鈴木淳也のPay Attention

第240回

“スキマバイト”の社会的ニーズ

メルカリが2024年12月5日から8日までの4日間限定で東京のサナギ新宿にオープンした「お金で払えない中華飯店」。同社のスキマバイトサービス「メルカリ ハロ」のプロモーションと実体験を兼ねたイベントだ

メルカリが2024年3月6日にスタートした“スキマバイト”サービス「メルカリ ハロ」だが、それから1年弱の今年2月26日に同サービスの登録者数が1,000万人を突破したと発表された。

同社によれば、スポットワーク協会の調査データで2024年2月時点の“スポットワーク”サービスの登録者数が1,500万人程度だったのに対し、1年後の2025年2月15日時点での登録者数は3,200万人ほどにまで膨れあがっているとのことで、このデータに則れば実に増加分の6割はメルカリ ハロの登録者で占められることになる。重複登録などを加味してもメルカリ ハロが業界の拡大に貢献した面は大きいといえる。

“スポットワーク”業界の過去1年間の成長の過半数が「メルカリ ハロ」の新規登録者によるもの

興味深いのは、“スポットワーク”の分野で先行するタイミーが1月に「2024年12月時点で登録者数1000万人を突破」のプレスリリースを出していた点だ。同社のサービス開始はiOS版アプリを出した2018年8月に遡るが、1,000万の大台に到達するのに足かけ6年半近くを要している。もっとも、“スキマバイト”という概念もなく、タイミー自体の知名度もない無名の存在だったのに対し、方やメルカリ ハロは著名ブランドの「メルカリ」を掲げてサービスの誘導元となるユーザーも多く抱えている。

その点を加味しても直近の急激な業界の拡大ぶりや勢いは目を見張るものがあり、それと同時に「業界がまだほとんど成熟していないのでは?」という疑問も浮かんでくる。

タイミーは24年7月26日に東京証券取引所のグロース市場に上場を果たしたが、同社の名前ならびに“スキマバイト”という概念自体、世間に認知されたのはここ2-3年の話だったと考えている。筆者の同業者から聞いた話になるが、一昨年くらいの世間のトレンドや商品/サービス、経済事情に比較的明るい専門家の方々との会話の中で、同業者を除いて誰もタイミーという会社を知らず、“スキマバイト”という働き方が一部業態において深く浸透しつつあることを認識していなかったという。これはサービスの発祥を考えるうえでも非常に面白い話だと考える。

東京証券取引所で上場の記念撮影を行なうタイミーの関係者たち
上場記者会見に登壇するタイミー代表取締役の小川嶺氏

人手不足が水面下で進行しつつあるなか、必要に迫られてボトムアップで誕生したサービスが現場で認知されて成長を続け、世間一般に知られるレベルのトピックにまで勃興してきたのが、ついここ2年ほどのことなのだろう。

そうした業界の現状と、この中でメルカリ ハロが何を視野に入れているのか、同サービスの事業責任者である太田麻未氏に話を聞いた。

“スキマバイト”の市場は成長の途上にある

“スキマバイト”という市場について、太田氏は次のように分析している。

「過去1年で市場は他社も含めて登録会員数が2倍、3,200万人となっています。これが多いか少ないかは判断が難しいですが、市場が急拡大しているのは事実であり、まだ成熟はしていないと判断しています。ファクトとして、“スキマバイト”の名前の認知が取れていることは調査で分かっています。アンケートでは回答の8割が認知している一方で、特徴まで把握しているとなると3割に減ります。なんとなくは知っているものの、内容としては理解できていないのが5割くらい。位置付けとして、言葉が広がってきて、内容は理解されつつあるものの、実際にやったことがあるとなると一気に少なくなる。周囲に理解が拡大し、市場が本格化していくのはこれからの段階といったところでしょう。実際、メルカリ ハロ利用者の半数が初体験ということもあり、まだまだ裾野が広がっていくと思います」(太田氏)

