鈴木淳也のPay Attention
第127回
稼ぐフェーズに入った「PayPay」とそれでも続くキャンペーンの理由
2022年2月17日 08:20
PayPayは現在ソフトバンクグループ、ソフトバンク、Zホールディングスの3社が出資して株式を持ち合う形で運営されている。このうち、Zホールディングスの2021年度第3四半期決算発表が2月2日に、ソフトバンクの2022年3月期第3四半期決算発表が3日にそれぞれ行なわれ、PayPayに関する最新のデータが公開された。
また、同時期にPayPayに2度ほど個別インタビューを実施しており、そこから見えてきた同社の最新戦略と今後について考えたい。
データで俯瞰するPayPay
まずはソフトバンク決算で出されたデータをざっくり眺めていく。
最新データでの累計ユーザー数は4,500万人超ということで、グラフを見ても分かるようにいまだ一定比率でユーザーが増え続けている。以前はキャンペーン実施による急増とその反動が見られたが、最近ではそうした動きはあまり見られず、コンスタントに伸びている印象だ。
詳細は後述するが、これはキャンペーン効果による部分も大きい。定期的にキャンペーンを仕掛けていき、露出機会を増やすことで新規ユーザー獲得につながる。また、使える場所やタイミングが増えるほどユーザーの利用機会も増えるため、好循環を生み出す。現在はこのサイクルがうまく回っている状況だ。
次のデータは「決済回数」で、PayPayが最も重視する主要KPIとなっている。なぜ同社が決済回数を重視するかといえば、「普段使い」の実態を表すのに最も近い指標だからだ。
たとえユーザー数の伸びが鈍化したとしても、決済回数が増え続ければ、それはサービス利用が定着したことを意味する。つまり、決済における手数料収入のみならず、アプリを通じてユーザーとの接触機会が増えることで新たなサービスや商品提案が可能になるチャンスが増えるわけで、同社が掲げるPayPayの「スーパーアプリ」戦略を後押しすることにもつながる。
同時に注目したいのが「決済取扱高」で、こちらも大きく伸びている。だがここでのポイントは両者の伸び率の差で、Zホールディングス側の資料では決済取扱高が年率82%の伸びなのに対し、決済回数は90.7%となっている。
つまり、決済あたりの単価は減少している。
これをプラスと評価するかマイナスと評価するかだが、筆者は「プラス」方向に向かっていると考えている。決済回数の方が伸びているということは、それだけ普段の買い物でPayPayを利用する機会も増えていることを意味すると考える。
そして第3四半期の決済取扱高は3.9兆円となっている。この数値が重要なのは、「現在のPayPayの決済シェア」が分かるからだ。日本の年間最終消費支出は300兆円と言われており、これを分母にサービス各社の決済取扱高を割った金額が「決済シェア」となる。
日本の「キャッシュレス比率」と呼ばれるものはこの計算で出てきた数字であり、クレジットカードやデビットカード、電子マネー、コード決済(アプリ決済)までを含めたすべての数字の合計を300兆円で割ったものだ。
正確にはクレジットカードと他の決済が重複するケースがあるため数字の調整が必要だが、現状で30%程度といわれるキャッシュレス比率はこの計算で成り立っている。
PayPayの決済取扱高が3.9兆円ということで、これを300兆円で割った数字が1.3%。これが現金を含むすべての決済に占めるPayPayのシェアだ。また概算ではあるが、PayPayのコード決済における決済シェアは6-7割程度と言われており、1.3%という数字を逆算すると、全決済に占めるコード決済の割合は2%弱程度と想定される。
過去5年ほどで日本のキャッシュレス決済比率は20%程度から30%まで10ポイント伸びたが、ここでのコード決済の貢献分は2ポイントほどということになる。電子マネーも伸びたが、やはりここで日本のキャッシュレス化を推進する主要ドライバーは「クレジットカード」であり、改めてその部分が確認できる。
