鈴木淳也のPay Attention

第242回

JR東日本の顔認証改札に思うこと

大阪駅のうめきたエリアに設置されたパナソニックコネクト製の顔認証改札機

ルネッサンスはふたたび。

JR東日本は4月8日、「『Suica Renaissance』実現に向け上越新幹線で顔認証改札機の実証実験を行います」と題したプレスリリースを発表した。

2024年12月に発表した「Suica Renaissance」で触れられていた「ウォークスルー改札」の実装に向けた動きだが、「タッチ&ゴー」をキャッチフレーズに「改札に“タッチ”して通過」を定着させて四半世紀近くが経過した現在、新たに「“タッチせず”に通過」の実現に向けた試みとなる。

「Suica Renaissance」でうたわれた新しい試み。今回はこの赤枠の「ウォークスルー改札」の話となる]

JR東日本によれば「ウォークスルー改札実現のために複数の方式が検討されており、今回の顔認証改札はそのうちの1つ」(同社広報)とのことで、あくまで実現方式の1つだとしているが、実証実験とはいえ少なくとも同社がウォークスルー改札として最初にデビューさせるのが顔認証改札となる。これについてメリットとデメリットの両面から考察したい。

JR東日本の顔認証改札の実証実験の概要

今回の実証実験が行なわれるのは2025年秋から2026年の春にかけてで、新潟駅と長岡駅の新幹線改札にそれぞれ1レーンずつ顔認証改札機が設置され、両駅間で有効な新幹線定期券(Suica FREXまたはSuica FREXパル)を所持する利用者が対象になる。

改札機は長岡駅に設置されるものがパナソニックコネクト、新潟駅に設置されるものがNECの顔認証技術を採用する。2つの異なる技術と形状を組み合わせたうえで、顔認証の精度や機器の設置環境、JR東日本メカトロニクスが担当する改札機のシステムとの連動状況などを確認していく。

長岡駅の顔認証改札はトンネル状の構造を持つ大型のレーンが新設される一方で、新潟駅のものについては既存の新幹線改札機に顔認証用のカメラを取り付けた専用機器を上から被せたうえで設置する。

前者は冒頭の写真にあるようにJR西日本が大阪駅のうめきたエリアに設置した顔認証改札と同種のタイプであり、技術提供企業もパナソニックコネクトで共通している。JR西日本はうめきたエリアの再開発と大阪・関西万博開催を見越したデモンストレーションを兼ねて、大阪駅と新大阪駅間で通勤定期を持つ利用者を対象にモニター実験を行なっており、その点で今回のJR東日本の取り組みと似通っている。

ただ、JR西日本の顔認証改札の場合は通常の交通系ICカードでも通過できるうえ、2駅間の移動の両方を顔認証で通過したときのみ有効という点もあり、何度か大阪に行っている筆者でも、同改札を顔認証で通過している(一般)利用者を一度も見たことがない。

新潟駅と長岡駅の新幹線改札に設置される顔認証改札機

JR東日本では今回の実証実験にあたり、一般利用のモニター参加者を募集する。

2025年ごろに案内が始まり、長岡駅で受付登録を実施する。前述のように新幹線定期を持つという条件に合致すれば、顔写真の撮影と登録の同意書にサインしたうえで、実証実験期間での顔認証改札の利用が可能となる。

なお、長岡駅と新潟駅の間にある燕三条駅には顔認証改札が設置されないため、同駅では、顔認証を使った出入りは行なえず、通常の新幹線定期券(FREX等)を利用することになる。

モニター参加者の登録と実証実験期間の流れ

顔認証改札は“ID認証改札”である

「顔認証」というキーワードにイメージを引っ張られるが、これが「Suica Renaissance」たる所以は認証技術の部分ではなく、「“ID認証”で改札を通過する」という点にある。

“顔”という“ユニークID”が存在し、これが改札を通過するための“鍵”となる。

以前のレポートでも触れたが、現状のSuicaの最大の強みでもあり、同時に最大の弱点でもあるのが「ローカル処理」という部分だ。つまり移動記録や残高をSuicaのカードに記録し、これを改札機で読み書きすることで改札処理を行なうというのが現状のSuicaであり、これで処理速度を稼げる反面、改札の入場と出場で必ず改札機への“タッチ”が必須となり、中央で集中管理できないためセキュリティ的な弱点もある。

