西田宗千佳のイマトミライ
第275回
展示はつまらないがテクノロジーの未来が集う「CES 2025」 変化するテックの形
2025年1月14日 08:20
今年も、米ラスベガスで開かれたテクノロジーイベント「CES」の取材に行ってきた。
CESは少しずつ変わってきたが、今年は特に大きな変化を感じた年だったと感じる。筆者には、CESが「モノを軸にしたイベント」から「人を軸にしたイベント」へ変化しているように思えるのだ。
それはもしかすると、取材者としての筆者の目線が変わったからであり、イベント自体やテック業界そのものの変化によるものではない、という可能性もある。
だが、ことAIや電気自動車、SDV(ソフトウエア・ディファインド・ビークル)を軸に見ていると、今年はフェーズが変わった年であるように感じられて仕方がない。
それはどういうことなのか、筆者の目線で語ってみたい。
市場の変化に寄り添うCESの変化
CESは、過去には「家電見本市」と言われた。今も媒体によってはそんな説明を見かける。だが、主催者のCTA(全米民生技術協会)は「CESはコンシューマ・エレクトロニクス・ショーの略ではなく、『CES』である」としている。もうこの状態は10年続いていて、いまさら驚くような話でもない。
なぜそうなったのか?
話はシンプル。「家電」の販売モデルや訴求タイミングが変わり、消費者の興味も変わったからだ。
昔は家電とは、量販店に並べて売るものだった。だから、発注から販売までには一定のタイムラグがあり、「皆が集まるところで発表し、受注の相談もする」のが効率的だった。
しかし今は違う。
流通のスピードは上がり、Eコマースの比率が上がり、家電のマーケティングもオンライン施策が必須になった。技術トレンドも多様化している。
ブースにズラリと家電を並べて訴求しても効果は薄く、むしろ、「1月に発表しても、商戦期には古く感じてしまう」世の中になっている。
結果として、2010年代も半ばに入ると「家電のアピール」はCESの仕事ではなくなっていく。スタートアップが大量に出展し、新しい製品をアピールして出資者やバイヤーを募り、メディアに紹介してもらうタイミングを見つける……というトレンドが出来上がった。
家電大手が主役であった時代から、スタートアップが主役の時代に移っていったとも言える。
同時に喧伝されたのが「EV」。アメリカ市場のEVシフトを1つの契機と捉え、自動車メーカーが多く出展するようになった。今年もその傾向は続く。ただ、日本メーカーは力を入れているものの、アメリカ・欧州の自動車メーカーは逆に退潮傾向にある。
CES主催者であるCTAは、以下のような調査データを公開した。
「ジェネレーションZ(Z世代)」と呼ばれる1990年代後半から2000年生まれの世代は、全世界人口の32%を占めるまでになった。日本・韓国などのアジア圏は高齢化が課題となっているが、世界的には「若い世代が主導する時代」になっている。
そして、アメリカのジェネレーションZは、6割がいわゆる「アーリーアダプター」であり、Eコマースや新しいガジェット・技術への親和性が高い。
「家電量販店向けに1月に商談したものを買う」「昔ながらの内燃機関だけで動く車しか選ばない」という価値観とは変わってきている訳で、展示会・イベントも変わっていくのが必然だ。
「CES会場がつまらない」時代
こんな中、筆者もCES会場を巡りながら考えたことがある。
展示がいつにもましてつまらないのだ。
もちろん、細かなガジェットを探していけばそれなりの成果はある。それはそれでバズる記事にもなるし、面白いものだ。
だが、限られた取材時間を独自視点で使うという意味から、筆者は数年前から「ガジェット探し」には力を入れていない。全体のトレンドを見るためにブースを回っているのだが、今年は「ブースで見る」と、どうにもピンと来づらかった。
特に大手はそうだ。
LGやサムスンは、今年も大きなブースを構えていた。中国Hisenseもそうだ。彼らは「AI」をテーマに据え、「未来はこんな風になる」というアピールを行なっている。非常に良くまとまった、きれいな展示だと思う。
だが、つまらない。
なぜなら、そこで主張していることが数年前と変わっていないからだ。
家電同士がAIでつながって新しい価値を創造する、というのは分かる。しかし、「どの商品から家庭に入っていくのか」「なぜそれを消費者が買いたいと思うようになるのか」という明確な答えが見えてこない。
おそらく彼らも、はっきりとした切り口や製品の姿を描けずにいるからだろう。
彼らは大規模な資本も、最新のデバイスを作る技術力もある。特にディスプレイデバイスについては、日本企業が追いつけない「トレンドセッター」の領域にいて、今年もインパクトがある。だが、AIを軸にした部分では凡庸だ。
AIというテクノロジーは進化しているが、その出口を明確に描けないというのは、業界全体が抱える課題なのではないかと感じる。
AIとは手段であり目的ではない。
