鈴木淳也のPay Attention

第81回

ユニクロ・無印など店舗独自Payの意味。「○○Pay乱立」ではない

レジに並ぶ決済用QRコードの数々(写真は参考例です)

いわゆる「○○Pay」については本連載でも何度も取り上げており、2021年最初の記事でも同テーマの話題を紹介した。2018年以降多数のサービスが出現した「○○Pay」の世界だが、2019年にはほぼ方向性が決定して撤退を表明するサービスも出現し、2020年以降は独自のポイント経済圏やバックグラウンドを持つサービスが継続する形になりつつある。

こうしたなか、'20年12月には「MUJI passport Pay」が、そして今年1月には「UNIQLO Pay」がスタートするなど、再び「○○Pay」の勢いが再燃したようにも思える。

こうした動きについて、SNSなどでニュースに対する感想を読んでいると「また○○Payを乱立させるのか」「なぜ事業者の好き勝手で利用者が不便を強いられなければいけないのか」「なぜ日本だけこんなにサービスが乱立するのか」といった声を少なからず見かける。

今回は誤解されている部分の解説も含め、“店舗独自”の決済サービスについて考えてみたい。

顧客利便性を高めるストア独自の決済サービス

話題の1つめは「UNIQLO Pay」だ。アパレルブランド「ユニクロ」の提供するアプリ決済サービスであり、同社独自のものだ。

使い方は簡単で、同サービス以前から提供されている「ユニクロアプリ」をダウンロードし、会員情報を登録した後、クレジットカードまたは銀行口座の決済手段をあらかじめ紐付けておくことで、店頭での友人レジまたはセルフレジでの会計がスムーズに行なえる。

従来のフローでは、会計前にユニクロアプリで会員情報を提示した後、改めて決済手段を伝えて(選択して)支払いを行なうという2段階の作業が必要だったのが、UNIQLO Payであれば最初に会員情報を提示するためのQRコードを読み込ませるだけで、あとは会計時に「UNIQLO Pay」を選ぶだけで再度スマートフォンを操作したり、財布からクレジットカードを取り出すことなく決済が完了する。つまりリピート客の利便性をさらに高めることが狙いにある。

UNIQLO Payで重要なのは、店頭での決済に特化している点だ。また、他の既存の決済サービスにあるような「残高チャージ式」ではなく、支払いはクレジットカードまたは銀行口座直結のデビットカード方式になっている。

ファーストリテイリング広報によれば「発表直後は『EC強化戦略の一環か?』といった問い合わせがメディア各社からあったがあくまでユニクロアプリを利用する会員ユーザーの店頭での買い物の利便性を高める施策」だという。

従来のユニクロアプリでは会員QRコード提示やクーポン(SCAN DE CHANCE)といった機能はあるものの、いわゆるEC的なオンラインストアの機能はWebサイトにリダイレクトされるだけで、アプリ内の機能としては実装されていない。あくまで会員QRコード提示のフローに決済機能を付与しただけという位置付けだ。

「ユニクロの会員サービスではポイント還元のような仕組みもなく、クーポンや各種情報提供に限定したもの。それにも関わらず多くの会員利用があるのは、それだけ弊社のファンの方がいるのだと考えている」とファーストリテイリング広報では説明する。

なお、各種メディアの報道によればユニクロ会員は現在3,000万人強に達しており、店舗単体の会員サービスとしてもかなり巨大な部類に入る。すべてのユーザーがそのままUNIQLO Payを利用するわけではないが、決済サービスとしてのインパクトも大きいだろう。

ユニクロ店舗のセルフレジ。まず最初に会員コードの提示を求めてくる。アプリを指定位置に置くと、操作用タブレットのカメラでスキャンが行なわれる
決済画面。少し前の画像なのでメニューが異なるが、ここに「UNIQLO Pay」の項目が出現する]

なお同社によれば、他社のサービスのように外部提供を行なう計画はなく、あくまで会員ユーザーのためのサービスである点を強調する。さらに実装にあたって最も重視したとするのが「安全性」だ。UNIQLO Payの支払い手段の1つに銀行口座があるが、この仕組みの実装に「Bank Pay」が用いられている。

Bank Payそのものは複数の銀行口座を登録して決済に利用可能な仕組みだが、今回のUNIQLO Payにあたって銀行はすべてセキュリティ上の問題がないかを確認したうえで、アプリ上で選択可能な銀行として登録を行なっているという。

今後、対応銀行を増やしていく可能性を示唆しているが、「あくまで自社がすべて責任を持てる決済手段しか提供しない」ということで、例えば他の○○Payを組み込んでいくことは否定している。

同様に、「MUJI passport Pay」についても会員プログラムの延長にあると考えていいだろう。「MUJI passport」アプリの決済機能という位置付けだが、こちらは会員向けのポイント(マイル)プログラムが付随しており、登録したクレジットカードでMUJI passport Payを利用する際にマイルが自動付与される。

やはり「会員カード+決済」が一体化した利便性向上のための施策であり、リピーターがより便利に買い物できるようにすることが狙いにある。

もし両者がバラバラであれば二度手間は避けられないわけで、1回ですべての処理が完了する仕組みというのは、比較的訪問頻度の多い店舗であればあって然るべきともいえかもしれない。

「MUJI passport Pay」の解説ページ

ユニクロの場合、シーズン物以外に定期的に新商品がリリースされているほか、コラボ商品などもあるため、コアなユーザーであれば毎週顔を出すのも珍しくないという。せっかくスマートフォンという多くのユーザーが持っている便利なツールがあるのならば、ロイヤルティプログラムの一環として今回のような仕組みを提供しようというのも自然な流れだ。