スーパーアプリとクレジットカード
決済や認証を司る中核となるアプリ(サービス)があり、そこを経由してWebアプリケーションを“キック”する仕組みであるミニアプリ(ミニプログラム)で著名なのは中国のWeChat Payだが、こうした複数のアプリケーションのポータルとなるモバイルアプリは「スーパーアプリ」と呼ばれることがある。
PayPayもまた究極的にはWeChat的な“スーパーアプリ”を目指すのだろうが、前段階としてグループ連携を強化する仕組みとしてミニアプリを活用する傾向があるようだ。
PayPayのミニアプリ第1弾はDiDiだったが、Uber Eatsや松屋テイクアウトといったサードパーティ向けのミニアプリに加え、現在はグループの系列会社が持つサービスを提供するアプリが拡充される傾向が強い。
例えば新型コロナウイルス対策として系列のPayPayほけんが提供していた「コロナお見舞い金」がサービス開始から1カ月半で申し込みが20万件を突破するなど、PayPayアプリ経由で手軽に申し込めるサービスが人気を博した。
そして、2月1日にスタートした「PayPayあと払い」サービスだ。こちらも開始当日から申し込みが殺到し、処理能力の限界から翌日以降に順次枠を広げるという形で対応が行なわれた。これらは商品性の高さもあるが、PayPayというアプリを軸にグループ内で新たにビジネスを拡大させていくという面での可能性を感じさせる流れとなった。
この「PayPayあと払い」だが、メルペイやファミペイらが先行する“BNPL”的なサービスとは異なり、仕組みそのものは「PayPayカード」を利用した「クレジットカード」だ。
単純にPayPayカードを申し込んでPayPayアプリに支払い“ソース”として登録する場合との2つの違いとして、1つは「PayPayアプリ経由でカードを申請すると自動的に紐付けが行なわれる」こと、もう1つは「PayPayアプリ上で残高(与信)を一元管理できる」という点が挙げられる。
これについてPayPay金融事業統括本部 金融戦略本部長の柳瀬将良氏は「(単純にPayPayカードを提供するのではなく、)4,000万人を超えるPayPayユーザーにあと払いサービスを使ってもらえる工夫が特徴となっている。PayPayアカウントに登録されている情報が使われるので、簡単に申請が完了し、登録完了後にはすぐにPayPayアプリのアイコンから利用金額などが確認できる。PayPayの物理カードはナンバーレスだが、オンライン決済などで必要なカード番号やバーチャルカードの情報はすべてアプリから把握可能。この使いやすさと密な連携が商品性で、入会特典と利用特典、そしてサービス初日からスタートする超PayPay祭りを合わせ、還元の恩恵を最大限に受けられる」と説明する。
PayPayアプリを突破口に、既存のサービスであってもUIやUXを変更することでさらに商品性を高められるという好例だ。
また興味深いのが、PayPayが「あと払い」サービスを利用して残高を使って支払うユーザーや系列以外のクレジットカードを登録して利用するユーザーの両方をPayPayカードに取り込もうとしている点だ。
柳瀬氏はPayPayカード以外の“あと払い”的な仕組みの提供の可能性を否定していないが、申請プロセスを簡略化させ、使い勝手を改良することで結果として自社カードへの誘導を促している。これはドコモのdカードやKDDIのau PAYカードの施策と似たものだが、新たに登場した決済サービスがカードビジネスに注力しつつある現状は非常に面白い。
キャッシュレス決済としてPayPayしか利用できない店舗が存在する一方で、このトレンドは日本でのクレジットカードの“使いやすさ”を改めて強調するものともいえ、欧米のBNPLトレンドとは真逆に向かっている印象を受ける。
ポイント還元キャンペーンはまだまだ続く
2日に開催されたZホールディングスの決算発表会見では、「キャンペーンなどの獲得費用を止めれば黒字化できる段階まできた」という話が出ており、今後のキャンペーン対応についてPayPayの出方に注目が集まっていた。
