありうるのかを考えてみよう。
広告コンテンツ増加は成長を促す
アドビ・デジタルメディア事業部門代表のデイビッド・ワドワーニ氏は、基調講演の中で「Contents fuels growth(コンテンツが成長の燃料となる)」「Personalization at Scale(パーソナライズの拡大)」と語った。
メディアにあわせてコンテンツを作れば広告効果は高まる。そのためには、縦横比や広告内のコピー、内容などのバリエーションを増やすことが必須だ。アドビが生成AIの活用を推進してきたのも、広告に向けてコンテンツを増やすための施策である。
といっても、生成AIでゼロからコンテンツを作る……という流れとは異なる。広告のオリジナルとなる部分はクリエイターが作り、そこからのバリエーションをAIが生成する。
企業はそこでコンテンツの内容を精査し、管理する必要が出てくる。
企業はデジタル広告の拡大に伴う作業量の増大に悲鳴をあげてもいる。動画広告の方が効率はいいとわかっていても、メディアごとに適切なものを作るにはコストがかかりすぎる。またそもそも、広告にかけられる予算が増えていくわけでもない。
ウェブやアプリ、ダイレクトメールなどの形で広告が提示されるようになっているが、単に数を出しても意味は薄い。ウェブに広告を表示させても消されてしまうし、ダイレクトメールも開封されずに捨てられては意味がない。
「空振り」は常に起こることだが、デジタルマーケティングでは、「どんなメディアで」「どんな属性の人に」「どんなタイミングで」という点が重要になってくる。
そこで必要となるのがデジタルマーケティングのツールであり、アドビは生成AIとセットになったデジタルマーケティングツールの販売をさらに拡大していきたい……と考えているのである。
もちろん、そのためにはツールの分のコストがかかる。導入できるのは、国際的にビジネスをしている大企業が中心となるだろう。
企業でのコスト効果を「数字で」提示
アドビは基調講演の中で、同社のシステムを導入することによって、企業がどうコスト削減したのかを強調した。正確に言えば、「同じ事をするのにどれだけ時間短縮ができたか」「同じコストでどれだけの試行回数を増やせたか」という視点でのアピールになる。
T-Mobileは、同じ期間に進められるマーケティングキャンペーンの量を275%に増やすことができたという。RedHatも、ワークフローの中で進められるキャンペーンの量が200%になったとする。
そして電通は、145の地域へ利用するアセットの展開時間を70%に削減できた、としている。
なにより、アドビ自体も自身のマーケティングツールによるコンテンツ制作の恩恵を受けている。
同社はAdobe Summitを含め、世界中で多数のイベントを展開している。次の大きなイベントは、4月にロンドンで開催される「Adobe Max London」だ。同社はこのイベントに関するマーケティングキャンペーンでの作業にツール群を活用した結果を公開した。
キャンペーンを構築するための時間は10分の1になり、キャンペーン関連の電子メールが開封される率も、30%改善したという。
もちろんこれらは、「ツールが有効であった事例」をピックアップしたものでしかない。すべての側面で有効だったとはいえない可能性がある。しかし、例示された事例は特に大きな効果があったことを示しており、これ自体は無視できない。
開封されないダイレクトメールやクリックされないウェブ広告を作るのではなく、できるだけ効率の高いキャンペーンを矢継ぎ早に、しかも、コストを上げることなく展開していくことが重要であり、「数と確度、効率」の追求が大切、ということなのだろう。
アドビは「Firefly」という生成AIを開発した。学習するコンテンツの権利に気を配り、入力されるプロンプトから暴力や性的なコンテンツ、他社のIPに関わる内容を生成しないよう配慮がなされているのが特徴だ。
だが、多数のコンテンツを作るという意味では、別の側面も重要になってくる。
アドビでGlobal Head of New Business Ventures & Founder of Fireflyを務めるハンナ・エルサカ氏は「Fireflyの特徴は『マルチモーダル性』にある」と筆者に説明した。
