鈴木淳也のPay Attention
第148回
台湾インバウンド復活を狙う日本の決済サービス
2022年8月19日 08:20
2020年に世界がコロナ禍に突入してから久しいが、筆者が毎年訪問していた台湾も2019年夏以来再訪できておらず、すでに3年以上が経過している。仕事での訪問ではあるが、合間に食べられる現地の食事と、前後移動の隙間時間を利用したちょっとした観光など「For Fun」の部分が大きかったのは確かだ。
台湾と日本の往復需要が復活しない原因として、少し前まで台湾側で厳しい検疫体制を敷いており、隔離期間があることからビジネスや観光での短期滞在が難しかったことが挙げられる。また日本側では本稿執筆時点で1日上限2万人の入国制限があり、さらにビザ免除が一時的に停止されているために、観光目的での入国は旅行会社を通じたグループ旅行のみに限られ、外国人の来訪はほとんど増加していない。現在日本国内で見かける外国人旅行客は、すでに日本に滞在していたか、あるいはビジネスでの訪日ついでに観光をしている層に限られる。
こうしたなか、両国間での往来の復活、特に台湾から日本を訪問するインバウンド需要を狙ったニュースが2件発表されて話題になった。今回はこのトピックをカバーしつつ、来るべき日本からの訪台について考えてみたい。
台湾発行のJCBカードがApple Pay登録でQUICPayに対応
話題の1つめはJCBカードとQUICPayだ。
7月末、台湾6位の聯邦銀行とJCBが台北市で開催した記者発表会において、同行が「日本」をキーワードにしたJCBカードを発行するとともに、同カードをApple Payに登録することで「QUICPay」の利用が可能になると公表した。
QUICPayは日本独自の決済手段であり、日本国内でしか利用できない。つまり、聯邦銀行が発行するこのJCBカードは普段は「JCB」ブランドのカードとして決済し、日本に旅行する際にはApple Payに登録してQUICPayとJCBの両加盟店での決済に利用できる。海外の金融機関が発行するカードでQUICPayの紐付けが行なわれるケースは初であり、明らかにインバウンドを狙った付加機能という点が話題となった。
今回、JCB国際本部東アジア営業部次長の高橋悦郎氏と同社東アジア営業本部営業II部主任の江副裕都氏の両名に提携の背景をうかがったところ、もともとJCBブランド拡販でカード会社(銀行)へ売り込みする際、QUICPayをセット商品として提供する提案自体は2019年から行なっていたという。聯邦銀行からは「是非やりたい」との声もあり連携を進めていたものの、コロナ禍もあり開始時期が2022年までずれ込んだという流れだ。
「なぜこの提供タイミングかといわれれば、渡航の回復が見えてきた面が大きいでしょう。もともとJCBでは台湾に限らず、ASEAN地域に向けた各種インバウンド施策を日本側で用意していたのですが、カードの機能自体に商品性を持たせたのは聯邦銀行が初のケースとなります。『日本』という商品性にこだわった製品で、来日しての特典だけでなく、台湾国内でも日系店舗での優待があったり、旅の前後で日本を体験できるコンテンツを提供したりと、イシュアである聯邦銀行がこだわって作り上げた商品となりました。台湾からの訪日客はリピーターが8割といわれるほど日本が人気ですが、こうしたキーワードに引っかかる顧客を開拓するのが狙いです」(両氏)
この話からも分かるように、QUICPayの存在はあくまで「タビナカ」を支援するための付加要素的位置付けで、メインとなるのはカード自体に搭載された「日本」でメリットを享受できる機能の数々にある。
例えば、通常のカード利用で国内外ともに1%のキャッシュバックが行なわれるが、日本での利用に関してのみ「3.5%」のキャッシュバックと優遇されている。またユニクロやダイソー、ドンキホーテ(DON DON DONKI)などの台湾国内での日系店舗での決済で最大8%、日系レストランで最大10%など、国内消費での還元率も非常に高い。これらキャッシュバックの活動期限の多くは2023年6月30日に設定されているが、「日本」をキーワードに国内消費を喚起しつつ、さらに1年以内の復活が見込まれる訪日需要も取り込もうというものだ。
キャンペーンに賛同する加盟店を集めてきたのは聯邦銀行側とのことだが、日常利用を促すスパイスとして「日本」を加えた点が面白い。
なお、今回QUICPayに対応するのはiPhoneへのApple Pay登録時のみで、Android端末には対応しない。QUICPayはFeliCaチップを用いるため、台湾などで流通するAndroid端末では対応が技術的に困難という理由があるとみられる。ただ、現在日本ではJCBの非接触決済に対応する店舗が増えてきており、「QUICPayがないと困る」というシチュエーションは以前に比べると減っていると考えられる。
