鈴木淳也のPay Attention
第61回
マイナポイント事業にみる「マイナンバーカード」普及の限界
2020年9月4日 08:15
キャッシュレス決済で購入額の25%、最大で5,000円ぶんのポイントが付与される「マイナポイント」事業が9月1日、いよいよポイント付与を開始した。2021年3月末までの期間、マイナポイント対象となる決済サービスを事前登録しておくことで、決済時あるいはチャージ時にポイント付与が行われる。
2019年10月1日から2020年6月末まで実施されていた「キャッシュレス・消費者還元事業」に続くもので、キャッシュレス決済とマイナンバーを紐付けることで「マイナンバーカード」の普及を狙うという試みでもある。
マイナポイントの詳細については本誌の過去記事で何度もフォローされているので、そちらを参照してほしい。紐付けるサービスによっては標準で付与されるポイント以外にも、いろいろ“オマケ”が用意されていたりするので、各社各様に自社のサービスへと利用者を誘導するさまざまな工夫が凝らされていて面白い。
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さて、このように政府側の思惑を抱えて期待とともにスタートしたマイナポイントだが、実は状況はあまり芳しくないのではという見方もある。
例えばケータイWatchの8月25日の記事によれば、同日に会見を行なった高市早苗総務大臣はマイナポイントの「予約数(マイキーIDの取得)」が400万人を超えたと発表していた。
大臣会見の内容は総務省のサイトで公開されているが、9月1日の会見では「8月30日時点で377万人の申込みがあり、9月1日からポイントの付与が開始となるので、今後申込者数が増加するものと期待している」とコメントしている。
つまり予約時点で400万という数字だが、マイナポイント付与の予算上限である「4,000万」の10分の1でしかない。事業終了の来年3月末まで約8カ月間あるが、このペースで上限に達することは可能なのだろうか?
そもそもマイナンバーカードが普及していない
マイナポイントが利用できる決済手段は普通のカード型のクレジットカードでも(マイナポイントに対応さえしていれば)問題ないため、スマートフォンなどのデバイスの有無は問わない。必要なのはマイナンバーカードだけだ。
マイナンバーカードは通知カードさえあれば簡単に申請できるうえ(筆者は証明写真のブースでQRコードを読ませて申請した)、一度マイナンバーカードさえ入手すれば、あとはオンライン通信環境がなくても、コンビニATMなどさまざまな窓口でマイナポイントの登録を受け付けている。その気さえあれば入手は容易なマイナンバーカードだが、果たしてこれがマイナポイントでの「4,000万上限」に達するほどに8カ月間で普及するかといえば、非常に厳しいと言わざるを得ない。
現在、マイナンバーカードはどの程度普及しているのだろうか。マイナンバーカードの交付状況は総務省のページで確認できるが、公開されているデータを基に過去1年半分の累計交付数をまとめたのが次の表だ。9月1日時点で「2,420万枚」という発表があったが、現在の人口カバー率は20%に達していない。
その推移を簡単にグラフにしてみたが、この間に申請増のトリガーになる2つのイベントがあったにも関わらず、これで分かるように増加カーブはそれほど上向いていない。1つめのイベントは今年4月の10万円の特別定額給付金で、マイナンバーカードを所持していればすぐにオンライン申請が可能という特典があった。
だが申し込みが一定数を超えた段階で各自治体の処理能力をオーバーし、結局郵送で申請した人と振り込みまでの期間差はあまりなかったという事例も聞く。
また、郵送でもすぐに申請できるため、マイナンバーカード自体のメリットが薄かったのも大きいだろう。
2つめのイベントは今回のマイナポイントだが、グラフを見てもわかるように開始直前の8月になってもそれほど申し込みは加速していない。
4月1日から8月1日までの4カ月間の差分が約291万で、仮に同じペースでマイナポイント終了までの8カ月間交付数が伸び続けたとすると、その増加数は約583万。来年4月1日時点での数字は2,908万となる。4,000万への達成率は4分の3に満たない。
さらに、そもそも現状で2,420万のカード交付数があるにも関わらず、マイナポイント申請数は400万と6分の1の水準だ(16.7%)。
この手のサービスでの利用者は1-2割の水準で落ち着くことが多いため、個人的にはこれでも割と高い方だと思うが、仮にマイナンバーカード交付数が日本の全人口とイコールだったとしても、この比率を当てはめればマイナポイント利用は約2,000万人に留まる。4,000万という数字は予算上限だが、そもそも期間中に上限に達することはないというのが筆者の考えだ。
問題は、マイナンバーカード普及目標をどこに置いているのかという点にある。
高い目標
現在、総務省のページにアクセスすると、最初に出てくるのがマイナンバーカード関連のトピックだ。
今回のマイナポイントに始まり、同事業の終了する来年3月からは保険証としての利用が可能になり(予定)、さらに将来的にはスマートフォンへの導入が可能になるという話もある。1枚何役にもなるわけで、紛失したときのリスクは非常に大きいが、マイナンバーカード1枚あれば保険証や他の身分証も携帯せずに済むというのはありがたいかもしれない。
特にスマートフォンへの身分証導入は世界各国で実験中の段階であり、例えば米国では一部の州でデジタル免許証が有効な身分証として認められてるケースがある(州内の運転であれば物理的な免許証を携帯する必要がない)。ただし、現状のマイナンバーカードできるのは、コンビニで住民票などの印刷ができる程度だ。
このように野望と目標は大きいマイナンバーカードだが、本格的に普及させるのであれば積極的なプロモーションのほか、「本当に使って便利」と思わせる行政サービスとの連携が欠かせない。先ほど来年3月末時点での交付枚数見込みが2,900-3,000万の範囲で収まると述べたが、普及が進むほどに伸びが鈍化するのは明らかであり、過半数の壁を破るのは相当の困難をもたらすだろう。
米国では社会保障番号(SSN:Social Security Number)が全国民や合法滞在者に付与されているが、重要なのは紙ペラのSSNカードではなくSSNという番号そのもののため、常時携帯は必須とされていない。本来であればマイナンバーも番号だけで有効な施策のはずだが、もしマイナンバーカードにまで踏み込むのであれば、それ相応のメリットを提示できなければ普及には限界があると考える。
新型コロナウイルス接触確認アプリ(COCOA)の一連の騒動でも分かったが、国はこの手の普及施策を展開するにあたって決定的にビジョンやプロモーションの考えが不足している。
マイナポイントというニンジンを単にぶら下げれば食いついてくる層もいれば、ニンジンそのものに意味を見出して足踏みする層も当然いる。そもそもニンジンの存在に気付かない人や、それが食べられるものであるかさえ認識していない人も一定数いるだろう。ニンジンが嫌いという人もいるだろうが、マイナンバーカードの本格的な普及を促したいのであれば、こうした層ときちんとコミュニケーションを取るための地道なマーケティングについて改めて考えていきたい。