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ルパン三世Payに見る、地方都市での独自電子マネー導入の取り組み
2021年8月17日 08:15
経済産業省が実施している「面的キャッシュレス・インフラの構築支援事業」。地域の店舗が一体となって進めるキャッシュレス導入の取り組みに対して経費などを補助する制度で、実際にこの制度を利用してキャッシュレス導入を進める取り組みが全国各地で進みつつある。今回は、その事例のひとつとして北海道浜中町で導入された独自電子マネー「ルパン三世Pay」の取り組みを紹介する。
面的キャッシュレス・インフラの構築支援事業とは
はじめに、面的キャッシュレス・インフラの構築支援事業がどういった支援事業なのか、簡単に紹介しよう。
面的キャッシュレス・インフラの構築支援事業は、冒頭で紹介したように、経済産業省が実施している、地域の店舗が一体となって進めるキャッシュレス導入の取り組みに対して経費などを補助する制度だ。『地域団体又は当該地域団体と民間事業者のコンソーシアムが、地域の中小・小規模事業者等に対して、キャッシュレス決済サービスの提供と共に当該サービスの決済が可能なキャッシュレス決済端末本体等を無償で提供することにより、面的なキャッシュレス化を普及・促進する事業』とされており、キャッシュレス決済端末や関連ソフトウェア等の導入に係る経費や地域団体の広報費が補助される。
補助を受けるには、『実績報告時までに、応募する地域団体における傘下の事業者が営む店舗の「25以上の店舗」または「4割以上の店舗」が、決済端末等の新規導入又は入替を行うこと』、そして『実績報告時までに応募する地域団体における傘下の事業者が営む店舗の「7割」以上がキャッシュレス化を達成する計画を策定すること』という2つの条件が設定されている。そして、その条件を満たす計画を策定したうえで申請を行ない、採択された地域団体に対して補助が行なわれることになる。
公募は2020年9月28日以降これまでに4回実施され、全部で19の事業が採択されている。いずれも地方都市の事業者となっており、事実上、地方都市でのキャッシュレス導入を支援する制度となっている。
浜中町のみで利用できる独自電子マネー「ルパン三世Pay」で町内経済を活性化
今回取り上げる北海道浜中町の独自電子マネー「ルパン三世Pay」は、面的キャッシュレス・インフラの構築支援事業の第1ターム公募で採択された6事業者の中の1つで、浜中町商工会が主体となって取り組んでいる事業だ。2021年6月21日より運用が開始されている。
浜中町は、北海道の東岸、釧路と根室の中間に位置している。海に面していることから海産物が豊富で、中でも昆布は全国一位の水揚量を誇っている。酪農も盛んで、ハーゲンダッツアイスクリームで使われている高品質な生乳を生産していることでも有名だ。
そしてもうひとつ、浜中町で忘れてならないのがルパン三世だ。浜中町は、ルパン三世の原作者であるモンキー・パンチ氏の生まれ故郷。そのため浜中町では、2011年より「ルパン三世 はまなか宝島プラン」と題した町おこしを展開するなど、ルパン三世を前面に出した取り組みを行なっている。
ルパン三世Payの主体事業者である浜中町商工会も、2011年より浜中町共通ポイントカード「ルパン三世カード」を発行している。
そういった浜中町で、なぜルパン三世Payを導入しようということになったのか。浜中町商工会の担当者によると、理由はいくつかあったという。
まず、ルパン三世カードに関する理由。ルパン三世カードは、開始当初こそ40数店舗の加盟店があったそうだが、現在ではかなり加盟店が減少するとともに、導入から10年ほど経過してポイント端末の老朽化が進んでいた。ポイントカード自体も税抜で総額8万円分の買い物をしてはじめて500円分のお買い物券として使えるようになるという使いにくさの課題もあったそうだ。
また、浜中町から補助を受け、20%のプレミアムが付加された商品券を定期的に販売していたが、近年は販売実績が伸び悩んでいたことから販売が終了となり、プレミアム商品券に変わる新たな施策を模索していたという。
