鈴木淳也のPay Attention

第277回

「Lawson Go」にみるレジレス店舗の課題と進化 小売業界に広がるAI技術

南海電気鉄道高野線と泉北高速鉄道の中百舌鳥駅。背後に大阪メトロ御堂筋線の南端終着駅である“なかもず駅”の出入り口を望み、乗り換え需要のあるターミナルとして機能している

今回の話題は“AI”を使った最新の店舗運営にかかわる試みだ。1つめは、弊誌でも2024年末に紹介した「Lawson Go」というレジなしのウォークスルー型店舗の最新情報について。2つめは、AI活用事例としては今後の発展が非常に期待できる「万引き防止対策」に関するもの。

順番にフォローしていきたい。

店舗展開はコストと立地が課題

まずは「Lawson Go」だ。このカテゴリの店舗は過去の連載記事で「無人決済店舗」や「無人レジ店舗」の名称でたびたび扱っており、Lawson Go自体も三菱食品本社オフィスに導入されたものを紹介している。

ただ、この三菱食品に導入された「Lawson Go MS GARDEN店」で導入された技術は米Zippinのものをベースに富士通が開発したシステムを用いていたが、今回の冒頭で紹介した「ローソンS Lawson Go +toks 二子玉川店」と「S Lawson Go OSLなかもず駅店」の2店舗は中国のCloudPickのものをベースにNTTデータが開発した「Catch&Go」の仕組みを用いている点で違いがある。

最初のLawson Goの実験店舗がスタートしたのが2020年のことで、続く三菱食品でのケースが2022年後半、そして今回2024年後半の2店舗と、コロナ禍だったとはいえ展開までにややスローペースな印象を受けると同時に、なぜ今回提携パートナーを切り替えたのかなど、気になる点もある。

技術そのものがどう進化しているのかも含め、そのあたりの背景はどうなのか。

二子玉川駅の改札を出てすぐ隣にある「ローソンS Lawson Go +toks 二子玉川店」。2025年3月中旬までの期間限定店舗となる

NTTデータによれば、ローソンとの協業は今に始まったものではなく、5年前にCloudPickとの提携があってからローソンとの意見交換そのものはずっと続けてきたという。

「Amazon Go」が発表されて興味を抱いたIT各社が技術開発を進めるなか、小売業界ではこの仕組みをいかに自身のビジネスに取り込むかの検討を進めていた。

ローソン自体の歴史を振り返れば、Amazon Goが正式オープンした2018年のCEATECでパナソニックとの協業によるウォークスルー型店舗や「レジロボ」と呼ばれるRFIDの仕組みを使った自動会計システムのデモンストレーションを行なっており、後に富士通+Zippinによる実証実験を兼ねた商用サービスを開始している。一方でNTTデータ側ではCloudPickの技術を発展させつつ、横浜のダイエー店舗にCatch&Goのシステムを展開したりと、ローソンとは別個の形で事業を推進していた。

最終的に2023年秋ごろに意見交換が発展する形で話が急ピッチで進み、今回の店舗展開に至った。

話が比較的早くまとまった理由としては、すでにローソンもNTTデータも実店舗運営をもってサービスや技術の特徴やオペレーション上の課題などを理解していたことが大きい。

NTTデータがダイエー店舗などで得た知見として、店舗そのものの“キッティング”を行なう際にカメラの埋め込み作業などを物件ごとに対応していると、時間もコストもかかってしまう。そのため、ある程度決められた形状で“フレーム”を用意してカメラや棚を収めてしまい、これをパッケージとして販売することで展開スピードとコスト削減の両立を実現している。

今回のLawson Goの2店舗のケースでは、パッケージとして3つの大きさを用意したうち、中サイズのものが選ばれている。また、技術そのものも進化しており、ダイエーのケースと比較しても天井のカメラの台数を削減できているという。ベースとして動いているCloudPickのAI技術も進化しており、こうしたコスト削減要求をサポートする。

天井のフレームに設置されたカメラもかなりすっきりした状態になっている。プロトタイプの段階ではサーバは天井側に配置されていたが、Lawson Goでは写真からみて一番奥の黒いボックス内に収納されている

コスト削減が今回の大きなポイントの1つだが、実際、ローソン側でも売上に対する運営ならびに設置コストの面でウォークスルー型店舗が課題を抱えており、これまで本格導入に至らなかった大きな理由の1つと考えているようだ。おそらくだが、ローソンがNTTデータの話に興味を持って話が一気に進んだのも、“いかにコストを削減していくか”の部分にあったのではないかと思われる。

今回のLawson Goの2店舗は、片方は期間限定運営(駅の一時的な空きスペースを有効活用)ながらも実店舗として営業している一方で、同時に実験店舗としてデータを取ることも念頭にある。

