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腕時計ファーストガイド:ダイバーズウオッチとは
2022年4月5日 08:40
本コーナーでは、腕時計に関する基本的な用語を毎回ひとつ取り上げて、分かりやすく解説していきます。
「腕時計は気になっているけれど、用語の意味はよく分からない」という人に向けた内容です。意味や由来を知ることで、お気に入りのモデルを見つけやすくなる、候補を絞り込みやすくなる“実践的ファーストガイド”と位置づけました。
第2回は「ダイバーズウオッチ」。防水性能を高め、日常生活でも便利な機能を搭載する腕時計です。
公的な規格で決められている「ダイバーズウオッチ」
「ダイバーズウオッチ」という腕時計の1ジャンルがあります。
名前に“ダイバーズ”と冠されているくらいですから、水の中でも動作する時計であることは想像されるでしょう。しかし、単に「防水時計」ではなく「ダイバーズウオッチ」と名付けられているのはなぜでしょうか。防水性能は、実は「ダイバーズウオッチ」の持ついくつもの顔のうちの1つでしかなく、さまざまな性能がそろって初めて「ダイバーズウオッチ」と名乗ることができるのです。今回の記事では「ダイバーズウオッチ」の代表的な機能を紹介していきましょう。
まずは最大の特徴である、防水性能について。
現代の多くのダイバーズウオッチには、「100m」ないし「330ft」といった水深がダイヤル上や裏蓋に表記されています(モデルによっては「1000m」や「6000m」というものも!)。これらはその水深まで時計を沈めても内部に浸水しないことを示す、ダイバーズウオッチとしての防水性能表示です。「100m」以下の数字が表記された「ダイバーズウオッチ」は存在しません。
というのも、「ダイバーズウオッチ」の防水性能は、公的な工業規格「ISO 6425」や「JIS B 7023」において、“潜水用防水時計”の要求事項として「少なくとも水深100mの深さでのダイビングに耐えるよう設計」と定義されているからです(JISはISOを基にして作られているので、内容はほぼ同じです)。
一般的に見られる腕時計の「日常生活防水(JIS1種防水時計)」は、「JIS B 7021」で「2~3気圧(BAR)」「水の浸入を防ぐことができる時計」と定義されていますから、言葉だけでも大きな実力差があることがわかっていただけるでしょう。ダイバーズウオッチは腕時計の1ジャンルではありますが、適当に名乗ることができるジャンルではないのです。
ちなみにダイバーズウオッチに「**BAR」という気圧単独表示が少ないのには理由があります。確かに水深100mでの水圧を単純に考えると10気圧ですが、それはその深さまで静かに沈め、時計も水も静止している際の水圧です。ダイビングに使用するのであれば腕を一切動かさない状況はありえませんし、水流も存在します。動いている水の動水圧は流速の2乗に比例して大きくなりますから、10気圧表示の腕時計で30mまでしか潜っていなかったとしても、10気圧以上の圧力がかかる可能性がある動き――例えば時刻を見るために肘をたたむような何気ない動きでも、内部まで水が侵入する可能性が生じるわけです。
一方、「***m」と表示されているダイバーズウオッチは、その水深で活動することを想定した防水性能を指していますので、想定外の“急流”を浴びでもしない限り、動作が保証されていると言えます。
ダイバーズウオッチの防水性能は工夫を凝らして実現されています。例えば、通常の時計よりも風防を厚くしたり、裏蓋を嵌め込みではなくねじ込み式にしてみたり、そもそも裏蓋を作らず風防部分しか開いていない、くりぬきケースにしてみたり、隙間を埋めるためのパッキンを特殊な形状にしたりと、様々な工夫を盛り込んで防水性能を高めています。
防水性能を高める際のネックとなりがちなリューズは、使用しないときにリューズをケースにねじ込むことで防水性能を高める、ねじ込み式リューズを採用しているモデルが多くなっています。これはロレックスが1927年に特許を取得し、1953年に開発、1954年に正式発表した同社のダイバーズウオッチ「サブマリーナー」にも採用されました。以降、他ブランドも含めた多くのダイバーズウオッチに見られる基礎的なディテールとなっています。
ダイバーのための必須機能「逆回転防止ベゼル」
