鈴木淳也のPay Attention
第111回
話題のBNPLと日本の事情。“第2世代”は隠れたニーズを掘り起こす
2021年9月22日 10:01
前回、「BNPL(Buy Now, Pay Later)」の名称で話題となっている「あと払い」の現状について、主に米国での事情を中心にトレンドを解説したが、この波は世界中に拡大しつつある。
BNPLの端緒となったKlarnaの出身地である欧州をはじめ、金融サービスが発展途上にある「Unbanked(アンバンクト)」などと呼ばれた地域を多く含むアジア地域、そして他ならぬ日本も例外ではない。一方で、BNPLに限らず金融や決済サービスは地域の文化や特性に非常に依存する傾向があり、必ずしも同じサービスが複数の地域にそのまま展開されるとも限らず、サービスの利用傾向も異なっている。
典型的なのがGoogleによる「pring(プリン)」の買収だが、Googleは日本での金融ビジネス拡大にあたって自らウォレットサービスの整備は行なわず、pring買収という方策を選択した。
また先ほどのBNPLの海外レポートにもあったように、決済代行サービス最大手の1社であるPayPalが日本のBNPL企業である「Paidy(ペイディ)」の買収を発表している。同社は米国では自らが「Pay in 4」というBNPLのサービスを投入し、これをオーストラリアなど諸外国に展開しつつある。だが日本ではすでにビジネスが確立した企業を買収しての参入であり、この違いはスピード重視という部分と、日本独自の商習慣であるコンビニ払いや銀行振込への対応などがある。
下記はネットプロテクションズが「atone(アトネ)」のブランドリニューアル説明会で提示した資料だが、単純化しただけでも地域によってBNPLに求められるニーズが異なるということが分かるだろう。今回は国内各社のサービス事情を追いかけつつ、日本におけるBNPLの実際についてまとめてみたい。
第2世代BNPLに至る道
以前に“日本版BNPL”ともいえる“あと払い”サービスの現状について解説したが、ここで紹介したネットプロテクションズの「NP後払い」は今日の日本の“あと払い”サービスの原型ともいえる、“請求書”の送付による「コンビニ払い」と「銀行振込」を組み合わせたサービスだ。
前回のレポートでも触れた「Point-of-Sale Financing」や「Point-of-Sale Loan」などと呼ばれる「販売時に提供されるポストペイの仕組み」というBNPLの基本を踏襲しつつ、請求書到着から2週間程度の支払い猶予を与える。実際の購入から1カ月程度の猶予があり、好きなタイミングで支払え、オンライン通販でクレジットカード番号を相手に伝える必要もないといったセキュリティの面でも安心感があり、女性ユーザーを中心に人気がある。
このオンライン通販に特化したともいえる日本版BNPLを第1世代だとすれば、いま日本で盛り上がりつつあるといえるのが第2世代のサービスだ。例えばメルペイの提供する「メルペイスマート払い/メルペイスマートマネー」、LINEの「LINEポケットマネー」、ファミリーマート/ファミマデジタルワンの「FamiPay翌月払い/ローン」はそれに該当し、特徴としてスマートフォン向けアプリを使ったアカウントサービスという点が挙げられる。
後払いとは競合しない。すぐに返せる個人向けローンを狙う「LINE ポケットマネー」
「POS」つまり販売時に与信が行なわれて“あと払い”契約が成立するというよりも、あらかじめ作成したアカウントの中で「与信枠」が設定され、その範囲内で買い物が行なえるサービスという位置付けだ。米国でもAffirmなどを始めとする事業者が同様の仕組みでサービスを提供しており、与信の仕組みこそ異なるものの、いわゆるクレジットカード的な使い方が可能になっている。
PayPalの買収で話題となったPaidyは1.5世代ともいえる両世代の中間的な存在で、ネットプロテクションズもオンライン特化の「NP後払い」に対し、「対面販売」「アカウントベース」の特徴を備えた「atone(アトネ)」というサービスを提供している。
