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新紙幣を入手 超絶技巧が満載の身近な美術工芸品だった
2024年7月9日 08:20
銀行に並び始めてから約45分で新券に交換
筆者は特に新しいものが好きなわけでもないが、今回はいち早く3種の新券を手に入れるべく、30℃を超える猛暑の中を銀行窓口へと向かった。本当は発行日の7月3日に新券を手に入れたいと思っていたが、調べるほどに3日に手に入れるのは、けっこう大変なことだと分かってきた。そこで交換するのは、初日よりはブームが去っているだろう7月4日にすることにした。
ネットやテレビのニュースでなんとなく気にしてはいたが、どこで交換が可能かなどの情報は、ほとんどゼロのまま4日の朝を迎えた。銀行の窓口が開く9時に家を出て、自転車で最寄りのターミナル駅である上野駅へ向かう。道すがらにある信用金庫にも寄り、外から店内を覗いて行くが、どの店舗にも「新券あり〼」的なポスターは見当たらない。それではと、当初の予定どおり上野駅近辺の銀行窓口を訪ねることにした。
三菱UFJ銀行や埼玉りそな銀行の支店などを見て行くが、どうも盛り上がりが感じられない。「暑いし、今日は交換できなくてもいいかぁ~」と早くも諦めモードになりつつ、いつも行く上野広小路駅近くのカフェへ向かった。
そのカフェの近くの、みずほ銀行の支店を「いちおう見ておくか」という感じで外から覗いてみた。すると、5人くらいの行列ができている。何で並んでいるか分からないが、行ってみると、ちょうど銀行のスタッフが「新券への両替は12時からになります」と呼びかけながら、掲示板を立てていた。
行列していた人たちが散会したところで、「今日は並びますかね? 昨日は混んでいましたか?」と尋ねると、「申し訳ございません。わたしどもは今日から新券の両替を始めるので、どれだけ混むのか分からないんです」とのこと。新券は、みずほ銀行の本店を経由してくるため、上野に届くのは1日遅れの今日から、ということらしい。
とにかく12時まで時間ができたので、カフェで仕事をしながら待つことにした。12時15分前になり、そわそわしてきたので、さきほどの銀行へ戻ってみた。行列は10人ほど。その後も、思っていたほど並ぶ人はいなかった。ほぼ12時ぴったりに新券両替の受付が始まり、12時15分頃に筆者に順番が回ってきた。
窓口で両替をするのは初めてのこと。行員の指示に従って「両替依頼書」に、どのお札を何枚希望するかと、氏名と電話番号、それに当該銀行の口座の有無を記載。改めて番号札をもらい、待合室で待つこと約10分……12時30分頃、3種の新券を手にできた。行列に並び始めて約45分かかったことになる。
ちなみに筆者は、みずほ銀行に口座を持っていないため、手数料として550円がかかった。口座を保有している場合は、両替枚数が10枚までなら、手数料はかからない。
また同行の同支店の場合は、発行後の週明け7月8日からは「一万円札に限り」、両替機でも新券が出てくるという。
東京駅、藤、富士山が描かれた新券の裏面が美しい
昨今は、ほとんどキャッシュレス決済で用が済んでしまうので、お札どころか財布を触ることもほとんどなくなった。意識してお札をじっくりと見るのは久しぶり……というか初めてのことだ。改めて3種類の新券を見てみると、美しいなと感じた。
デザインは、これまでさんざんニュースなどで見ていることだろう。メインビジュアルは、一万円札が渋沢栄一で、五千円札が津田梅子、千円札が北里柴三郎。そして裏面には、それぞれ東京駅の丸の内駅舎、藤、それに富嶽三十六景が描かれている。
今後は多くの渋沢栄一と、仲良くなりたいなと思う。今回たまたまだが、みずほ銀行で新券を手に入れたのも、なにかのエンかもしれない。というのも、みずほ銀行の前身は、渋沢栄一が日本で初めて設立した銀行……第一国立銀行だからだ。裏面の東京駅の丸の内駅舎は、これも偶然だが、先日近くのビル……KITTEから見てきた。
