鈴木淳也のPay Attention
第106回
コード決済“一強”となったPayPayが迎える転換期
2021年8月13日 14:37
7月末に取材で北海道東部を訪問してきた。
2020年11月に経済産業省が「面的キャッシュレス・インフラの構築支援事業」の採択事業者として6地域でのキャッシュレス事業を紹介していたが、そのうちの1つである「ルパン三世Pay」導入の背景を聞くためだ。詳細は後日別記事が掲載される予定だが、6地域の中でも、名前のインパクトと、日本の国土では「浜中町」というほぼ末端に位置する地域でのキャッシュレスという話題に興味を持ち、浜中町商工会に取材を打診した経緯がある。
浜中町は道東の主要都市から少なくとも車で2時間ほどはかかる距離で離れており、アプローチにあたっては釧路または中標津の空港を利用することになる。今回は飛行機の便数も比較的多い釧路からの移動を選び、取材日の前後を挟んで周辺エリアを散策してみた。景色が雄大であることはいうまでもないが、やはり気になるのは現地のキャッシュレス事情だ。実際に移動するなかでどのようなキャッシュレス決済が利用でき、どの程度利用されているのかは気になるところではある。
北海道の果ての土地でキャッシュレス
近年、都市部ではない土地で現金を持っていなくても支払いに困るというケースがかなり減ってきた印象がある。
以前にJPQRの取材で和歌山県南部地域を訪問したとき、交通系ICなどの電子マネーはコンビニや地元の市場など一部の場所でのみ対応しているという状態だったものの、クレジットカードを利用できる場所はそれなりにあり、PayPayに至っては「この店舗で唯一使えるキャッシュレス決済手段」という場面に何度も遭遇している。観光地でのキャッシュレス決済は割とメジャーだが、そうでない普通の小さな町のレストランや商店でもキャッシュレス決済できるというのはここ最近の大きな変化だと思う。
道東はどうかといえば、2年前に和歌山県を訪問したときよりもさらにキャッシュレスという面で進んでいる印象がある。
実際、今回の旅程で現金を使った場面は3回だけで、1つは摩周湖の第1展望台のレストハウス、2つめは釧路市内の泉屋というレストラン、そして最後に「ルハン三世Pay」の残高チャージでの支払い。現金利用が必要な場面が多いと判断して事前に2万円を追加でATMから下ろしていったのが、まったくもって空振りに終わってしまった状態だ。
クレジットカード、交通系電子マネー、QRコード系決済の3つのいずれかがあればほぼ問題なく、特にPayPayは唯一の支払い手段となっているケースが多々見受けられ、非常に重宝している。驚いたのは地元スーパーでは筆者の自宅近くのスーパーよりキャッシュレス決済手段が充実しているほどで、コンビニの多さも相まって買い物で困ることはなかった。特に浜中町では中心部にあるコンビニはセイコーマートのみとなっているが、セイコーマート自身が「ルパン三世Pay」を含む豊富なキャッシュレス決済手段に対応しており、買い物客を出迎えてくれる。
“一見さん”の外国人がPayPayを利用するというハードルはあるものの、少なくとも多くの日本人が道東を旅行するうえで“キャッシュレス”というのは、ごく自然なものになりつつあると思う。すべての店舗で利用できるというわけではないが、「あえて探さなくてもキャッシュレスが利用できる場所は多くある」ということで、これは過去3年ほどで日本で起きている大きな変化だ。
余談だが、以前にインタビュー取材をして以来ずっと訪問したいと思っていた「WAONで乗車できるルートバス」も釧路で体験できた。「ゆいレール」でも利用されているモバイルクリエイトのシステムを利用したもので、短区間だがホテルから食事に行くのに利用してみた。
ただ、地元であまり利用する人が少ないのか、最初スマートフォンを運賃ボックスに取り付けられた非接触リーダーにかざそうとしたところ、運転手に止められるという事態にも遭遇しており、その点でまだまだ「モバイル決済」は浸透しているとは言い難いのかもしれない。
コード決済“一強”となったPayPayが迎える転換期
ところで、道東でも体験することになった「PayPayの地方への浸透」だが、戦略の転換期を迎えつつあるという話題だ。
8月4日に開催されたソフトバンクの決済発表においてPayPayの最新データが公開され、6月時点での登録ユーザー数が4,000万人超、決済回数と取扱高がそれぞれ前年同期比で1.8倍と1.7倍に伸びていることが報告されている。