細かくいえば、「メルペイスマートマネー」「LINEポケットマネー」「FamiPayローン」は“融資”サービスであり、どちらかといえば「キャッシング」サービスに該当する。アプリ内で与信枠内の借り入れを行ない、そこで得たキャッシュを支払いに充てたり(LINEであればLINE Payといった具合)、ATMなどで現金化できる。
実際、ビジネスとしては順調に利用が進んでいるようで、例えばLINEポケットマネーの場合、サービス開始2周年で累計申込件数は70万件、累計貸付実行額は300億円を突破し、順調に伸びているという。一般に、この手の融資事業は不況になると返済圧力が高まるため、サービス各社の融資残高が減少してビジネス的には厳しくなる傾向があるが、LINEポケットマネーの場合はこの状況下においても残高が前年度比96億円増とプラス傾向に向いていると同社では説明する。
こうした日本における第2世代BNPLだが、やはりポイントは「スマートフォンアプリ」「アカウントベース」の2つにある。
スマートフォンアプリの活用により利用状況がすぐに確認できるようになったほか、各種設定を細かく変更したり、必要であればすぐに返済を行なったりもできる。またアカウントベースで運用されることにより、ユーザーの中長期の視点で追跡して「行動データ」を取得できるようになったため、従来の年収や資産、勤務先や家族構成によって付与されていた「属性データ」に加え、新たに「行動データ」を与信判断に加えることが可能になった。
行動データは各社によって基準が異なっており、例えばLINEポケットマネーであればLINEのメッセージングでのフレンドとのつながりや周辺サービスの利用状況が反映され、メルペイスマート払い/メルペイスマートマネーであればメルカリの売買データ、FamiPay翌月払い/ローンはFamiPayアプリを使った購買情報が用いられるといった形だ。
「属性データ」の場合は一種の判断チャートがあり、与信枠はある程度一意に決定されるが、「行動データ」は定例的な指標がない。そこで延滞率やデフォルト率と各人の行動パターンを機械学習(Machine Learning)にかけ、リスク因子を導きだし、それによって与信枠を決定する。行動パターンによる判断は経験則に基づくことになるため、時間が経過してデータが溜まるほど精度が増す。このパラメータを適時調整することで判定制度が向上するというわけだ。
こうした「行動データ」をベースにした与信の仕組みを「AI与信」などと呼んだりしているが、先日メルペイが「認定包括信用購入あっせん業者」の第1号認定を取得したとしてプレスリリースを出している。この背景については小山安博氏の記事に詳しいが、2021年4月から施行された改正割賦販売法(割販法)に依る部分が大きい。この規制緩和により、同社はAI与信の仕組みのみで30万円の融資枠を設定可能になり、従来の「属性データ」の判断のみに囚われない仕組みの提供が可能になった。
また「登録少額包括信用購入あっせん業者」の新設により、与信枠が10万円以下という制限付きではあるものの、参入障壁が下げられている。今回、ファミマデジタルワンが「登録少額包括信用購入あっせん業者」となって提供されるのが「FamiPay翌月払い/ローン」ということになる。
「AI与信」の実際
こうした、従来のクレジットカードなどとは異なる新しい“与信”の仕組みが世界中で広まりつつあると指摘するのは、メルペイ取締役COOの山本真人氏だ。前述のAffirmなどにせよ、裏で走っているのは機械学習の仕組みであり、やはり行動情報に基づいた与信というのが基本であり、技術的な進展があるからこそサービス提供が進んでいると強調する。
同氏はGoogleやSquareなど米系企業での在籍経験があるが、冒頭でも触れたようにGoogleがpring買収で、PayPalがPaidy買収でそれぞれ日本の金融市場に入ってきたという点に関心を寄せている。なぜなら、金融市場においてローカルビジネスを発展させるのであれば、やはりローカルの事情を深く理解することが重要という点が広くアピールされたことが大きなトピックだからだ。