さらに、浜中町には大きなショッピングセンターなどがなく、大きな買い物などは多くの人が釧路や根室など町外に出ていってしまうため、なかなか町内でお金が回らないという課題もあった。
こういった課題を解決する施策として考えられたのが、ルパン三世Payだった。ルパン三世Payの最大の目的は、浜中町内で経済を回すことだ。
ルパン三世Payは、浜中町内の加盟店でのみ利用できる、チャージ式の独自電子マネーとなっている。そのため、チャージしたお金は全て浜中町内で消費されることになる。
また、ルパン三世Payではチャージ時にチャージ金額の2%がプレミアムとして即時付与される。ルパン三世Pay導入に伴いポイントカードのルパン三世カードは運用が終了しているが、ルパン三世Payではプレミアム付与率が2%とルパン三世カードの0.625%より高められるとともに、チャージ直後からプレミアムを利用できるため利便性も高められている。
既存キャッシュレス手段を採用すると、決済手数料としてお金が町外に出ていってしまう。しかし町内でしか使えない独自電子マネーなら、チャージ金額全てが町内で回ることになる。つまり、ルパン三世Payが独自電子マネーを採用したのは必然だったわけだ。そのうえでプレミアムの付与率を高め即時利用可能にするなど利用者の利便性も高めて、町内の経済活性化を狙っているという。当然、ルパン三世Payの利用者も浜中町の住民がターゲットとなっている。
店舗に地道に足を運んで加盟店開拓
ルパン三世Payのカードは、非接触ICカードではない。カード裏面に印刷されているQRコードを、専用アプリをインストールしたiPadで読み取って決済を行なうことになる。当初の計画では非接触ICカードを利用する予定だったが、機材調達などの問題から断念せざるを得なくなりQRコード式になったとのことで、この点は少々残念だったそうだ。
導入コストは、面的キャッシュレス・インフラの構築支援事業による補助金で、アプリ開発費、決済用iPad、のぼりやステッカーなどの販促用グッズが賄われ、その他の足りない部分は浜中町が補助している。加盟店には決済用iPadを無償貸与するとともに販促グッズが無償提供となるが、初期費用としてレシートプリンター費用20,000円を負担する。
加盟店の毎月の負担コストは、決済手数料の1.5%と、iPadでの決済時に利用する通信費となる。なお、ルパン三世Payのプレミアムは2%だが、そのうち1%は浜中町が補助。残りの1%は加盟店決済手数料から賄われ、残りの0.5%は決済システム手数料となる。従来のポイントカードであるルパン三世カードは加盟店負担が1%だったため、店側から見ると負担増となるが、クレジットカードなど他のキャッシュレス手段と比べると手数料は低く抑えられている。
ルパン三世Payを導入するにあたり、それまでのルパン三世カード加盟店は確実に死守したいと考え、商工会職員などが直接店舗を巡って説明するなど、地道に加盟店開拓に当たったという。
ただ、QRコードをiPadで読み取るという仕組みや、他のキャッシュレスに比べて決済にかかる時間がやや長い点、POSなど既存レジとの連携が行なえるようになっていない点などに抵抗感を示す店が多く、当初はあまり反応が芳しくなかった。それでも、これからはキャッシュレスへの対応が不可欠と考える加盟店もあり、6月21日の開始時には42店舗と、それまでのルパン三世カード加盟店数を超える加盟店を確保。その後さらに2店舗追加され、7月末時点での加盟店は44店舗となっている。
とはいえ、「目標はまだクリアしているとは言えない」と担当者は語る。現在の加盟店は個人経営の店舗が中心で、大きめのスーパーがまだ加盟店に加わっていない。そのスーパーは、ルパン三世Payの仕組み自体には賛成とのことだが、POS連携などの点で導入に踏み切れていないそうで、引き続き交渉を継続したいとのこと。
それでも、浜中町民にとって欠かせない店舗での対応も勝ち取っている。それは、浜中町内に3店舗存在するセイコーマートだ。セイコーマートは北海道を中心に展開しているコンビニエンスストアチェーンだが、すでに様々なキャッシュレス手段に対応するとともに独自電子マネー「Pecoma」も展開しており、当初は対応は難しいと思われていたそうだ。
