トピック

YouTubeで成功するアーティスト 配信時代を勝ち抜く「ヒットの法則」

YouTubeが新鋭のアーティストを次々に輩出している。特に国内ポップミュージックの分野で若いアーティストの台頭が目覚ましい。彼女たち・彼らの多くは新曲のリリースに合わせてミュージックビデオを配信するだけでなく、時にはファンを巻き込む参加型のプロモーションを仕掛けて成功をたぐり寄せている。そこに音楽業界における「配信時代のヒットの法則」を見つけることができるのだろうか?

グーグルでYouTubeのアーティストリレーションズを担当する佐々木舞氏、マーケティング担当の山川奈織美氏に聞いた。

パートナーと一緒に音楽文化を支える環境をつくってきた

YouTubeはアーティストやレコード会社など音楽コンテンツの創作に関わる権利者を「パートナー」に位置付けながら、動画に表示される広告などから得られる収益をフェアに分配する仕組みをつくることに骨身を削ってきた。

現在はYouTubeが参加するアーティストに様々なリソースや収益化の機能を提供する「YouTubeパートナープログラム(以下:YPP)」があり、YouTubeのテクノロジーやサービスに関連するガイダンス、データ解析に基づくコンサルティングなどを佐々木氏が所属するアーティストリレーションズのチームが担当している。

YouTubeで活躍するアーティストを支えるグーグル合同会社 アーティストリレーションズ マネージャーの佐々木舞氏

YPPは音楽系アーティストにとってデジタル配信ビジネスの足場を固めるプラットフォームにもなった。YouTube公式ブログの発表によると、2023年にYouTubeで配信されたクリエイターコンテンツの数は過去最高に到達したという。2024年2月時点で、世界に300万を超えるチャンネルがYPPに参加し、YouTubeから収益を得ている。

クリエイターやメディア・企業など「パートナー」に対して、YouTubeが分配した収益の金額は過去3年間で700億ドルに上る。YouTubeがいま世界規模で音楽文化の発展に貢献していることが顕在化した格好だ。

2024年2月7日にYouTube公式ブログに公開された「YouTube CEO ニール モーハン氏のレター」から。YouTubeパートナープログラムの規模がますます拡大していることが伝えられた。YouTube ショートは1日平均視聴回数が700億回を超え、ショート動画を投稿するチャンネルの数も前年比で50%増加したという

2020年以降、世界中のアーティストがコロナ禍の影響を受けて、オーディエンスに向けてパフォーマンスを見せられる環境を失った。代わりにオンラインで創作を発信できるデジタルステージとして、YouTubeが大きな役割を果たしたことはまだ記憶に新しい。

この時期に自宅からのライブ配信、インターナショナルなコラボレーションに挑戦し、新たな表現の手段を得たアーティストはコロナ禍が明けた今も勢いを伸ばしている。

YouTubeを使いこなすアーティスト達

特にZ世代の若いアーティストがYouTubeで脚光を浴びている。

男性シンガーソングライターのimase(イマセ)の活躍を例に挙げよう。2021年に開設したimaseのYouTubeチャンネルは、まもなく登録者数が100万人に到達する勢いだ。imaseが2022年に楽曲『NIGHT DANCER』をリリースした時に採った「マルチフォーマット戦略」が大きな成功を引き寄せたのではないかと、佐々木氏は語る。

YouTubeで『NIGHT DANCER』のミュージックビデオ(MV)を公開した後、ファンから寄せられるコメントに対してimaseはタイムリーに反応しながら、MVの英語バージョン、韓国語バージョンを制作した。すると、動画の再生数は瞬く間に1億回を突破。デビューから間もなくして、imaseはグローバルなヒットチューンを我がものにした。その後もimaseは自身を応援するファンに感謝を込めたメッセージをショート動画で配信したり、ライブ配信によるファンとのコミュニケーションを積極的に行なった。

imaseのYouTubeチャンネル。ヒット曲『NIGHT DANCER』のミュージックビデオはEnglish/Korean Versionを配信している

YouTubeがアーティストに提供するマルチフォーマットのツールを使いこなすことが「ヒットの法則」のひとつになり得ると、佐々木氏が説く。

「フルサイズの動画からYouTubeショート、ライブ配信など多彩な創作を行なうためのツールがYouTubeにはあります。制作したMVをチャンネルに公開するだけでなく、各ツールの特性を把握しながら発信を絶やさないアーティストが成果を挙げているようです」(佐々木氏)

YouTubeショートが、アーティストとファンとの親密なコミュニケーションをつなぐツールとして機能している。YouTubeショートは2021年からモバイル版のYouTubeアプリに搭載された、最大60秒の動画をスマホで撮ってYouTubeに公開できる機能だ。

世界中でYouTubeのコンテンツが毎日平均10億時間以上、テレビで再生されているという。YouTubeショートも2022年からモバイルの画面だけでなく、テレビの大画面で視聴視聴しやすくなった

imaseの場合、制作途中段階の楽曲をYouTubeショート動画としてチャンネルに公開した後に、有観客ライブでメドレー演奏を披露することにも挑戦した。ショート動画を見たファンは、種から芽吹いたばかりのimaseの新曲を聴き、会場で一緒に口ずさむ体験を共有した。

