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JR東日本の個室オフィス「STATION BOOTH」はなぜ成功したか
2022年9月9日 08:15
駅の構内で、電話ボックスぐらいの大きさの仕事用ブースを見たことはないでしょうか。これらの多くは「STATION BOOTH」という名でJR東日本が展開。コロナ禍によるテレワーク、ウェブ会議の普及によって利用率は増加傾向だそうです。
STATION BOOTHは、JR東日本のシェアオフィス「STATION WORK」の1つで、ほかにも応接完備のコワーキングスペース「STATION DESK」、客室をオフィス利用できる「ホテルシェアオフィス」などがあります。現在は東日本エリアだけでなく、北海道や西日本エリアにも進出し、約550拠点、会員数は約25万人を突破。
JR東日本がなぜこのビジネスを始めたのか、またどんな用途で使われているのか、「STATION BOOTH」の企画を担当した東日本旅客鉄道株式会社マーケティング本部の中島悠輝氏に聞きました。
サービスを企画したのはコロナ以前
――ウェブ会議などテレワークとの相性が良い「STATION BOOTH」ですが、サービス開始は2019年8月とコロナ禍よりも前なんですよね?
「思いついたのは、2018年の夏頃のことです。2018年の11月から実証実験を始めて、反応が良かったので、2019年の8月に正式なサービスとしてスタートしました」
――そもそも、STATION BOOTHのサービスをどうして思いついたのでしょうか。
「もともと私は品川駅で駅員をしていたのですが、そのときに構内で立ちながら仕事をしている人を見たことがきっかけとなりました。スマホを耳と肩で挟んで電話をしながら窮屈そうにメモをしている人や、ホームの椅子に座って膝の上でパソコンを広げている人などを見て、この人たちを助けてあげられないかという気持ちがあったのですが、なかなかいいアイデアがなかったんです。当時のシェアオフィスというと、カフェみたいなオシャレで広い空間でしたが、駅ではなかなかそのような場所がありませんでした。
程なくして本社に異動になり、たまたま知り合ったメーカーさんから、机と椅子がついた電話ボックスのようなブースを作ろうとしていると聞いて、ビビビッと繋がりました。これなら駅の空きスペースに置けばソリューションになると思って、一気に企画書を書き上げました」
――社内の反応は?
「役員含めて基本的にはノーという人はいませんでした。例えばエキナカのケーキ屋さんを閉店してシェアオフィスを設置したいと言えば、『ケーキ屋さんの方が儲かるから難しいのではないか』となる場合もあるんですけど、このブースはたった1m2ですから空いているスペースに置ける。誰も傷つかないわけです。
もう1つは、当社が中期経営計画を新しくしたタイミングで、経営幹部にこれまでのエキナカのビジネスモデルだけに依存するのではなく、新しく駅の価値を作っていくべきという意識があったことです。さらに、社会的な背景として、働き方改革という言葉が出始めた時期でもあり、社内でも何をするべきか考えていた頃で、こうした経営課題にもマッチしていました」
――個室タイプのブースはこれまで存在しませんでしたか。
「国内の公共空間にはありませんでした。海外にはあったんですけど、海外のは透けたガラス張りのオシャレブースなんですよ。ここでかっこよく働いてる自分を見せたい意識があるんでしょう。
でも日本人のビジネスマンには、見られてはいけない資料、聞かれてはいけない会話があるからこうしたブースを使うわけで、海外のものではいけないだろうと思いました」
――しかもコロナのテレワークで、ウェブ会議はカフェなどではやりづらい状況になりましたよね。
「おかげ様で、多くの予約をいただいています。海外ではカフェのあちこちでウェブ会議をやっているようですが、日本ではやはり個室のニーズが高いです。だから、このビジネスモデルがそのまま海外で当たるかっていうと、多分違うと思います」
――実証実験はどこの駅で行ないましたか。
「東京、新宿、品川の3駅です。ここで当たらなかったら、もうダメだろうという場所です(笑)」
――実証実験で使った人からは、どういった声があったのでしょう。
「一番多かったのは、『実証実験ってことは終わってしまうんですか』です。あとは、『あそこの駅に置いてほしい』など、基本ポジティブなお言葉ばかりで、これはいけるなと思いました」
――僕は最初外から見た時に、ちょっと閉鎖的な感じに思ったのですが、そういったネガティブな声はありませんでしたか?
