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"次世代バッテリー"の本命は? モビリティを変える新技術

今後も二次電池の需要拡大は必然

地味ながらスマホやドローンなどを支える存在が二次電池です。小さくて軽く、エネルギー密度が高い電池が実現しなければ、ポケットに入って一日中使えるスマホもなければ、空を飛ぶロボットカメラであるドローンの実現も不可能でした。

化学反応で電気を作る電池を「化学電池」といいます。一度しか使えない電池が「一次電池」、放電しても充電して何度も利用できる電池が「二次電池」で、いわゆる充電池です。1859年に発明されて以来、長らく使われてきた鉛蓄電池等よりもエネルギー密度(一定容積または重量あたりのエネルギー)が高く、高電圧が出せること等から使い勝手がよく、現在広く使われるようになった二次電池がリチウムイオン電池(LIB)になります。1990年代半ばに市場に投入されました。

いま二次電池が最も伸びようとしている用途は電気自動車です。しかしながらリチウムイオン電池は、そろそろ性能向上が限界に達しつつあると言われています。またモビリティの本格的電動化(航続距離の延長)や、定置型電池を使った電力需給調整、さらには電気自動車自体を電源の一部として活用する使い方など、社会全体でカーボンニュートラルを実現するためには、さらにエネルギー密度の高く劣化しにくい電池が必要とされています。

電池は大きく分けると電極(正極と負極)、イオンが伝導する電解質、そして短絡を防ぐセパレーターからなります。リチウムイオン電池では負極に黒鉛系物質、正極にリチウム化合物が用いられています。各要素いずれも入手しやすく安全で軽量、そして安定して性能が高いほうが良いことはいうまでもなく、各研究機関やメーカーで材料開発が続いています。いっぽう、優れた電池を量産にまで持っていくためには、各要素の特性だけではなく、全体を組み合わせてシステム化する製造技術や信頼性、安全性も必要になってきます。

各要素が接する界面の物理現象の解明も必要ですし、限られた資源を適切に活用するためには材料の入手しやすさも大事なポイントです。工学製品全般に言えることですが、電池の場合も全体のバランスがとても大事です。

どんな方式の電池を使うにしても、今後も二次電池の需要が拡大することだけは間違いありません。経済産業省も蓄電池産業戦略を出していて、国内外でいろいろな研究開発プロジェクトが走っています。今後の機器の活用シーンだけではなく社会全体を大きく変え得る電池の研究の現状を概観してみましょう。

先進リチウムイオン電池(次世代リチウムイオン電池)

二次電池には既存の鉛蓄電池やニッカド、ニッケル水素、そしてリチウムイオン電池が広く使われています。これらは技術的完成度も高く、今後も適した用途では使い続けられるでしょう。新しいものだから良いとは限りません。いっぽう、次世代の電池として様々な種類の電池が研究されています。

NEDOの「先進・革新蓄電池材料評価技術開発」を見ると、車載用蓄電池の技術は、現行のリチウムイオン電池から先進リチウムイオン電池(次世代リチウムイオン電池)へとシフトしていくとされています。現在のリチウムイオン電池をベースにし、電極や電解質において様々な新材料を探索することで、さらに高エネルギー密度化、長寿命化、安全性向上を狙う路線の研究が行なわれています。既存の製造ラインやノウハウが使えますし、まっとうな方向の研究と言えるでしょう。

負極にチタン酸リチウムを用いる「SCiB」は既に実用化されています。電解液にも引火点が高くて発火しにくい材料を用いることで安全性のほか、急速充電、既存のリチウムイオン電池の数倍の充放電サイクル寿命、寒冷地でも使える保温性能などに優れ、電動バイクやEV、電動フォークリフトなどに使われています。

SCiB(出典:東芝)

安全性については、電解質に燃えない溶媒材料を使う研究もあります。東大の山田淳夫教授らは2016年にリチウムイオン伝導性液体「常温溶融水和物(ハイドレートメルト)」を発見しています。リチウムイオンの輸送特性も高く、電気的安定性にも優れているそうです。

