鈴木淳也のPay Attention
第107回
PayPay手数料1.60%決定の秘密。最強営業部隊の“次”
2021年8月20日 14:25
PayPayは8月19日、「PayPayの新しい取り組み」と題した説明会を開催し、同社のビジネス現況ならびに「2021年9月30日まで」としていた加盟店の決済手数料の無料施策のその後についての発表を行なった。説明会の概要は既報の通りだが、今回発表会に合わせてPayPay取締役副社長執行役員COOの馬場一氏にインタビューする機会を得たので、説明会で触れられた事項について少し深掘りしていきたい。
手数料徴収についてはいろいろ賛否両論あるようだが、無料措置というのはあくまで戦略上の対応であり、ビジネスを営む以上はシステム利用料と合わせ相応の実入りが必要になる。
今回はこの手数料にまつわる背景ほか、店舗のクーポン発行やマーケティング施策を担う「PayPayマイストア」の新しい料金プランである「ライトプラン」導入に至る背景、一部には知られた全国ローラー作戦を実現するための膨大な営業リソースの行方と今後の加盟店開拓、そしてキャンペーンの今後など、インタビューを基に気になるポイントを整理していく。
「1.60%/1.98%」はいかに決定されたのか? 「決済全体でトントン」
手数料有料化の決断について、馬場氏は「経営判断的にはもともとPayPayの今年の10月の有料化は決めていました」と念押ししている。
一方で、実際にそれを実行するかどうか、そして手数料率をどう決定するかについて社内でかなりの議論があったことは認めており、「去年(2020年)の10月くらいから加盟店に匿名でアンケートを実施していて、PayPayの手数料がどれくらいだったらどれだけ残ってくるのかを測っていた」と説明する。「例えば手数料が高ければ半分になるだろうし、0ならばほとんどが残るだろう。1.60%でも利用を留められるという腹づもりはあるけれど、それらを加味したうえで決定された数字になります」(馬場氏)
ただ、1.60%という数字が純粋にアンケートの結果を反映しただけでなく、コスト計算を積み上げたものと、さらに他社で一般的な3.24%という数字の半分を勢いで狙ったとも馬場氏は回答している。
この水準で利益が出るかという質問に対して同氏は「利益が出るかは加盟店や業種によって若干違っているうえ、(PayPay決済の)裏側にクレジットカードを入れている場合などによっても原価が変わってきます。また銀行経由なのか、ATM経由なのか、あるいはソフトバンクまとめて支払い経由なのかでも原価が変わります。PayPayの目標としては、決済全体として“トントン”にしたいと思っています。決済でバカみたいに儲けて終わりというわけではなく、決済はあくまでプラットフォームなのでそこそこトントンにしておいて、その上に載せるサービスで儲けが出るようになったらいいなというところです」と述べている。
“トントン”ということは、決済の利益自体は赤字ではないプラマイゼロであればよく、あわよくば利益が出る程度の水準でいいということだが、これについて馬場氏は「できればそうしたい」としている。そして利益を出すための仕組みが「ライトプラン」なのかといえば、同氏は「加盟店側の反応もあるし、なんともいえないところです。利用促進のために1,980円の中のサービスをもっと厚くするためにコストをかけないといけないですし、クーポン発行の値引き分をこちらで負担しようとしたら、その持ち出しもある。先の見通しは分からないですが、決済でフラット、マイストアでプラス、さらに金融サービスでプラスとなっていくのが理想です。時期的なものについては(内に秘めている目標はあるものの)分からないというのが正直なところです」と語っている。
PayPayマイストア推進に至る背景
手数料の話題を除けば、今回の説明会での大きなポイントは「PayPayマイストア」の積極推進にある。前段の通り、決済利益フラット化をうたうPayPayにとって利益の源泉になる可能性を秘めた施策であり、かつ同社がアピールする「街のお店全力応援」のキャッチフレーズに合致するものだからだ。
同社が「ユーザースキャン」と呼ぶMPM方式のQRコードを店舗に掲示する加盟店向けの施策にも思われるが、実際には店舗がバーコードを読み取るCPM方式も含め(PayPay for Businessが利用できる)PayPay加盟店すべてが対象になっており、ユーザーのPayPayアプリ上への露出機会や送客プログラムの利用を可能にする。
ただ、同社が発表している最大6カ月間のPayPay決済額3%還元キャンペーン対象となるのがMPM契約かつ年商10億円であり、CPM加盟店にとってすぐライトプランを導入するメリットは少ない。この点について馬場氏は次のように述べている。
「新聞折り込みでチラシをバラ蒔くのと、PayPayでデジタルにやるのとではやはり違うと思うので、そういった成果をしっかりとだせるようなサービスにしていきたいと思います。ただ、このようにいっていますが、実際に現状で可能なのが加盟店の写真と営業時間の掲出、クーポンの発行くらいで、まだまだ1,980円の価値は少ないとも思っています。加盟店の意見も聞きつつバージョンアップしていき、少なくとも2,000円以上の利益の向上につながるサービスにしていきたいです」(馬場氏)
