文具知新
「LAMYにジェットストリームのインク搭載」はなぜ注目されているのか?
2024年9月25日 08:20
9月2日、大きな衝撃が文具ファンの間を走り抜けました。それは、三菱鉛筆による『三菱鉛筆の販売網を通じた日本市場でのLAMY商品の扱いを開始』と題されたプレスリリースの末尾に記されていた以下の一文によるものです。
「2025年1月以降にLAMYにおいて人気のある『LAMY safari(ラミー サファリ)』に、当社が取り扱うなめらか油性ボールペン『JETSTREAM(ジェットストリーム)』のインクを搭載した商品を発売することを予定しております。」
私がそのニュースをXでシェアした投稿は、表示回数140万回以上、1.2万以上のいいね(執筆時点)がついたことからも、反響の大きさの一端が伺えます。なぜ、この話題はそれほどの関心を集めたのでしょうか。日本のいち文具ファンとして、その背景を少しひもといてみたいと思います。
ドイツ文具界の雄「LAMY」
と、その前に。文具ファンにとっては今更かもしれませんが、そもそもLAMYって? を改めておさらいしておきたいと思います。
Lamy社は、ドイツのハイデルベルグに本社をおく、1930年創業の老舗文具メーカーです。日本では高級筆記具の印象が強いLAMYブランドですが、ドイツ本国では子供向けの文具や画材なども取り扱う、国民的に愛されている会社です。
そのプロダクトはドイツの職人気質を感じる品質と機能性の高さで、日本でも人気があります。また特筆すべきは、バウハウスの流れを汲む洗練されたデザインです。バウハウスというのは、1919年から1933年までの間にドイツのワイマールで始まった芸術とデザインの運動で、個人の芸術性と大量生産・機能性の融合を目指すものでした。抽象的、幾何学的な造形で、時代や流行に左右されないミニマルな佇まいを特徴としています。
「LAMY safari」は、まさにそのエイジレスなデザインで同社のプロダクトの中でも特に人気のあるシリーズです。工業デザイナーのウルフギャング・ファビアン氏によるアイコニックなデザインは、文具ファンでなくとも一度見たら忘れられないほど印象的なもの。1980年の発売から40年以上経っているとは信じられないほど、今見てもまったく古さを感じさせません。
最初に万年筆が発売され、その後ほぼ同じデザインで水性ローラーボールが登場しました。また、ノック式のデザインで油性ボールペンとシャープペンシルも作られています。
「ヨーロッパテイストの書き心地」をどうとらえるか
そんなわけで文具ファンなら1本は持っているのでは? というほど日本でも親しまれているLAMY safariシリーズですが、書き心地については日本のユーザーの間ではちょっと意見がわかれています。
というのも、LAMY safariの水性ローラーボールは、万年筆を踏襲したものだからなのか、インクフローが非常に潤沢なのです。そのため、書き心地は大変なめらかで、アイデア出しなどで大きな紙にザカザカ書くような時には大変気持ちのいいペンです。
ただ、インクフローが多いだけに、筆記線はかなり太め。また、紙によってはにじみやすい時があります。これは、Lamy本社があるヨーロッパをはじめとするローマ字圏では問題にならないのだろうと思います。むしろ、筆記体でササーッと書くのには適した特徴です。しかし、漢字圏である日本のユーザーにとっては、ちょっと困りもの。6mm幅や7mm幅の罫線に書くようなサイズだと、画数の多い漢字などは潰れてしまうのです。
また、日本の文具ファンは世界的にみれば異常なほど「舌が肥えている」という状況もあります。ペン売り場にいけば他の国ではあり得ないほど多種多様な製品が並んでおり、値段も安いのです。100円、200円のボールペンでも、書き心地の良いものが選び放題になっています。
そのため、ユーザーは気兼ねなく様々なペンを試すことができ、少しでもこだわりがある人なら「私のお気に入りのペンはこれ!」という“イチ推し”があることも普通です。
それだけ個々人の好みがハッキリしている状況ですから、LAMY safariの書き心地が好きだという人もいれば、不満を抱く人もいるというのは、ある意味では仕方のないこと。それでいてペンとしてのデザインが素晴らしいだけに、「これで書き心地も自分の好みに近づけることができたら」という文具ファンのニーズには根強いものがありました。
執念の結晶?! リフィルアダプター
そんな文具ファンの執念の結晶とも言える製品があります。ボールペンというものは通常、メーカーやシリーズによって適合するリフィル(替芯)が異なります。そのため、インクを入れ替えるときは、そのペンのために作られた純正のリフィルを使うことが大前提です。
