鈴木淳也のPay Attention

第43回

緊急事態宣言に突入した日本とモバイル決済の“次”

平日の銀座中央通り。中国人観光客が来なくなった1月以降のタイミングから、さらに閑散としている

7都府県での緊急事態宣言から約2週間が経過し、その対象地域は全国まで拡大した。すでに海外でロックダウンされた都市と同じ状況が日本でも再現されつつあり、身近なところでは特に飲食店の営業に非常に大きな影響を及ぼし始めている。サービス業全般にいえる話だが、チェーン店化されていない中小規模の飲食店は多く、経営体力も少ない。全国規模のチェーン店でさえ、売上激減により店舗の維持管理コストがかさみ、体力を削られ続けている状態だ。

2回前の連載記事で、すでにロックダウンから6週間が経過している米カリフォルニア州サンフランシスコ(SF)を中心としたSFベイエリアでの、こうした飲食店や小規模小売の生き残りをかけた最新事情を紹介した。今回は日本での状況を少し振り返りつつ、いわゆる「モバイル決済」がどのような道を2020年に歩むことになるのかを予測したい。

外出禁止令から4週間、米西海岸の小売店はどうやって生き抜いている?

夜間営業自粛がランチ時間帯での活動シフトに

飲食業がテイクアウトやデリバリーを活用し始め、それを支援する検索サービスなどが短期間に多数登場していることは、日々ニュースを小まめにチェックしている方ならご存じだろう。Impress Watchの直近数日のヘッドラインをざっと眺めただけでも、大手チェーンで下記のような発表が行なわれている。

・出前館、「富士そば」の出前サービスを開始
・イケア、レストランメニューのテイクアウト開始
・「おうちでサイゼリヤ!」、期間限定でテイクアウトメニュー拡大
・マクドナルド、店内客席利用を中止、テイクアウトのみに。13都道府県

日本において特徴的なのは、あくまで「営業自粛要請」ということで、特に人が長時間密集して飛沫感染の危険性の高い夜間営業を停止し、さらに店舗も人同士の距離を離すという、“比較的”緩い対応に留まっている点だ。

先日紹介したSFベイエリアの例では、そもそも営業中の店舗に客が入ること自体が郡(カウンティ)の施策で禁止されているため、店頭でテイクアウト料理を注文したり、引き取りのために会計を行なう場合は、表で6フィート(約1.8m)の間隔を空けて順番を待たなければいけない。そのため、電話での事前注文やモバイルアプリを活用してのオンラインオーダー、あるいはDoorDashのようなデリバリーサービスの利用で、こうした「行列待ち」を回避する手段の利用が進んでいる。

ただし日本の場合はまだ緩い規制に留まっているため、ランチタイムになればお弁当を買い求める人々がソーシャルディスタンス関係なく行列を作っていたり、店舗内で普通に食事をすることもできている。前述のように夜間営業の自粛が大きなトピックになっているため、多くの飲食店ではおおよそ20時で閉店というところが多いようだ。

夜間のピークタイムに入る前にラストオーダーが終わってしまい、平日もテレワーク人口増加で通常に比べて客数が大きく減少しているため、少しでも売上を稼ぐためにはランチタイムを含む日中の時間帯にどれだけ客を呼び込めるかが重要になる。

筆者は現在集中作業のため銀座近辺のホテルに寝泊まりしている状態で周辺をウォッチしているが、どこも緊急事態宣言前後にテイクアウト対応が素早く行なわれていたのはこうした事情があるのだろう。

少なくとも5月の連休終了まで閉店を宣言している潔い店舗も少なくないが、こうしたテイクアウト対応を行なった店舗ではランチタイムを越えて営業時間を精一杯延ばして売上確保に努めている。

4月22日から対象地域の全店舗をテイクアウト(Take Away)限定運営に変更したマクドナルド
立ち食いそばもテイクアウトメニューが追加されるように
ランチ営業時間帯のテイクアウトを始める個人店舗も街では見かける。最新メニューなどはInstagramを使ったSNSでアピール
隣の店舗もテイクアウトをアピール

