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都心のビル屋上や元喫煙所を「農園化」 IoT農園が変える野菜づくり

東京・大手町のビル屋上にある農園「The Edible Park OTEMACHI」

「アーバンファーミング」というキーワードをご存じだろうか。いわゆる「農業」ではなく、都市にあるビルの屋上や遊休地などを利用して農作物を作る都市型農園のことだ。欧米、特に欧州ではこうした動きが活発化しており、英国では「コミュニティファーム」と呼ばれる都市型農園が3,000カ所を超えているという。

日本でも都市型農園は増えており、現在大手町や渋谷などにシェアリングIoT農園「grow FIELD」を展開しているのがプランティオだ。grow FIELDの特徴は、市民による“草の根活動”的なコミュニティファームに、照度や温湿度などを計測するIoTセンサー、アプリやクラウドサービスを組み合わせたデジタルファーミングプラットフォーム「grow」を活用している点。

アプリで参加申請をすれば誰でも農園の活動状況を見られ、有料会員になれば実際に栽培や収穫に参加することもできる。シェアリングIoT農園をなぜ展開することになったのか、また野菜栽培を通して考えるサステナブルな社会について、プランティオ代表取締役CEOの芹澤孝悦氏に話を聞いた。

プランティオ代表取締役CEOの芹澤孝悦氏

芹澤氏は、合成樹脂を用いた長方形の植物栽培容器「プランター」を生み出した、セロン工業の創業者である芹澤次郎氏の孫で、次世代のプランターを作り出すためにプランティオを創業した。

元々は、温湿度などを管理して誰でも失敗せずに家庭菜園ができるIoTセンサー「grow CONNECT」を皮切りに、IoT家庭菜園を広げていく狙いだった。しかし2020年初頭に発生した新型コロナウイルス感染症と、それに起因した半導体不足などによって家庭向けへの展開が難しくなり、現在はシェアリングIoT農園を中心にビジネスを展開している。

コロナ禍が事業を直撃し、軸足をシフト

2020年1月に米ラスベガスで開催された「CES 2020」会場では、経済産業省が推進するスタートアップ企業の育成支援プログラム「J-Startup」のパビリオンが出展し、その一角にプランティオがブースを構えていた。

土壌の温度・湿度センサー、195度広角カメラ照度センサー、外気温・外気湿度センサーを搭載するIoTセンサー「grow CONNECT」と、データに基づいた的確な栽培アドバイスを実現する野菜栽培オペレーティングシステム「grow OS」によって野菜栽培をデジタル化して可視化し、誰でも失敗せずに野菜栽培ができるというものだ。

プランティオが提案するのは、家庭における野菜の“地産地消”を実現するだけでなく、当時都内に3カ所あったシェアリングIoT農園「grow FIELD」で野菜栽培の楽しさを学んだり、そこで採れた野菜を使った食事を楽しんだりできる地産地消イベントなどを開催する、というものだった。

CES 2020のJ-Startupパビリオンに出展したプランティオのブース
CES 2020で展示していたIoTセンサー「grow CONNECT」

その直後に新型コロナウイルス感染症が発生し、緊急事態宣言が発令されてからは不特定多数の人々が集まるgrow FIELDの運営もままならない状況になった。2020年7月には応援購入サービス「Makuake」でgrow CONNECTを販売するプロジェクトもスタートし、目標の約833%を達成したものの、コロナ禍に端を発する半導体不足がプランティオを直撃した。

「半導体不足により、我々のような弱小スタートアップにはチップすら回ってこない状態になりました」と芹澤氏は話す。シェアリングIoT農園は運営できない、IoTセンサーも製造できない状況下だったが、救いになったのがビルの屋上にIoT農園を設置したいという相談が復活してきたことだった。

「もともとはgrow CONNECTを量産して家庭のベランダでのファーミングを増やし、その後にシェアリングIoT農園もセットで楽しめるという世界を描いていました。どちらもできなくなってしまったのですが、コロナ禍が少し落ち着いてきた時にまた『ビルの屋上で農園をやりたい』というお声掛けをいただくようになったのです」(芹澤氏)

grow CONNECTの生産は半導体不足であえいでいたが、海外生産からパナソニック傘下の国内メーカー、Shiftall(2024年2月からクリーク・アンド・リバー傘下)に生産を委託することになり、「ようやく生産が安定するようになりました」と芹澤氏は話す。

