トピック
ついに日本に来た電動キックボード「Lime」を体験。モビリティ実験はなぜ福岡?
2019年9月13日 08:15
シェアリング電動キックボードのLimeが日本での実証実験を福岡で開始する。実証実験のスタートに合わせ、プレス向け説明会と、一般市民もLimeのキックボードに試乗できるイベントが9月7日、8日に開催された。
Limeは、米国やドイツなどで展開されている電動キックボードのシェアリングサービス。日本でもサービス開始が期待されるところだが、現在は道路交通法のうえでは原動機付自転車として扱われ、運転には免許やヘルメットの着用などが必要となる。
今回の実証実験は、Limeの体験と今後の実用化に向けた課題抽出や実績作りが狙いだが、BirdなどLime以外の事業者も同様に福岡で実証実験に取り組んでいる。最新世代のLime体験とともに、なぜ福岡が新たなモビリティサービスの実験場になっているかを紹介する。
最新世代「Lime」(Gen3)の加速感
会場となったのは福岡市東区の貝塚交通公園。ここには実際の道路に似せた子ども向けのゴーカートコースがあり、子どもたちが交通ルールを学べる場所として市民に愛されている。今回の試乗会はこのゴーカートコースの一部を区切って行なわれた。
今回の試乗会でLimeが用意したのは、最新モデルである第3世代(Gen3)。Limeはすでに5カ国、100を超える地域で展開されているが、Gen3が稼働している地域はまだ限られている。Gen3はそれまでのものに比べてバッテリー容量が増え、航続距離が20%延びた。タイヤも8インチから10インチへと変更され、安定性が向上。またユーザーからのフィードバックを受け、前輪にも泥除けが追加された。
ハンドル中央部に搭載されたディスプレイには電池の残り容量や現在のスピードなどが表示される。またGPSによってシステムがリアルタイムに位置を捕捉し、位置によって走行状況をコントロール可能。例えばLimeの駐車が禁止されているところでは「NO PARKING」とディスプレイに表示させたり、位置情報に合わせてLimeの最高速度をコントロールしたりできる。ただし今回の試乗会ではこの機能を試すことはできなかった。
キックボードの加速は右ハンドルについているアクセルレバーで行なう。静止状態でこのレバーを操作しただけでは加速しない。運転者が地面を蹴ってある程度のスピードに達したところから加速がスタートする。
ブレーキは2種。1つは左ハンドルについている自転車でおなじみのブレーキ。もう1つは後輪の泥除けと一体になっており、これを足で踏むことでブレーキがかかる。足を置いただけではブレーキは効かず、しっかりと踏み込む必要がある。
加速はスムーズで、アクセルレバーを引き続けるとどんどん加速する。最大速度と説明された時速15マイル(約24km)には体感的にわずか数秒で到達した感覚だった。コースのアスファルトが多少荒れていたことが原因で少しガタガタした運転感だったが、アスファルトの見た目の状況から想像するよりは安定していた印象だ。搭載されているサスペンションが振動をうまく吸収しているのだろう。
なぜ福岡で実証実験なのか
Limeの試乗会の1週間前には同じく電動キックボードを展開するBirdも試乗会を実施し、9月21日~23日には低速の自動運転車(LSEV)であるPerceptInも試乗会を予定している。気になるのはなぜこの3社が日本初上陸の実証実験の舞台に福岡市を選んだのかということだ。
これは現在福岡市や福岡地域戦略推進協議会(Fukuoka D.C.)などが進めるスマートシティの実現とそのモデルを目指すプロジェクト「FUKUOKA Smart EAST」が関係する。
福岡空港⾄近の福岡市東区箱崎には九州大学のメインとなる箱崎キャンパスがあり、ここには全学教育(いわゆる⼀般教養)と医学部、芸術⼯学部以外のほぼすべての学部や⼤学院、図書館や研究棟などが存在した。しかし九州大学は大規模なキャンパス統合を進め、2018年夏には伊都キャンパスへの移転が完了した。この移転によって生まれた空き地は約30ha。跡地を地図にマッピングすると東京では六本木ヒルズから虎ノ門ヒルズまで、⼤阪では道頓堀から通天閣までをカバーする広さに相当する。
