鈴木淳也のPay Attention
第184回
PayPayはなぜ“他社クレカ廃止”を延期するのか
2023年6月23日 10:00
PayPayが5月1日に“PayPayカード”以外の「他社クレジットカードの支払いを停止」をひっそりと発表して話題となったが、その後、6月22日になって同方針を撤回して適用期間を2025年1月までと1年半ほど延期を発表して再び話題となっている。
同件については、6月20日に開催されたソフトバンクの第37回定時株主総会において同社代表取締役社長執行役員兼CEOの宮川潤一氏が見直しについて言及したことが報じられていたが、正式発表に至った流れがある。もともと、他社クレジットカード排除の背景には、別誌の記事で触れたように「他社クレジットカードを紐付けて決済を行なうユーザーの割合はごく少数」という理由がある。
一部の話によれば、1%にも満たない水準とのことで、PayPayが公表している4月時点での5,700万の登録ユーザー数を考えても多くて数万から十数万ほどと考えられ、思い切った判断に至ったと推察している。
同社によれば、「いままで使えていた仕組みが使えなくなるのに不満の声をいただくのは当然のこと。PayPayを使うのであればPayPayカードを紐付けていただいた方が便利でお得と考えて判断をしたわけですが、今回の発表は『1年半をかけてみんなが喜んで使っていただけるサービスを目指そう』という意思表示となります」(PayPay広報)だという。
このあたりについて、もう少し話を整理していきたい。
普及に向けたクレカ連動から、収益性改善まで
今回問題となっていたのはPayPayの支払い方法における下図の赤枠内のルートだ。
PayPayはもともと接続先金融機関が拡充され、PayPay残高による支払いの利便性が向上するまでの間、PayPayカード(当時はYahoo! JAPANカード)やそのほかのクレジットカードを紐付けて支払うのが一般的で、物議を醸した最初期の「100億円あげちゃうキャンペーン」での騒動当時はこちらの方が主流だった。実際、この前後で不正入手したクレジットカード番号を登録しての詐欺行為が横行したことが発覚し、3Dセキュア対応が進んだ。
これが2018年末から2019年春にかけての出来事だが、コロナ禍を経て2023年現在では支払い方法の中心はほぼ残高払いとPayPayカード経由へと収束しつつある。
残高のチャージ方法はいくつかあり、「銀行口座」「ヤフオク!・PayPayフリマの売上金」「コンビニATMでの現金チャージ」「PayPayあと払い」「PayPayカード」、そしてキャリア決済である「ソフトバンク・ワイモバイルまとめて支払い」の利用だ。
5月の他社クレジットカード廃止発表時点では「“まとめて支払い”時に2.5%の手数料チャージが発生する」ことも合わせて表明されており、この点なども含めて“改悪”とされていたが、「月1回は無料になるので“まとめて”チャージをしていただければ……」(PayPay広報)とのことで、「サービスとして無料でのチャージ枠は残したけれども、実際には取引のたびに手数料が発生しているので、なるべく(PayPay側に)手数料がかからないように上手くチャージしてね」というのが本音だろう。
実際のところ、一連の改悪とされている施策はPayPayにとって「コスト負担」になっているものを削減し、収益性を改善することにある。以前の手数料の話題も含め、削減できるコストは削減し、付加サービスやグループ他社との連携でさらに収益力を高めていくのが狙いだ。
ソフトバンクではグループ目標として金融事業の2025年度までの黒字化を目指しているが、その鍵を握るのは間違いなくPayPayだ。次の項ではこのあたりの収益改善策についてまとめたい。
グループ全体で利益を最大化する
処理がPayPayのシステム内部で完結する残高払いと比較して、他社の決済ネットワークを通過するクレジットカードの処理はどうしても手数料の面で不利となる。
正確にいうと、残高払いによるQRコードやバーコードの決済において、他社のシステム(ゲートウェイ)を通過するCPM方式や、MPMであってもPayPayが直接収容しないルートの場合は途中経路で手数料が発生している。クレジットカード紐付けの場合は、さらに追加で手数料負担があるわけで、より収益性の面で不利だ。PayPayカードの場合はこの手数料面で他社のものを利用した場合より有利となるが(いわゆる「オンアス取引」)、この差分を活かしたものがポイント還元による差別化部分となる。