例えば、二子玉川駅のLawson Goは東急ストアが運営するフランチャイズのものだが、こちらは100メートル圏内に母店となるローソンが存在しており、商品の補充・廃棄の人員リソースについて、母店と一体化する形で融通が行なわれている。Lawson Go自体は無人運営となるが、店舗の起動から定期的なチェックまで1日に3回程度、母店から人がやってきて補充と廃棄等を行なう。なお、配送自体は1日4回で、ルートドライバーがバックヤードにある倉庫や冷蔵庫に商品を置いていく。

もう1つの大阪府堺市にある中百舌鳥店は、Osaka Metroなかもず駅の改札前に店舗が位置していることもあり、朝夕の通勤ラッシュのタイミングで大量の乗り換え客が通過し、商品の入れ替えサイクルもより頻繁に行なわれる。

重要なのは、店舗の立地ごとに売れ筋の商品や死に筋の商品が異なるだけでなく、利用時間帯や客層による嗜好の違いなど、継続的に分析すべき事象が複数ある。ローソン側では今後もLawson Goを継続展開していく意向だが、こうしたデータを取るために立地などの異なる属性の店舗を取りそろえる点で、短期の傾向にとらわれず、継続的にデータを収集していくことを重視している。

大阪メトロなかもず駅の改札前にある「S Lawson Go OSLなかもず駅店」

別の課題としては、現状の入退場システムがそのままでいいのかという点がある。

ダイエーとNTTデータの豊洲本社にある店舗ではCatch&Goの専用のネイティブアプリを用意しているが、今回のLawson Goの2店舗ではLINEアプリを利用している。LINEの「友だち」になるところから登録がスタートし、カード情報を登録することで店舗に入場できる。NTTデータでは最初のCloudPickとの提携から何年もかけてシステムの改良を続けてきたが、そのなかで今回為し得たポイントが2つあり、1つは先ほどのコスト削減、もう1つはこの入退場システムにおける登録ハードルをいかに下げるかという点だ。

確かにネイティブアプリをダウンロードさせるよりはハードルが低いが、やはり多少の手間がかかるため、“一見さん”のようなユーザーは敬遠してしまう。クレジットカードが必要という問題もあり、実際にこの取材を二子玉川駅の店舗で行なっている最中に女子高校生らしき集団が店舗に興味を持って近づいてきたが、このクレジットカードの話を聞いて諦めて帰ってしまった場面に遭遇した。逆に、中百舌鳥駅では乗り換えの通勤客が主体ということもあり、リピーター率が圧倒的に高いようだ。おそらくこのような店舗ではクレジットカードの存在も問題にならないだろう。

Amazon GoのAmazon Oneの事例のほか、香港空港にあるようなクレジットカードの提示のみで入店できる店舗のように、アプリ連動を必須としない入店システムを検討する必要もあるだろう。前述のローソン側の“実験”における課題でもある。

二子玉川駅のLawson Go開店を知らせるポスターと利用手順の説明。ただ、これではまだハードルが高いようで……
さらにシンプルにLINEでQRコードを読むだけ……という大きな説明書きも加えられている

もう1つはオペレーション上の課題だ。物流や人員確保については前述の通りだが、Catch&GoではSaaS形式で店舗の商品管理のアプリケーションが提供されるため、既存のシステムと直接連携するためには開発作業が必要になる。

Lawson Goに対してCatch&Goで提供されるアプリケーションはダイエーのものと基本的に一緒だが、コンビニでは業界でも先進的なリアルタイムの売上データが反映されるPOSを採用しており、これと連携するためには追加投資が必要なデメリットがある。売上データの反映も同様で、追加開発が必要になるか、本格展開の先があるかの分岐点となる。

もしCatch&Goのシステムで本格展開が行なわれるのであれば、量産効果でシステムの設備コストそのものを下げられる可能性もあるわけで、NTTデータにとってもコスト削減効果をアピールしやすくなる。

ローソンアプリとの連動を行なうかも含め、しばらくは検証が必要になるだろう。

エッジAIで「万引き防止ソリューション」を実現

店舗運営システムとしての“AI”が現在国内でどのように進んでいるか、無人決済店舗の一例で把握できたかと思う。次は、ある意味で店舗“AI”活用の次の一大トピックと呼べる「画像解析による万引き防止ソリューション」だ。

このシステムを提供しているのは北海道大学発のベンチャーとして知られ、東京と札幌を拠点に“エッジAI”の開発を行なっているAWL(アウル)だ。80名の従業員の外国人比率も高く、インドやベトナムなどから集まったメンバーが最新のAI開発研究に取り組んでいる。

AI技術開発でも特に映像解析に特化している点が特徴であり、人間の目だけでは追いきれないリアル空間のデータ化を目指している。現在の経営体制ができる以前より札幌を拠点とするドラッグストアチェーンのサツドラホールディングスと提携が続いており、今回の「画像解析による万引き防止ソリューション」を含む、さまざまなAIによる店舗ソリューションの実証実験を続けている。以前にはソニーセミコンダクタソリューションズとヘッドウォータースの2社との協業でローソン向けの店舗AIソリューションも展開しており、非常に興味深い企業といえる。

エッジAIを活用して店舗での来店客の行動分析を行なう(資料提供:AWL)

