鈴木淳也のPay Attention

第154回

「無人決済店舗」最新事情

NRF Retail's Big Show 2019における東芝ブースでのデモ。いわゆるAmazon Go的な無人決済店舗の技術デモが注目を集めていた

何事にも流行廃りのようなものがある。少なくとも、2019年1月に筆者が米ニューヨークで取材した「NRF Retail's Big Show 2019」においては、「無人決済店舗」がそのブームに花を咲かせていた。展示会場のあちこちでは同種の技術デモが披露され、会場となったJavits Center入り口付近には「AiFi(アイファイ)」の店舗体験ができる専用コーナーが設けられていた。

また近年のNRFではリテールに変革をもたらす新しい技術の発掘のため、関連スタートアップ企業を集めた展示フロアが設けられており、この年は特に「無人決済店舗」を実現する技術が多く見られたことが印象に残っている。

NRF 2019のIntelブースに設けられた中国CloudPickのデモルーム。CloudPickは例えば上海の虹橋空港での店舗のほか、日本の提携先であるNTTデータが豊洲の事業所内に実験店舗が設置されている

これは2018年1月に米ワシントン州シアトルでAmazon Goの1号店が一般開放されたことを受けてのものだが、わずか1年で瞬く間に技術解析や開発が進み、プロトタイピングを経て、実際に米中などでは同技術を使った実店舗が出現するまでに至っている。だが3年半以上の月日を経て、その熱狂はどうなったのか。ブームの火付け役となったAmazon Goは当初うたわれていたほどには広がらず、米中で開発された技術や店舗もなかなか次の展開が見えない。日本国内でも2019年にこれらテクノロジー企業と国内ベンダーの提携が次々と発表され、間もなく展開が開始されるかと思われたが、コロナ禍を含むさまざまな理由から現在まで足踏みが続いている。

現在国内のコンビニ業態で最も進んでいるといえるのがファミリーマートだが、同社はTOUCH TO GO(TTG)と組んで関東圏に6店舗の展開を達成しており、今後さらに加速が見込まれている。

NRF 2019の会場であるJavits Center入り口付近に用意されたAiFiのデモコーナー
AiFiのnanoStoreの外観。コンテナのようなものを想像すると分かりやすい
NRF 2019のスタートアップコーナーでのZippinの展示。富士通と国内独占契約を結んでおり、今回のLawson Goの中核技術にもなっている

今回、AiFiとの提携で社員向けに無人決済店舗の実証実験を開始したカインズをはじめ、富士通との提携で同社新川崎の事業所内で実証実験を行なっていたローソンの「Lawson Go」実店舗展開まで、国内における最新状況をまとめたい。

既存店舗のサービス拡充を狙うカインズ

前述のTTGが顧客体験を向上させつつ、これまで採算性の面から出店が難しかったエリアにまで商圏を広げるにあたり、それを補助するためのソリューションという位置付けだったのに対し、カインズが現在本社に設置している「CAINZ Mobile Store」は基本的に既存のカインズ店舗の延長線上という意味合いが大きい。

TTGがソリューションの外販を目指すのに対し、カインズの方は現状で同社小売店の1つという位置付けだ。将来的に駅前やビルの中など、従来のホームセンターがあまり出店しなかったようなエリアへの進出も視野に入れつつ、既存店舗のサービスの一形態のような方向性を考えている。例えば、特に説明の必要もないような定番商品はMobile Storeで販売してすぐにチェックアウトできるようにし、そちらに割かれていたような接客リソースを他の商品の販売や説明に割り当てるといった具合に、店舗内での配置の最適化と顧客満足度の両立を可能にするというもの。

埼玉県本庄市にあるカインズ本社
カインズ本社入り口にある「CAINZ Mobile Store」

現在のMobile Storeは利用が社員限定で、置かれているのもカインズのプライベートブランド商品といった具合で、他の無人決済店舗が志向するコンビニ業態とは異なる。ただ、ホームセンターといっても最近のカインズ店舗を訪問した方ならご存じだと思うが、ドリンクをはじめ、ちょっとしたスナックや小物など、同店舗の売り場のけっこうな面積を占めているのが比較的若者や女性層を意識したラインナップだ。

この近年の方針転換によりカインズの客層は一気に拡大したというが、割とライトな買い物需要の受け皿としてMobile Storeが機能するのではないかという考えだ。一方で、カインズにはホームセンターとしての専門性の高い商品もまだまだあり、同じ店員数でも接客の比率をこちらに割り当てることで、より顧客満足度を上げたいという狙いがある。

実際にこのような展開が可能かは今後検証していくことになる。コロナ禍で開始は遅れたものの、技術の選定は2020年ごろからスタートしており、検討の末にパートナーにはAiFiを選んだ。理由としてはコスト面と柔軟性で、写真にあるような店舗サイズで30台の標準的なカメラだけで処理が可能なこと、そして構成や設定の自由度にある。

TTGや後述のZippinの場合、人物の行動追跡はカメラ、商品の取り出し判定は棚の重量センサーという組み合わせで行なっており、これはAmazon Goでも同様。AiFiの場合は特に棚の什器の指定はなく、カメラのみで取得商品の特定を行なう。什器の指定がない最大のメリットは「大きさや形状を選ばない」という点で、それこそ天井に届くような長くて大きい商品を取り扱うこともできる。

これはコスト面にも作用して、「今回の店舗で一番コストがかかったのは入り口から見える『CAINZ Mobile Store』の電飾看板」(カインズ広報)というほど。商品登録も画像を数点撮影するだけという手軽さで、日々の自動的な機械学習のなかで精度が向上していく点でメリットがある。

