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Amazonが今後2-3年で変えるリアル店舗の世界。Goの先にある小売変革
2019年2月9日 09:00
米Amazon.comが2017年に発表したレジなし店舗「Amazon Go」以降、類似の技術を活用したコンセプト店舗が多数登場したことからも、その影響の大きさを測ることができる。
例えば、米カリフォルニア州サンフランシスコにはカメラを使った行動分析技術を開発するスタートアップ企業Standard Cognitionが設置しているコンセプト店舗「Standard Market」があるほか、今年月中旬に米ニューヨークで開催された全米小売協会(NRF)の展示会では多数の技術モデルの紹介やコンセプト店舗の実演デモが行なわれていたのは、以前のレポートで紹介した通りだ。
そんなAmazon Go自身も、急速な勢いで店舗を拡大している。2017年に社員限定でスタートした米ワシントン州シアトルの1号店は2018年1月末に一般開放されて正式オープン、その後、シアトル、米イリノイ州シカゴ、サンフランシスコの3拠点で複数店舗の展開を開始し、1号店開始から約1年後の本稿執筆時点で10店舗が運営されている。
多少形状やサイズこそ異なれど、基本的には当初のコンセプトそのままの「Grocery Store(食品スーパー)」だ。一方で、1年間をかけて技術も少しずつブラッシュアップされており、「退店後に買い物内容が確認できるまで当初30分近くかかっていたのがわずか2-3分で済むようになった」「レジ袋が有料化された(アプリ内でレジ袋の購入がカウントできるようになった)」といった具合に、小売店舗として少しずつ“使える”レベルのものになりつつある。
今回は、Amazon.comが抱える「Go」を含まない3つの小売店舗を眺めつつ、同社の進める店舗戦略について少し考えてみたい。
2019年以降のAmazon Goは「超小スペース」「他品種大型店」と多様化へ
筆者が考えるAmazon Goの特徴は以下の3つだ。
(1)同一フォーマットでの横展開の容易さ
(2)スケーラビリティに対する柔軟性」
(3)ストアフォーマットのプラットフォーム化
当初、Amazon Goはカメラや各種センサーを組み合わせた顧客の行動解析アルゴリズムのブラッシュアップにかなり手間取ったという話を聞いており、店内で同時に追跡可能な人数がわずか数人程度だったという。
それが2018年の正式オープン時には1号店で70名以上と「消防法で規定される許容人数の上限」まで追跡可能な状況にまで昇華されたわけで、1年間での技術革新の成果がうかがえる。つまり1年間で収集したデータでそれだけの進化を遂げており、これは現在進行形で続いていると考えられる。
ここで重要なのは「学習データを駆使することで、Amazon Goの仕組みをさまざまな形態に応用できる」という点で、おそらく2-3年後のAmazon Goは現在の姿とは異なるストアフォーマットをもって多数の店舗が米国(もしくは米国外)に存在している可能性が高く、本当の意味でAmazon Goがすごく、そして恐ろしい部分なのだと筆者は考える。
3つの特徴について、順番にみていこう。まず、本稿執筆時点でAmazon Goは米国内に10店舗存在する。比較的人口が密集している大都市を狙った出店だと思われるが、2019年はさらに対象都市を増やしてこの出店ペースが加速するだろう。形状が一緒という条件が一定なAIFIのようなコンテナ型ストアに比べ、空きテナントを利用して出店するAmazon Goは店舗レイアウトやサイズが一定していない。だが日々学習したデータを活用することでこの差異を吸収し続けることで、基本的にはそのままシステムを他店舗に移植するだけで横展開が行なえる。
当然、出店するごとにレイアウト変更のノウハウも貯まっていくだろう。これが「同一フォーマットでの横展開の容易さ」という特徴だ。
Amazon Goが登場した当初「センサーを含めた設備投資は1店舗あたり最低でも数億円」とコストの高さが取り上げられ、これが導入ハードルになると同業他社やメディア各社らが指摘していた。だが実際のところ、横展開をすればするほど調達面で設備コストは下がりやすくなり、ブラッシュアップの過程で無駄が省かれていくことになる。Amazon.comが掲げる「3,000店舗」の目標を達成するころには、おそらくコスト面の問題はそれほど気にするレベルではなくなっているのだと想像する。
2つめの「スケーラビリティに対する柔軟性は、このブラッシュアップの過程で出てくる話題だ。店舗候補地となる空きテナントを探す段階で「どうしても小さな場所しか確保できない」「オフィス内やビル内の従業員向けの小規模店舗を運営したい」といった要望が少なからず出てくる。先日、セブンイレブンがNECと共同でNEC社員向けの超小型顔認証決済実験店舗を開設して話題になったが、これのAmazon Go版というわけだ。
実際、ReutersによればAmazon.comは小型フォーマットの研究をしているということで、横展開の過程でこうした新しいフォーマットの店舗開拓を模索してくるだろう。
これとは逆に、当然「大規模店舗」という発想も出てくる。現在はオフィス街真ん中のランチ需要を中心としたものだが、もし今後郊外や住宅地への出店を考えるのであれば、より多品種で広い店舗面積を持った店舗フォーマットを考えなければいけない。