“エッジAI”という表現からも分かるように、店舗内に巨大なサーバを置いたり、データをクラウド側に流してデータセンター内の巨大なリソースでLLM(大規模言語モデル)のようなものを動かすのではなく、小型のデバイスを店舗内の監視カメラなどと連携させることで、店舗内の流動解析やセキュリティ対策などを実現する。

Snapdragonのようなモバイル向けSoCで小規模なAIモデルを動作させている非常にコンパクトで低消費電力なものだ。主な製品ラインナップとしては、監視カメラの接続された“ハブ”に接続して映像解析を行なうAWL BOX、サイネージと連動して効果分析を行なうAWL Lite、他社製品にモデルを組み込むインテグレーション型のAWL Engineの3つがあり、今回のケースではAWL BOXが利用されることになる。

そして万引き防止ソリューションの具体的な動作だが、まず来店時に入り口から顔の特徴点量を抽出して人物を特定、以後はその行動をセキュリティカメラを使って追跡する。その過程で、例えば会計を済ませないまま店を出てしまったといった行動が分かる。この行動分析はあくまで分析の一側面でしかないため、例えば一度取った商品を棚に戻したケースなども判定に含まれてしまう可能性がある。

ただ、仮に1日の来店者が1,000人いたとして、こうした判定で引っかかるのが10人いたとすれば、実際に“万引き行為”を行なっているようなケースは数名ほど存在していたりする。これが実際に万引きに値する行為かを監視カメラ等を介して確認することで、当該の人物をマーク対象と判断すれば、以後はマークされた相手が再来店時にアラートが上がり、不審者の行動追跡が可能となり、万引きの現行犯として対応することが可能だ。技術的背景について説明するAWL CTOの土田安紘氏によれば「この手の犯罪は再犯率が高い」とのことで、最初の犯罪は見逃したとしても、2回目以降は再犯を許さない……というのがソリューションの全体像だ。サツドラ店舗でのPoC(概念実証)が行なわれているが、その結果は「効果があった」とのこと。

!WL BOX。AWLのAIモデルが動作するQualcommのDSP(Hexagon)であれば、どのSnapdragonでも動作するという(写真提供:AWL))
AWL BOXにおける行動追跡の概要(資料提供:AWL)
AWL CTOの土田安紘氏

前述のように、AWL BOX自体は既存の店舗内に設置されたセキュリティカメラの監視システム(VMS)に“アドオン”で追加する形で動作する。画像解析を行なう段階で余計な情報を削ぎ落とす形で蓄積し、それをクラウドのWebインターフェイスでVMSと連動する形で確認できる。PoCの範囲では20台の監視カメラに対してAWL BOXが1台で問題なく対応しているが、もし大規模店舗などで100台以上の監視カメラが存在するケースなどでは、複数台のAWL BOXを組み合わせる必要があるかもしれないと土田氏は述べている。

そしてこのシステムのポイントとして、行動追跡と顔認証を組み合わせた点に特徴がある。入店時から人物のマークが始まり、複数の監視カメラをまたぐ形で人物の移動を追跡し、その行動の特徴を抽出する。人物の特定にはベストショットモデルという手法が使われ、人物にマーカーを付けるタイミングと、実際にアラートを出すにあたって必要な顔認証で活用されることになる。

実際にその人物が怪しい、あるいは問題ある行動を取ったのかは最終的に人間の目視による部分が大きいため、“エッジAI”に求められるのは人間(その場にいる従業員)だけではカバーしきれない“目”を追加することにある。

現状はあくまで、店舗内にある監視カメラ映像に付加情報を付ける仕組みでしかないため、例えばチェーン店で不審者情報を共有するのかといった段階には至っていない。AWLでは弁護士や専門家なども交え、こうした情報のクラウド共有や活用法について問題がないかを検討しつつ、次にどのようなソリューションが提供できるのかを研究開発している段階だ。

複数の監視カメラをまたいで人物追跡を行なう(資料提供:AWL)
監視カメラ映像の拡大図(資料提供:AWL)
人物の特定に利用される顔認証技術のベストショットモデル(資料提供:AWL)

現状で小売業界におけるAI活用の多くは画像解析によるヒートマップ分析や商品棚の監視、セキュリティ対策を兼ねた来店客の行動分析が主なものだが、無人決済店舗や万引き防止ソリューションはそれら技術を活用した店舗の効率運営の仕組みだといえる。まだまだ発展途上の分野のため、本格展開には至っていない面があるが、今後10年を見据えればより活用事例が増えてくるはずだ。

国内SIerでシステムエンジニアとして勤務後、1997年よりアスキー(現KADOKAWA)で雑誌編集、2000年にプロフェッショナル向けIT情報サイト「@IT」の立ち上げに参画。渡米を機に2002年からフリーランスとしてサンフランシスコからシリコンバレーのIT情報発信を行なう。2011年以降は、取材分野を「NFCとモバイル決済」とし、リテール向けソリューションや公共インフラ、Fintechなどをテーマに取材活動を続けている。Twitter(@j17sf)