ただ、この施策には割と時間がかかるのは確かだ。筆者が以前に馬場氏にこれらの話を聞いたのが2年以上前で、この段階にきてようやく実装が進んできたという実感がある。これは同氏も認めており、「頑張って作っていきたいところで、優秀なエンジニアも雇っていますけど、優先順位的に600くらいのリストがあり、どこに入れていくんだというせめぎ合い」(馬場氏)と述べている。今後加盟店側からいろいろリクエストなどもあるかと思うが、ニーズを満たして1,980円の価値を満たしていくのはなかなか長い道のりだとも思える。
また前項で触れた1.60%の手数料の話だが、これはあくまで「ライトプランに加入した場合」の話だ。未加入の場合は1.98%という手数料となり、一般的なクレジットカード手数料に比べれば安価ではあるものの、ライトプランの月額料金である1,980円を支払うことで“足が出る”可能性がある。
この点について馬場氏に質問すると「1,980円という数字は、50万円の決済がないと相殺しないので、そうでなければ1.98%を選んだ方が安い」と認めている。ただ、もしPayPayマイストアによる集客効果がそれを上回るのであれば差額以上の価値があるわけで、そこをきちんとアピールするのが同サービスのポイントであり、同社の「営業部隊」の役割でもある。
最強の営業部隊は「PayPayマイストア」セールスに転換へ
筆者は過去1年半ほどで日本の東端から西端までさまざまな場所を巡ってきたが、実にどこに行ってもPayPayが使える風景を見ており、ローラー営業でこの環境を実現したPayPayの営業部隊の偉大さをよく理解している。自治体との密な連携も特徴であり、間違いなく現状で国内最強の営業部隊といっていいだろう。
馬場氏は以前に550万の加盟店目標を話していたが、その現状について次のように述べている。
「550万という数字ですが、まず分母が違うんですよ。現状340万カ所と説明している加盟店ですが、この数字はオフィスグリコやタクシー、自動販売機、オンラインの数を含んでおり、そのときに説明した実店舗での550万という想定とは異なっています。つまり、340万カ所とはいっても実店舗の分母の数字に比べるとまだまだ小さいわけです。ですので、今後もMPM加盟店の開拓は積極的に行なっていく予定です」(馬場氏)
一方で、この新規加盟店開拓は当初のペースよりも鈍化していることを同氏は認めており、新規開拓は行ないつつも、既存の自治体などを含む関係各所との連携を行なうリソースを残しつつ、主要な営業リソースは「PayPayマイストアの営業の方にぐーっとシフトしていく予定」(馬場氏)だと述べている。
また新サービスの営業にともない、例えば加盟店が写真をマイストアに登録することで1,000円の手間賃を払ったり、あるいは営業マン自身が写真を撮影してアップロードするといった付加サービスも提供する計画があるという。PayPayマイストアやPayPay for Businessに近いサービスは競合他社がいろいろ提供しているが、馬場氏は「AirペイやSteraなどもいろいろアプリケーションを提供していますが、実際に利用者が使いこなせていないのが現状です。われわれはPayPayマイストアやPayPay for Businessでも“スーパーアプリ”を目指していきますから、加盟店と一緒に勉強しつつ、少しずつバージョンアップしていって、一緒に考えていきたいなと考えています。もちろんPayPayで全部できるとも思っていませんので、ニーズに応じてどこかと組んでいく可能性もあります」と説明する。
ただ、現状でまだ加盟店開拓自体は続いており、今回の営業リソースのシフトはPayPayマイストアの販促だけのものではないようだ。「もちろん今後はPayPayマイストアの営業を強化していきますから、直近の2-3カ月と比較すれば獲得ペースは落ちるでしょう。でも加盟店が増えていないわけではなく、最近では新規に入ってくる加盟店の2-3割ほどは既存加盟店の紹介なのです。それが営業マンの紹介であったり、Web経由での申し込みであったり。実際に使って便利な部分や集客効果が伝わって、地域で広がりを見せているようです。また営業リソースを整理する計画もなく、どちらかといえば増強したいと考えています」(馬場氏)
キャンペーンの今後。「追撃の手は緩めない」
またPayPayといえば衝撃的な大型キャンペーンの連発で一気に話題をかっさらったサービスという記憶が強いが、今後のキャンペーン展開について馬場氏に尋ねたところ「まだまだキャンペーンやりますよ! 今日もいったけど追撃の手は緩めません!」(同氏)と非常に力強い返事が戻ってきた。
できる限り早く黒字化を実現したいというPayPayだが、同氏によればキャンペーンは別腹のようだ。ただ、その性格が最近では大きく変化しており、PayPay自身が“持ち出し”するというよりも、キャンペーン参加各社がその効果を実感して、自ら支出している状況にあるという。直近ではセブン-イレブンやドラッグストア、ユニクロといった大型キャンペーンは加盟店側からの拠出で、しかもPayPay自体のシステム利用手数料まで徴収できている状態だ。この波が今後個店にも広がってくれば、PayPayマイストアやPayPay for Businessの施策と合わせてよりデジタルを使ったキャンペーンが展開しやすくなるというのがPayPayの目標となる。