「ダイバーズウオッチ」を「ダイバーズウオッチ」たらしめている、見た目でもよくわかる特徴は、酸素ボンベの残量を把握するための「回転ベゼル」です。前述のISOやJISの定義でも「ダイビング時間を示すための安全な測定システムを備えるもの」とされている機能です。
腕時計の風防の周りを囲んでいる円形の部品は「ベゼル」と呼ばれます。本来は風防をしっかりと本体ケースに固定するための部品ですが、「回転ベゼル」はこのベゼル部分を動かせるように作られており、目盛りも刻まれています。ダイバーズウオッチ以外でも回転ベゼルを装備している腕時計はありますが、「ダイバーズウオッチ」は特に「反時計回りにしか回転しない回転ベゼル」という意味の「逆回転防止ベゼル」を使って経過時間を測定します。
なぜわざわざ1方向のみに回転を制限しているのか。その理由を知るにはダイビング時の使い方を知ることが近道になります。
まずはダイビングの潜水開始時、ダイバーは回転ベゼルを(反時計回りに)回して、ゼロに相当する「▼」印を現在の分針が指す位置に合わせます。分針は当然ながら時計回りに進むので、潜水中は分針と回転ベゼルの目盛りから経過時間を読み取れます。潜水開始からの経過時間を表示してくれる“計器”として使えるわけですね。ダイバーは経過時間を把握して、浮上まで含めたダイビング時間のコントロールを行なうことになります。
この使い方を念頭において、もし逆回転防止ベゼルでなかったと仮定しましょう。ダイビング中にうっかり時計が何かに接触し、回転ベゼルが時計回りに45度回転してしまったとします。すると、ベゼルから読み取る経過時間は本来「30分」と表示されていなければならなかったのに、分針を追いかけるように▼印が進んでしまったため、15分短く表示され「15分」となります。本来の経過時間より短く表示が変わってしまうことで、酸素ボンベの残量がまだ十分、と思っていたのに、突然息苦しくなる。急いで上がろうと思っても海面ははるか上……というような場面を誘発する可能性があるのです。
一方、反時計回りに誤作動したとすると、酸素ボンベの残量は「本来より少なく」表示されるだけなので、ダイビング時間は短くなるものの、酸素ボンベの残量が足りなくなるような事故は防げます。
この逆回転防止ベゼルを初めて製品に採用したとされているのが、前述の「サブマリーナー」より早く1953年に発売されていた、ブランパンの「フィフティ ファゾムス」です。意図せず回転しないよう、押しつけながらでしか回転しない設計も含め、登場したその時から完成された機能を持っていたと言えます。
ダイバーズウオッチは日常でも役立つ機能満載
水中に潜っていくと、透明度にもよりますが昼間でも暗い世界になっていきます。暗い中でも時刻が読み取れるように作る必要があることも、前出のダイバーズウオッチ規格で「暗闇で見えること」と定められています。
そのためにダイバーズウオッチの時分針は、一般的な腕時計よりもかなり太く、夜光塗料が広い面積で塗布されています。インデックスや回転ベゼルの目盛りも視認性の高いデザインです。黒をはじめとした濃色で、装飾が少ない文字盤であることが多いのも、暗くてもはっきりと針が読み取れるようにという機能優先の姿勢が表れているところでしょう。ダイバーズウオッチはコントラストが強く、視認性が非常に高い見た目になっていますが、それにはこんな理由があったのです。
黎明期の腕時計には、放射性物質であるラジウムやトリチウムが夜光塗料として使用されていました。廃棄の問題などもあり、現在ではより安全な素材として日本の根元特殊化学が開発したルミノバ、その改良版のスーパールミノバが広く使われています。ロレックスに最近使用され始めたクロマライトなど、さらに新素材・新技術も開発されているので、視認性を高める試みはまだまだ進化を続けそうです。
パッと見て時間がわかることは、腕時計にとって一番最初に求められる機能と言っていいでしょうし、回転ベゼルは「秒ほどの精度は必要ない」という時間計測の際に、時針や分針に合わせれば簡易クロノグラフとして使用できます。海で使われることが前提とされた高い防水性能は、汗の塩分・水分を長い期間ブロックできるでしょう。
その他にも、ダイバーズウオッチの規格には耐磁性や耐衝撃性など、命を守る計器としての厳しいテストが規定されています。結果として、日常生活で使用するときにも便利な腕時計として、ダイバーズウオッチが多くの人に支持されているのではないでしょうか。