メルカリ ハロ事業責任者の太田麻未氏

筆者の個人的感覚かもしれないが、業界団体が名称として掲げる“スポットワーク”だとそれほど感じないものの、“スキマバイト”という表現だと、いかにも空いた時間に飛び込みで現場に入る“スキマ”な仕事という印象があるが、太田氏のいう裾野の広がりと今後の成長は、業界自体が抱える構造的問題や今後に対する危機感を反映し、働き手の間口を今後さらに広げていくための業界全体の取り組みに根付いたものだという。

「メルカリ ハロの求人で未経験者歓迎が8割ですが、その背景として大きいのは、“スポットワーク”に限らず、採用自体が厳しい労働者不足という問題です。潜在的にそうした問題を抱える企業が多く、仮に経験者だけに働いてもらおうとすると、どんどん市場がシュリンクしてしまうのです。パートナー企業と話していて分かるのは、母集団そのものを広げていかないといけないという危機感で、実際に媒体に募集を出しても人が来ず、応募があってもそもそも面接に来ない現実があります。“スポットワーク”や“スキマバイト”と聞いて『戦力にならないのでは?』と心配する方もいますが、未経験者の方でもできる仕事を切り分けて、まずは母集団を作っていくことが大事です。何回か働いていくなかで経験者になっていきます」

「ですので、募集側の意識も明日のシフトを埋めるために“スポットワーク”を使うというよりは、これから採用人数を増やして母集団を広げていくことを視野に、業務分割をしながらレギュラーの方は最低の人数で仕事をまわしつつ、繁忙期には人を増やして効率を上げるという流れです。レギュラーの方だけでは人件費が上がってしまうという問題もあり、市場のパイを広げていくための設計としての“スキマバイト”なのです」(太田氏)

なかなかに目から鱗の話なのだが、本来はシフトの穴埋めと特定のタイミングだけ働いて小銭を稼ぐという雇用主と労働者の意見の一致からスタートしたはずの“スキマバイト”が、気が付けば労働市場そのものの縮小が厳しく、企業側が予防的にこの仕組みを活用することで将来の人材確保に向けて動きつつあるのが現在の“スポットワーク”や“スキマバイト”というわけだ。

太田氏によれば、業界でも危機感はある一方で解決策が不透明だったが、メルカリ ハロは参入時点からこの市場状況を見据えてパートナーと動いてきたという。

「まずは経験」という労働者視点

とはいえ、こうした話は雇用主側の事情であって、働き手にとって労働力不足という話題は直接関知するものでもない。社会事情を考えれば、多くが知るように物価は近年急上昇を続けている一方で、なかなか賃金が上がらないという問題がある。

生活費もさることながら、趣味にもっとお金を使いたいというニーズはある。固定のシフトに入るのではなく、自分の好きな時間に好きなだけ働いて稼ぐという副業的な考えをもって“スキマバイト”に臨む人もそれなりにいる。

以前にメルカードとメルペイの使い方のレポートでも触れたが、メルカリで手持ちの品を売却しつつ新しいモノを買うという趣味と小遣い稼ぎの循環サイクルを実践する人たちがいるように、メルカリで得られる売上金ではなく“スキマバイト”の報酬を充てる流れが存在している。

「メルカリ ハロはメルカリのサービスということで、その属性(女性や若年層比率が高い)に言及されるかもしれませんが、実際にはリタイアされたシニア層まで、さまざまな層の多種多様なニーズに対応しています。その一方で、例えば、来月旅行行くから稼ぎたいといったようなライト層が多いというのは調査で判明していますが、登録者の8割は別にお仕事を持っている方々で、“スキマバイト”で生計を立てているのではなく、お小遣い稼ぎや時間の有効活用という側面が大きいです。月数千円から数万円まで、その副収入をちょっとした贅沢に使いたいとかですね。母集団がメルカリということもあり、利用傾向が近い部分もあるといえるかもしれません」(太田氏)