現状は食品スーパーということでランチ総菜やスナック、飲料しかない店舗だったものが、この過程で日用品や消耗品といった製品も扱うことになる。Wall Street Journalの報道によれば、やはりこの大型店舗形態での出店を模索すべくAmazon.comがテストを続けているとのことで、後述のWhole Foods Marketとの兼ね合いも含め、“3,000店舗”を目指すうえでの形態の1つとして考えているはずだ。
3つめは可能性の話だが、当然ながら「ストアフォーマットのプラットフォーム化」も考えているだろう。具体的には「Amazon Goというシステムの外販」で、同社のシステムを使って他社が独自の店舗運営を可能にする。前述のオフィステナント向けの小規模店舗フォーマットに近いが、契約している納入業者がAmazon Goのシステムだけを使って病院や各種施設で商品販売することは十分に考えられるだろう。一方で、Amazon.comそのものは既存事業者との間で軋轢が存在し、例えばWalmartからは「AWSを使うことさえ許さない」と系列企業に釘を刺すほど嫌われている(ITmediaの記事)ことが知られている。そのため、対抗策として「Microsoftを中心とした小売業界連合」(ITmediaの記事2)が誕生するほどで、米国内でのシステム外販は思ったほど進まないかもしれない。ゆえに、この仕組みはどちらかといえば海外展開において現地小売事業者との提携で採用される可能性が高いのではないか、と筆者は推測している。
効率化ばかりではないユーザー体験
このようにみると、Amazon.comは「効率第1主義」のように思われるが、実際のところ同社が最も重視しているのは「ユーザー体験」であり、あくまでユーザー目線で小売という業態に必要なものを模索しているに過ぎない。
同社は2017年8月にオーガニック食品販売を売り物にしているWhole Foods Marketの買収で話題になった。「なぜオンライン通販の最大手がわざわざリアル店舗である高級スーパーを買収したのか」ということが議論になったが、これは現在2つの理由に収れんすると考えられている。
1つめはPrime会員プログラムの振興策で、その特典をリアル店舗にまで拡大することでお得感を出し、さらに入会動機にまで結びつける。米国でのAmazon Prime年会費は昨年2018年4月に従来の99ドルから119ドルにまで一気に2割値上げされた。これを機会に退会した人も当然いるだろうが、一方でAmazon.comがこの値付けを維持しているということは全体でみれば売上は増えているということで、それだけPrime特典にメリットを見出している人が多いということの証左になっている。
そして2つめはAmazon.comでの食品配送強化で、Whole Foods店舗はその配送拠点のいわば倉庫となる。もともとInstacartなどの店舗ピックアップサービスは存在していたが、現在ではAmazon Prime Nowを使った即時配送サービスの利用が急増しているといわれている。もともと同社は食品配送でAmazon Freshを全米展開していたが、現在ではすでに大幅に縮小しており、すでにその役割をWhole Foodsに移管しつつあるとみられる。実際、Wall Street Journalの報道によれば、「Amazon.comはWhole Foods店舗のさらなる全米拡大を計画している」ということで、Prime+Whole Foodsの相乗効果による日々の生活でのAmazon.com利用を促すつもりなのだろう。
実は、この戦略で先を行くのが中国Alibaba(アリババ)の直営食品スーパー「盒馬鮮生(フーマーフレッシュ)」だ。
“いけす”に生きた魚介類が陳列され、これを購入後にカウンターに持って行くことでその場で調理して食べることができるという点で有名だが、このスーパーのビジネスモデルで最も着目するのは「オンライン注文で30分以内の食品配送」というシステムだ。スーパーから半径3km以内の場所であればこのサービスが利用可能で、盒馬鮮生の配送エリアに属するアパートは非常に人気が高く家賃も高いという話がある。
同店内にはピックアップした買い物袋を配送センターへと持って行くコンベアが店内の天井を縦横無尽に走っており、一種のエンターテインメントとなっている。Alibaba自身も盒馬鮮生のシステムそのものがビジネスモデルとして価値を持っていることを熟知しており、今年1月にニューヨークで開催されたNRFでは巨大な展示ブースを設けてシステム外販のためのパートナーを募集していた。その名称も「Freshippo」と「Fresh(新鮮)」「Ship(出荷)」「Hippopotamus(カバ、盒馬鮮生のマスコットマーク)」の3つのキーワードを組み合わせた造語で、非常によく練られていると感心した。米中貿易摩擦で障害とされる可能性が高いオンラインストア出店やAlipay(支付宝)の直接進出ではなく、あくまで「システム外販」に舵を切ったというのも興味深い点だ。
このあたりまでだと、まだ「効率化」というキーワードがちらついたりするが、一見すると無駄にしか見えないような店舗運営をしている点もまたAmazon.comらしいといえるのかもしれない。
それが「Amazon Books」と「Amazon 4-Star」の2つだ。
前者が本屋、後者が「Amazon.comで人気の商品を集めたリアル店舗」という体裁だが、店舗自体はニューヨークやシリコンバレーなどごく限られた地域に数店舗展開されているのみで、まだ小規模な試みに過ぎない。ただ、これまで効率ばかりを追い続けてきたとみられていたAmazon.comが、このような一見不要にも思える店舗をあえて出店するというのも、「ユーザーとの接点を重視する」という小売業態のある意味で原点に立ち返った姿なのかもしれない。