JR西日本の顔認証改札機の部分でも少し触れたように、顔認証が有効な区間の外では交通系ICカードを利用する必要があるが、もし入出場のいずれかが顔認証だった場合に“タッチ”動作が含まれないため、そのままでは交通系ICカードを利用した側の改札を通過できなくなる(もしくは次回入場時に記録の取り消しが必要)。

一方で、認証方式を“ID”に移行して中央で集中管理することで、改札の入出場はどのような認証方式でも問題なくなるというメリットがある。以前に「えきねっとQチケ」を用いた“エリアまたぎ”のレポートを紹介したが、センターサーバーで管理されるQRコードを用いることで改札を通過してもいいし、改札機のない駅では位置情報を用いた自身でのアプリ操作で入出場を行なえたりと(レポートでは失敗しているが……)、自由自在だ。

これはもちろん顔認証でもいいわけで、現状のSuicaの「ローカル処理」という部分だけが問題となる。

もし将来的にSuicaがID方式に移行するのであれば、改札の入出場にまつわるストレスはかなり軽減され、入場と出場に使った認証がいかなる組み合わせであっても、問題なく改札を通過できるようになる。

えきねっとQチケで、自らのアプリ操作で出場処理を行なう

顔認証のメリットとデメリット

ここからが本題だが、鉄道改札の“ID認証”において「顔認証」が“最適”かどうかという部分だ。

顔認証のメリットは、「手ぶらで改札を通過できる」という点にある。交通系ICカードのみならず、財布やスマートフォンさえ不要で、顔情報さえあればそのまま改札を文字通りウォークスルーできる。

顔を“ID”として利用するからだが、よく言われるような認証精度については、今日ではそこまで問題にならないと思われる。決済などで利用するケースでは0.01%程度の誤差でも大きな問題となり得るが、近年では登録対象となる数百万から数千万ユーザーに対して実際に誤判定が発生するかどうかというレベルだという話も聞いており、認証速度の向上と合わせ、かなり実用レベルに達しているようだ。

NECのBio-IDiomを使ったトライアルでの顔認証決済のデモンストレーション

技術的な懸念材料でいえば、機材の肥大化やシステム運用にまつわる課題の方が大きいといえる。

機材の肥大化問題だが、これは認証精度やスピードに関わる部分でもある。

決済や入退館の場面で顔認証などのバイオメトリクス認証を利用するケースが増えているが、こういった運用においては「利用者が立ち止まってカメラの前で一瞬静止する」という動作が発生する。

一方で鉄道改札の場合、利用者は入出場のいずれにおいても移動を続けることが(特に日本では)当たり前となっており、顔認証を導入する場合にはこの移動中の状態で判定を行なう必要がある。

普段利用する駅を想像していただければと思うが、天候や周囲の環境によってはやや薄暗い場所を大量の人がそこそこの歩行速度で通過していくわけで、この“顔がはっきりしない”状況下で“短い時間”での認識が行なえるかが鍵となる。

こうしたウォークスルー改札の精度を上げる場合の常套手段として、「つねにライトで顔を照らす」「改札レーンの距離を“長く”して判定時間を稼ぐ」といったものがある。実際にこうした仕組みの有無で認証精度が変化するのか、今回のJR東日本の実証実験は2つの駅でまったく対照的な2種類の改札機を設置することで可能性を探っているように思える。

大阪メトロで運用が開始された顔認証改札

そしておそらく、最大の問題となるのが「顔情報の登録」の部分で、運用上のネックになると思われる。バイオメトリクス認証の宿命として、必ず生体情報を登録するエンロール作業を必要とする。

本人が登録したことを確認し、その情報を安全に保管しておかなければならないからだ。

ここで重要なのが「生体情報が本人であることを確認したうえで登録したか」という部分にある。

実際のところ、今回の顔認証改札では定期券情報と顔情報を結びつけるだけなので、そこまで難易度が高くないのだが、例えば生体認証と本人情報の登録を結びつけて酒類販売を行なう場合など、年齢確認を偽られては意味がない。