応募する側にとっては比較的軽い気持ちだったとしても、募集する側にとっては繁忙期に人が足りないという切実な問題もあり、このような形で応募してくれる人はありがたい存在だ。まずは経験ということで、仕事を知ってもらうという側面もある。

他方で、繁忙期の足りないシフトだけを埋めればいいという話ではなく、こうした流れで続けていくうちに半分レギュラー化し、バイト同士が顔見知りとなり、やがては直接バイト先とつながるケースも出てくる。この場合、メルカリ ハロ経由で募集するわけではないため、4月以降の有料化で本来はマッチングによって得られる収益はなくなり、ビジネス的には機会損失となる。

だが太田氏は「人は流動性のあるものであり、何かのご縁で違う仕事で使ってもらう機会もあるだろうし、最終的には働く人の自由。短期的な利益という話ではなく、あくまでサービスを継続して使ってもらうことが重要」と説明する。

メルカリ ハロの認知向上で実施された「お金で払えない中華飯店」の期間限定イベント。まずは経験してもらうことに主眼を置いたプロモーションだ
この中華食堂では食事に現金は使えない。あくまで労働時間によって得られるサービス券で食事が可能になる

メルカリIDを通じて蓄積される実績

メルカリ ハロでもう1つ興味深いのが、IT的なシステムとリアル体験を絡めたマッチングシステムの存在だ。前述のように募集広告での人集めが難しいなか、メルカリ ハロのシステムでは早ければ数分でマッチするという手軽さと素早さがある。マッチングという仕組みだけであれば、それほど注目するものではないかもしれないが、逆にこの手軽さを利用して「とりあえず働いてもらってから考える」ということも可能だという。

「アルバイトの募集において面接も履歴書も、それだけだと人となりが分かりにくいかもしれませんが、それよりは実際に3時間働いてもらうとか、マッチングの精度におけるリスクも低くなります。インターンみたいなイメージで、お試しで募集を出しているパートナー企業もいらっしゃいます。このように、実際にレギュラー化への道筋をマッチングを使って作っているわけです」(太田氏)

そして、太田氏が実際にコンビニで働いていた経験として「過去の経験が履歴に残らない」という問題を挙げている。例えば、履歴書はいちど募集先に渡した段階で死蔵されるだけで、次のバイト先に何ら役に立つことはない。例えば人材紹介会社の仕組みであれば、マッチング時点で役割を果たしてしまうため、こちらも次に繋がることがないといえる。メルカリ ハロはその性質上、仕事をするたびに経験が蓄積されていき、これらはメルカリIDを通じて記録されていく。過去の実績は証明として残り、サービスとしてはずっとつながっていく。

「OBやOGつながりというか、東京で働いていた方がいたとして、大阪に何かの事情で引っ越したとします。また数年後に働きたいと思った場合、このつながりを利用して東京時代のつてでリクエストを出して大阪で働くことができれば、双方にとってメリットになるかもしれません。このつながりがメルカリのエコシステムだとすれば、メルカリやメルペイを習慣的に、あるいはゆるやかに継続的に使っていることで、つながりが保てます。この点が人材紹介を専門とする会社との大きな違いです。仕事をするしないは本人の意思ですが、選択肢があることが重要です」(太田氏)

メルカリ本社の入り口にはさまざまなアンティークを模したアート作品が並んでいるが、これもその1つ

国内SIerでシステムエンジニアとして勤務後、1997年よりアスキー(現KADOKAWA)で雑誌編集、2000年にプロフェッショナル向けIT情報サイト「@IT」の立ち上げに参画。渡米を機に2002年からフリーランスとしてサンフランシスコからシリコンバレーのIT情報発信を行なう。2011年以降は、取材分野を「NFCとモバイル決済」とし、リテール向けソリューションや公共インフラ、Fintechなどをテーマに取材活動を続けている。Twitter(@j17sf)