文具知新

人生の豊かさを再発見する「後ろ向き手帳」のススメ

私が新入社員として働く大人の仲間入りを果たしたのは約20年前ですが、その頃の手帳は仕事をする上で欠かすことのできないものでした。スケジュール管理をはじめ、仕事関係の方の連絡先をまとめたアドレス帳や、電車の乗り換えを調べるための路線図、時刻表などに至るまで、手帳が重要な役割を担っていました。

しかしその後10年ほどかけてスマートフォンが普及し、これらの役割はほとんどデジタルに置き換わります。そして、さらに10年。紙の手帳にとっては厳しい時代が続いています。最近では「もう何年も手帳は買っていないなぁ」という方も多いのではないでしょうか。でも、紙の手帳が絶滅してしまったのかというと、実はそんなことはありません。担う役割を大きく変えることで、新たな魅力を発揮しているのです。

以前の手帳は、未来を計画・管理するためのもの。いわば「前向き」の手帳でした。それが最近の手帳は、日記やライフログのように過去を記録・記憶するためのものが増えています。つまり、「後ろ向き」の手帳です。

かくいう私も、仕事のスケジュール管理はずいぶん前からPCやスマホのカレンダーアプリに移行していますが、「後ろ向き手帳」は紙で書き続けています。今回は、私が実際に書いている手帳を例としてお見せしながら、その魅力をご紹介したいと思います。

ひと月を俯瞰できるのが楽しい!「マンスリー絵日記」

まずお見せしたいのは、見開き1カ月のマンスリー式の手帳に、1日1コマの絵日記を描いていく「マンスリー絵日記」です。

マンスリー式の手帳に1日1コマで描く「マンスリー絵日記」

元々は、「練習のために毎日絵を描きたいけれど、続けるのが大変。そうだ、カレンダーの1マスくらいの小さいスペースであれば、負担なく続けられるのでは?」と考えたことが始めるきっかけでした。

色を塗ったりしてもいいのですが(実際にそういう描き方をされている方も多くいらっしゃいます)、私は負担なく続けること最優先として、黒ペン1本のみを使用しています。多少ヘタでも、自分は何を描いたか分かりますし、文字でもある程度は内容の不足をカバーできるのが絵日記の良いところです。

簡単な絵と文字でも本人には分かる

ほんのちょっとしたものでも、絵があることで「こんなことあったな」という記憶の再現性は格段に高まります。またこれは自分でやってみて分かったことですが、それを見開き1カ月という単位で俯瞰できるのがとにかく楽しいのです。ひと月分の経験が圧縮されてひと目で入ってくるので、まるで自分の人生のタイムラプスを見ているような感覚が味わえます。

それは描いた当人以外にも伝わるようで、家族に見せたり、SNSにアップしたりしても好評です。SNSで他の方が描いたものを見るのも楽しく、自分も継続して描こう! というモチベーションアップにもつながります。

使用する手帳は、B6サイズのマンスリータイプがおすすめ。A5だとややスペースが広すぎ、A6だとちょっとせまいので、私はこのサイズに落ち着きました。マス目は無地のものを選ぶと描きやすいと思います。

「マンスリー絵日記」におすすめのフォーマットとアイテム

慣れれば、所要時間は1日1〜3分ほど。絵を描くのが好きな方、練習したいと思っている方であれば、気軽に取り入れられる「後ろ向き手帳」です。

モヤモヤをその日のうちに片付ける「ジャーナリング日記」

もうひとつ、私が毎日欠かさず書いているのが、いわゆる日記です。その日の天気や、食事内容、体調、行った場所をメモして、あとはフリーにその時々で頭に思い浮かんだことを思い浮かんだままに書いています。日記と言いつつ、超短時間のジャーナリングのようなイメージです。

1日5分、寝る前に頭をスッキリさせる「ジャーナリング日記」

使用しているのは縦書きの日記帳です。日本語は元来縦書きなのでその方が素早くキレイに書けるから……と一応もっともらしい理屈をつけていますが、実は憧れの大先輩が縦書きでメモや日記を書いているのを見てカッコいいな! と思ってマネをして始めたが本当の理由です。横書きの方が書きやすい方はもちろん横書きでまったく問題ありません。

博文館「No.211 中型当用日記〈ソフト版〉」(1,815円)

私はもともと寝つきが悪く、ベッドに入っても色々なことをぐるぐる考えてなかなか眠れないのが常でした。そこで、寝る前に日記を書くことにして、その日のことはその日に置いていく感覚で頭の中を空っぽにするようにしたら、以前よりも良く眠れるようになりました。書く時間も5分ほどですので、それほど負担ではありません。

基本的には保管しておくだけであまり見返したりはしませんが、たまに見返すと書いたことはほとんど忘れているため、これがめちゃくちゃ面白いのです。わざわざ書き残すということは、その時の自分にとっては最も関心があった内容なわけで、それを読み返すということは、自分にとって関心があることしか書いていない本を読むようなものですから。