ただ、そのうちの1店を経営していたのが浜中町商工会の副会長で、副会長がセイコーマート本部にルパン三世Payのことを伝えたところ、取り組みについて理解を示し尽力してくれたことで、3店舗とも対応を実現したのだという。コンビニエンスストアで使えるかどうかは、町民の利便性に大きく関わるため、セイコーマートで対応できたのはルパン三世Payにとって非常に大きいといる。
加盟店のさらなる開拓と利用者への周知が今後の課題
6月21日にスタートしたルパン三世Payだが、スタートまでには他にも苦労した点があった。それは、町民への周知だ。
当初は町内各地で住民説明会を行なう予定だったものの、新型コロナウイルス感染拡大の影響で不可能となった。住民説明会でルパン三世Payカードを配布する計画だったが、それもできなくなった。そこで、町内全世帯に、1世帯あたり1枚ずつルパン三世Payカードを配布することにした。配布枚数は2,000枚超。合わせて、町民の利用を促すために、配布したカードには当初から1,000円をチャージしたという。
これにより、配ったカードのうち半数ほどが7月中に利用されているそうだ。ルパン三世Payでは、1回のチャージは1,000円単位で最大45,000円、残高は最大50,000円となっているが、スタートから1カ月ほどの間に数回チャージした人もいるという。チャージ金額は10,000円が最も多く、今回話を聞いた浜中町商工会の担当者もすでに10,000円を2回チャージしたそうだ。システム開発元からは、ルパン三世Payは想定以上に利用されているとの報告も受けているとのこと。
また、実際の加盟店はルパン三世Payをどう感じているのか。加盟店である「リカーショップタニムラ」で話を聞いたところ、ルパン三世Payを利用する人は思っていた以上に多いという。店主はiPadなどの利用に精通していたこともあって、使い勝手も特に気にならないそうで、かなり便利に使えているとのこと。合わせて、自分でも他の店で積極的にルパン三世Payを使うようにしているそうだ。店主は「お店でルパン三世Payを使っている人がいると、それを見た他の人が興味を持ってくれます。浜中町を盛り上げる意味でもどんどん使ってアピールしていきたいと思っています」と力強くコメントしてくれた。
このように、話を聞く限りルパン三世Payは順調なスタートを切ったと言って良さそうだが、商工会の担当者は、まだまだ課題はあると話す。
加盟店数はある程度確保できたものの、ルパン三世Payは浜中町経済の活性化が主目的であり、加盟店はもっと増やす必要があるという。合わせて、利用者への周知もまだまだ不足しているとし、加盟店開拓、利用者周知の両輪で高めていく必要があると考えているそうだ。
そのうえで今後は、スマートフォンへの対応や、浜中町の行政ポイントの付与なども考えているそうだ。中でもスマートフォンへの対応は必須と考えており、コストがかかるためすぐには難しいとしつつも、可能な限り実現したいそうだ。行政ポイントの付与については、現時点では何も決まっているものはないとしつつも、浜中町と協議を進め、こちらも実現したいという。そのうえで「たくさんのコストをかけたこともあるし、最低でも10年以上継続して取り組む」と決意を語ってくれた。
近年は、地方都市でのキャッシュレスへの積極的な取り組みが増えつつあるが、大都市圏に比べるとキャッシュレス普及率はまだまだ高くない。また、すでに様々なキャッシュレス手段が存在している中、地方都市で独自電子マネーを導入するという点に疑問を感じる人もいるかもしれない。
ただ、今回ルパン三世Pay導入について話を聞いたことで、地元住民をターゲットとし、地元商店でのみ利用できる独自電子マネーを導入することは、地方都市内で経済を循環させるという意味で理にかなっていると強く感じた。もちろん、加盟店、利用者双方が増え利用が定着する必要はあるが、他のキャッシュレス手段とは異なり、決済手数料という形で地域外にお金が流れ出ることのない独自電子マネーの仕組みは、加盟店の導入ハードルを下げ、地域経済活性化の一助となる可能性を大いに秘めている。
面的キャッシュレス・インフラの構築支援事業では、ルパン三世Pay同様の取り組みが採択されている。そういったことも追い風となり、今後全国の地方都市で同様の取り組みが拡がっていきそうだ。