鈴木淳也のPay Attention

第149回

ポイント“以外”で勝負するクレジットカード達 他にはない体験に価値

清水寺の仁王門側から夕暮れの京都市街を見下ろす

日本は比較的クレジットカードが利用しやすい国だ。諸外国に比べて与信判断で比較的大きめの“ショッピング枠”が与えられ、翌月一括払いのマンスリークリア方式で支払う限りは金利手数料も発生しない。

日本でデビットカードの普及が進まない理由の1つではあるが、諸外国でいうデビットカードと同等の使い勝手がクレジットカードで実現されているわけだ。加えて、多くのクレジットカードではポイント還元や付帯特典があり、使うほどに恩恵を享受できる。

つまり、“買い物をする側”にとっては実質的にメリットしかなく、使い方さえ誤らなければこれほどお得なモノはないといえる。

この日本のクレジットカードのビジネスモデルについてはいずれ連載の中で触れたいが、このエコシステムを支えているのがカード加盟店からの手数料収入だ。そして、上位カードでの年会費収入がサービス維持費やポイント還元の原資となる。一般に、諸外国に比べてカード返済にまつわる金利手数料収入は日本では少ないとされており、この3つをバランスよく収入源としている海外と比べると、日本ではどうしても加盟店からの決済手数料収入に依存する傾向がある。おそらくは、これが日本のカード決済手数料が下がりにくい理由の1つだと考える。

その申し子というわけではないが、日本ではポイント還元を主体にした「ポイント経済圏」のビジネスが活発であり、高還元をうたうカードに人気が集中する傾向にある。

年会費無料など広く浅くカード会員を募る戦略でユーザーを広げ、決済手数料で売上を立てる。もちろん正しい戦略ではあるが、本来いろいろな体験への窓口となる「決済」という行為が、「ポイント還元」という部分だけに着目されてしまうのは少々面白みに欠けるのではないかという意見もある。

今回はそうした視点からはちょっと離れた変わり種カードを3つ紹介したい。

キャッシュレスで“推し”を応援するカード

1つめが“次世代の提携クレジットカード”をうたう「Nudge(ナッジ)」だ。

スマートフォンアプリから申し込んで利用状況の管理が行なえるという点は“いまどき”のカードという作りで、コンビニATMから翌日返済ができたり、Visaのタッチ決済ができたりと、シンプルで使いやすいものとなっている。

その最大の特徴は「提携カード」という部分で、特定のスポーツ選手やチーム、アーティスト、コンテンツなど、提携先絵柄がプリントされたカードが発行される。ナッジではこの提携先を「クラブ」と呼んでいるが、提携カードでは決済した金額に応じて一定額が“クラブ”を通じてその相手やチームに還元されるほか、1カードあたりの決済金額が一定額に達した段階で先着順でファングッズや各種特典を受けられるなど、一種のファンクラブとして機能する。

「Nudge(ナッジ)」の特徴は決済するごとに還元がクラブオーナーに行なわれ、結果として特典や応援という形で利用者に還元が行われる仕組みを採用している

このように決済を通じて「“推し”を応援する」のがナッジの特色だが、先日、広島県東広島市入野財産区と賀茂地方森林組合との提携で「広島Nudgeの森」クラブを発表した。これはクラブ全体での決済金額が10万円という一定に達するごとに苗木1本と交換され、広島のアカマツ林の再生に寄与することになるという。

「広島Nudgeの森」はこの仕組みを利用して広島のアカマツ林の再生を行なう

ナッジ代表取締役の沖田貴史氏によれば「このようなグリーンフィンテックは海外で事例を見かけるが、日本国内ではおそらく初」としており、補助金だけでは不十分な寄生虫に起因するマツ枯れ対策に貢献できる点が特徴となる。

クラブには地元企業が協賛しているほか、現在は東京を本社とするカルビーも創業の地 広島のプロジェクトということで特典提供の面で協力している。カード自体は広島の地元民のほか、「郷里が広島」という人を対象にアピールしていくものとなっている。