そのほか五千円札の藤の花もきれいだが、やはり千円札のデザインが3種類の新券の中では最も目立つように感じる。描かれているのは、葛飾北斎によって描かれた「富嶽三十六景」のうちの「神奈川沖浪裏」だ。これまで飽きるほど見たことのある絵柄なのだが、こうしてお札に描かれているのを見ると、また新鮮で味わい深い。
浮世絵の「富嶽三十六景」は、木版印刷なので、江戸時代に刷られた作品が今でも世界中に残っている。三十六景のなかの「神奈川沖浪裏」も同様なのだが、新券をデザインする工程で参考にされたのが、東京国立博物館と山梨県立博物館が所蔵するものだったという。
そんなことを思いつつ、浮世絵が好きなこともあり、英語では「The Great Wave off Kanagawa」とも呼ばれるその絵を、じっくりと見てみた。ダイナミックに描かれた大きくうねる波や、その波間に翻弄されるように浮かぶ舟と人、そして中央に描かれた富士山が、細部までしっかりと再現されている。また一見すると、単純な白を表現しているところにも、実は細かく波線が引かれていたりと、その精緻な描写に驚くほかない。
こうして見ていて思い出した。これら紙幣……日本銀行券を印刷しているのは、国立印刷局なのだ。同局はパスポートも作っていて、最近新しくなったパスポートには、新券と同じく「富嶽三十六景」の「神奈川沖浪裏」が描かれている。そこで更新したばかりの息子のパスポートと見比べてみた。
当たり前だが、全体の構図はまったく同じだ。どちらも元は同じ葛飾北斎が描いた絵で、もしかすると版を彫った彫師も同じか同じ部署で、刷る印刷機は異なるだろうが同様に高性能なものを使っているはず。
色々と見比べてみたが、ここでは舟に乗る人たちだけを載せておく。
浮世絵は、絵を描いた絵師がすごいのは当然だが、絵師だけでは作れない。優れた彫師と摺師(すりし)がいて、初めて成立するものだ。新券に描かれた「神奈川沖浪裏」も、おそらく現在の日本で最高峰の技を持つ彫師と、同じく摺師……または印刷機があって、完成した作品と言っていいだろう。
日本の工芸の粋を集めて作られたお札
前項で、筆者が書きたかったことは書き終えてしまったが、新券の特徴はまだ多く、むしろ一般的にはここからが本題となる。3種の新券には、デザインの美しさの中に、最新の偽造防止技術も存分に盛り込まれているのだ。
最も目立つのが「3Dホログラム」。それぞれメインビジュアルに採用されている渋沢栄一など3名の肖像画が、見る角度や光の当たり具合によって顔の向きを変えるというもの。こうした「3Dホログラム」が銀行券に採用されるのは、世界初のことだという。
静止画で説明するのは難しいので、動画で撮ってみた。左が五千円札で、真ん中が一万円札、そして右が千円札。
超絶技巧とも言える偽造防止技術は、お札の全体で見られる。例えば、これまでのお札にも採用されている、中央の透かし(すき入れ)も進化している。それぞれの肖像の周囲に、緻密な連続模様が施されているのだ。
パッと見ただけでは分からないし、オジサンの筆者には肉眼で視認するのが難しい「マイクロ文字」も継承されている。例えば一万円札のマイクロ文字は、比較的に分かりやすい場所にあるが、千円札の右下の柄の中に紛れ込ませている文字はお手上げだ。
そのほか見る角度を変えると文字が浮き出てくる、潜像模様という技術もあちこちに採用されている。マイクロ文字とともに、子供に教えてあげると、盛り上がるポイントだ。
ほかにも、漢数字よりもアラビア数字を大きく表示したり、指で触ると凸凹した感触のある識別マークを券種ごとに異なる位置に配置したり、外国人や目の不自由な人でも、いくらのお札なのかが分かりやすいようにしている。
収集癖のある筆者だが、紙幣をコレクションしたことは今までなかった。お札をじっくりと見るのも、ほとんど初めてのことだった。そのため今までも「すごい印刷技術が使われているらしい」ことは知っていたが、ここまでの超絶技巧だったとは思っていなかった。
これから新紙幣の流通量が増えれば、否が応でも手に取る機会が増えるはず。その際にはぜひ繊細な描写や工芸技術にも着目してみてほしい。