私が使っているのは、博文館の「No.211 中型当用日記〈ソフト版〉」ですが、日記帳として作られたものでなくても、1日1ページタイプの手帳であればなんでも良いと思います。書く量が多すぎると大変なので、A6サイズくらいで始めるのがおすすめです。もちろん、たくさん書きたい人はもっと大きなサイズでも構いません。

「ジャーナリング日記」におすすめのフォーマットとアイテム

手軽でありながら意外と面白い「1行ニュース日記」

とはいえ、絵日記にしてもジャーナリングにしても、書く内容を自分で考えるのはハードルが高い……という人におすすめしたいのが「1行ニュース日記」です。

その日のニュースをひとつ書き残す「1行ニュース日記」

やり方は簡単で、その日のニュースの中から、世間で話題になっていたものや、特に印象に残ったものの中からひとつを選んでメモを書くだけ。人間、3日も経てば記憶がきれいさっぱりリセットされていたりするので、月が変わるタイミングで1カ月分を見返すだけでも「そんなことあったな~」となり、これが意外と面白いのです。

1カ月前の出来事でも意外と忘れています

他の日記などと並行して書くのもおすすめ。よく有名人の伝記などで当人の年表とその時々の主要な出来事が並行して書かれたものがありますが、それを自分の人生でやるようなイメージです。「あのニュースが話題になっていた時、自分はあんなことをしていたな」と記憶が呼び起こされるきっかけにもなります。また個人的には、毎日ニュースをチェックすることで世の中の動きに関心を持つ習慣がつき、仕事上にも良い影響があると感じています。

すでに手帳を使っていて、スペースが余りがちな場合は余白の有効活用にもなります(私は当用日記の「月予定」の欄を使用しています)。専用の手帳を作るのであれば、記入欄が広く文章が書きやすい週間レフト式や週間ブロック式のフォーマットがおすすめ。サイズはA6程度のコンパクトなもので充分です。

「1行ニュース日記」におすすめのフォーマットとアイテム

あえて紙の手帳を書くことのメリット

ここまで「後ろ向き手帳」の実例をご紹介してきましたが、最後になぜこのデジタルの時代にあえて紙の手帳を書くのか? について私の考えをお伝えしたいと思います。

まず、デジタルのデータは意外と残りません。10年前に書いていたレンタルブログなどはサービスそのものが終了していたり、SNSも過去の投稿には辿り着きにくかったりして、実は見返すことが難しいのです。

その点、紙であれば何年でも何十年でも、それこそ自分が死んだ後でも残ります。ですので、昔の人が書いた日記や手紙などが今となっては当時を知る貴重な手がかりにもなっています。私もコロナ禍の先が見えない不安の中では「これって100年後には歴史的な資料になっていたりして?」などと思いながら日記を書いて自分の気持ちと向き合ってきました。

積み重ねてきた日々の重みを実感できる

モノとして手元にあるということは、ふとした時に気軽に見返せるということです。パラパラと読み返してみると、当時の記憶や感情が鮮やかに甦ってくるのは手書きならでは。それによって、「あの時は必死だったけど、自分も結構頑張っていたな」「この頃はあれで悩んでいたけど、今は乗り越えたな」と過去の自分からの成長を実感することもできます。

日々、目の前のことに向き合うだけだと、時間の経過によって生じている変化や成長を実感するのは難しいものです。なんでもない日々の出来事もあえて書き残し振り返ってみる事で、変わりばえしないと思っている自分の生活も、かけがえのない愛おしいものだと思えるようになります。

また、書いた手帳が物理的に並んでいくことで、自分自身が過ごしてきた時間の積み重ねを実感できます。これも、達成感があって心地よいのです。物価高であったり、世情の不安定さであったり、大きな幸せを実感しにくい今の時代だからこそ、自分で自分の人生を肯定できる「後ろ向き手帳」を書く意味があると感じます。

筆者が書いている「買ったものメモ」

今回は私が毎日書いている手帳を例にご紹介しましたが、内容はなんでも構いません。日々の食事の記録や、鑑賞した映画のメモ、購入したもののスケッチなど、自分が生きる上で積み重ねていきたいな、と思うことを紙の上に書き残していくことがポイントです。

最近では、読書など特定の活動に特化した専用の手帳も色々出ていますので、自分にマッチするものがあれば手軽に取り入れられます。新しい年の始まり、何かひとつ新しい習慣を身につけたいと思っている方に、今からでも間に合う「後ろ向き手帳」はいかがでしょうか。

ヨシムラマリ

ライター/イラストレーター。神奈川県横浜市出身。文房具マニア。子供の頃、身近な画材であった紙やペンをきっかけに文房具にハマる。元大手文具メーカー社員。著書に『文房具の解剖図鑑』(エクスナレッジ)。