アプリを使ったインターフェイスを紹介するナッジ代表取締役の沖田貴史氏

ほかでは得られない体験に重きを置く「LUXURY CARD」

比較的若年層をターゲットにして間口を広げているナッジと比べ、企業の経営層や医療関係者など、明確に富裕層をターゲットにしているのが「LUXURY CARD(ラグジュアリーカード)」だ。

「Luxury(豪華な)」という単語にもあるように高級感を打ち出しており、メタル素材のカードにダイヤモンドを埋め込んだり、24金で表面コーティングをしたりと、カード自体の高級感もさることながら、年会費は最低でも55,000円からと、入門ハードルが高めに設定されている。後述の「特典」という面に着目すれば、実質的にBlack Card以上を要求されるため、年会費11万円からのスタートが基本となる。

富裕層を明確にターゲットにした「LUXURY CARD」のラインナップ

American Expressの「Centurion(センチュリオン)」をはじめ、この手の富裕層をターゲットにしたカードは一般に「持っていること自体がステータス」というアピールポイントを持つが、ラグジュアリーカードではミレニアル世代(30代から40代前半)を対象とした「よりアクティブな富裕層」をターゲットにしている。スタートアップの経営者や役員であったり、仕事柄比較的収入が多く、かつパーティやイベントに積極的に参加して周囲とコミュニケーションを取ろうとするような層だ。

この層はデジタルネイティブ世代ということもあり、各種告知はすべて専用の会員アプリ経由で行なわれ、現在利用可能な優待や特典が表示される。

特典の内容も美術館や映画の無料鑑賞券、高級車のレンタカー、ガイド付きハイヤーによるツアー、夜の美術館を貸し切るナイトミュージアム、高級ラウンジやレストランでの送迎付き会食など、ライフスタイルまわりのアクティビティが充実している。

自分で楽しむもよし、友人や取引先の相手を誘うもよし、VIP体験をもてなしで活用する事例も多いとのことで、特にこのあたりが手厚くなるBlack Card以上が人気があるようだ。

カードとしての基本機能も充実しており、Gold Cardで1.5%のキャッシュバックが提供されるほか、空港でのプライオリティパスやホテル会員のステータスマッチ、ホテル滞在優待など、各社のクレカの上位カードに実装されている旅行特典がある。

もともとゴールドカードなどクレカの上位カードはビジネスユーザーを想定した機能が充実しているが、これらを押さえたうえで、前述の体験重視型の商品設計を行なっているのがラグジュアリーカードの大きな特徴といえる。またエントリーにあたるTitanium Cardであっても事前入金で最大1億円までの決済が可能で、数百万円単位の高額決済が複数発生しても対応できる。

年会費無料“廃止”で収益性を向上「大丸松坂屋カード」

最後の3つめは、大丸松坂屋やパルコを運営するJ.フロントリテイリングのカード会社である「JFRカード」だ。

「大丸松坂屋カード」を発行しており、2021年1月にはVisaのタッチ決済を搭載する形で新デザインのカードを発表、同社が2021年から開始していた統合ポイントの「QIRA(キラ)ポイント」に対応している。QIRAポイントは従来の大丸松坂屋ポイントへの交換のほか、提携ポイントや商品、サービスへの交換が可能になっている。縦型のデザインが目を惹くリニューアルカードだが、開始から1年半が過ぎた現在までの遍歴で興味深い話題が多い。

2021年1月にQIRAポイントのロゴを付けて券面がリニューアルされた「大丸松坂屋カード」

JFRカード代表取締役社長の二之部守氏によれば、リニューアル以降は新規カード顧客の獲得に苦戦しており、その要因として「復活しつつもコロナ禍で依然として系列店舗への来店が少ない」「初年度年会費無料を止めた」ことを挙げている。前者は環境的要因としても、後者は年会費が11,000円(税込)ということで、これがネックとなっているという。

一方で、初年度年会費無料をやっている間は1年経った時点で解約してしまったり、まったく使わない、あるいは使っても1回や2回という顧客が多くを占めており、年会費無料を止めた結果として収益性は改善した。さらに低稼働の顧客が減少して1人あたりの取扱高が20%後半台で伸びたという。