また、従来型リチウムイオン電池としては、テスラは買収したマックスウェル・テクノロジーズの「ドライ電極」技術を活用して、より製造コストの低いセル製造法に挑戦しています。より安価な電池が実現できれば、同社が販売している電気自動車そのもののコストを下げることができるのです。この電池の製造は当初の狙いほどうまく進んでいないようですが、電池は電極や電解質の研究だけではないことがよくわかる話です。

ナトリウムイオン電池、マグネシウムイオン電池

「ナトリウムイオン電池」はリチウムの代わりにナトリウムを使う電池です。リチウムはもともと高価なレアメタルであり、今後の電気自動車での活用によって二次電池のニーズがさらに高まるとますます供給逼迫、さらには枯渇のリスクが高まります。そのリチウムの代わりに、ナトリウムを用いることでコストを下げることを狙った電池です。

量産にはリチウムイオン電池の設備がほぼそのまま使えるとも考えられていて、コスト面での優位性は高いです。また急速充電性能も優れています。高価な材料を必要としない点では注目されますが、課題はナトリウム自体の安全性と、負極材料の開発です。負極材料には、3,000℃の熱処理温度でもグラファイトに変化しない非晶質炭素材料の「ハードカーボン(難黒鉛化性炭素)」が期待されていて、東北大学等で研究されています。

同様の理由でマグネシウムイオン電池他も研究されており、これらはまとめて「非リチウムイオン電池」と呼ばれることもあります。

リチウム硫黄電池

「リチウム硫黄電池」は、正極に硫黄、負極にリチウム金属を用いる電池です。硫黄は絶縁体であるため、導伝助剤として硫黄を炭素粉体に閉じ込めた正極材料、そして反応中間生成物ができることから安定させるために新たな電解質の開発が必要とされています。

GSユアサはNEDOのプロジェクトのなかで電動航空機向けに軽量・大容量の「リチウム硫黄電池」を開発することに成功したとリリースしています

リチウム硫黄電池(出典:GSユアサ)

リチウム空気電池

「リチウム空気電池」は正極に空気中の酸素、負極にリチウム金属を用いるのが特徴です。正極の活物質は空気中にあり電池セルに入れる必要がないため大幅に軽量・小型化が可能で、小さく軽くできるぶんだけ、リチウムイオン電池の10倍以上という高い理論エネルギー密度が可能と考えられています。

使い捨て型のリチウム空気電池。電池表面の小さな穴から空気を取り入れる(出典:物質・材料研究機構(NIMS))
リチウム空気電池(充電型)(出典:物質・材料研究機構(NIMS))

課題は寿命と安全性。大気中の水とリチウムが反応しないようにしなければならず製造が難しいのです。電解質にも課題があり、技術的なハードルは高いと考えられていますが、たとえば東レは空気電池用セパレーターとして独自のイオン伝導ポリマー膜を開発することに成功したと発表しています。リチウム空気電池の安全性と長寿命化が期待できるそういです。

フッ化物電池

多価金属のフッ化・脱フッ化反応を充放電反応に利用する「フッ化物電池」は高いエネルギー密度と安全性を両立できると言われていることから、電気自動車に適すると考えられ、NEDOが開発を進めています。電極活物質候補としては多価金属(銅、鉄、アルミニウム、マグネシウム等)が研究されています。

ナトリウム硫黄電池

変動する電力需要のピークカットに用いるための大規模電力を貯蔵するための電池が「ナトリウム硫黄電池(NAS)」で、2002年に事業化されています。負極にナトリウム、正極に硫黄、電解質にはβアルミナを用い、高温(約300度)で動作。高価な材料が不要で量産によるコストダウンが可能であり、自己放電がほとんどなく長寿命と言われています。太陽電池や風力発電など自然エネルギーの貯蔵や離島での活用も期待されています。