この手数料差異によるポイント還元はユーザーにPayPayカード利用を促すためのさらなる原資となるが、同時にPayPayカードの取扱高を増やすための施策でもある。
自社、あるいは自社グループの発行するクレジットカードを優遇して取扱高を増やし、売上に還元させる施策はPayPayのみならず日本の多くのカード会社が実施しているが、その方法の1つがポイント還元であり、もう1つユーザーからの視点では分かりにくいのが「手数料の引き上げ」となる。
不動産を持っている企業の系列カード会社の場合、例えば自身が持っているビルのテナントに加盟店を入れさせる際、自社カードの取り扱いに関してのみ手数料を他のカードより高く設定するといった手法だ。
テナントへの入居条件としてカードの取り扱いと前述の手数料率設定を事実上強制されるため、自社ビル内で自社のカードが使われればそれだけ売上が増えやすいというわけだ。このように、入り口をうまく制御しつつ、グループ内の企業に利益を還元させていくのは基本中の基本といえる。
PayPayの場合、最大のKPIとして「決済回数」を挙げており、アプリの利用機会を増やすことでPayPay自身の取扱高を伸ばしつつ、グループ各社への利益誘導や加盟店サービスの拡充を図っていくというのが基本戦略となっている。
現在PayPayカードはPayPayの100%子会社となっているが、PayPayの取引全体の何割かがそのままPayPayカードのものとなればその効果は大きい。また、基本機能だけとはいえPayPay銀行の残高確認やPayPayほけんの商品購入、PayPay証券との連動など、PayPayのアプリを窓口にサービス誘導を図れば、それだけ効果は高まることになる。
PayPayに関して「スーパーアプリ」というキーワードがよく引用されるが、筆者の視点でいえばPayPayは諸外国でいうあらゆる周辺機能やサービスを包含していく「スーパーアプリ」ではなく、どちらかといえば「グループ内でのサービス誘導や連携を目指した“フロントエンド”」と呼ぶ方がふさわしい。
黒字化に向けた本当の狙い
ここからが本題だが、今回の発表を経ても黒字化は達成できるのだろうか。
コストを削減して手数料収入から得られる利益を増やすというのがPayPayの「3階建て収益モデル」における基本だが、今回の判断でいったん「他社クレジットカード廃止」を撤回したとしても、影響は最小限だと判断したからだと筆者は考えている。
冒頭で「全体数でいえば微々たるもの」と述べたが、そうしたユーザーを排除して悪評を甘受するよりも、ユーザーと真摯に向き合っている姿勢を示すことでサービス自体の評価を高める方を選択したという、両者を天秤に掛けての判断だったというのが筆者の結論だ。
「できればPayPayカードを含む他の決済手段に誘導していきたいな……」という気持ちを持ちつつ、1年半をかけてじっくり次の施策を練っていこうというフェイズなのだろう。
ちなみに、なぜ「2025年1月」が当面の期限に設定されているのかといえば、「2025年度での金融事業の黒字化」というグループ目標に起因すると考えている。これをリミットに、いかに収益性を最大化できるかというのがPayPayならびにグループ金融各社の現在の目標だからだ。
なぜ黒字化を強調するのかといえば、1つには「PayPayの株式上場(IPO)」が控えているからだと予想する。
現状、すでに手数料モデルのみで還元を最小限にすれば黒字化の手前まで到達しているというのは前出の宮川氏の説明だが、単純に株式上場を目指すのではなく、「“最良の形”での株式上場を実現する」のが目標だと考えられるからだ。PayPayはソフトバンクグループにとって期待の星であり、「将来有望な事業」ではなく「黒字化も達成して収益性も非常に高い事業」である方がより高い時価総額を目指しやすい。
市場の地合いの兼ね合いもあるが、楽天銀行の株式上場が諸般の事情で少々残念なことになってしまったのを考えれば、かなり慎重になっているというのが実際だ。
実際にPayPayがいつIPOするのかは不明だが、ベストなタイミングで船出できるよう、2025年度中とはいわず、早めの収益化でその準備を整えつつあるのではないか。