欧米を中心に「アーバンファーミング」が広がる

ここで芹澤氏は、冒頭で紹介したアーバンファーミングの欧米における盛り上がりについて語った。

「米ニューヨークのブルックリンではマンションの3~4棟に1棟は屋上が農園になっているなど、アーバンファーミングが進んでいるんです。仏パリでは『Nature Urbaine(ナチュール・ユベンヌ)』という世界最大の屋上農園が作られていて、パリ市長は『パリを地産地消の都にする』と語っています。

英ロンドンでは3,000カ所以上の農園があり、120万食分の野菜が15万人の人の手によって作られています。デンマークのコペンハーゲンでは、できるだけ高い建物を建てずに屋上農園を設置し、できれば飲食店もつけて地産地消してくださいという条例ができています。

つまり遠くの農地で大量生産したものを、フードロスを生じさせながら、フードマイレージもかけて運ぶという中央集権的なパラダイム一択になっていることに対して、環境先進国では疑問符がついているのです。そのため、こういうアーバンファーミングが世界中で広がっているのです」(芹澤氏)

グローバルではアーバンファーミングの動きが広がっているという

その背景には迫り来る食糧危機があると芹澤氏は語る。

「2030年には野菜がなくなると言われているのですが、実際には野菜そのものではなく野菜の種がなくなるんです。実は野菜の種はウクライナを中心とする東欧諸国が量産しているんです。

日本も品種登録をしてライセンスを持っているのですが、量産はすべて海外に丸投げです。そのため野菜の種の自給率は10%以下、肥料の自給率は0%という薄氷の上にいる状態なのです。

世界中では農業というライフラインがぶった切られた時に、自分たちでもアクセスできる安心・安全な『グリーンフードインフラ』を作っているのです。我々が確認しているだけでも、50カ国以上の国がどこに何を育てていて、いつ収穫できるかが分かる『アーバンファーミングマップ』を作っています」(芹澤氏)

英国では3,000カ所を超えるコミュニティファームがあるなど取り組みが進んでいるものの、その実態はアナログな管理で課題が多いと芹澤氏は語る。

「アーバンファーミングマップに登録するのにFAXや電話をしなければならないなど、アナログなんですよ。野菜栽培を教える人がいないし、国によって普及しているSNSがまちまちでコミュニケーションもうまく行なえていません。マネタイズも海外の場合は寄付などですが、寄付金を壺に入れてもらうなど、いろいろとアナログなんです。我々はそこにデジタルのメスを入れた、恐らく世界で最初のスタートアップだと思います」(芹澤氏)

現在のアーバンファーミングにおける課題

プランティオが作成しているデジタルアーバンファーミングマップ「grow SHARE」では、コミュニティファーム「grow FIELD」のほか、ユーザーが自宅のベランダで作っている野菜も「vege SPOT」として登録可能。

「vege SPOTには、日本国内に現段階で3,000カ所以上が登録されています。出光興産さんと一緒にタイにもスポットを作りました。日本語だけでなく多言語対応もしており、プラットフォーム全体の栽培量や、グリーンがどれくらい広がったのか、食料生産量やCO2削減量、生ゴミ削減量などを見える化しています。

growのデジタルファーミングプラットフォームを使って野菜栽培をすると、知らず知らずに環境貢献もできているという仕組みです」(芹澤氏)

デジタルアーバンファーミングマップ「grow SHARE」

シェアリングIoT農園「grow FIELD」

「grow FIELD」は、誰でも無料で参加できるシェアリングIoT農園だ。スマホアプリ「grow GO」をダウンロードして参加申請すれば、自宅や職場近く、もしくは好きな場所のgrow FIELDの活動状況を見られる。有料会員になれば、実際に栽培や収穫に参加することも可能。

そもそも「シェアリング農園」とはどのようなものなのか、芹澤氏に聞いた。

「区画貸しで月額9,800円とかで家庭菜園を貸しているのは日本と韓国が中心で、一部ドイツあたりにもあるぐらいです。それは土地を分割して貸すという不動産由来の価値観なのです。でも海外では一つの農園を地域の共有財産としてシェアするのがスタンダードなのです。

我々のgrow FIELDにはIoTセンサーの『grow CONNECT』が刺さっていて、参加している人全員に『水やりしてください』などと野菜から呼びかけて、みんなで育てています。そういう意味で『シェアリング農園』なのです」(芹澤氏)