この件について3日の決算会計でソフトバンク代表取締役社長執行役員兼CEOの宮川潤一氏に改めて確認したところ、「4,500万人のユーザー数のまだ先があるとみており、今後も獲得キャンペーンを止めることはない。いずれは限界、すなわち獲得コストに対する効率が悪化する時期がやってくるかと思われるが、状況を見極めたうえで判断していきたい」と述べている。
方針としては「まだまだ攻めの段階」であり、KPI達成に必要な投資は続けていくということのようだ。
ここでいう「獲得費」というのは、お馴染みの「ポイント還元」に加え、「“のぼり”やポスターなどの販促ツール」「TV CMなどの広告費用」などが一通り含まれる。PayPayといえば「100億円あげちゃうキャンペーン」の印象がいまだ強い人がいるかもしれないが、それは過去の話で、すでに同社が“身銭”を切ってキャンペーンを実施する時代は終わりつつある。
還元キャンペーンにおけるPayPay自身の拠出もゼロではないが、最近実施されるキャンペーンのほとんどは地方自治体と共同実施している「あなたのまちを応援プロジェクト」を始め、特定企業や小売チェーンと組んで実施する販促キャンペーンなど、キャンペーン原資を出すのはコラボレーションする相手企業や組織となっている。
例えば地方自治体とのキャンペーンは、静岡県の伊東市と2020年3月に実施したものを皮切りに始まり、「あなたのまちを応援プロジェクト」として2020年7月から全国的なキャンペーンとなり、2月初旬の取材時点で45都道府県で308の自治体を対象に実施された。これまでに実施されたキャンペーンの回数は478回で、すでに2回目以降に突入した自治体もある。草津温泉での提携も含め、伊東市などでの成功事例を踏まえて還元キャンペーンに自治体が自ら飛び込んでくる状況が生まれつつあり、昨年12月末時点までの総還元(付与)額は500億円以上になっているとPayPayでは説明する。
つまり、かつて話題になった100億円キャンペーンの金額をPayPay自身の持ち出しなしで5倍以上の規模で達成しているわけだ。自治体の還元キャンペーンに参加するのはPayPayだけでなく、d払いやau PAYなどライバルらも参加しているケースがあるが、ある情報源によればPayPay単独契約の方が条件が良くなるとのことで、ソフトバンクグループの営業力も合わせる形で全国を総なめ状態になっているようだ。
また、ケースによっては先ほどの「“のぼり”やポスターなどの販促ツール」についても自治体負担となるケースも多いとのことで、PayPayにとって非常に“美味しい”ディールでもある。つまるところ、PayPayと還元キャンペーンはすでに一体化しつつあり、黒字化の有無に関係なく切っても切り離せないものになりつつあるというのが現状なのだ。
もう1つ、獲得キャンペーンの存在はPayPayにとって都合のいいものになっていると筆者は考える。すでに公然の事実となりつつあるが、ソフトバンクの宮川氏も認めているように、PayPayは株式上場(IPO)を計画している。
今回、2つの決算発表会の中で出てきた「獲得費用がなければ黒字は達成済み」「ユーザー数はまだまだ伸びる余地があり、実際にすべてのKPIは目論見達成が順調」「そのためには継続的にキャンペーンを打つ必要がある」といったキーワードは、「黒字達成も可能だがPayPayにはまだ成長余地があり、そのために継続投資が必要」ということをアピールし、株式公開が必要な理由を説明するのに充分な材料だ。
さらに将来的な成長余地を見せることで、株の購入促進と株価引き上げの効果も期待できるため、ある意味で理想的な形にビジネスを仕上げることができている。PayPayのIPOがいつになるかは分からないが、「儲からない」と言われていたモバイル決済サービスでは期待の新星となった同社がどのように周囲に評価されるのか、非常に楽しみだといえる。