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文章レイアウトだけで読む速度が2倍に? 「読書アシスト」の読みやすさの理由
2020年8月5日 08:30
7月10日、大日本印刷(DNP)と日本ユニシスは、文章のレイアウトを自動的に変更し、文章を読む速度を1.5倍から2倍に加速する技術「読書アシスト」の実証実験を開始した。
通常のウェブの文章とどう変わるのか? 実証実験で公開されているChrome用の機能拡張を使い、筆者の記事を「読書アシスト」にかけてみた。左が通常のウェブ、右が「読書アシスト」を使ったものだ。皆さんはどちらが読みやすいと思うだろうか?
ニュースリリースが出ると、SNSなどでも「読みやすい」「いや、非常に読みにくい」と、賛否両論な状況だったように思う。
実は筆者は「読みにくい」派だ。だが、かなりの数の人が「読みやすい」と感じているということは、そこになにかがあるのは間違いない。
そこで、DNPでこの技術の研究・開発に携わった方に、直接狙いを聞くことにした。ご対応いただいたのは、大日本印刷・ABセンターICT事業開発本部事業開発第2ユニット第4部 エキスパートの小林潤平さんと、同部長の本間成幸さんだ。
人間というハードに「読む機能」はない! 習得する「読む力」
「前提としてあるのは、『読むのは難しい』ということ。人間のハードウェアは読むことに合わせて進化しておらず、別の機能を組み合わせて『読む』能力を訓練し、体得しているということです」
小林さんはそう切り出した。
我々は育つ過程で「読む」能力を身につけるが、それはあくまで訓練によるものであり、人間という種がもともと持っている能力ではない、ということだ。
では、どうやって読んでいるのかといえば、文章を追いかけて理解するという行為を「目で文章を追いかける」「単語の区切りを理解する」「文章全体の内容を把握する」といったように、複数の要素を組み合わせて実現しているのだ。
まず重要になるのは「目で文章を追いかける」という点だ。我々は日常的にそのことを行なっているが、どうやら、人間というハードウェアにとっては意外と困難なことであるようだ。
小林さん:人間の眼は、網膜に映った像を取り込むのですが、網膜の中で解像度が高いのは中央部だけです。
ここで質問なのですが、30cm離れたところを見た場合に、網膜の解像度が高いところで捉えられる範囲はどのくらいかわかりますか?
実は、1円玉くらいの大きさしかないんです。
なので文字を読むときには、眼球運動によって文章を追いかける必要があります。
筆者も知識として、「網膜の中心と周辺では解像度が異なる」ことは知っていた。しかし、そんなに範囲が狭かったとは。そして、「文章を目で追う」という行為が、解像度の高い部分が狭いことに依存していた、というのも面白い。
小林:眼球運動で文章を読むという行為は、止まって読んで先に移動する、という行為の繰り返しです。止まる行為を「停留」、先に移動する行為を「サッカード」と言います。眼球は止まる・動くを繰り返して読んでいるわけです。
英語でも日本語でも、視野の中央は精細に見えて、周辺で捉えている部分はぼんやり見えることに変わりはありません。だいたい、5文字くらいははっきり見えていて、12文字目くらいまでがぼんやり見えている、という感じです。
英語のように単語と単語の間にスペースがある言語の場合には、そこを手がかりにサッカードを行なうことになります。ぼんやり見えている場所でも、スペースは認知しやすい。すなわち、英語はジャンプしやすい言葉と言えます。
日本語の場合にはなかなか難しいことがわかってきました。
本来は「文節」単位で読んでいきたいのですが、その単位と、ぼんやり見えていてもわかる、手がかりになりやすい部分が一致していないんです。
読む速度を決める「停留回数」と「サッカード」
では、それがどういうことを意味しているのか? 文章を読む速度とどう関係しているのだろうか? それを紐解くには、次のグラフを見ていただこう。
これは、日本語を読む場合の「停留時間」と「サッカード距離」の調査だ。どちらも長い人から短い人まで色々いるが、滞留時間の平均は200から300ミリ秒、サッカード距離は4から6文字であることがわかっている。ということは、スムーズに読めると、250ミリ秒×5文字、ということで、だいたい1分に1,200文字読める計算になる。
だが、である。
実際に計測すると、毎分1,200文字というのは理想的な数字であって、ほとんどの人が実現できないのが見えてくる。大学生200人の平均読み速度は「毎分650文字」に過ぎない。
なぜそうなるのか? 小林さん達は、視線検出装置を使い、詳しく分析を行なったという。
小林:わかってきたのは、滞留時間の長さは読む速度にほとんど依存しておらず、一方、「停留する数」は読む速度に大きく影響している、ということです。すなわち、読みながら視線が止まる「回数」が多くなると、そのたびに0.25秒ずつロスしてしまう計算になり、遅くなる、ということです。
ということならば、読む速度を上げる方法も明確になってくる。停留する数を増やす要因を減らす、ということだ。
先ほども述べたように、日本語では単語の間にスペースが入らない。「ぼんやり視界」の中で、ちゃんと意味を把握しながら視野を移動させていく必要があり、それがスムーズにできないと停留数が増えることになり、読む速度が落ちる……と言う結果になる。停留数を増やす原因は、サッカードが短くなることのほか、確認のために「戻って」しまうこと、行をまたいだ時にうまく繋がって読めず、「読み直し」が発生することなどが考えられる。
すなわち、こうした「停留回数を増やす要素」を減らしていくことが、読む速度を増やすために必要な仕組み、ということになる。
文節に注目して「視線の移動」を自然なものにしていく「読書アシスト」
ここで、次の動画を見ていただきたい。これは、英語で読む速度を上げるための仕組み「Rapid serial visual presentation(RSVP)」を使った例だ。英語版のKindleに搭載されている「Word Runner」では、RSVPを使って速読を実現している。
