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ヒット曲はデータから導けるのか?  「担当者の勘」をDXするソニーミュージック

SMEJが自社で使うツール「GROOVEFORCE」

現在の音楽ビジネスは、ストリーミングサービスによって過去とは大きく変化した。ヒットの形もそれに至る流れも異なる。

逆に言えば、音楽を売る側にとってはいままで通りではいられない、ということでもある。平たく言えば、「いわゆるDX」が必要になったということなのだが、その中身はあまり知られていない。

ソニー・ミュージックエンタテインメント(以下SMEJ)は、その「日本国内で音楽販売に関するDX」を戦略的に推し進めた企業の1つだ。

彼らがどのような危機感を抱いてDXを進めたのかを、当事者に聞いた。そのコメントからは、音楽産業の変化と、それに対応するための体制づくりが見えてくる。

お話を伺ったのは、ソニー・ミュージックエンタテインメント デジタルイノベーショングループ 代表 兼 アナリティクス本部 本部長の北山智之氏だ。

ソニー・ミュージックエンタテインメント デジタルイノベーショングループ 代表 兼 アナリティクス本部 本部長の北山智之氏

特異な日本音楽市場 変化に合わせて独自にツール開発

SMEJの取り組みを知るには、まず現在の国内音楽業界の状況を知らねばならない。過去にはCD販売が拡大、その後着メロ・着うたなどで初期のデジタル向けビジネスが始まったが、現在はサブスクリプション型のサービス利用者が増えている。

音楽ビジネスの形は国によって異なる。日本はどのような形なのだろうか? 北山氏は次のように説明する。

北山氏(以下敬称略):日本はストリーミングビジネスが遅れている、と言われますが、すでに有料利用者は2,000万人を超えています。世界市場で比較すると為替レートの関係などで小さくは見えますが。それよりも、まだパッケージメディアが生き残っている稀有な市場、ともいえます。ですから、ストリーミングだけでは見誤ってしまう。

確かにその通りだ。以下は日本レコード協会による、日本国内での音楽生産・配信売上実績を年次でまとめたグラフだ。

日本レコード協会の資料より。日本国内での音楽生産・配信売上実績を年次でまとめたものだが、ストリーミングとともにCDもまだまだ多い

ストリーミングは急激に伸び、大きな勢力になってはいるものの、オーディオレコード(といってもほとんどがCDでアナログは2%にも満たない)がまだ大きなパイを占めている。

その中で、SMEJはどう立ち回ってきたのだろうか?

北山:ユーザーの行動様式が変わってきたのが一番大きいです。CD全盛の頃は、100万人に1枚ずつ買ってもらうような戦略を採ってきました。そのためには、TV CMを打つなど広く認知させる戦略がもっとも効率的でした。しかし現在は、乱暴に言うならば「1万人に1万回聞いてもらう」ことが重要になってきました。もちろん、ファングッズの売れ方も変わっています。

メディアが変わればユーザーの行動も変わる。結果として、ユーザー行動に影響を受ける音楽の販売とプロモーションも、その影響を受けざるを得ない。

ただ、影響を受けるとしても「なんとなく」で対応してはいけない。特にデジタルプラットフォームが増えるのだとしたら、消費者がどのような行動をしているのかを把握して行動を起こす仕組みが必要になる。

北山氏は「(CD中心の頃は)どなたが買われたのか、把握することはできませんでした。どの地域の店舗で売れたのか、というあたりが限界でした」と話す。

いわゆるPOSデータはあっても、それは自社が「セールスプロモーションを仕掛けたあと」の成果であり、それも、デジタルプラットフォームから取得できるデータにざっくりした荒いものでしかない。

だがデジタルプラットフォームでは、より小さな傾向も把握できる。ただしそれがどういう意味を持つ情報であり、どうマーケティングに活かすべきかを考えるには「ツール」が必要になる。

それが、SMEJが開発したデータ分析プラットフォームである「GROOVEFORCE」だ。以下、YouTubeで公開されているGROOVEFORCEに関する解説ビデオもシェアしておく。

GROOVEFORCEのダッシュボード例。その楽曲を聴いた性別や年齢などもわかる
Sony Group | データを活用してアーティストを支援する

ただ、同社にもこの種のプラットフォームの知見が多数あったわけではないし、開発経験があったわけでもない。

「必要だったから作る決断をした」のだ。

SMEJによれば、開発をスタートしたのはコロナ禍の前。ストリーミングが日本でも定着する傾向が見えてきて、音楽ビジネスの形が変わることが予想されてきた頃だ。海外はストリーミング・ビジネスが先に定着しており、それに倣えばいい……と考えがちだが、実際にはそうではなく、かなり大変な道のりだったようだ。