今回取材した東京・大手町にあるgrow FILED「The Edible Park OTEMACHI」の場合は月額1,980円で参加できる。参加方法や料金はgrow FILEDによって異なる場合があるので、The Edible Park OTEMACHIの参加方法やポイントシステムなどについて紹介しよう。

東京・大手町の大手町ビル屋上にある「The Edible Park OTEMACHI」

「『grow GO』アプリと『丸の内ポイントアプリ』をダウンロードして連携することで、水やりすると20ポイント、間引きすると20ポイントといったようにポイントがたまっていきます。

たまったポイントは『丸の内ポイント』が使えるお店、例えばビルにあるコーヒーショップでコーヒーに交換できるような仕組みになっています。つまり都市DXとつながり、『サステナビリティトランスフォーメーション』ができる仕組みです」(芹澤氏)

プランティオは出光興産やNTT東日本、東急不動産、渋谷区などと連携してさまざまな場所にgrow FIELDの試験導入や実証実験を進めている。The Edible Park OTEMACHIを筆頭に、既に14のgrow FIELDがオープンしており、「現段階で25から30くらいのオープンを控えています」(芹澤氏)とのことだ。

The Edible Park OTEMACHIでは「丸の内ポイントアプリ」でQRコードを表示することで屋上庭園に出られる

無人で入退出管理から栽培方法指南、栽培作業の共有などを実現

grow FIELDへの参加申請が認められたユーザーのスマホが2m以内に近付くと、grow GOアプリに表示される「解錠する」ボタンを押すとフィールドのスマートロックが解錠されて入場できる。

grow FILEDの入口にはスマートロックがあり、QRコードを読み込んで「grow GO」アプリで承認されることで入場できるようになる
The Edible Park OTEMACHIに入ったところ。数多くのプランターが並んでいる

フィールド内のプランターには土壌の温度計と水分計、外気温・外湿度計、日照センサー、イメージセンサーの6つの機能を搭載するIoTセンサー「grow CONNECT」が刺さっている。

プランターに刺さっているgrow CONNECT

「バジルの場合は土壌の温度を積算して100℃に達すると発芽する。トマトの場合は1,000℃に達すると赤くなるというデータがあります。それを見ることで、どこに植えてもその場所に応じて適切なタイミングでガイドができる仕組みを実現しています」(芹澤氏)

grow CONNECTはプランターごとに必要なわけではなく、The Edible Park OTEMACHIでは1本だけ刺さっていた。

「日照条件が同じなら1本で大丈夫ですが、場所によって違う場合はもう1本置く場合もあります。最低でも4.5時間以上日が当たらないとダメなので、どの農園も必ず我々が事前に赴き、アプリを使って日照条件などをチェックします。

夏至、冬至、春分の日、秋分の日などの農業において大事な日付にセットして現地の日照条件を確認した上でレイアウトします。grow CONNECTで集めたデータと、どの作物は嫌光性もしくは好光性で、発芽する温度などのデータと突合すると、そこには何が植えられるのか。ここは果樹、花木がいける、ここは葉物でここは実物といったことが導き出せます」(芹澤氏)

日時を指定することで日照条件を確認できるアプリを使ってデモをする芹澤氏

grow FIELDでは、種から育てて作物を収穫するだけでなく、種を採取して残すという一連の流れが「grow GO」アプリからガイドされる。grow FILEDコミュニティのメンバーの誰かがそれに従って作業してアプリで記録し、メンバーでその情報を共有する仕組みになっている。

「今この農園では15個のお手入れができまして、その数字を押すと今できるお手入れが表示されます。例えば小松菜に間引きしようとするとやり方が表示されるので、間引きが終わったら写真を撮ってもらいます。すると私が間引きをしたというのが共有されます。そうやって一つの農園をみんなで管理する仕組みになっています」(芹澤氏)

今できる手入れがgrow GOアプリに表示される
間引きの作業の説明が画面に表示されるので、ガイドに従って手入れをする

一般的な農業では、作物から種を採取することができないが、grow FIELDで育てている作物は在来種の江戸伝統野菜だ。「種を取れて次世代に繋げられるため、持続可能な仕組みになっています」と芹澤氏は語る。