「FUKUOKA Smart EAST」はこの大きな空き地を舞台に、モビリティやウェルネス、シェアリングなどの分野でテクノロジーを活用し、スマートシティ実現に向けた実証実験をすすめようとしている
Limeの取り組みは、あくまでも実証実験をアピールするためのプレス、そして地域住民に向けた試乗会であり、普段の足として公道で電動キックボードや自動運転車が使えるようになるわけではない。
電動キックボードは現状の日本の制度では原動機付自転車のカテゴリーに分類され、運転には免許が必要となる。またミラーやナンバープレート、ウインカーなどの設備も必要となる。3社とも今回の実証実験を通して事例を重ね、また規制改革特区である福岡市との協力関係を経て、原付の枠を超えた形での日本での実証実験をさらに一歩すすめるための足がかりを目指している。BirdもLimeも試乗会に先駆けた挨拶をしたのは政府や自治体との交渉担当者で、その挨拶の中で両社ともが福岡市との協力関係を強調したことがそれを裏付けているだろう。
シェアサイクル、MaaSなど「モビリティ実験場」
福岡ではモビリティに関する新しい取り組みは他にも始まっている。福岡ならではのものとしてはシェアサイクルのメルチャリがある。福岡でのメルチャリの実証実験は2018年2月にスタートし、運営会社がメルカリ傘下からクララオンライン傘下に変わりつつも、現在も実験は続いている。
筆者は福岡在住で、日々福岡市の中心部を移動しているが、メルチャリは市民の足として定着しているように感じている。サービスローンチ時はメルチャリに乗っているのは若者が中心だったが、現在はより広い年齢層に利用されている印象だ。ビジネス街である博多駅周辺ではスーツ姿の利用者を見かけることが増えた。
またトヨタ自動車と西日本鉄道によるMaaS(Mobility as a Service)の実証実験も行なわれている。これは「my route」というルート検索アプリを用いて移動を支援するものだが、電車やバス、地下鉄などのルート検索だけでなく、駐車場の空き状況やタクシーの予約、決済もワンストップで行うことができる。また移動手段の一つとしてメルチャリが表示されるのも特徴だ。「my route」は8月末に実証実験が終了することとなっていたが、本年いっぱいまで期間が延長されることがアナウンスされた。
福岡が新しい交通網の整備に力をいれたのは最近のことではない。1970年代には福岡市基本計画においてコンパクトなまちづくりが提唱され、その手段として交通網の整備が掲げられていた。現在進められている第9次福岡市基本計画(平成24年度12月制定)では「公共交通を主軸とした総合交通体系の構築」が掲げられているが、公共交通拠点からのラストワンマイルを担う交通手段としてシェアリングによるモビリティは有力視な選択肢だ。
しかし課題は実証実験の先にもある。実証実験の枠を外れ、実際の市民の足として街に実装するには各種規制のクリアや緩和は大きな課題だ。そしてその課題をクリアするには最終的な合意形成が必要となる。不必要に厳しい規制はイノベーションを阻害するが、人命に関わるモビリティの分野には一定の安全規制も必要だ。そのバランスをとる議論にはさまざまなステークホルダーが参加する必要があるだろう。そしていくらモデルを作っても、それが福岡に特化されたものであっては広がりは見込めない。海外での成功例をそのまま日本に持ってきても成功しなかった事例からもそれは明らかだ。
一度乗れば電動キックボードの良さはすぐに分かる。そのうえで福岡市やFUKUOKA Smart Eastが便利な実験場を脱却し、実社会への実装を具体的にすすめていく必要があるだろう。とはいえ実験はまだスタートしたばかりだ。これからも期待して注目していきたい。