北山:試行錯誤の連続です。

海外にはツールがあるのですが、海外のマーケットを非常に意識したツールになっていて、日本に適合しなかったんです。

例えば、当時海外ではSNSといえばFacebookが主流。ストリーミングサービスとしてもSpotifyが中心で、それらを想定したツールになっていました。しかし日本の場合、当時、影響力の強いSNSはTwitter(現X)、ストリーミングサービスとしてはApple Musicが先行していました。しかも、物理メディアやダウンロードもある。

それらを統合的に見る方法がなく、結果的に自分たちで作るしかない、という判断になったんです。

実際には、運用しつつ開発中。「現在も現場で、短いサイクルで施策を回し、効果がなければすぐ止める」(北山氏)やり方で進めているという。

結果的に、SMEJのやり方はどう変わったのか? シンプルにいえば次の言葉に集約できるだろう。

北山:従来はすべてのプロモーション計画が(ディスクの)発売日起点でプランニングされていて、計画の修正が難しかったところがあります。それに対し、ストリーミングの場合にはむしろ「スパイク」(注:爆発的な伸び)が出たものを捕まえに行くようになりました。

実例は後ほど述べるが、販売開始前の計画で全てが決まっていたものが、販売開始後の変化から「仕掛ける」こともできるようになってきたのは、劇的な変化と言えるのではないだろうか。

データは「地図」、重要なのはどう読むか

では、SMEJはいまや「すべてをデータで決める」「新しいマーケティング手法」ありきの企業になったのだろうか?

実はそうでもないようだ。

北山:今弊社内で、新しいマーケティング手法を全員が使っているのかというと、そうでもないです。担当しているアーティストの特性によってやり方を変えるべきところはあります。結局データはデータ。すべてわかるわけではないですから。社内ではよく「これは地図みたいなものですよ」と説明しています。

データをどう読んでどう活かすかはそれぞれの担当者次第であり、アーティストとのマッチングも重要というのは、聞いてみれば当然の話だ。そういうことはストリーミングと相性のいい、若年層に支持されるアーティストで行なわれているのだろうか……と思い聞いてみると、ちょっと意外な答えが返ってきた。

北山:データの分析と活用については、ストリーミングからスタートした新しいアーティストが積極的か、というとそうではありません。

むしろベテランの方が意見を求め、「詳細なファン分析をしてほしい」という依頼もよくあります。例えば、特定の施策に関連して新しいファンが生まれているのかを知りたい……といったことです。

例えばとあるアーティストで他のエンタメの類似性を調べたら、「お笑い」っていうキーワードが出てきたんですね。これまでは関連性が認識されておらず、気づかなかった要素なのですが。

アーティストを支持している人がどのような属性をもっているか、類似性などのペルソナも把握

サブスク型のストリーミングは、過去の名作と新曲が同列で競う場でもある。そこでベテランが意見を求めて売り方を模索していくことに積極的、というのは面白い話だ。

また先ほど「スパイクを捕まえる」という話が出てきたが、そこでも明確な事例を示してくれた。

北山:可視化で見える部分とそうでない部分がありますが、重要なのは「どうアクションを起こすか」ということです。

(2022年に起こった)「nobodyknows+」のリバイバルヒットは好例です。

分析担当者が、毎年夏になるとピコッと起きる、「我々が気づいていなかった範囲でのバズ」を見つけたんです。ならば仕掛けてみるか……という話からスタートしたプロジェクトだったんですよ。ツールがなければ傾向に気づくことはなく、リバイバルヒット自体が存在しなかったでしょう。

実際、日常的に小さいバズは起きています。それを見つけてトライアンドエラーをするのが重要です。1つは小さい動きかもしれませんが、それらが100個集まれば大きな売れ行きになります。そして、そうなると今度はなかなか消えない。

「どうやらこういう風にスパイクが出ているアーティストは、少し傾向が太くなればちゃんと大きなマネジメントにつながって長く続く」という結果が見えてきました。

「再生数が多くなった」というデータは確かにある。だが、それをちゃんと見つけるのは難しい。SMEJはツール上でそうしたデータを見つけ出し、適切な施策を行なって成功に導く「経験」を得た。結果として、そこからツールがさらに改善され、ある種の結果へと導く流れが生まれている。

情報活用レポートは「共有されて意味を持つ」

前出のように、ツールの開発と投資はコロナ禍に突入すると同時に始まった。投資規模は小さいものではないので、かなり思い切った決断だ。協力企業とともに、バックエンドとしてAWSを使って実現されている。

北山:開発に関する判断はクイックに下しました。完全なアジャイル型で、その都度方向性を見定めながら進めています。状況も日々変わっていきます。ウォーターフォール型ではいつできるかわかりません。開発については、社内リソースのみでは難しいことがわかっていたので、外部企業と共同で行ないました。どのような企業と協力するかを見つけるにはかなり試行錯誤しています。最終的にはフィットする協力会社を見つけることができましたが、人の縁でつながっていって……という感じでしたね。