同社社長の宮川潤一氏はPayPayの戦略は「決済回数」の部分にフォーカスしており、これをいかに伸ばすかが重要だと述べている。ユーザー数がある段階で頭打ちになるのは見えており、決済単価が大きく変化しないことも考慮すれば、今後取扱高を伸ばして手数料収入を増やしたり、PayPay for Businessを通じて新しい付加価値を加盟店に提供していくためには、やはり決済回数を増やしてユーザーのリテンションを挙げつつ、いかに“普段使い”でのPayPayを定着させていくかが重要となる。その意味で、着実に増えつつあるPayPay加盟店は利用の後押しとなり、8月末に発表が予定されている「有料化」の波をどう乗り切るかが課題となる。
決済回数を増やすうえで重要なのが「ブランディング」と「定期的なキャンペーン」だ。先ほど道東でPayPayの“のぼり”やロゴをあちこちで見かけた話をしたが、「目印があるなら使ってみよう」というユーザーの呼び水になる。
現在マクドナルドやセブン-イレブンのアプリでPayPayが利用できる仕組みが実装されているが、これは利便性もさることながら、「利用できる機会を増やす」「ロゴやPayPayの文言を決済タイミングで露出させることでリテンション効果を狙う」という意味合いも大きい。
興味深い事例としては、先日博多駅で見かけた「SPACER」というコインロッカーで(キャッシュレスなので“コインロッカー”というのは変なのだが)、本来このサービスは電子マネーを含む複数のキャッシュレス決済サービスが利用できるにもかかわらず、あえて別枠でPayPayのロゴが掲出されていた。PayPay側から資金を出すなど何らかの契約があると思われるが、「あえてロゴを出す」という露出行為がどれだけ意味を持つのかの試金石になっていると考える。
こうした努力はどのように実を結んでいるのか。
筆者は複数のアクワイアラやゲートウェイ、加盟店などからコード決済のシェアに関する情報を得ているが、2021年前半時点でPayPayの同分野におけるシェアは6割程度と把握している。それに「d払い」と「au PAY」が2割前後のシェアで追随し、残りをそれ以外で分けている状況だ。d払いとau PAYはキャンペーンの有無による差が非常に大きく、シェアも1-2割で変動して両者の順位もそのたびに入れ替わっている。一方でPayPayのシェアは安定しており、前述の水準を維持している。
ただ、それでも決済全体でみれば、事業者単体としては大きいものの、シェアという面ではまだまだ拡大の余地がある。
下図は先日の決算会見で出されたスライドの数字だが、2021年第1四半期の取扱高が1.2兆円となっており、単純計算で4倍すれば年間取扱高は4.8兆円となる。日本の年間最終消費支出が300兆円とされているため、決済全体におけるシェアは約1.6%ということになる。クレジットカードや電子マネーなどを含めた日本の現在のキャッシュレス決済比率は30%弱となっているため、キャッシュレス決済全体のシェアでいえば5%程度。これら数字は先ほどのアクワイアラなどの集計データから推測した数字とほぼ一致しており、PayPayの決済シェアは1%後半台ということが分かる。
これだけPayPayが浸透したように見えても、全体の割合でいえばこの水準というわけだ。
このような水準ではあるものの、PayPay自体はコード決済で抜きん出ており、ほぼ一強という状況ができつつあるようだ。「中小店舗のキャッシュレス対応」の連載を執筆する平澤寿康氏が、連載の題材となっている「紀の善」の最新状況について、「PayPay単独で交通系に匹敵するまでになってきている」と述べている。
同店は決済単価が1,000円を超えているため、もともと残高上限が2万円の交通系ICが不利という状況があるのだが、PayPayがそれを凌駕するようになったというのは興味深い。傾向をみていくと、d払いとau PAYがともにキャンペーンが落ち着き、3月末に「超PayPay祭!フィナーレジャンボ」を開催したあたりでの伸長が目立ち、従来まで両決済とPayPayの差は2-3倍程度だったのが、過去数カ月で一気に引き離しているという。詳細の数字は同氏の連載での報告待ちだが、コード決済の分野ではPayPayが圧倒的シェアを獲得した一強状態に突入した。
ゆえに、やはり気になるのは8月末の同社の有料化における対応の発表だ。加盟店の離脱が出るかも含め、一強状態となったPayPayの決済回数がどのように変化するか。2021年10-12月期の推移を見守りたい。