鈴木淳也のPay Attention

第84回

超低金利時代の銀行の逆襲

1月中旬に開催された「みんなの銀行」発表会見に登壇した同社頭取の横田浩二氏(右)と同副頭取の永吉健一氏(左)

前回、間もなく解禁される「給与デジタル払い」の最新事情について紹介した。ポイントの1つは、これまで現金の受け渡し以外では唯一給与支払いの手段として認められていた「金融機関への振り込み」に加え、新たに資金決済法で定義される「資金移動業者」の“アカウント”にも給与払いが可能になることだ。

間もなくやってくる「給与デジタル払い」とは何か

従来までであれば「口座に給与が振り込まれたので、ここから何をしようか……」ということで銀行口座を基点にお金の移動が発生していたものが、今後は資金移動業者が提供する「○○Pay」を給与支払い口座として利用するユーザーにとって、銀行口座は振り込み先の1つという位置付けになる。

前述の記事中にもあるように、「給与デジタル払い」の1つは銀行口座開設が難しい外国人労働者などへの利便性を図ると同時に、手数料引き下げ効果による「支払い回数やタイミングの柔軟性」を高めるという狙いがある。

だが、もし銀行口座への給与振り込みよりも手数料が安価ということで「会社が特定の資金移動業者を指定して振込先として強制」したり、あるいは超低金利時代において銀行口座での預金運用に興味を持たない層がより利便性の高い「○○Pay」を選択するようなトレンドが到来することで、相対的に銀行の三大業務の1つである「預金」の柱が崩れて地位が低下する可能性を秘めている。

同時に、「預金」をベースに運用されることになる「為替」のサービスにもこの影響が及び、最終的に最後の業務である「融資」にも波及しかねない。

2月19日の日本経済新聞の「決済アプリにたまる『疑似預金』膨張、銀行が警戒」という記事では、ちょうどこの預金問題に触れている。

重要な部分を引用すると、デジタル化の進展とともに柔軟な支払い手段を提供する資金移動業者に「チャージ資金」としてのお金が貯まりつつあり、前回の話題でも触れたKyashのように「預金」としての性質を帯びつつある。それと同時に「チャージされた資金を運用する」という形で「(銀行)預金」との境目が曖昧になりつつあり、改正資金決済法により今年2021年からスタートする資金移動業の規制緩和と合わせ、これら事業者の預かり金の管理を厳格化する動きが進んでいる。

前回の記事ではKyashとRevolutの事例を挙げたが、これまでグレーゾーンとして運用されていたサービスに一斉に見直しが入りつつあるのも、一連の動きと連動している。

出資法は金融機関を除き「業として預かり金をしてはならない」と定めている。「利息」をつけて資金を集めれば、実質的に預かり金に当たるとみなされる可能性がある。金融庁は預かり金を (1)不特定多数が相手 (2)金銭の受け入れ (3)元本の返済が約束されている(4)預け主の便宜のために金銭を保管することを目的とするもの――としており、Kyashはこれら4要件に該当する可能性があった。

懸念を払拭できなかったKyashは利息サービスを見送ったが、チャージ後、使わずにスマホアプリにたまっているお金は実態として預金の性質を帯びている。銀行口座を介さずに、給与を直接スマホアプリに振り込むデジタル給与払いが解禁されれば、ますます預金との境界線は薄れることになる。

決済アプリにたまる『疑似預金』膨張、銀行が警戒(日本経済新聞 2月19日)

低金利時代で曖昧になる2つのサービスのボーダー

日経報道では「疑似預金」と表現しているが、利用者側の立場からみれば「預金」か「疑似預金」かは、お金が“預けられている”先が「どの会社か」の違いでしかない。

「○○Pay」のサービスは言うに及ばず、昨年日本国内で公式サービスを開始したRevolutをはじめ、参入自体は数年前だが今年1月に入って国内でのデビットカードの提供を開始したTransferWiseなど、資金移動業では海外勢の参入や活動の活発化も目立つ。

日本市場への参入はアジア最速だったが、諸外国にやや遅れる形でデビットカードのサービスを開始したTransferWise

QRコードやバーコードなど、いわゆるコード決済を主体とした「○○Pay」事業者の国内市場の行く末はほぼ決着しつつあるが、一方で規制緩和に沿う形で新規事業者が銀行の聖域を浸食する動きは今後も続いていくと考えられる。

銀行にとって痛いのは、超低金利時代において銀行預金の「利息」というメリットが打ち出しづらく、デビットカードの提供で決済での利便性を打ち出したり、給与や年金などの振り込み資金を利用した各種運用サービスを提案したりと、サービスを拡充しつつある資金移動業者との差別化がうまくできていない点にある。

供託金さえ確保できれば参入障壁の比較的低い登録制の資金移動業に比べ、免許制の銀行は資本金を含む各種規制に縛られることになる。前出のKyashを例に挙げれば、同社はもともと「前払式支払手段」の業態で業界へと参入し、後に業容の拡大に向けて「資金移動業」へと移ってきた。

Kyash代表取締役CEOの鷹取真一氏は「流れとして銀行免許の取得ということも考えられるが、同時にできることと規制の兼ね合いもあり、その時期は慎重に見極めたい。いまは資金移動業の枠でできることを進めていく」と、あえて現在のビジネスの軸を資金移動業に留めていることを示唆している。

