トピック
Spotifyと“声”の時代。なぜいまポッドキャストを強化するのか
2021年7月7日 08:30
近年、音楽配信サービス各社が「ポッドキャスト(Podcast)」などの音声配信サービスを強化している。コロナ禍において在宅勤務などが増え、自宅での過ごし方や仕事の仕方が変わりつつあること、あるいは「Clubhouse」のような音声を軸にしたコミュニケーションサービスの人気などから、“音声”への注目は高まっている。
音楽ストリーミングで世界最大手のSpotifyも、2019年に「オーディオファースト宣言」として、音楽(Music)だけでなく、“音声”、特にポッドキャストに力を入れ、幅広く“オーディオ”を強化する方針を打ち出している。日本においても、音声サービス対応を強化する方針で、6月29日には、世界各国で展開中のポッドキャストクリエイター育成プログラム「Sound Up」の日本展開を発表。ポッドキャストや音声サービスを強化していく方針を示している。
なぜいま、音声・ポッドキャストなのか。スポティファイジャパン株式会社 音声コンテンツ事業統括担当の西ちえこ氏に、日本における音声コンテンツ市場での戦略を聞いた。
なぜいまポッドキャスト? 「エンゲージメント」に違い
3億5,600万人が使う世界最大の音楽配信サービスであるSpotify。当たり前だが、ユーザーも“音楽好き”で、ほとんどの人が音楽を聞くためにサービスに加入する。
アーティストの関連ポッドキャストなども用意されており、ポッドキャストと音楽をシームレスに使えるのはSpotifyの特徴だが、「ポッドキャストがあるから加入する」という人は、まだまだ数は少ないという。
では、なぜSpotifyはポッドキャストを強化するのか。
ポッドキャスト利用者の特徴といえるのが、エンゲージメント(関係性)の高さと、聴取時間の長さという。ポッドキャストは、長さは数分から数時間まで、ジャンルはトーク、ニュース、コメディ、教育など様々だが、家事や仕事をしながら「ずっと聞いている」という人がとても多いという。また、新着エピソードが追加されると、Spotifyを立ち上げるきっかけにもなる。
Spotifyには、無料のFreeプランと、広告無しで使える有料のPremium(月額980円~)が用意されているが、Freeプランでは、音楽はシャッフル再生となり広告も入る。長時間聞き続けるには、有料で広告なしのPremiumのほうが快適に使えるサービス設計になっている。
実際、ポッドキャスト利用者は、有料プラン加入に繋がりやすい傾向があるという。また、ポッドキャストを聞く人は、音楽だけの人よりも長時間聞く傾向があり、結果的にSpotifyの利用時間が増える。つまり、音楽に加え、ポッドキャストがあることで、ユーザーあたりのSpotify滞在時間が拡大。サービスとしての満足度を高めることで、ユーザーの獲得につなげていくという考えだ。
また、ポッドキャストがあることで、これまでの“音楽”目的とは違うユーザー層も増えているという。音楽以外のユーザーの拡大も、ポッドキャスト強化の狙いといえる。
コンテンツは「社会性・多様性」と「エンタメ」を重視
Spotifyのポッドキャスト強化で目立つのはコンテンツへの投資だ。ポッドキャスト自体は、Spotify以外のApple PodcastやAmazon Musicなどの音楽配信サービスやポッドキャスト用アプリなどで聴取できるが、Spotifyでは「独占コンテンツ」を強化している。
自社スタジオや制作スタジオの買収などで、オリジナルコンテンツを多数制作しており、元米国大統領のオバマ夫妻による制作会社Higher Groundとのコラボレーションや、DCコミックスとの独占契約など、大型の投資を行なっている。
日本においても、2019年からKemioや小泉今日子、ロバート秋山による番組や、TRANSITや美術手帖、ムーなどのメディアによる番組などを展開してきた。これらは、脈略のないラインナップにも見えるが、「これまで音声コンテンツに参入していないエリアの人を中心に企画し、チャレンジしてきた」という。
例えば「秋山第一ビルヂング」は、音声だけを使ったコント番組で「トークショーではなく音声でお笑いができるか」がテーマ。
また、テレビ東京と協力した「ハイパーハードボイルドグルメリポート no vision」も、TV番組「ハイパーハードボイルドグルメリポート」を声だけで、テレビ番組を再現するとどういう作り方になるか、“顔を出せない”メディアならではの取材や伝え方はどうする、といったことを検証しながら、テレビの文脈の音声化に取り組んでいる。
「ムー」とのコラボレーションでも、雑誌のコンテンツの音声展開などを検証。