同様に、顔認証改札でも通学定期のように在籍証明などとの紐付けが必要であったり、もし将来的に個人情報の登録でマーケティング分析を行なうのであれば話は別だが、マイナンバーカードなどの組み合わせが必要になるだろう。

今回はモニター募集なので想定される人数は、多くて3桁程度(推測値)。窓口がパンクすることもないだろう。しかし、顔情報の登録を必要とするサービスを一般展開した場合、JR東日本の営業エリアでは最大で数千万人規模のユーザーを想定しなければならない。

例えば、日立製作所が東武ストアで展開している指の静脈情報を使った決済サービスでは、事前にマイナンバーカードや運転免許証などの身分証明書との組み合わせで情報を登録することで、ハンズフリー(?)の決済のみならず、セルフレジでの店員のアシストなしでの酒類購入が可能となる。これは事前に年齢情報をチェックしつつ本人が生体情報を登録しているからだ。

ただ、指の静脈情報の登録に専用デバイスが必要なほか、その際の本人確認手順が入るため、登録場所が限られており、その手間から利用登録が伸び悩んでいるという課題がある。同種の問題は他の生体認証サービスでもよく聞くので、決して東武ストアだけの課題ではないが、生体認証における最大のネックであることは間違いない。

指の静脈情報を用いた東武ストアのセルフレジでの決済サービス。店員のアシストなしで酒類購入が可能に

顔認証の場合、登録する顔情報を手持ちのスマートフォンで撮影し、本人確認はマイナンバーカードを用いてオンライン上で行なうことで簡略化できる。ただ、エンロール作業自体は変わらず必要なので、その手間を経てなお利用者がメリットを感じるような仕組みでなければ利用登録者数は増加しないだろう。

3月に開催されたリテールテックでのNECブースの案内。その場で手持ちの端末で顔情報を登録してブース内のサービスが利用可能に
顔認証を用いた体験サービスでの注意事項。顔情報などを登録する際の但し書きが並ぶが、顔認証とは自身の“ID”をサービス事業者に預けることを意味する

顔認証改札はリピーター向けの施策である

この記事は顔認証改札の有用性を否定するものではないが、同時にこれが「現状のSuica改札の置き換えか?」と言われると疑問に思っている。

生体認証サービスはあくまで「リピーターのための施策」であり、特定の施設内での入退館管理や、普段特定の店舗で買い物を行なう顧客のための優遇措置というのであれば非常にフィットするが、鉄道改札のように「不特定多数が大量に移動する」ことを想定した仕組みに果たしてフィットするのかと言われれば違うのではないか。

例えば、山万がユーカリが丘エリアに展開した顔認証改札やバスの乗車システムがあるが、これは地域住民向けのサービスであり、外部から来た不特定多数の利用者を想定したものではない。新宿駅などの改札に「次世代Suicaサービスの1つ」として用意されるものとはならないだろう。

JR東日本もあくまで「取り組みの1つ」と念を押しているが、Suicaの“ID化”が進む一方で、改札に応用できるさまざまな認証技術の検証が進んでいくはずだ。個々の認証技術は適材適所であり、それぞれに一長一短がある。それを見極めたうえで、われわれもまたSuicaの未来像について考えていきたいところだ。

山万がユーカリが丘線で実施していた顔認証改札の実証実験。現在はタブレット型の端末に置き換えられている
こちらはユーカリが丘のエリア内を走るバスでの顔認証乗車の実証実験の様子。こちらも現在では別のタブレット端末で運用が行なわれている

国内SIerでシステムエンジニアとして勤務後、1997年よりアスキー(現KADOKAWA)で雑誌編集、2000年にプロフェッショナル向けIT情報サイト「@IT」の立ち上げに参画。渡米を機に2002年からフリーランスとしてサンフランシスコからシリコンバレーのIT情報発信を行なう。2011年以降は、取材分野を「NFCとモバイル決済」とし、リテール向けソリューションや公共インフラ、Fintechなどをテーマに取材活動を続けている。Twitter(@j17sf)