2020年12月に「残高利息」サービスを発表した会見でのKyash代表取締役CEOの鷹取真一氏

銀行サイドとしてみれば、規制の中で苦労して維持しているサービスに対し、その枠の外からボーダーを攻める形で領域を浸食するサービスは看過できないという話も分かる。前回の記事でも触れたが、Kyashがサービス開始直前になり「残高利息」を引っ込めた背後に複数の金融機関からのクレームがあったことも、新興系事業者の動向を銀行が非常に警戒していることの表れだろう。

一方で、一般利用者に対して「銀行ならでは」という特徴を出しづらいのも事実だ。銀行では倒産などの不測の事態に備えて最大1,000万円までの預金が保護される制度があるが、先ほどの日経新聞の記事中で全国銀行協会の三毛兼承会長(三菱UFJ銀行頭取)による「事業者には高いレベルの利用者保護が求められる」という発言が紹介されていたように、安心や安全を前面に打ち出すなど、「お得さよりも安全な取引先」というメッセージで差別化せざるを得ないという意図も透けて見える。

銀行の信頼性という観点では、ドコモ口座を基点とする各種問題で若干“ミソ”がついているが、資金移動業者自体も不正な取引に対するユーザーへの補償問題などの整備がようやく進みつつある段階であり(それ以前は「補償対応はない」と明記しているのが一般的だった)、時代の変化とともに業界全体の利用環境が改善しつつあるといえる。

攻める銀行

そうしたなか、今年5月下旬にデビットカードの発行を開始し、新たに銀行市場に参入する事業者がある。ふくおかフィナンシャルグループ(FFG)の「みんなの銀行」だ。

みんなの銀行 5月サービス開始。国内初デジタルバンクへ

口座開設とともにバーチャルデビットカードが発行される点が特徴で、すべての処理がペーパーレスとオンラインで行われるフルデジタルの“インターネット”銀行だ。前述のように銀行と資金移動業者で「預金」のボーダーが曖昧になりつつあるなか、みんなの銀行で頭取の横田浩二氏は「預金こそが事業における最大の強み」と言い切る。

1月の記者発表会後の質疑応答で「みんなの銀行」の狙いについて語る頭取の横田浩二氏

先日、ドコモ口座関連の話題でゆうちょ銀行を取材していた際に、関係者らの「(ゆうちょ銀行の)口座からはWeb口座振替(即時振替サービス)で出金されていることしか分からず、われわれが把握しているのは預金の状態だけ。そこから先のことは事業者間の連携なしに把握することは難しい」という声を聞いており、巨大銀行が大量の預金口座のデータをうまく活用できていないという現状を知ることができた。

みんなの銀行は当初から利用者の行動特性を活かしたデータビジネスへの進出を表明しており、「預金を握っているだけでは取得できる情報に限界があるのでは?」と筆者が疑問を投げかけたところ、「米国や欧州など海外の事例を広く研究しているが、個人のすべての行動データは預金に集まっており、これを把握することが出発点となる。これ以上のものはない」と横田氏はそれを強く否定した。

すべての資金の出発点となる預金口座があり、そこを基点に利用者の行動を把握し、必要に応じてパーソナライズを行なったり、関連するデータを基にした各種ローンなどの提案や付随するサービスを提供するビジネスモデルだ。とかく「イケていない」といわれる銀行のサービスだが、モバイル特化でUIやUXをシンプルに“今風”のものにアレンジしつつ、SNSによる積極的な情報発信や各種情報サービスの紐付け、銀行からのファイナンシャルプランニングの提案など、最大の強みである「預金」を軸にサービスを構成した体裁だ。

「みんなの銀行」がこの時世にあえて銀行免許を取得してサービスインした理由を説明するスライド
データビジネスが軸の1つ
みんなの銀行が掲げるサービスコンセプト

またビジネスモデルにおいて、みんなの銀行はシステムをフルスクラッチで起こしつつ、リアルカードの無料発行の停止やフルデジタル化を組み合わせて運用コストを圧縮するとともに、新しいビジネスの提案も行なっている。

典型的なものが「BaaS(Bank as a Service)」事業で、数年前に銀行業務の「アンバンドリング」が話題になったが、みんなの銀行を構成するシステム要素……例えば決済やローン、本人確認、ホワイトレーベルでのウォレットなどの機能を切り出し、それを必要とする事業者にサービスとして提供するB2Bの仕組みだ。

すでに100以上の事業者から問い合わせがあるということで、低金利時代を生き残るために「預金」や「融資」のみに頼らない、さまざまな方策を模索している。規制のなかで「銀行」と「資金移動業」という2つの業界をなんとか区分けしようと試行錯誤が続くなか、先進的な銀行は従来の枠を越えて自身が変化しつつあるように思える。

みんなの銀行のビジネス業容とその範囲
B2B事業のコアの1つとなる銀行業務の「BaaS」

国内SIerでシステムエンジニアとして勤務後、1997年よりアスキー(現KADOKAWA)で雑誌編集、2000年にプロフェッショナル向けIT情報サイト「@IT」の立ち上げに参画。渡米を機に2002年からフリーランスとしてサンフランシスコからシリコンバレーのIT情報発信を行なう。2011年以降は、取材分野を「NFCとモバイル決済」とし、リテール向けソリューションや公共インフラ、Fintechなどをテーマに取材活動を続けている。Twitter(@j17sf)