コンテナに収められて運用されるナトリウム硫黄電池(NAS)(出典:日本ガイシ)

次世代二次電池の本命「全固体電池」

「全固体電池」は名前のとおり、電解質も含めて全体が固体で構成された電池です。これまで主に可燃性有機化合物の液体だった電解質が固体になり、不燃性材料を用いるため、発火・燃焼の危険性が低く安全性が高いのが特徴。電解液と違って固体であるため劣化しにくく、耐久性も高く、長寿命化が可能で、性能も高いです。適用できる温度幅や、高いエネルギー密度、急速充電が可能な充放電性能等から、車の電動化の流れもあって近年、急激に注目され、今では「次世代電池の本命」と言われています。基礎研究も続いていますが、既に実用化へむけたプロセス開発が進んでいます。

全固体電池の電解質材料には酸化物系と硫化物系があります。一般に、自動車などには硫化物系、小型デバイス用には酸化物系が探索されているそうです。どちらも基本的課題はイオンの伝導率が高い材料の探索です。

2012年に東工大等とリチウムイオン伝導度が高い固体電解質材料を開発したトヨタは、まずハイブリッド用の全固体電池から量産する計画を明らかにし、2020年には全固体電池を搭載した車両を公開しています。

トヨタの全固体電池搭載車両

また日産は2028年度までに自社開発の全固体電池を搭載したEVの市場投入を目指して開発を進めています。

マクセルは2022年7月に、従来製品に比べて約2倍のエネルギー密度を持つ硫化物系固体電解質を使用したセラミックパッケージ型の全固体電池の製品化に成功したと発表しました。105℃の環境下で10年間使用可能で、リフローはんだ(最大温度が約250℃)による基板への表面実装が可能だそうです。

また、住友化学は京都大学、鳥取大学と産学共同講座を作り、柔軟性を兼ね備えた固体電解質を使った「“柔固体”型電池」の開発を進めています。全固体電池では固体電解質と電極の界面の接合を維持することが課題の一つで、ぎゅっと加圧する必要があります。しかし、住友化学の2022年11月のリリースによれば柔軟性を兼ね備えた固体電解質によって「電池の重量およびコストの大幅な削減が見込まれ、安全性の高い固体型電池の早期実用化が期待できる」とのこと。このように課題が各研究によって一つずつ潰されているのです。

柔軟な新素材を使用した高容量固体型電池(出典:住友化学)

課題はイオンを固体のなかで高速で拡散させるための方法。通常、イオンは固体のなかで動きにくいのです。ですが、一部の物質では液体のようにイオンが動けることがわかり、電池としての優れた特徴が理解されるようになると、急激に研究が進みました。今ではリチウム電池に使われる電解液よりも高いイオン伝導度を示す材料も開発されています。

これら「超イオン伝導体」材料を開発し、固体のなかでイオンがどう動くか研究する分野は「固体イオニクス」と呼ばれます。今後基礎研究を積み重ねることで新たな製品化へと繋がることが期待されています。

また、「全固体」ではなく、ポリマーなどを使うことで電解質に流動性をなくした「半固体電池」も研究されています。

今度は負けずに進めるか

全固体に限らず、二次電池のシェアをとるためには基礎となるサイエンスと実際に製造を行なうものづくり企業の知見、電池単独だけでなく電池を搭載して使うアプリケーション側の使い勝手なども組み合わせて取り組んでいく必要があります。

リチウム電池系では市場規模が数千億円くらいだった2000年代当初は日本企業が多くの特許とシェアを取っていました。ところが実際に市場が拡大し始めると、中国や韓国メーカーが膨大な投資を行ない、その猛烈な追い上げに負けつつあるという現実があります。今後も激化する市場で同じ轍を踏まないよう、産官学が取り組んでいくべきで、製品化の後も、基礎研究に投資を続けるべきだと多くの論者が口を揃えて指摘しています。