入店は専用アプリに表示させたQRコードを利用
商品のラインナップはカインズのプライベートブランドが中心
天井のカメラ。おおよそ各棚に対して1つの配置となっており、今回の場合は全体で30台が取り付けられている

AiFiが提供するのは、この行動追跡とバーチャルショッピングカート、そして決済にまつわるシステムとなる。AiFiのクラウドでデータは処理され、もし必要であればカインズ側でエンジニアが指示を出して細かい修正を行なう。基本的にシステムまわりの運営はすべて先方任せなので、運用の柔軟性と合わせ、カインズ側の負担の少なさが選定理由の1つなのだろう。

ただ、今回のデモでも披露された入店用のモバイルアプリはすべてAiFi側が用意するとのことで、例えば今後Mobile Storeを既存店舗に展開しようとしたときなど、カインズの会員アプリにMobile Store利用のための入店・決済機能をアドオンさせることが難しい。同社広報によれば「おそらく商用サービスを開始した場合は独立したアプリになる」とのことで、AiFiを選択するうえでのネックはこの部分にあると考える。

Lawson Go成功の勝ち筋

次がローソンの「Lawson Go」だ。10月11日に三菱食品本社オフィス内に導入されたのが「Lawson Go MS GARDEN店」した。

原型となった実証実験を目的とした1号店は2020年2月登場と、現在まで2年半以上の期間が空いている。ローソンは2018年にCEATECで無人決済店舗のデモンストレーションを行なってから複数のベンダーと技術開発を続けてきたが、Lawson GoではZippinの技術を採用した富士通が選ばれた。1号店の時点ではまだ技術提携に留まっていたが、今回の発表までに包括的な独占契約にまで至っており、これが結果として「日本側の要望をZippinの開発により多くフィードバックさせる」という効果を生み出している。

特にコンビニ業態は米国よりも日本の方が発達しているため、それだけ反映させるべき要望は大きかったと思われる。特に発表のプレゼンテーションで示されていた軽量商品への対応や柔軟な売場配置の変更などはそれに該当すると考えられ、より日本市場に適した形での技術のローカライズが行なわれることになりそうだ。

稼働を開始したばかりの「Lawson Go MS GARDEN店」
2020年2月に実証実験がスタートしたLawson Go 1号店との違い

今回、三菱食品オフィス内に導入された「Lawson Go MS GARDEN店」では、1号店との大きな違いとして「セルフレジ専用ゲート」が搭載された点が挙げられる。つまり事前のアプリ登録なしで買い物が可能で、「一見さんも含め、できるだけ多く客を取りたい」という考えからくるもの。

ローソン執行役員でインキュベーションカンパニープレジデント兼オープンイノベーションセンター長の酒井勝昭氏は「今回のこだわりの1つとして、LAWSONロゴの下に大きく“窓”を用意したこと。これにより、店舗の近くに来た人が実際に興味をもって中まで見てもらえる」と述べており、段階を踏んで顧客情報を取得可能なアプリ登録へと誘導していくことを狙っている。

酒井氏によれば、1日あたりの利用者数は80-100人程度を想定し、商品補充は1日2回程度を見込む。また今回の「Lawson Go MS GARDEN店」の場合、ローソンの通常店舗が1階にあり、商品補充・管理はこの搬入ルートと人員を使って行なわれる。

つまりLawson Goは通常店舗の“サテライト”的な扱いとなるが、これはファミリーマートとTTGが展開する店舗モデルと同じだ。ただ、この出店モデルではオフィス内店舗の場合、ローソンが入っているビルでの展開に限られてしまうため、外部の協力企業と組んでの新しい流通網の構築が必要になるのではないかとも同氏はコメントする。酒井氏は、今回のMS GARDEN店について、Lawson Goの出展計画の第2ステージだと説明したが、おそらく第3ステージの広域拡大にはサテライト以外の展開モデルが求められるものと思われる。

広域展開を目指す第3ステージでは外部の協力で流通網を整備する必要があると考えられる

また気になる点として、どこまで「アプリ入場」と「キャッシュレス」をプッシュしていくのかが挙げられる。

ビジネスモデル上「アプリ入場」による顧客データ取得は必要と酒井氏は述べているが、どうしても入店ハードルが上がってしまう。そこで今回のようにセルフレジ専用ゲートを設けたわけだが、当面はこちらの方の利用が中心と認めている。

また現金の取り扱いは管理が煩雑になるほか、自動精算機の導入で店舗展開のコストを跳ね上げる要因になる。もともと売上がそこまで期待できない小規模店舗では割と致命的な話だ。

だが独自の店舗を高輪ゲートウェイ駅で展開しているTTG代表の阿久津氏によれば、「当初は改札の中ということもありキャッシュレスで運営していたが、後に現金対応にしたところ、現金決済比率が8割になった」ということで、「都心のオフィス内」という事情を鑑みてもLawson Goのキャッシュレスは“取りこぼし”が発生する可能性がある。

このあたりの事情は今後変化してくると思われるが、どこまで自社の施策を推し進めつつ、現実とのバランスを取るかのせめぎ合いになるだろう。

Lawson Goにおけるキャッシュレス専用セルフレジ。現金客をどうみるのかのバランスが重要に

国内SIerでシステムエンジニアとして勤務後、1997年よりアスキー(現KADOKAWA)で雑誌編集、2000年にプロフェッショナル向けIT情報サイト「@IT」の立ち上げに参画。渡米を機に2002年からフリーランスとしてサンフランシスコからシリコンバレーのIT情報発信を行なう。2011年以降は、取材分野を「NFCとモバイル決済」とし、リテール向けソリューションや公共インフラ、Fintechなどをテーマに取材活動を続けている。Twitter(@j17sf)