ですが、好きな書き心地のペンが、好きな見た目をしているとは限りません。にもかかわらず、何とか好きな見た目のペンで好きな書き心地のリフィルを使いたい……! という熱心な一部の文具ファンの間では、日本製のリフィルをLAMY safariに入れるという、自己責任による“改造”が行なわれてきました。
その象徴とも言えるのが、UNUS PRODUCT SERVICE.の製品「BALLPOINT PEN REFILL ADAPTOR」(1,000円)です。これは、書き心地に定評のある日本メーカーのリフィルに、適合先のペンのリフィルと近い形状の“ガワ”をかぶせることで使えるようにしようというサードパーティー製品です。種類はいくつかありますが、「BA-LM-63」がLAMY safari ローラーボールに適合しています。
使用方法は非常にシンプルです。このアダプターに対応するリフィルをセットしたら、LAMY safariのリフィルとほぼ同じ形状になりますので、もともと入っていたものと入れ替えるだけです。そうすることで、LAMY safariの見た目で、書き心地は日本メーカーという夢のペンが爆誕する、というわけ。
金額的にも普通のボールペンが10本近く買えそうな値段ですし、文具にそこまで興味がない人や、おそらく海外の大部分の人からすれば「お前はいったい何を言っているんだ?????」という超絶ニッチなアイテムですが、そうしたものが生み出されるくらい、一部の文具ファンにとっては切実な問題だった……ということはお分かりいただけますでしょうか。
2024年2月、三菱鉛筆がLamyを連結子会社化
そんな時に飛び込んできたのが、今年2月の「三菱鉛筆がLamyを連結子会社化」という大ニュースでした。またそれによって、両社の販売体制やデザイン、技術などの面においてシナジー効果を高めていくことが発表されました。
三菱鉛筆といえば、低粘度油性ボールペン「ジェットストリーム」を世に産み落としたメーカーです。2006年の発売当時、油性ボールペンといえば、ちょっともったりして書きにくいものだ、という認識が当たり前でした。そこに「油性なのになめらか」という全く新しい価値観をもたらした衝撃には大変なものがありましたし、その後の文具界への影響も計り知れません。発売から20年近く経った今でも、不動の人気を誇っているペンです。
そんな製品を擁する会社の傘下にLamyが入ったとなれば、日本の文具ファンが考えることはただひとつ。「ジェットストリームのインクが入ったLAMY safariが発売されないかな〜」と。これでしょう。
とはいえ、それぞれが強いブランドと、独自のカルチャーを持つ企業同士です。まったく別の会社だったのですから、開発技術や製造ラインだって完全に別物でしょう。製品レベルでの互換は熱望するものの、現実的には難しいだろうな〜という認識もあり、「LAMY safariにジェットストリーム」は期待を半分込めたジョークのようなものでした。
いや、ほんとに出るんか〜い!
などと言って、すっかり忘れていた頃に、冒頭の「2025年1月以降にLAMYにおいて人気のある『LAMY safari(ラミー サファリ)』に、当社が取り扱うなめらか油性ボールペン『JETSTREAM(ジェットストリーム)』のインクを搭載した商品を発売することを予定しております。」のニュースが突然発表されたわけです。
「いやマジか! 冗談のつもりだったのに、本当に出るんか〜い!」
これが、日本の文具ファンの率直な気持ちだと思います。ありがたすぎる話ではありますが、夢のようでまだちょっと信じられません。それはもう、皆ヒトコト言いたくもなるでしょう。となれば、これだけ話題になるのも必然というものです。
具体的にどのような形で搭載されるのか、現時点ではプレスリリースの文言以上のことはまだ分かりません。個人的には、従来のLAMY safariのリフィルと同じ形のジェットストリームのリフィルが発売される、という形だといいな……と思っています。そうなれば、すでに持っているLAMY safariの本体も活用できますので。
さらに欲を言えば、ジェットストリームだけでなく、ユニボール シグノのインクとか、ユニボール ワンのインクとかも使えるようになるといいな……と切に願っています。私、三菱鉛筆のゲルインクめちゃくちゃ好きなんですよ……。
とにもかくにも、来年の1月以降の新たな動きに期待して注目したいと思います。次の発表が本当に今から待ちきれません。