ただ、カードのApple Pay登録でQUICPayが利用可能になるというのはMastercardやVisaといった競合ブランドにはない特徴で、「プラスαの場所で利用できる」という点をアピールしたいようだ。また高橋氏によれば、台湾国内で発行されるカードの8-9割は非接触対応であり、決済における非現金率も日本より高い。訪日客が手持ちのカードですべてを済ませられるならば、普段の生活の延長で日本でも支払いができ、スムーズな旅行と決済体験が楽しめるというわけだ。
悠遊カード(EasyCard)が日本国内で利用可能に
話題の2つめは「悠遊カード(EasyCard)」だ。台湾の交通系ICカードで、現地移動には欠かせないものだが、近年では物販にも対応し、自販機やコンビニなどでの支払いにも利用できる。
クレジットカードの代わりに悠遊カードのみが利用できるというケースもあるため、滞在中の移動に利用する金額のプラスαをチャージしておくと何かと重宝する。この悠遊カードが、間もなく沖縄の小売店で利用可能になる。先日Traicyなどが報じて話題になったが、この件について日本国内でのアクワイアリング事業を始める琉球銀行に詳細を確認してみた。
「複数の台湾メディアや悠遊カード社HPで取り上げられている通り、2022年後半を目標に進めております。国内では記載の通り記名式のみ利用可能です。決済上限額についても記載の通りですが、こちらについては悠遊カード自体の上限ルールであり、台湾国内と同一条件です。また悠遊カードは台湾ドルでチャージされたプリペイド型の電子マネーであり、購入時にレート計算を行ない、即時で引き落とされます。一方で加盟店は決済端末に日本円で金額を打ち込み、加盟店への振込も日本円で行ないます。1回ごとにレート計算を行なう仕組みではありませんが、定期的に最新のレートを基に計算しております」(琉球銀行ペイメント事業部)
悠遊カードの利用上限は1回あたり1,500台湾ドル(約6,700円)、1日あたり3,000台湾ドル(約13,500円)までとなっている。注意点としては、日本人で台湾を旅行する客の多くが持つ悠遊カードは記名式ではないため、日本国内では利用できないことだ。
以前にも紹介したように、琉球銀行は国内外からの沖縄へのインバウンド旅行客の需要を取り込むべくキャッシュレス事業に乗り出しており、今回の悠遊カードへの対応もその一環となる。同行はMastercard、Visa、銀聯カードのプリンシパルライセンスを獲得し、中国や諸外国からのインバウンド需要に応える。
今回、悠遊カードの取り扱いを新たに開始した理由として「台湾は地理的に近く、来沖客数がとても多いことから、台湾で日常的に利用している悠遊カードで沖縄到着後も交通機関や飲食店などで気軽に利用できれば便利で面白いと考えており、独自で対応いたしました」(同事業部)と述べている。加盟店に対しては事前受付として今年4月より申込受付を開始しており、年内のいずれかのタイミングで利用可能になるとしている。
ただ気になるのは、琉球銀行以外の加盟店での利用や、交通系での利用がどうなるかという点だ。沖縄では独自の交通系ICカード「OKICA」が流通しており、市内のバスなどは現金以外の支払い手段としてこれを利用する。ゆいレールについては、OKICAのほかにはQRコード切符に対応しており、駅の券売機で購入することになる。2020年3月以降はSuicaなどの交通系ICカード、いわゆる「10カード」にも対応し、国内でも沖縄外から来る旅行客の利便性が向上した。
では悠遊カードへの対応はどうかだが、同路線を運行する沖縄都市モノレールからの回答は「われわれでは使えませんし、使う予定もありません」(沖縄都市モノレール)とのことだった。噂レベルでは以前から悠遊カードの乗り入れが可能という話が出ていたが、少なくとも公式回答ではその意向はないということになる。
2023年以降の渡航回復に期待か
興味深いのは、今回の2つの話題ともに2023年以降を主なターゲットとして施策を進めている点だ。聯邦銀行についてはすでにQUICPay対応のJCBカードの発行を開始しており、「日本」をキーワードにした還元施策もすでにスタートしている。ただ、同行の場合は台湾国内での消費やオンラインショッピングでの利用を想定している面があり、訪日での消費は「渡航が回復しだい」というスタンスのようだ。実際、還元のピリオドは2023年6月いっぱいとなっており、おそらくは春節が終わった春以降の旅行需要回復を見込んでいるのだと予想する。
琉球銀行についても2022年以内の悠遊カードの取り扱い開始としているが、加盟店によって時期的に同時に開始とはならず、やはり2023年以降を意識した施策になるとみられる。両者を合わせれば、関係者は2022年内に両国での渡航緩和が進み、2023年以降に需要の本格回復という青写真を描いているのだろう。これは同時に、日本から台湾への旅行需要もこの時期に進む可能性が高いことも意味する。実際に実現するかはまだ分からないが、関係各所はそれに向けた下準備を進めている状態ということだ。