「AI与信の学習というのは、そのロジックをほぼ毎月変更している。採用しているのは非線形モデルで、ルールベースではなく、探索型でAI自身が延滞率がどう低くなるのかを判断して自ら導いている。単純なデータ量でいうとLINEやGoogleなどの方が多いが、われわれの特徴として『売る』という他のサイトにはない特徴がある。他のサイトでは『購入する』『サイトを見る』といった行動データはあるものの、『売る』という行動は『約束に対してどれだけ履行能力があるのか』を見るのに適しており、この点が大きなポイントなっている。『売る』という行動は『どれだけタイムリーに返すのか』『発送を行なっているのか』といった部分でその人を判断する材料になる」(山本氏)
このような仕組みでは過去の行動履歴が重要となるが、当人のデータが真っ新な状態であっても「ある程度の情報は得られるので、既存の情報を基に類似を探すことになる。また、メルカリでの行動情報が重要になる」(同氏)と、メルペイがメルカリと密接に結びついたサービスである点をメリットとして挙げる。
実際、『売る』という行動データを基にして同種のサービスを提供しているプレイヤーは世界的に見ても把握している範囲ではないと山本氏は述べており、ここが大きな差別化ポイントだとしている。
このように、事業者ごとに持っている独自の“ユニーク”なデータがAI与信における差別化の要因になっているようだ。同様の話はファミリーマートとファミマデジタルワンも行なっており、両社の場合は「ファミリーマートの莫大な購買データ」に強みがあるという。現状のFamiPayがほとんどファミリーマート外部で利用されていないこともあり、行動データの取得先が限られるという問題はあるものの、コンビニエンスストアはある意味で普段の生活に密着した仕組みであり、購入した商品からその場所、時間まで、あらゆるデータを取得することでそのユーザーの本質に迫ることができる。これは従来のPOSだけでは追跡できなかった情報なわけで、ある意味で同社が「ファミペイ」という事業に参入したきっかけの1つでもある。
同社は「FamiPay翌月払い/ローン」の提供を2月に正式発表した際に、新生銀行グループの新生フィナンシャルとセカンドサイトとの提携を発表している。いわゆる「AI与信」を提供するための取り組みで、ここでの分析結果を基に「FamiPay翌月払い/ローン」の与信枠が決定される。
ロジックとしては、このAI与信によってまず金額枠が決定され、指定信用情報機関であるCICへの問い合わせが行なわれ、最短5分程度で利用が可能になる。CICへの参照はあくまで枠の可否の判断だけで、枠の設定そのものはファミリーマート側で完結している。また仕組み上、FamiPay利用開始直後のユーザーは同サービスを利用できず、アプリ内の「翌月払い」アイコンがグレーアウトした状態で表示される。
このように、第2世代BNPL事業者にとって“後払い”の決済サービスもさることながら、その前提となる「AI与信」が各社それぞれの大きな武器になっていることが分かる。これをスコア化してサービスに活かす仕組みとしては、国内では「LINEスコア」、海外で最も有名な事例として中国Ant Financialの「芝麻(ジーマ)信用」などがあり、例えば芝麻信用は普段の生活に大きな影響を与えることで議論を呼び起こした。
メルペイの山本氏は「信用スコアのライブ提供の質問はたびたびいただいており、そのたびに『このタイミングで決まったことはない』『外部提供の予定はない』と答えてきたが、パターンとして“あり得るのではないか”と考えるようになってきている。1つのプレイヤーにスコア自体を握られるのはプライバシーの危険性があり、外部提供に慎重になるべきという点では変わりないが、先ほどの『売る』というデータに見られるように、各社独自の強みがあり、従来の属性型の与信ではカバーできない部分が補完でき、結果としてより現実に即した形での与信が可能になるかもしれない」と述べている。
潜在的なニーズを掘り起こす
実は、この部分が昨今の世界でのBNPLブームの一端を説明する重要なポイントなのではないかと考えている。
「ストイックに行動データを分析し、CICのデータと比較してきた。サービス開始当初は『どれだけ自分たちでやる意義があるのか』と考えたりもしたが、やっていて見えてきた部分で1つ大きかったのは、CIC情報をベースにしたときにはあまり与信を与えられなかったような方が、メルペイでは高い与信を与えられるケースが全属性にわたって見られたということ。つまり個々人の与信が、CICの信用情報とは必ずしも相関性がない。これは大きな発見で、われわれがサービスを提供して初めて与信が与えられるケースが存在する」(山本氏)