The Edible Park OTEMACHIの中央付近には種を収納するボックスが設置されている
ガイドに従ってユーザーが採取した作物の種が入っており、これを使って新たな作物を作る

The Edible Park OTEMACHIの一角にはたい肥を作り出すコンポストも設置されていた。

「ビルから出る生ゴミや、ここの利用者の家から出る生ゴミをコミュニティコンポストに入れて堆肥を作っています。日本の肥料の自給率は0%なので、このようにマイクロオフグリッドに堆肥を作っていくことも重要です」(芹澤氏)

生ゴミから肥料を作り出すコンポスト

コンポストに生ゴミを加える方法などは「コンポストコミュニティ」で教えてくれるようになっている。誰も常駐していなくても、アプリを使うことでノウハウを伝承できるというのがデジタルならではのメリットだ。

コンポストの作り方もコミュニティで教えてくれる

家庭向けは6月にスタート 法人向けにシステム提供も実施

ここまでシェアリングIoT農園のgrow FIELDを中心に紹介してきたが、今後は家庭にも本格的に展開する予定だ。

「早ければ5月のゴールデンウイーク明け、遅くても6月くらいにはgrow CONNECTが自宅に届くという形になります。現段階では入会金9,800円、自宅で栽培できる『ホームユース』プランは月額4,980円を予定しています。

ホームユースプランは、好きなgrow FIELD一つを選んで利用できる権利も含まれています。ベランダとビルの上の農園の両方で思い切りアーバンファーミングができ、気が付けば1~2食分の野菜が食べられる、みたいな世界になるイメージを描いています。ベランダはないけどアーバンファーミングをしたいという人には、grow FILEDを1つ選んで栽培を楽しめる『フィールドユース』プランを用意しており、そちらは月額980円で利用できます」(芹澤氏)

先ほど紹介したgrow FIELDは大手企業や自治体と連携する大がかりなものだが、元々コミュニティ農園を営んでいた人などにシステムだけ提供する法人向けプランも用意している。

「grow CONNECTとgrowのアプリを提供し、システム利用料として月額5万円をいただいて法人や団体の方に提供しています。アプリ上にスポットを立ててコミュニティを作り、みんなでやり取りしながらガイドに従って野菜を栽培できます」(芹澤氏)

法人向けプランを利用すると、独自の料金体系でマネタイズもできるとのことだ。

「The Edible Park OTEMACHIの場合はフォロワーは無料で中に入れますが、野菜のお手入れや収穫をしたい場合には月額1,980円です。NPOや個人などで土地を持っていてコミュニティ農園を開きたいのであれば、同じように我々の課金システムを使って課金ができます。月額1,980円にしたり、500円にしたり、金額も自由に決められます」(芹澤氏)

遊休地をシェアリングIoT農園にしたいという大企業から中小企業、NPO団体、個人まで幅広く利用できるというわけだ。

アーバンファーミングを広げていくプランはそれにとどまらない。

「次に我々が準備しているのは『ユニットタイプ』です。ビルの敷地から喫煙所が減っていて、コミュニケーションできる場所がなくなってしまっています。喫煙所ブースのユニットを作っていた企業の業績も右肩下がりです。

そのユニットを転用して、ビルの敷地内にアーバンファーミングユニットを設置するというプランを進めています。そのほかには、敷地の図面を送っていただくことでおすすめのプランターを紹介するので、それを組み合わせて購入すればすぐにアーバンファーミングできるというセットをECで販売する予定です」(芹澤氏)

さらに、2025年以降には屋内でアーバンファーミングができる「インドアタイプ」の展開も予定しているとのことだ。

今後の展開予定

「我々の農園の特徴は、家庭のベランダでできた野菜を自宅のキッチンで食べられる『小さいファームトゥーテーブル』ができることにあります。The Edible Park OTEMACHIだと丸の内シェフズクラブ(丸の内エリアを中心に店舗を構えるシェフが食に関する提案・発信を目指すコミュニティ)と連携して、ここで作った野菜を一流のシェフの方々の飲食店に持ち寄って食べるイベントもやっています。

こういった形で民主的なイベントをすることで、とっても楽しく野菜栽培ができます。私は『楽しいことこそが持続可能』だと思っているので、『農』と『エンタテインメント』が融合した“アグリテインメント”を標ぼうし、これからも楽しさを訴求していきます」(芹澤氏)

安蔵 靖志