気になるのは、以前よりモバイルオーダーやUber Eatsなどを組み合わせたデリバリーを強化していたマクドナルドはともかく、こうしたテイクアウト&デリバリーに迅速に対応した店舗でも、少なくない数が「あくまで一時的な措置」と考えている点だ。典型的なのがサイゼリヤだが、4月20日からテイクアウトメニューの拡充を5月6日まで限定で行なうと発表している。

筆者はホテル近場の銀座インズ店しか見ていないが、20時までの時短営業の一方で、発注数の問題かほとんどの商品が品切れを起こしており、テイクアウトメニューがほぼ選べない状態にあるなど現場が混乱していた様子がうかがえた。

また「テイクアウト対象商品の拡大」をうたっているものの、パスタや一部の“つまみ”メニューが追加される一方で、以前までにあったドリアなどの料理が除外されており、どちらかといえば「縮小営業のための簡素化」だという印象を受けた。

「期間限定」というフレーズからもわかるように、サイゼリヤ自身もこうした状況が長く続くとは考えておらず、少なくとも5月6日、緊急事態宣言期間の延長を受けてもう数週間程度を「縮小営業でできる限りの顧客ニーズに応える」形で生き残れればというスタンスなのだろう。

個人的意見だが、今後も新型コロナウイルスの影響はいくつかの波を経て流行と都市閉鎖による収束を繰り返す形で数年単位で続く可能性が高い。その間、飲食を含むリアルの小売店舗は影響を受け続けるわけで、「いまの波だけを乗り切ればいい」というのではなく、今後利用者の行動が数年の流行を経て変化することを見越して対応していくべきなのではないかと考えている。

営業時間短縮とイートイン可能テーブルの制限を受け、テイクアウトメニューをアピールし始めたサイゼリヤ
入り口には現在テイクアウト可能なメニューが掲示されているが、パスタやおつまみが追加される一方でドリアが削除されるなど、縮小営業のスタイルになっている

カギの1つはモバイルアプリに

リアル店舗利用のハードルが高くなるのであれば、やはりテイクアウト&デリバリーを活用せざるを得ない。そこで登場するのが「ITツール」だ。

いまの多くの店舗では弁当屋にお弁当を買いに行くのと同じ感覚でリアル店舗へと出向いているだろう。もしモバイルアプリ上でオーダーから会計まで済ませられるのであれば、ピックアップが非常に楽になる。デリバリーも同様で、もしモバイルアプリ上に環境があるのならば、テイクアウトとの違いは「自分で取りにいくか」と「向こうから持ってきてくれるか」の違いでしかない。これを小規模な店舗であっても気軽に利用できる仕組みがあれば、それを活用するユーザーも増えると考える。

現状、デリバリーについては出前館やUber Eatsのようにアプリ上からお店の検索やオーダーまでを行なえる仕組みが用意されている。これをもう一歩進めれば、外食利用のための仕組みをすべてワンストップで行なえるようになるだろう。

例えば中国であればWeChatというアプリがあり、このインターフェイス上で店舗が用意したさまざまな仕組みを1つのアプリ上で利用できる。WeChatには「ミニプログラム」という仕組みが実装されており、各店舗はこのオープンプラットフォーム上で提供されるAPIを通じて顧客情報にアクセスしたり、WeChat Payによる店舗決済の仕組みが利用できる。

ここで重要なのは、一度顧客と接点を持ってからの対応だ。これはWeChatをリリースするTencentが、昨年2019年3月にシンガポールで開催されたMoney20/20において自社のビジネスモデルを解説した際のスライドだが、WeChatというアプリを通じて加盟店と顧客の間のコミュニケーションや決済などの各種やり取りの仲介を行なっている。

WeChatでは加盟店とユーザーの間に立って送客やコミュニケーションの仲介を行なっている

接触方法はいくつかあるが、一度来店した際にQRコードを読ませたり、あるいは街頭の広告にQRコードを仕込んで興味を持った顧客にアクセスさせたり、あるいは店舗に近付いたタイミングやターゲットとする属性に近いユーザーへのプロモーションを店舗側が行ないたいと考えたとき、両者をマッチングさせ、そのプラットフォーム上で相互接触の場を提供する。

この仕組みはミニプログラムで実装され、オンラインコマースであったり、ポイントプログラムのポイントカードであったりとさまざまではあるが、単純に来店を待つだけではない“トリック”を追加することができる。