コンサートやライブでは「完全に制作を終えた"完パケ楽曲”だけを披露するもの」という、アーティストの既成概念にもYouTubeが影響を与えている。

imaseのようにYouTubeで脚光を浴びるアーティストが増えてきたことで、YouTubeが「音楽をやってみたい」というユーザーの好奇心を、芽生えた段階から刺激している手応えをマーケティング担当の山川氏は感じているという。

「YouTubeのユーザーに聞くと『実は音楽をやっている』という声が多く返ってきます。中には楽器の練習を始めたので披露する場がほしかったとか、楽器を弾きながら歌うことが好きだから"歌ってみた”動画を公開してみたり、お試し的にYouTubeをご利用いただいているようです」(山川氏)

YouTubeを"表現の場”として注目する一般クリエイターの熱気も日々高まっていることを実感していると、グーグル合同会社 ディレクター YouTubeマーケティング 山川 奈織美氏が手応えを語る

一般のクリエイターにとってもまた、YouTubeショートなどマルチフォーマットのツールを活用することが成功体験を招き寄せる一助を担っている。公開したコンテンツにコメントをもらったことがきっかけになって、バンドの結成やオリジナルの楽曲制作など本格的な活動を一歩前に進めるクリエイターも少なくないようだ。

「推し活基地」としてもファンの意識に定着した

YouTubeで活躍するアーティストの公式チャンネルは、ファンのための「推し活基地」としても役割を果たしている。筆者が推すシンガー・ソングライター/ギタリスト、ReiのYouTubeチャンネルが好例になるかもしれない。

ReiのYouTubeチャンネルには代表楽曲のMVだけでなく、ライブで一緒に演奏するバンドのメンバーやアルバムで共演したアーティストについてReiが語る動画が数多く公開されている。ライブのバックステージやプライベートの時間を記録したショート動画なども次々にアップされるので、YouTubeを訪ねればアーティストの近況がつぶさにわかる。

さらにReiはギターを片手に名曲を弾き語ったり、過去に公開した動画の一部をチャンネルに公開している。Reiがリリースした楽曲は多くをYouTubeで聴けるし、YouTube Musicに飛べばReiに関連する楽曲やアーティストも深掘りできる。

昨年秋にはReiの新曲『Love is Beautiful』のMVがYouTubeでプレミア公開された。カウントダウンの日にはファンから続々とコメントが投稿され、筆者もまるでライブハウスで幕開けを待つ瞬間のようにドキドキしながら過ごす時間を味わった。もはや、筆者もYouTubeを起動するたびにReiのチャンネルをチェックする習慣が身に付いてしまった。

ReiのYouTubeチャンネルには新曲『Love is Beautiful』は通常のMVだけでなく、ギターを演奏するReiの手もとだけを映した「Player's Cut」も公開されている。凄腕のギタリストでもあるReiらしい、こだわりがほとばしる動画がファンをシビれさせた

UGC(User Generated Content:ユーザー生成コンテンツ)にも手を広げつつ、応援するアーティストに深くのめり込める環境が「YouTubeの中でほぼ完結している」ことも、他のコンテンツプラットフォームにはないYouTubeの強みだ。

YouTubeに無料で公開されているコンテンツならば、自身が推すアーティストの楽曲を「ちょっと、これ聴いてみてよ」と周りの友人・知人に勧めやすい。だからこそ、YouTubeで話題をさらうアーティストのコンテンツは拡散される規模・速度ともにケタ違いだ。

マルチフォーマットの活用が成功への近道

日本は世界的に見ても推し活の勢いが盛んな地域だ。YouTubeのようなコンテンツ配信プラットフォームやSNSが普及したことで、日本人の"推し活熱”は日増しにヒートアップしているようにも見える。だからこそ、今どきのアーティストはコンテンツ配信プラットフォームを丁寧に活用しながらファンダムをつくり、推し活を味方に付けることにも注力する。なぜならそれが配信時代に成功を招き寄せる鉄則だからだ。

「YouTubeにはアーティストの活動をサポートする多彩なオプションが揃っています。とりあえず完成したMVをただ置くだけでは勿体ないので、ぜひYouTubeをデジタルプラットフォームとして戦略的に使い倒してほしい」と山川氏は呼びかける。YouTubeパートナープログラムではアーティストごとに最適なプロモーションの形をデータ解析により見つけながら、ツールを上手に使いこなす方法も指南しているという。

YouTube動画のシークバーには「リプレイ回数が最も多い部分」が表示される。イメージはDr. Capital(ドクターキャピタル)のYouTubeチャンネルから。動画の内容からファンが最も反応した箇所がアーティスト本人だけでなく、ファンにも共有される機能がある

「YouTubeのアナリティクスツールが生成するデータからは、戦略的に行なったプロモーションの成果も見えてきます。世界中で活躍するアーティストがYouTubeを効果的に使った事例をケーススタディとして紹介することも可能です」(佐々木氏)

YouTubeのアーティストリレーションズのチームは、日本のアーティストによる音楽を世界に発信することにも力を入れているという。大勢のファンに支えられて大きくなったアーティストが「日本発・配信時代のヒットの法則」をこれから世界に拡散するのかもしれない。目をこらしながら期待したい。

山本 敦