生成AIでのマルチモーダルでは「声を理解する」「画像を認識する」という話が注目される。だがエルサカ氏は、別の意味でのマルチモーダル性の意味を強調する。
「Fireflyは3Dデータからベクター(線画)まで、多様な生成に対応する。写真があればそこから短い動画を作れるし、3Dの知識がなくても3Dデータを作れる」(エルサカ氏)
そういう部分は、たしかに「広告コンテンツの効率生成」には重要な要素だ。
AIエージェントの「オーケストラ」でデジマが変わる
今回のAdobe Summitでは、あらゆる場所で「Orchestrate」という言葉が並ぶ。
Orchestrateからは「オーケストラ」を思い浮かべる。最近生成AIの世界では頻繁に耳にする表現だ。複数の用件・作業を協調動作することで目的を達成する、AIエージェントの動作を表すキーワード、といってもいい。
アドビにとって今回の発表の目玉は、「Adobe Experience Platform Agent Orchestrator」である。これまで進めてきた、デジタルマーケティングへの生成AI導入をさらに活性化するための技術だが、その核となるのがAIエージェントの活用だ。
ただその前に重要なのが、「そもそもなぜAIエージェントの活用が必要なのか」という点ではある。
デジタルマーケティングの課題は、「どんどん必要なコンテンツが増える」ことであり、それを「適切に運用するにはデータとツールの活用が必須」ということだ。
データから適切な運用方法を考え、適切な媒体を選び、適切なコンテンツを作り、適切なタイミングで提示する。どのような結果が得られたかの計測も必要になる。
多様な作業が必要になるのは間違いない。
1つ1つの作業は特別なものではないし、これまでも人間がやってきたことだ。だが、マーケティングキャンペーンの量と速度が上がっていくなら、人間がすべての作業を手で行なうのではなく、AIエージェントが肩代わりするのが望ましい。
その中で人間が行なうのは、計画のきっかけとなる部分を作ることであり、広告コンテンツのコアになる新しい部分を作ることであり、計画実行の承認を下すことだ。
また、結果を見て次になにをするか、という判断も必要だろう。
アドビは今回、10のAIエージェントを発表し、それぞれが「オーケストレーション」して動作する仕組みを提示した。
さらにそこでは、マイクロソフトの「Copilot」との連動もある。デジタルマーケティング以外の領域でマイクロソフトなどのシステムを導入している企業が、そのシステムやそこで使っている生成AIとの連動も必要、との発想からだ。
生成AIをただ使うよりも、AIエージェントによって複数の作業をまとめてやらせて、人間が行なう作業を減らして「できることの量」を増やす。
それが現在のトレンドであり、アドビも同じトレンドの中にある。クリエイティビティと計画立案・実行のすべてにAIが必要であり、それらを連携させることでデジタルマーケティングに新しい時代が来る……というのが同社の主張だ。
では、AIエージェントはさらに増えていくのだろうか?
アドビでプロダクトストラテジーを担当するバイスプレジデントであるロニ・スターク氏は、次のように述べる。
「今回発表した、10という数に固執するつもりはなく、より多くのエージェントをリリースすることを期待している。ただし、新しいエージェントを追加するかどうかは、いろいろな判断に基づく」
協調動作するなら、エージェントの数を無闇に増やすことなく機能を上げていける。そこでの計算効率や実行時間、必要なリソースなどとのバランスが重要であり、結果として「必要になるなら、さらに目的特化エージェントを増やしていく」という考え方のようだ。
「今のAIエージェントは、インターネットの歴史でいえばダイヤルアップ時代のようなもの」(スターク氏)とも、考え方を語る。活用は始まったばかりであり、制約も多い。その中で適切な形で進めているが、今後の進化ではまったく形が変わってしまうこともある……ということなのだろう。
我々の目にする広告やマーケティングキャンペーンの姿に変化が出たとしたら、それはアドビの戦略が効果を現した結果と言えるだろう。アドビは当面、その価値を企業側に示し続ける必要がある。
他方で、変化が出ても我々には気づけない可能性だってあるだろう。その方が、「確度の高いマーケティングキャンペーン」としては正しい形なのかもしれない。