重要なのは一度つながった顧客にいかにサービスを提供するかで、この例ではミニプログラムを介してオンラインコマースやポイントカードの仕組みをWeChatアプリ内に実装している

現状に当てはめれば、このオンラインやアプリを通じたコミュニケーションの仕組みは非常に大きな意味を持つ。SFベイエリアでは、FacebookなどのSNSが、新商品やプロモーションを告知する場として機能していたが、中国ではこれをWeChatが担っていると考えればいいだろう。もともとWeChat自体がチャットを目的としたSNSの一種であり、ここにいくつか機能を付与することでプラットフォーム化したものだからだ。

翻って日本はどうだろうか。この仕組みを一番忠実に追いかけているのが、WeChatと同じチャット機能が中心のLINEで、LINE Payを組み合わせたプラットフォームはまさにこれを志向している。ミニプログラムのエコシステムこそないものの、スターバックスのポイントカード機能がLINEアプリ上で利用できるなど、似たような機能が順次拡張されている。

チャット機能に限定すれば、LINEの公式アカウントなどは、前述のようなプロモーション効果が期待できる。ところが実際にLINEをある程度使っているとわかるが、それほど使いやすい環境でないのが実情だ。LINE上にアカウントを追加すると定期的に通知がやってくるが、その数が増えると未読ばかりがたまって肝心の情報の発見がどんどん難しくなる。インターフェイスの問題もあるが、もう一工夫必要ではないかというのが筆者の考えだ。

そして、この分野に間もなく参入しようとしているのがPayPayだ。NTTドコモのd払いアプリをはじめ、2019年のモバイル決済競争を生き残ったいくつかの決済アプリは、いわゆる「スーパーアプリ」化を志向している。決済アプリを軸に、さまざまな機能を付与することで、生活のあらゆる場面でアプリ1つあれば対応できるというもので、PayPay自身もスーパーアプリ化を公言してはばからない。

例えばDiDiの配車機能を組み込んだのはその一例で、今後も順次機能強化を行なってくる。LINEが担おうとしてきた日本でのWeChat的なサービスの多くは、おそらくこのPayPayが引き受けることになるはずだ。

スーパーアプリを目指すPayPayだが、モバイル決済アプリが目指す“次”はどうやらこのあたりにありそうだ

これは予告だが、現在PayPayは「ミニプログラム(同社ではミニアプリと呼んでいる)」と「オンライン決済対応」を急速に進めており、今四半期中には何らかの形で新機能をリリースする。新型コロナウイルス対応もあるが、最大の理由は同社加盟店のニーズがあるからだ。

今回の世界的な情勢が一時的なものでないとすれば、2020年から今後数年をかけて飲食を含む小売店各社は利用者にリーチする方法を模索しなければならない。テイクアウトやデリバリーはその1つだが、「ユーザーから発見される」「一度発見された、あるいは来店した顧客に対してリーチする方法を持つ」という2つを実現するため、オンラインやモバイルアプリを活用するようになる。とはいえ、モバイルアプリは最初の「インストール」というハードルを越えることすら難しく、アプリ構築のための技術力や維持管理のリソースが必要だ。

それよりは前述のWeChatのようにミニプログラムの仕組みが用意され、小売各社はそれほど知識がなくともツールやサードパーティの力を借りて、オンラインコマースやテイクアウト&デリバリーのためのオーダーシステムを提供する方が簡単だろう。2020年は中小を含む多くの小売や飲食店が、モバイルアプリ(あるいはWebサイト)の仕組みを通じてオンライン戦略を強化する年となりそうだ。

鈴木 淳也/Junya Suzuki

国内SIerでシステムエンジニアとして勤務後、1997年よりアスキー(現KADOKAWA)で雑誌編集、2000年にプロフェッショナル向けIT情報サイト「@IT」の立ち上げに参画。渡米を機に2002年からフリーランスとしてサンフランシスコからシリコンバレーのIT情報発信を行なう。2011年以降は、取材分野を「NFCとモバイル決済」とし、リテール向けソリューションや公共インフラ、Fintechなどをテーマに取材活動を続けている。Twitter(@j17sf)