RSVPの特徴は「目を動かさないこと」だ。英語の、スペースで単語が分割されている特徴を活かし、単語単位で文章を表示する。読む速度は単語の切り替え速度に依存するので、慣れれば速度を上げてどんどん読める。
しかしこの方法は、前の文章を手軽に読み直しづらく、速度も結局、自分の読みたい速度ではなく「表示ソフトが設定した速度」に依存してしまう。日本語で使いづらいだけでなく、「自由に読んでいるわけではない」という欠点がある。
そこで、小林さん達が研究したのが、レイアウトを変えることで停留回数を増やす要素を減らす、というアプローチ、すなわち「読書アシスト」で採用された方法論だ。
まず1つ目は「行の長さ」だ。1行の文字数が多いと、サッカードがうまくつながらずに停留時間が増える。小林さん達の調査によれば、20文字から29文字が快適であるようだ。これは出版の世界では体感的によく知られたことで、「段組み」が使われるのはこれが理由である。
余談だが、「読書アシスト」を試して「読みづらい」と思った人の中には、画面いっぱいにウインドウが広がっており、1行の文字数が40文字を超える状態になっていたため、ということもあったようだ。PCでウェブを読む場合でも、画面全体に文字を広げると読みづらくなるが、「読書アシスト」を使ったとしても、その要素は同じである。
次に「改行位置」の改善。一般的な文章では決められた文字数で改行されていて、文節の切れ目とは無関係だ。それを文節の切れ目にすることで、改行で「意味的分断」が起きることを防止する。
最後が「文節単位でベースラインを階段状にずらす」ことだ。こうすると、ベースラインのずれという幾何学的な特徴を追って読んでいける。さらにここで、インデントを階段状にすることで、行単位での移動も明確になる。このやり方は、文章を目で追っていく際に「上下に目線を動かす」のではなく、スクロール操作によって目線は固定して読むことを前提としている。そうすると、サッカードは「階段状になったベースラインの位置」に沿って移動すればいいので、「ぼんやりした視野」の中でも把握しやすくなる。
現在の「読書アシスト」は、こうした内容を元にしている。
すなわち、横幅はそこまで広くない状態で、目線は上下にはあまり動かさず、スクロールして読んでいくことを前提とした場合に読みやすさが大きく改善する可能性があるのが、「読書アシスト」という技術なのだ。
「設定変更」で違和感は小さくなる可能性も。まずは「企業向け」に展開
ここで最初の疑問に戻る。
確かに、人間の生理を考えると「読書アシスト」は読みやすくなる可能性が高い技術だと思う。
一方で事実として、筆者のように「読書アシストは読みづらい」と思う人もいる。その間にあるのはなんなのだろうか?
小林:今回の公開実証実験の前には、大日本印刷社内で、クローズドなテストを行なっていました。そこでは確かに、「読みやすい」という人が多い一方で、同時に「違和感を覚える」という人も多くいらっしゃいました。
現状、どれが違和感につながっているのかはわかっていません。しかし「全員に有効ではない」ことは事実です。
「もともと早く読める人には違和感が強いのでは」と言う指摘については、断言できる状況ではありませんが、「これまで培ってきた(読むための)能力が活かせない」ので違和感を感じるのではないか、とは思います。
ひとつ言えるのは、機能には色々な組み合わせがあり、その人にあった組み合わせを選ぶことで効果を上げられるのではないか、ということです。
対象全体を見れば、この技術を使って読む速度が上がる人の方が多いとは思うのですが、「どのくらい早く読める人だと違和感を感じるのか」というところまではわかっていません。
先ほども述べたように、「読書アシスト」にはいくつかの前提がある。「スクロールさせながら読む」というのはその最たるものだ。そうした部分が考慮されず、例えば「ページ単位で読んでいく」ような人には向いていないだろう。これは私見だが、長文を読むことに慣れた人は細かくスクロールしない人が多いので、「違和感問題」には、その辺の事情もありそうだ。
「読書アシスト」のビジネス化に向けた部分を担当している本間さんは、次のような事情も明かす。
本間:短時間だと違和感があるのですが、使っているうちに慣れてくる部分もあると思います。今回のテストではすべての機能を反映した形で見せていますが、社内でテストしている時には、「どの要素を文書に適用するのか」を選べるようにもなっていました。違和感を減らすために、いかにカスタマイズのメニューを適正なものにするか、という点は課題です。
そもそも大日本印刷は、このシステムをどういう形でビジネス化しようとしているのだろうか?
小林:業務上、たくさんの文章を扱う方に使っていただきたいです。まずは企業向けのサービスとして考えています。
本間:新型コロナウィルスの流行以降、働き方は変わってきました。単純に読まなくていけない文書の量が増えています。その上で、業務効率を上げる工夫が求められています。
「読書アシスト」は、特に特定業種、職種では有望だと考えています。例えばカスタマーセンターや教育の現場などです。こうしたところでは、大量の資料を読んで、リアルタイムに反応しなくてはいけない場面があります。カスタマーセンターの例だと、対処方法が見つかればすぐに終わることが、状況把握や対処のための文書を読むのに時間がかかり、結果的に手間がかかっている例があります。
もちろん、新聞などの必要な資料を社内で読む時にも、速いに越したことはありませんが。
ニュースリリースでは美術館などのサイネージも用途に挙げられていて、それらも有望であることは間違いない、と言う。
どちらにしろ、効果を考える場合、カスタマイズ機能を搭載したビュワーや機能拡張の提供を、ぜひ考えていただきたい。筆者も、話を聞く前と後では、「読書アシスト」に対する印象が大きく変わった。自分が違和感を感じない設定を見つけて使ってみたい、と思う。