これらのコンテンツにより、音楽だけでは興味を持たなかった人にもアピールしていくと同時に、「クリエイターにオーディオの可能性」を知ってもらうことも考え、コラボレーションを行なっているという。
ポッドキャストは、朝はニュース、夜は長くじっくり聞ける番組など、生活のタイミングによって人気のコンテンツも変わってくる。その中でも、Spotifyが投資するコンテンツは「社会性・多様性」を重視しているという。
一例が、前述のお笑いやメディアとのコラボレーション。「音声を使った多様性に富むプラットフォームを目指したい。新しいアイデアやオーディオ方向性を示すのは、オリジナルコンテンツの狙いの一つ」とする。そのため、ポッドキャストでは、定番の「トーク」以外のカテゴリを意識的に増やしているという。
加えて、力を入れているのが「エンタメ」。こちらはシンプルに、より多くの人にSpotifyを知って聞いてもらうためのコンテンツで、例えば、アニメ「呪術廻戦」と連動した「呪術廻戦 じゅじゅとーく」などがそれ。Spotifyとしては、「IP(知的財産)に近いところでなにができるか」を模索しているという。
ポッドキャストを制作環境を支援。Sound Upとアンカー
これらのパートナーと協力したコンテンツ制作に加え、2021年以降強化するのが「クリエイターの発掘」。今回発表した「Sound Up」プログラムもその一環だ。Sound Upは、世界8カ国で展開している次世代クリエイター支援プログラムで、若手のクリエイターを支援する。
日本の2021年のテーマは「女性」。世界経済フォーラムが公表したジェンダーギャップ指数で、日本が120位となったことがきっかけでテーマを決定。前期・後期各10名を募集し、フルリモートでのトレーニングを行なう。第1期では、番組の企画書やトレーラーを制作、2022年の後期課程では実際にパイロット版の番組を作り、優秀作品はSpotifyで独占配信する。
Sound Upでは、企画の作り方から、構成、ストーリーテリング、編集点や間の作り方、テンポ、起承転結など、コンテンツ制作の基本から紹介。BGM制作などのノウハウを共有し、ファシリテーターとともに番組を制作していく。海外の事例では、Sound Upの卒業生が番組制作会社に就職するなど、新たなキャリアパスとしても活用されているという。
今回のSound Upでは、ファシリテーターとコミュニケーションを密に取りながら進めるために10名に限定しているが、より幅広いユーザー向けへのプログラムなども検討していくという。
もうひとつ、クリエイター支援として紹介しているのがポッドキャスト制作ツールの「Anchor(アンカー)」の強化だ。
Anchorは、Spotifyが買収したポッドキャスト制作ツールサービスで、スマホだけで録音から編集、配信などが行なえる。Spotify以外のポッドキャストサービスにも配信でき、この種のツールのデファクトスタンダードとなっている。これまで日本ではあまりアピールしていなかったが、今回日本語化や日本における情報を発信を強化し、ポッドキャストを作りやすい環境を作っていく。
自己表現の場にとしてのSpotify。収益化も
西氏は、これらのクリエイター支援でSpotifyの中長期的な目標として、「自己表現の場としてのSpotifyを目指したい」という。
「自分を表現する場所として、InstagramやTwitterと同じように、Spotifyがある。音声で自己表現できるサービスとして、Spotifyが認知されてほしい」
また、Spotifyでは音声新サービスの「Greenroom」がスタートした。
ポッドキャストが収録・録音コンテンツとすると、GreenroomはClubhouseやTwitterのSpaceに近いライブ配信に特化したサービスになっている。ローンチしたばかりだが、「Greenroomはライブ向けのツールで、ライブとオンデマンドのポッドキャストとは、少し位置づけが違う」とのこと。
ただし、Greenroomのライブ配信もアーカイブできるため、「Greenroomを録音してポッドキャストで配信という併用もされていくのでは」という。こうした取り組みもSpotifyが目指す「プレミアムオーディオプラットフォーム」の一環と言える。
海外では、ポッドキャストのサブスクリプションやオーディオ広告のマーケットプレイスなども発表している。日本においても、パートナーと協力し、クリエイターの収益化を実現するために取り組んでいくことが、明言されている。
Spotify以外にも、Apple Podcastなどのプラットフォームがポッドキャストの収益化を打ち出している。ポッドキャストや音声サービスが、新たなクリエイターの活躍とビジネスの場所として定着していく日も近いのかもしれない。