逆にいえば、「○○Pay」を名乗ることでターゲットとは異なる層に対して「また○○Payを作って……」という先入観を与えてしまっているのかもしれない。

北欧で見かけたストア独自の決済サービス

「日本はなぜ独自規格が多いのか」という文言はさまざまな文脈で見かけるが、以前にApple Payが日本に上陸するまでの話題でも少し触れたように、決済では各市場ごとに独自の世界があり、Apple Payもまた各国への進出に際して各々の市場に応じたローカライズが大なり小なり行なわれている。

代表的なものは各市場で銀行などが発行する独自のデビットカードで、著名なものであればカナダの「Interac」、あるいはドイツの店舗において「Visa Electron」しか受け付けていないケースがあったりと、必ずしも対外的にオープンな世界ではなかったりする。

同様に、Starbucks Rewardsのような店舗独自の決済システムで巨大なエコシステムを構成しているように、やはり各国のローカル市場において独自のポイントプログラムや決済の仕組みが運用されているケースも多く、程度の差こそあれ、日本が決して特殊な市場ではないと思う。

例えば、以前に訪問したスウェーデンのストックホルムで見かけたのは、「Espresso House」という北欧諸国でチェーン展開しているカフェが独自のポイントプログラムと決済システムを持っており、利用者はモバイルアプリ上への2次元コードの表示で会員証の提示や支払いが一発で行なえるようになっている。クーポン提供などもアプリを通じて行なわれるため、アプリを通じて決済などを含めたマーケティングが実施されていると考えればいいだろう。

現地の在住者によれば、同様の仕組みは他のカフェやスーパーなどでも見かけるとのことで、「少しでもお得に買い物したい」というユーザー心理を突く形で各社が創意工夫を凝らしてアプリを通じたマーケティングを展開しているという。このあたりの動きに、地域による違いはない。

Espresso Houseの提供するアプリ。会員カード+決済機能を持つ
アプリであれば1回のスキャンで済むので、利便性は非常に高い

ストア独自というわけではないが、いわゆる国際ブランドのカード以外に、ローカル市場で有効なデビットカードや決済の仕組みを採用しているケースは海外においても少なからず存在する。例えばデンマークでは「Dankort(DK)」という同国内の銀行が発行する独自のデビットカードの仕組みがあるが、モバイルアプリに同カードを登録することで非接触決済が可能だ。単純に物理カードを置き換えただけだが、Bluetoothの仕組みも採用しているため、NFCと比較して端末ごとの相性がない。デンマーク国内では「MobilePay」というスウェーデンのSwishにあたるモバイル決済サービスが普及しており、これと両対応の決済ターミナルも存在する。

デンマークのスーパーチェーンであるNettoの決済端末では通常の国際ブランドカードに加えてDankortアプリによる決済も可能
この端末ではMobilePayとDankortの両方のアプリによる決済に対応する

これ以外に、複数のスーパーなどで共通して利用できる会員向け決済サービスもある。「Coop medlem(Coop会員の意味)」アプリでは、会員証登録に加え、決済機能を利用できる。さらにCoopayというQRコード決済の仕組みを利用すれば、ここまで紹介したように会員証提示から決済までがワンストップで行えるようになる。数はそこまで多くなかったものの、北欧滞在中はスーパーでこの仕組みを利用する客を何度も見かけており、それなりに利用されているサービスなのだとは考える。

Coop medlemアプリに対応した決済ターミナルの例。コペンハーゲン市内にて
こちらはストックホルム市内のスーパーで見かけた「SEQR」という決済サービスに対応したターミナル。利用は一度も見なかったが、NFCに対応するようだ

まとめると、利用が少ないサービスはいずれ淘汰されていくので、それでもなお残るサービスというのは一定の利用層がおり、メリットを享受していることを意味する。例えば北欧では早くからスマートフォンの普及率がかなり高い水準にあり、各社がマーケティング施策としてアプリを活用すべく次々とサービスを投入したことで今日のキャッシュレス環境が生まれた。

最も盛り上がったのが2016-2018年くらいの時期で、現在はまた情勢が多少変化しているかもしれない。ただ、当時北欧の決済プレイヤー各社は「技術ややり方にこだわっていてはサービスの普及はない」と明言しており、ある程度の“カオスさ”は受け入れたうえで展開していくのが、キャッシュレス決済サービス普及におけるポイントなのだろう。

日本のインターネット上で「国あるいは特定の組織が規格を決めて統一的な決済やポイントサービスを提供すべき」という意見も見かけることがあるが、ベンダーの競合なくしてインフラやサービスの普及はなく、そのような仕組みでは普及側のモチベーションは望めない。おそらくインフラ整備も進まず、キャッシュレス決済普及という面ではマイナスにしか作用しないというのが筆者の意見だ。

ユーザー側も、自身のメリットを鑑みつつ最適なサービスをうまく使い分けてキャッシュレス化の波に乗っていきたい。

鈴木 淳也/Junya Suzuki

国内SIerでシステムエンジニアとして勤務後、1997年よりアスキー(現KADOKAWA)で雑誌編集、2000年にプロフェッショナル向けIT情報サイト「@IT」の立ち上げに参画。渡米を機に2002年からフリーランスとしてサンフランシスコからシリコンバレーのIT情報発信を行なう。2011年以降は、取材分野を「NFCとモバイル決済」とし、リテール向けソリューションや公共インフラ、Fintechなどをテーマに取材活動を続けている。Twitter(@j17sf)