AWSを選んだのは堅牢性とコストが大きいのですが、AWS上でのデータの突合がセキュアかつ容易であった、という点もあります。また、Amazonの「マーケティングクラウド」と連携できるのも重要です。Amazon上の匿名化された購買履歴と連携することで、多様な分析が可能になります。

その結果、現在は「GROOVEFORCE」が社内での基本的な情報基盤として、日々活用されている。北山氏は、「現在は、社内のダッシュボードだけでなく、社外のツール類も使い、分析して可視化しています」と話す。

ただ、そこで重要なのは「ダッシュボードで情報を見ることではない」ようだ。

北山:その上で、レポートは全員で共有です。これが大前提で、「納得できないなら(ツールは)使ってくれるな」とまで話しています。

アナリティティクスはどんどん使って欲しいし、情報共有の依頼も「断るな」と言っています。

実のところ、最も苦労した点は「情報を共有したがらない」ことなんですよ。

エンターテインメントの世界はピラミッド構造で、情報を持っている人は頂上のごく一部……、という時代が続きました。

しかしこれからはそうではない。「もちろん意見は伺いますが」としつつ、社として明確な姿勢として臨みました。最初こそ抵抗はありましたが、今はまったく反対はありません。

施策はすべてが成功するわけではありません。耳の痛い結果だとしても共有する必要があります。

そこから、「これはダッシュボード化した方がいいんじゃないか」という情報や分析手法が出てきたら、さらに開発を進めることになります。

ダッシュボードなどから見えてくる情報が、常に心地よいものだとは限らない。中には耳が痛いものも、他者と軋轢を生みそうになるものもある。

北山:ダッシュボードによる分析を行なうようになって可視化されたものに「タイアップの効果」があります。従来は難しかったのですが、現在は効果があったのかなかったのか、はっきりわかってきました。「分析して欲しい」と言う依頼も増えたのでダッシュボード化したという流れです。

こうした「なにが重要か」を判断して可視化できるものを増やしていくことも、システム開発には重要な視点である。

投資効果は見えなくとも「やらねば変化には気づけない」

DXのためのシステム化、と言葉にするのは簡単だ。だが、多くの場合、それに伴うコスト負担や価値を天秤にかけ、「それは本当に重要なのか」という議論が行なわれやすい。それも確かに重要なことだと感じる。

しかし北山氏は、DX投資について、SMEJでの実経験から以下のように語る。

北山:こうした投資の課題は「ROI(Return of Investment、費用対効果)が測りにくい」ことにあります。システムを作ったからといっていくら収益が上がる、と明確に言えるものではありません。

でもシステムがないと、そもそも気づくこともできなかった現象があるのは間違いありません。ヒットにつながるように薪をくべる作業をするには、そもそも「ヒットの芽」に気づかないとできないんです。

もちろん昔から、「この季節にこの曲が売れる」というレベルのことはありました。でも、小さなバズの可能性は、ツールがなければ今までは見過ごされていたところです。

小さなバズを見つけて束にして大きなヒットへと拡大していくというのは、まさにツールがなければできなかったことだ。そして、従来それは「担当者の勘」に頼っていた領域だっただろう。だが、どんなに有能な人でも常に勘が働くわけではないし、ミスもある。ツールで可視化していくということ、結果のレポートを共有していくということは、各人の能力の最大化であり、知見の共有による機会最大化、という話でもある。

では、現在のSMEJの課題はどこにあるのだろうか? 北山氏は「海外(Sony Music Group、SMG)との連携」だという。

同じソニーグループ内の音楽事業だが、グローバルな事業を担当するSMGと、日本国内を担当するSMEJとは別の組織であり、やり方も違っている。だが、昨今は日本楽曲のグローバルヒットも増え、関係が広がってきた経緯がある。

北山:海外市場との連携は、グループ全体での大きな課題だと思います。日本の楽曲のグローバルヒットは出始めていますが、海外の動きをタイムリーに捉えられているか?というと、まだまだです。ツール補完よりも、SMGとSMEJとの連携を大きく、能動的なものにしていく必要があります。

海外との違いから、SMEJは独自のツール開発とデータ基盤を用意する必然性に迫られた。だが、日本楽曲のグローバルヒット拡大が進む中では、楽曲販売だけでなく、グッズ販売やアーティスト支援など、多様な課題が生まれてくる。これから同社がやるのは、そうしたビジネスをどう「垣根を超えて最大化するか」ということなのだろう。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、AERA、週刊東洋経済、週刊現代、GetNavi、モノマガジンなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。 近著に、「生成AIの核心」 (NHK出版新書)、「メタバース×ビジネス革命」( SBクリエイティブ)、「デジタルトランスフォーメーションで何が起きるのか」(講談社)などがある。
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