「ブースには使う時間の上限があると思っていて、半日ぐらいが限界じゃないでしょうか。ただ駅という場所は移動の拠点なので、そこで1日過ごすことは考えにくいんですね。実際、平均利用時間は60分から90分と、ちょうどウェブ会議1本分なんですね。なので狭くて使いづらいという声は少ないです」
――60分以内の利用ならSuicaがあれば会員登録をしなくても利用できますが、これにはどういった意図があるのでしょうか。
「目新しいものなので、まずは使ってもらいたいと思っています。JR東日本はお客様を選ばないユニバーサルサービスの思想があります。会員登録をしていない場合は予約ができませんが、目の前にあるSTATION BOOTHが気になった方に、Suicaでピッとしてお試しで使ってもらえるというメリットがあります」
――利用用途は、やはりウェブ会議が多いのでしょうか?
「コロナ後に取ったアンケートだと、利用者の半分がウェブ会議目的でした。今はもっと増えてると思います」
――新幹線も通話やウェブ会議をOKにした車両を設けるなど、時代に対応しています。
「これまでは、JRといえば公共性がもっとも大事な価値だったのですが、やはりコロナ禍を経て、生活様式は変化しています。これからの駅は、パブリックだけでなくパーソナルな価値の提供にも目を向けていかなければと思っています」
JR東日本のエリア外にも展開
――ブースの設置場所は、どうやって決めているのでしょう?
「1年目は乗降客が多い駅に集中的に展開し、2年目は地方の駅までたくさん置いていきました。3年目となる2022年は、東日本エリアから飛び出て、北海道や西日本エリアなど、また駅以外の場所を含めて全国展開をしています」
――大阪、京都、神戸、広島、岡山と、のぞみが止まるような駅にはある。他社さんは自分でやりたいとならないのですか?
「利用者目線で考えた際に、このブース事業というのはネットワークが非常に大切なビジネスであると考えています。会員になればどこでも使えるということが重要なサービスなのだと思います。そうした際に、自社で始めるよりも、既にネットワーク基盤ができている当社と組んだ方が良いのでは、という判断をしていただいたのかもしれません」
――他社さんのエリアは、JR東日本から設置を提案されているのですか。
「それもありますし、逆に『うちの駅や施設に置いてほしいと』ラブコールをいただくことも多くなっています」
――店舗にはできないデッドスペースがお金になりますし、利用者の利便性にもつながる三方良しですね。
コンビニや郵便局にも設置
――駅以外の場所だとどういったところに設置されているのでしょうか。
「郵便局や官公庁、あとはカフェでもウェブ会議したい人が多いので、カフェにも少しずつ増やしています。最近では、フィットネスジムやコンビニのイートインスペースにも置いています。仙台駅にある当社のコンビニ『ニューデイズ』のイートインが結構広かったのでブースを置いてみたんですが、昼はほぼ満席で、ランチタイムに使う方が多いようです」
――ブース内は飲食OKなんですか?
「原則は、飲み物はOKで食事はダメにしていますが、カフェやコンビニのイートインスペースに併設しているブースはOKにしています」
――郵便局にあるブースはどんな使われ方をされているんですか?
「いろんな方が来ているという意味では、郵便局は駅に似ているんですね。例えば事務員の方が、会社の郵便物を発送するために郵便局に来るのですが、その方が自宅に直帰するためにブースでお仕事されるのに使われていたりするのかなと思います。
郵便局なので、メルカリなどに出品する商品の写真をブースで撮影したり、商品の梱包・発送をしたりする人もいるようです」
ブースを使うために駅に行く。住宅地の稼働アップ
――小さい駅だと、稼働率に不安はありませんか?
