西田宗千佳のイマトミライ
第262回
なぜMetaは「本物のAR」を目指すのか
2024年9月30日 08:20
先週筆者は、9月25日・26日に開催されたMetaの開発者会議「Meta Connect 2024」を取材するために米・メンローパークを訪れていた。
そこでは、新XR機器「Meta Quest 3S」が発表された他、同社のAI技術なども多数公開になっている。
ただ、それ以上に注目を集めたのが「Orion」という名前のプロトタイプ・ARグラスである。
マーク・ザッカーバーグCEOは「未来のARデバイス」「初めての、完全な機能を備えたARグラス」と自信を見せる。
一方で、このジャンルに詳しくない方々から見れば、こう思うのではないだろうか。
現実にCGを重ねるAR(Augmented Reality)もしくはMR(Mixed Reality)と言う技術をウリにする製品は多い。Meta Quest 3シリーズもその一つだし、Apple Vision Proもそうだ。
「最近はARグラスという名称の製品もよく耳にする。軽そうなのは良いが、そんなに特別なものなのだろうか?」と。
筆者はOrionを体験できた、世界的にも数少ないプレスの1人である。その体験からいうが、確かにOrionは「今は他にない未来から来たようなデバイス」であり、画期的な存在である。
ただし、その開発は簡単な道のりではなく、まだ先もある。
なぜMetaはOrionを作ろうとしているのか? そして、そこで目指しているものは他とどこが違うのだろうか? 今回はその点を解説してみたい。
ARにおける「視野の広さ」とはなにか
Orionをかけてみて、まずは驚いた。ちゃんと「視野全体に映像が広がった」からだ。
以下はMetaが公開しているOrionの動作画面イメージだ。実際かけてみるとこのように見える。
実のところこれはかなり異例なことだ。
透明なディスプレイを使った「光学シースルー式AR」はずいぶん前からある。2016年に発売された「Microsoft HoloLens」もこうした機器の一つである。
この前後から光学シースルー方式のAR機器はいくつか出始めた。現在は「XREAL Air」や「VITURE One」など、サングラス型で「ARグラス」を謳う製品も増えている。
先日も、NTTコノキューとシャープの合弁会社であるNTTコノキューデバイスは、今秋に発売するARグラス「MiRZA」を発表している。
ただ、これらの機器にはどれも共通の制約がある。
それが「視野角」だ。
どの製品も、視野の中央40度から50度程度にしか映像は表示できない。
以下の画面は合成で作ったイメージだ。
一枚目の画像が視界全体だとすると、一般的な光学シースルー方式のARグラスは二枚目のようなイメージになる。理想的には三枚目のようになるはずなのだが。
こうなるのは視野角が狭く、中央の一部に限られているために他ならない。
CGが重ねられる視野が狭いと、どうしても情報の一部しか見えない。立体物を回り込んで見るにも不自然だし、違和感が大きくて情報の把握が難しい部分もある。
そういうものだとわかっていて、特定の業務に使うなら問題はない。だが、技術に詳しくない人から見れば許容し難いだろう。
だからこそ、XREALなどのサングラス型ディスプレイを開発している企業は、あえてCGを重ねるのではなく「中央に映像を出す」ことに特化している。その方が実現は簡単だし違和感も小さく、実用性も高い。
実はこのイメージはApple Vision Proで作ったものだ。カメラの映像を使って現実とCGを重ねる「ビデオシースルー型」は、視野全体にCGを重ねられる。だから違和感が少なく、映像面で言えば、理想的なAR・MRを実現しやすい。Vision Proはもちろん、Meta Quest 3シリーズも同様だ。だから、「違和感が小さくて価値の高いAR・MR」を実現するデバイスとしては、現状はビデオシースルー型の方が有利なのである。
「メガネ型」であるからこそ「社会的受容性」が生まれる
他方で、ビデオシースルー型には「機器が大きくなる」という欠点がある。
Quest 3を作る技術を持っていながら、MetaはなぜOrionを作るのか?
MetaのCTOであるアンドリュー・ボスワース氏はその理由を次のように語っている。
ボスワースCTO:理由は社会的受容性です。
Quest 3のパススルーは非常に素晴らしいものですが、周りの人や周りの世界とのつながりを感じるのは難しい。
AR関連製品を開発する中で考えてきたことの一つは、社会的受容性だと思います。なにをするにしても、これを顔につけようと、多くの人々が考えるものにする必要があります。
ざっくり言ってしまえば、相手から自分の顔が見えず、サイズの大きなQuest 3では、他人とのコミュニケーションに制約があるだろう……という分析だ。
たしかにそういう部分はある。
アップルはVision Proの前面をディスプレイにし、自分の顔を写して外部と対話する「EyeSight」という技術を搭載した。
「自分に見えない」「ぼやけていてなじめない」という声もあるのだが、筆者が実際に使ってコミュニケーションしてみると、「なにも写っていないよりは話しやすい」と言われることが多い。
そのくらい、相手の顔が見えることは「まだ」重要な要素なのだろう。
またボスワース氏のいう「社会的受容性」とは、顔が見えることだけを指しているのではないだろう。メガネ型という、一般生活の中で馴染みやすい形状であることも大切な要素だ。
Orionはまだ分厚くて大きいが、それでも「メガネだと思ってスルーできる」範囲にはある。
ポストスマホならば「社会的受容性」は必要
Metaが社会的受容性を強く推すのは、「屋内で使うデバイスと街中で使うデバイスは異なる」という考え方を持っているからではないか、と筆者は受け止めている。
ボスワースCTOは、Orionの先にあるコンシューマ向けARグラスとMeta Questは「当面同じものにはならない」と話す。それは形が違うことに加え、用途が微妙に異なるからだ。
没入してゲームやフィットネスをしたり、デスクで仕事をしたり、ソファで映画を楽しんだりするなら、「他人とコミュニケーションする前提のデザイン」は必須ではない。
だが、屋外で多くの人とインタラクションしながら使うなら、より自然なデバイスであることが望ましい。
ARにはビデオシースルーの方が有利だ、と書いたが、例外となる領域もある。
企業内や工場では光学シースルー式が求められる。電源が落ちても周囲が見えるので安全だし、同じ機器を使っている人々同士のコミュニケーションも簡単だ。
だからHoloLensは光学シースルー式だし、まずは企業向けを施行するMiRZAも光学シースルー式だ。視野の狭さという課題があっても、光学シースルー式で「ないといけない」用途もある、ということだ。
Metaは今後、街中で「ポストスマホ」として使える機器にしていくには、ARグラスは光学シースルーであることが望ましいと考えているのだろう。
PCやタブレット、ゲーム機の代替であるXR機器=Questシリーズはビデオシースルー式で良いが、本気でポストスマホを目指すデバイスは光学シースルーが必須。そして、企業などの特定用途向けでは許容される視野の狭さは、従来通りではいけない。
Orionに使われている光学デバイスはまだ高価で、それゆえにいきなり市販は難しいという。Orionの9割を占める光学デバイスの価格を下げ、スマホやPC並みの価格にしていくことが最初のハードルとなる。
逆に言えばMetaは、まだ高価で市販までに時間が必要なデバイスを「先見せ」してでも、「他社がすぐに作れない画期的な技術を持っていて、ポストスマホ的存在を本気で目指す」ことをアピールしたかったのだろう。
仮にOrionが画期的製品になったとしても、数の面でも文化の面でも、すぐにスマホを代替するとは思えない。しかし、目指すところは極めて意欲的だ。それだけMetaは、自らコストをかけて「次の時代を作る」ことに本気だ、ということでもある。