だが、AIというわかりやすいキーワードを全面にストーリーやビジョンを組み立てると、どうしても「AIが目的」のように見えてしまう。数年前ならそれも新鮮だったが、もはやその時期は過ぎ、「投資回収」と「消費者・企業にとっての明確な価値」を打ち出すことが必要な時代になっている……と感じる。
EVについても同様だ。
EVであることは目的ではない。目的はゼロエミッションであったり、消費者にとっての新しい「自動車としての価値創造」であったりするはずだ。
そうすると、単にEVを訴求することはもはや面白いものではなく、「次」が求められるということになる。そういう意味では、「軽自動車」という価値とEVを紐付けて展示してきたスズキは、きわめて日本的かつ独自の存在感を見せていた、と感じた。
「CESの華」と言われてきたスタートアップ出展も曲がり角だと感じる。
世界にアピールするために重要、という認知が進んだためか、国ごとに護送船団方式でブースを組むようになってきている。だがその結果、「国内予選をくぐり抜けてきた企業」の発表の場になってしまい、どこか角のとれた、均質な企業が増えている。
スタートアップの集まり、混沌とした場所であることの良さが失われているのだ。
基調講演をはじめとした「話が面白くなった」
では、CESが面白くなかったかというとそうではない。
むしろ過去10年でもっとも価値があるCESだった、という手応えがある。
その価値とは「人の話す内容」がすばらしく面白くなっていた、ということだ。
例えば基調講演。
正直ここ数年の基調講演は、内容も登壇者もパッとしたものが無かった。
だが今年は違う。特に2社の講演がずば抜けて良かった。
NVIDIAのジェンスン・ファンCEOの基調講演は、同社の勢いを反映した、テクノロジーの未来について示唆に富む内容だった。
デルタ航空のエド・バスティアンCEOの基調講演は、コンベンションセンターを離れ、巨大な半球状のライブシアターである「The Sphere」で行なわれた。航空会社と顧客エンゲージメントの未来についての内容なのだが、こちらも演出と内容両面で、非常に参考になった。
どちらもYouTubeに公開されているので、可能ならばぜひご覧いただきたい。
来場者に話を聞くと、基調講演以外の講演セッションも「面白かった」という声が多い。
CESは展示会というイメージが強いのだが、数年前からキーパーソンによる講演セッションを強化している。それらを見た人々からは、「キーパーソンから具体的な示唆を得られた」と、今年は特に評価が高かったようだ。
筆者はブースなどを巡り、様々な企業の人々に取材を繰り返していた。そのうちいくつかは、すでに記事になっている。
筆者にとっては特に、「AIをどう自動車に組み込んでいくのか」「自動車の価値をソフトで向上するにはどうすべきか」「スマートグラス市場はどこに向かうのか」「テレビはどう変わっていくのか」といったテーマについて、今後を占う上で重要な、良い取材が多数できた。まだまだたくさんの記事を書かねばならない状況だ。その他、オフレコで聞いた話の中にも、非常に示唆に富んだ話題が多かった。
「第一線の話」こそがイベントの価値
なぜ今回のCESでは「人の話が面白かった」のか?
このことは、先ほど述べた「目的と手段」の話に通じるところがあるのではないか、と考えている。
AIやSDV、ネットサービスによる顧客エンゲージメントの重要性は増している。だからこの数年、大きなテーマとして語られてきた。だがそれらを技術として語れば良い時代は、もう過ぎ去っている。
それをいかに実装し、新しい価値を生み出すかを考えることが重要になっているわけだが、「製品」として目の前に出てきている量はまだ少ない。韓国や中国の家電メーカーが、苦しみながらまだビジョン優先の展示をしているのはそのためだろう。
だが、キーパーソンに話を聞くと「具体的にどうしていくのか」「大切なことはなんなのか」という気付きが得られる。
彼らは日々課題に直面しており、なにをすべきかが見えてきている。それを語れるフェーズにきており、だから「話が面白く、示唆に富んでいる」と感じるのだろう。
イベントなどに参加する価値は、単に展示されているなにかを見ることにあるわけではない。その場で体験し、さらに「話を聞く」ことにある。ブースの展示は地味でも、実際に話を聞くと多くの知見が得られるものだ。
筆者のような立場の人間としては、他の人々の代わりにできるだけ多くの話を聞き、広く伝える努力をすべきだ……という話になる。あたりまえのことといってしまえばそれまでだが、イベントが「ガジェットを並べればOK」という時代ではなくなってきた以上、より一層「どこに面白い話があるのか」という目利きが必要になってくる。
CESは今年からロゴを変えた。
主催であるCTAも、プレジデントがゲイリー・シャピロ氏からキンゼー・ファブリジオ氏に代わった。CESのプロデューサーがファブリジオ氏になったことが、「今年のCESが変わった」と感じる一因なのかもしれない。
メイン会場のラスベガス・コンベンションセンターも工事中。来年にはさらに姿を変えることだろう。さらに「モノを見る場」ではなく「話を聞く場」としての価値を訴求してくるのではないだろうか。