「この事業では、事業全体で稼働や利用状況を見ています。いろいろな場所にあることが価値になると考えています。なので、乗降客数が1,000人ぐらいの比較的小さな駅にも設置しています」
――都心部の収益で地方の赤字を補填する鉄道事業の考え方にも近いですね。客が入らないからといって撤去されることはありませんか?
「駅の工事などでどかしてと言われない限りは、基本はもうずっと置いていくことを考えています。最近は出張の需要も戻ってきていて、本当に小さな駅でも利用者が増えてきています。逆に小さな駅だと、うちのブースぐらいしか仕事をできる場所がないんです」
――確かに、地方の駅では駅前にカフェすらなくて困ることがありますから、よりありがたい存在になりそうです。
「さらにテレワークの影響か、自宅の近くにあるブースで仕事をされる人が増え、住宅地のブースの稼働もすごく上がってきています」
――気分転換であったり、家族がうるさいからといった理由で、住環境の近くでも使いそうです。
「ブースを使うために駅に来る人が増えてきているんですね。昔は電車に乗るために駅に行くわけじゃないですか、当たり前ですけど。そうじゃないお客さまが増えてきて、駅のあり方や提供価値も変わってきていると思います」
――駅だけでなく空港にもあって便利そうです。
「実際、羽田空港の制限エリア内に4台ありますが、稼働率がかなり高いです。電車は5分前に駅に着いても間に合いますが、空港は皆さん1時間前、2時間前と結構ゆとりを持ってチェックインされる方が多いですよね。
電源のあるオープンスペースはありますが、テーブルのある個室は他にないので多く使っていただいています」
英会話やYouTube配信など意外な使い方も
――仕事以外の使われ方の事例はあるのでしょうか。
「オンラインの英会話は当初から多かったんですけど、最近はYouTubeの配信も多いみたいなんですよ。僕がたまたまYouTubeを見ていたら、見慣れた背景が映って、『おお、うちのブースじゃん!』ってなりました(笑)。
よく考えたら、自宅にスタジオを持ってないユーチューバーさんも多いでしょうし、カフェではできないので。スタジオとしての機能をブースが持っているんだなという気付きを得ました。
大宮駅などには、2人用や4人用のブースもあって、そこでは親子で宿題をやる微笑ましい姿が見れたり、たまたまチラッと見えたのですがタロット占いをやっていたりと、さまざまな使われ方をしています」
――2名用ブースはどんな基準で設置されるのでしょう?
「正直、まだ1名用ブースのニーズの方が高いです。2名用1台の場所に1名用を2つ置けるので、優先順位としてはどうしても下がっちゃうんですよね。なので、2名用ブースは場所に余裕があったり、1名用ブースが十分置けた後に設置します。現在、大宮以外では、立川や高崎、それから仙台にあります」
――都心部はまだ1名用の需要が高い。
「とにかく1名用ブースをたくさん置いてくれとなっています。一方で、2名用ブースを置いたら置いたで、かなり使われます。1名用は15分250円で、2名用は15分300円(共に税別)なので、50円プラスすると倍のスペースが使えるってことで、半分ぐらいは2名用を1名で使われるお客さんです」
――より広くて快適なスペースを買うイメージですね。
「荷物が多い方にとっても2名用ブースのメリットがあります。1名用は3泊4日のキャリーケースがギリ入るぐらいですが、2名用なら7泊8日のキャリーも入れられますから」
2023年度に1,000カ所体制を目指す
――「STATION WORK」では個室のブースだけではなく、「WeWork」やホテルとの提携も進められていますが、今後はどういった展開を予定しているのでしょうか。
「直営は個室ブースと、シェアオフィスタイプの「STATION DESK」の2種類がありますが、これ以外にかっこいいラウンジやホテルと提携して我々の会員が使える提携店を展開しています。というのも、先ほどお話ししたように、ブースの利用は半日が限界です。
しかし、今は1日中どこかでテレワークする働き方も普通になってきています。そうすると僕らのブースだけでは満足していただけない。ニーズに応じて場所を選んでもらえることも価値であると思うので、様々なタイプで、直営と提携を合わせて、1,000カ所の体制を目指しています」