「大手企業を退職してスタートアップを立ち上げた社長が、従来の与信判断では信用がないとされ、(資金的余力があるにもかかわらず)数年間クレジットカードを作れなかった」という笑い話のようなエピソードをたびたび聞くが、これは従来の与信システムの限界の一端を示している。少なくとも、山本氏の話はその証左となる。労働力の流動性をうったえてフリーランスを選択する人が今後増えると見込まれるなかで、これは金融サービスにとっての機会損失の可能性が高い。同時に、新しい与信の仕組みやサービスを提供する事業者にとってのビジネスチャンスでもある。米国ではCIC同様にFICOスコアをベースにしたクレジットカードの与信判定が行なわれているが、これがネックで限度額を下げられたり、カード申請を却下されるケースが増えるなか、人々をBNPLへと走らせる要因になっているのは、国内外で変わらないのかもしれない。
もう1つ興味深い現象は、「お金の管理をきっちりする人ほどこの種の新しい“あと払い”サービスを利用する傾向がある」という点だ。
「クレジットカードだといくら使ったのか分からない」「使いすぎが怖い」という話がキャッシュレス否定の意見でよく出てくるが、ある意味で的を射ており、「明細に出てくるまでリアルタイムの利用金額が分からない」という問題がある。最近でこそオンラインで逐一明細を確認できたり、購入時にリアルタイムで利用額を通知するサービスが登場しているものの、すべてのクレジットカードのサービスが該当するとは言い難く、その点でアプリ上で利用金額や残り限度額がすぐに分かるスマートフォンアプリのサービスは便利と感じる層がいるのだ。
FamiPay翌月払いの提供にあたってファミリーマート側で驚いたと話していたのは「10万円の与信枠が与えられても、わざわざ利用にあたって限度額を2万円とか3万円に落として使う人がいたこと」という点だ。もともとNP後払いでも「平均利用額は5,000円とか数千円台」としており、メルペイスマート払いについても「30万円が上限だが、その金額に張り付く人はほとんどおらず、AI与信で上限設定が緩和されても今後すぐに引き上げる予定はない」(山本氏)としている。つまり、月の利用額の上限を自ら設定し、使いすぎないよう調整しつつ“お小遣い”的に運用しているというわけだ。自分が返せる範囲で無理なく運用し、“あと払い”とは「あとで“まとめて”支払うための仕組み」として考えているようだ。
もともとFamiPay翌月払いを提供した意図として「チャージソースを増やすため」というものがあり、あと払い方式であればチャージ残高をFamiPayアプリのウォレット上に残さず、使ったぶんだけをきっちり支払えばいいという“無駄のない便利さ”を追求した点に挙げている。同様に、メルペイについてもお小遣い的な使い方が多いようで、特にメルカリでは“趣味”の商品の売買が多く、これを手持ち資金の範囲内でやりくりするという使い方が主軸となっている。究極的にはメルペイスマート払いの弁済金代わりに商品をメルカリで売った代金を充てるという使い方も可能なわけで、この点は非常にユニークな特徴だろう。また、サービスを提供する各社ともに返済のための手段の多様化や延滞手数料のメニューをシンプルに明確化しており、この点もまた従来の消費者金融などと比べても使い勝手が向上している点といえる。
1ついえるのは、この世界もまた「One size fits all.」ではないということだ。ファミマデジタルワン代表取締役社長の中野和浩氏は「従来のクレジットカードの仕組みでは与信枠を電話1本で簡単に上げることができるが、逆に下げることは難しい。それだけ融通の利かない仕組みでもある」と述べている。これは今日の金融サービスの特徴を端的に示しており、必ずしも幅広いユーザーのニーズを満たせていない。従来まではニッチとして“隙間”を縫うように提供されていたサービスが、技術革新と規制緩和によってより使いやすいものになり、ライフスタイルの変化に合わせて既存の金融サービスと補完関係を築きつつあるといえるのかもしれない。