広く浅くというのはプロモーションのコストも鑑みると収益面でマイナスになるが、一方で事業目標として想定した顧客獲得数には届いていない点が悩みであり、中長期的には顧客数が収益性に響いてくるため、今後どのように新規顧客を獲得していくかが課題だとしている。

「20-30年前にセゾンさんやエポスさんといったカード会社が年会費無料で市場を“ガッ”と取っていったのが始まりで、当時はリテールが伸びていたこともあり、戦略として正しかったと思います。ただし、いまは小売が厳しい時期。規模ではなくバリューで戦う必要が出てきました。eコマースの分野などそうした戦略が有効な分野も依然ありますが、われわれは小さなプレイヤーであり、(大丸松坂屋の商圏という条件で)戦わないといけない局地戦を求められています。中長期でバリューを見据えた投資と考えると、年会費無料を止めるというのが正しい戦略かなと思います」(二之部氏)

JFRカード代表取締役社長の二之部守氏

QIRAポイントは共通ポイントの一種といえるが、やはりdポイント、楽天ポイント、Tポイントといった拡大戦略を採る共通ポイントに比べると経済圏は限られる。ただ、大丸松坂屋は主要駅の一等地に店舗を構える業態であり、通勤や普段の買い物などで人の通過が必ずあるため、この流れを活かして駅周辺の地域活性化を行なっていくというのがJFRカードの狙いとなる。

商業施設内のテナントのみならず、駅周辺の飲食店や小売店にも声をかけ、大丸松坂屋カードの加盟店開拓を行なっていると同氏は説明する。ポイントの倍増キャンペーンによる送客などでの効果をアピールし、もともと優良顧客の多い大丸松坂屋というブランドを前面に推すわけだ。

「全国をカバーするのではなく、大丸松坂屋の商圏を中心に1カ所あたり選んだ名店を30件ほど。これが100件以上とか増えてくると手が回らなくなり、加盟店への手厚いケアができなくなる」と二之部氏はいう。名古屋の栄地区を皮切りに、2023年の大阪心斎橋、さらにはコロナ禍で苦戦する京都など、大丸松坂屋の商圏を補完する役割を担う。

京都の四条通にある大丸京都店

大丸松坂屋カードでもう1つ興味深いのは、ポイントプログラムの商品性だ。単純に考えればそのままキャッシュバックしたり指定商業施設内で利用できるクーポン券への交換が「お得」を示すには手っ取り早いが、JFRカードではポイントの交換先として「大丸松坂屋グループならではの特別体験」に着目して、現在商品開発を進めているという。

例えば、Visaの契約プレイヤーであるサッカーの堂安律選手を招いたキッズイベントを開催したり、10月に開催する男子ゴルフトーナメントに協賛し、抽選でプロアマ大会の参加権に応募できるなど、お金では直接買えない特典だ。

百貨店での特別催事もそうだが、その取引先である京都の生地染色屋の体験であったり、酒造の見学会であったり、演劇の終演後に出演者との会談時間を人数限定で設定したりなど、ブランドやこれまでの取引実績を活かしたものがいろいろ考えられる。

もともと外商が個別にやっていたような「おもてなし」を、ポイントプログラムを介して可視化したものだと二之部氏は説明するが、まだまだQIRAポイント自身の知名度が低いこともあり、時間をかけて魅力的な商品開発を進めたいと述べている。このあたりの取り組みは前述のナッジやラグジュアリーカードに近いものがあり、ポイント還元のみではないカード商品自体の魅力を追求した点で興味深い。

国内SIerでシステムエンジニアとして勤務後、1997年よりアスキー(現KADOKAWA)で雑誌編集、2000年にプロフェッショナル向けIT情報サイト「@IT」の立ち上げに参画。渡米を機に2002年からフリーランスとしてサンフランシスコからシリコンバレーのIT情報発信を行なう。2011年以降は、取材分野を「NFCとモバイル決済」とし、リテール向けソリューションや公共インフラ、Fintechなどをテーマに取材活動を続けている。Twitter(@j17sf)