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腕時計ファーストガイド:GMTウオッチとは
2022年4月16日 09:30
本コーナーでは、腕時計に関する基本的な用語を毎回ひとつ取り上げて、分かりやすく解説していきます。
「腕時計は気になっているけれど、用語の意味はよく分からない」という人に向けた内容です。意味や由来を知ることで、お気に入りのモデルを見つけやすくなる、候補を絞り込みやすくなる“実践的ファーストガイド”と位置づけました。
第3回は「GMTウオッチ」。海外旅行などの際に、現地と自国の2つの時刻が同時に分かる腕時計です。
“時差”のある時刻を同時に見せてくれる「GMT」
「GMT」という表記を腕時計のカタログや説明などで目にしたことはないでしょうか。
「GMT」は「グリニッジ標準時(Greenwich Mean Time)」の略称です。世界各地の標準時の基準であり、日本の標準時から見ると9時間遅れの日時になります。
しかし、日本で発売されている「GMTウオッチ」が、常に日本時間より遅れた時間(=“GMT”)を示し続けているわけではありません。
腕時計の世界におけるGMTという言葉は、第4の針として「24時間で1周する針」――24時間針またはGMT針と呼ばれます――が中心から伸びているアナログ腕時計の、一般的な呼称として広く使われているものです。この24時間針によって、海外旅行先・出張先といった“時差”のある任意の地域の時刻(ローカルタイム)と、自国の時刻(ホームタイム)を、同じ文字盤上で読み取る機能が付加されていることを表しているわけです。
ブランドによっては同様の機能を持つ時計に「UTC(協定世界時)」の名前を冠している場合もあります。厳密に言うと「GMT」と「UTC」は別の意味になりますが、腕時計で使われる用語に限って言えば、どちらも“ローカルタイムとホームタイムを1つの文字盤内で表示する”機能です。2つの違いは意識せずともよいでしょう。
時刻を表示する“文字盤そのもの”が複数ある腕時計は、「GMT」ではなく「デュアルタイム」「トリプルタイム」などと呼ばれます。別の地域の時間を知ることができるという点では似ていますが、複数個の時計が1つにまとめられているようなものですから、目的は同じでも、別の機能と言えます。
時差を表す時計として、GMT以外でもこれを実現しているのが「ワールドタイム」機能を搭載する時計です。有名な方式は、世界の都市名が時差順に記載されているダイヤルがあり、時刻を知りたい都市について、24時間で1周するディスクに表示された時刻を示す数字(1~24か0~23)を読み取るというしくみです。地球の自転そのものを見ているような、不思議な気分になることができる時計といえます。クォーツやデジタルウオッチには都市名を選択することで時刻を切り替えて表示できる製品がありますが、それも現代版の「ワールドタイム」機能と言えるでしょう。
旅客機など高速化する人の移動に対応するために誕生
GMTだけではなく、これら複数の時間帯を表示する腕時計が生まれた背景には、旅客機により多くの人が大陸間などの長距離移動を高速に行なうようになったことがあります。
鉄道の発達によって、1884年に世界を24の時刻帯(=タイムゾーン)に分けた“標準時”という考え方が国際的に認められ、タイムゾーンの間で1時間ずつズレる“時差”も生まれました。この時定められたのが“グリニッジ標準時”――本来の意味での「GMT」です。
異なるタイムゾーンと行き来するときや連絡をやり取りする際に、時差を計算することなく手元の時計を見るだけでわかるように考案されたのが、前述の「ワールドタイム」です。登場したのは1937年。パテック フィリップが発売した「515 HU」というモデルでした。
「515 HU」のダイヤル上には28の都市名が表記されていました。その内側にある、24時間で1周するディスクの数字で、確認したい都市の時刻を読み取る仕組みです。操作はシンプルでわかりやすく、現代まで続くワールドタイムの基本形となったモデルではありましたが、大まかな時刻しかわからなかったり、3時位置から9時位置までの都市はディスクの数字が逆さまになってしまうなどの弱点もありました。
1930年代からは航空機による旅行も一般化を始め、第二次大戦後にはジェット機の登場で移動スピードも段違いになります。そんな時代に至って、旅客機を運用する航空会社パン・アメリカン航空から依頼されてロレックスが開発、1955年に発売したのが、「GMTウオッチ」の元祖といわれるロレックス「GMTマスター」です。
24時間で1周するダイヤル上のディスクではなく、24時間で1周する“GMT針”を搭載した「GMTマスター」は、GMT針とベゼルを読み取ることで、2つのタイムゾーンの時刻を正確に知ることができました。
24時間で1周する表示という仕組みはほぼ変わらないものの、ローカルタイムとホームタイムという、移動する2つの地点の時刻に絞った表示で見やすさを格段に上げた「GMT」は、ワールドタイムの進化系と言ってもいいでしょう。
GMTマスターのようにベゼルを回転できる場合は、時差の分だけベゼルを回転させることで、予め設定してあるホームタイムの代わりに別のタイムゾーンを表示できます。同時に表示されるわけではないものの、合計で3つのタイムゾーンを把握できます。
依頼者のパン・アメリカン航空に公式時計として採用されただけにとどまらず、国際的なビジネスマンのアイコンとしても人気を博した「GMTマスター」。搭載される24時間針は必ずしもグリニッジ標準時(GMT)を指すものではないにもかかわらず、後に続く、同様の機能を持つ他社モデルが「GMT」と冠したり、「GMT針」という通称が広まったりしたのは、この「GMTマスター」の名前と、その24時間針を用いた機能が知られることになったこととと無関係ではないでしょう。
時・分の“時”を示す針を読み取るのがポイント
さて、「GMT針」を装備した腕時計はどうやって複数の時刻を読み取るのでしょうか。今日では多くのブランドが様々な技術を注ぎ込んでいるため、表示方法や操作方法は千差万別です。ここでは上の画像を例にとって、主流となっている表示方法を解説します。
1つ目の時刻はGMT針と分針で読み取ります。先端が赤いGMT針がダイヤル外周の24時間計で指している(20~21の間を)20時とそのまま読み、分はそのままセンターの分針を読んで10分。20時10分となります。タイムゾーンで決められた時差は原則的に1時間単位なので、分は共通で、常に分針(長針)を読むだけです。
2つ目の時刻は通常の時計と同じ読み方をします。つまり10時10分です(午前か午後かはわかりません)。この画像の時計は、時差+2時間ないし-10時間の時差がある土地の時刻を表示しているということになります。
モデルによってリューズやボタンなど操作方法は異なる場合はありますが、現在「GMT機能」を持つ時計の多くは、時刻を調整する際に、時針のみを1時間ずつジャンプさせたり、24時間針を独立して動かしたりできます。インドなど1時間よりも少ない時差があるいくつかの例外に対応できるモデルは限られるものの、「GMT機能」を持つ腕時計があれば、自由に設定した複数のタイムゾーンの時刻を、直感的に確認できるようになるのです。
とはいえ、海外に関わる生活をしていない人にとって、「GMT」は無用の長物と思われるかもしれません。
大航海時代には、船乗りたちが自分たちの位置を割り出すために、船の時計を子午線の基準(0度)であるグリニッジ天文台の時刻に合わせていたというエピソードがあります。移動速度は格段にアップし、自分の位置はスマホのGPSで正確に知ることができる現代でも、「GMT」に敬意を表して(たとえイギリスに旅行することがなくても)24時間針をグリニッジ標準時に合わせておくことができるのは、時計好きの面目躍如ではないでしょうか。