西田宗千佳のイマトミライ

第262回

なぜMetaは「本物のAR」を目指すのか

先週筆者は、9月25日・26日に開催されたMetaの開発者会議「Meta Connect 2024」を取材するために米・メンローパークを訪れていた。

そこでは、新XR機器「Meta Quest 3S」が発表された他、同社のAI技術なども多数公開になっている。

ただ、それ以上に注目を集めたのが「Orion」という名前のプロトタイプ・ARグラスである。

Metaが公開したARグラス「Orion」

マーク・ザッカーバーグCEOは「未来のARデバイス」「初めての、完全な機能を備えたARグラス」と自信を見せる。

Orionを自らかけてアピールする、マーク・ザッカーバーグCEO

一方で、このジャンルに詳しくない方々から見れば、こう思うのではないだろうか。

現実にCGを重ねるAR(Augmented Reality)もしくはMR(Mixed Reality)と言う技術をウリにする製品は多い。Meta Quest 3シリーズもその一つだし、Apple Vision Proもそうだ。

「最近はARグラスという名称の製品もよく耳にする。軽そうなのは良いが、そんなに特別なものなのだろうか?」と。

筆者はOrionを体験できた、世界的にも数少ないプレスの1人である。その体験からいうが、確かにOrionは「今は他にない未来から来たようなデバイス」であり、画期的な存在である。

ただし、その開発は簡単な道のりではなく、まだ先もある。

なぜMetaはOrionを作ろうとしているのか? そして、そこで目指しているものは他とどこが違うのだろうか? 今回はその点を解説してみたい。

ARにおける「視野の広さ」とはなにか

Orionをかけてみて、まずは驚いた。ちゃんと「視野全体に映像が広がった」からだ。

以下はMetaが公開しているOrionの動作画面イメージだ。実際かけてみるとこのように見える。

Orionを使っているとき、外界はこのように見える

実のところこれはかなり異例なことだ。

透明なディスプレイを使った「光学シースルー式AR」はずいぶん前からある。2016年に発売された「Microsoft HoloLens」もこうした機器の一つである。

この前後から光学シースルー方式のAR機器はいくつか出始めた。現在は「XREAL Air」や「VITURE One」など、サングラス型で「ARグラス」を謳う製品も増えている。

先日も、NTTコノキューとシャープの合弁会社であるNTTコノキューデバイスは、今秋に発売するARグラス「MiRZA」を発表している。

ただ、これらの機器にはどれも共通の制約がある。

それが「視野角」だ。

どの製品も、視野の中央40度から50度程度にしか映像は表示できない。

以下の画面は合成で作ったイメージだ。

ARグラスの向こうがこう見えたとする(イメージ)
視野が狭い現在のARグラスではこんな印象になる(イメージ)
実際に視野全体が見えていればこのように見えているはず(イメージ)

一枚目の画像が視界全体だとすると、一般的な光学シースルー方式のARグラスは二枚目のようなイメージになる。理想的には三枚目のようになるはずなのだが。

こうなるのは視野角が狭く、中央の一部に限られているために他ならない。

CGが重ねられる視野が狭いと、どうしても情報の一部しか見えない。立体物を回り込んで見るにも不自然だし、違和感が大きくて情報の把握が難しい部分もある。

そういうものだとわかっていて、特定の業務に使うなら問題はない。だが、技術に詳しくない人から見れば許容し難いだろう。

だからこそ、XREALなどのサングラス型ディスプレイを開発している企業は、あえてCGを重ねるのではなく「中央に映像を出す」ことに特化している。その方が実現は簡単だし違和感も小さく、実用性も高い。

実はこのイメージはApple Vision Proで作ったものだ。カメラの映像を使って現実とCGを重ねる「ビデオシースルー型」は、視野全体にCGを重ねられる。だから違和感が少なく、映像面で言えば、理想的なAR・MRを実現しやすい。Vision Proはもちろん、Meta Quest 3シリーズも同様だ。だから、「違和感が小さくて価値の高いAR・MR」を実現するデバイスとしては、現状はビデオシースルー型の方が有利なのである。

「メガネ型」であるからこそ「社会的受容性」が生まれる

他方で、ビデオシースルー型には「機器が大きくなる」という欠点がある。

Quest 3を作る技術を持っていながら、MetaはなぜOrionを作るのか?

MetaのCTOであるアンドリュー・ボスワース氏はその理由を次のように語っている。

Metaのアンドリュー・ボスワースCTO

ボスワースCTO:理由は社会的受容性です。

Quest 3のパススルーは非常に素晴らしいものですが、周りの人や周りの世界とのつながりを感じるのは難しい。

AR関連製品を開発する中で考えてきたことの一つは、社会的受容性だと思います。なにをするにしても、これを顔につけようと、多くの人々が考えるものにする必要があります。

ざっくり言ってしまえば、相手から自分の顔が見えず、サイズの大きなQuest 3では、他人とのコミュニケーションに制約があるだろう……という分析だ。

10月15日に発売される「Meta Quest 3S」。自分がどこをみているかは外部からわからない

たしかにそういう部分はある。

アップルはVision Proの前面をディスプレイにし、自分の顔を写して外部と対話する「EyeSight」という技術を搭載した。

Vision Proの「EyeSight」。自分の目の部分がぼんやり表示され、相手と目を合わせて対話できる

「自分に見えない」「ぼやけていてなじめない」という声もあるのだが、筆者が実際に使ってコミュニケーションしてみると、「なにも写っていないよりは話しやすい」と言われることが多い。

そのくらい、相手の顔が見えることは「まだ」重要な要素なのだろう。

またボスワース氏のいう「社会的受容性」とは、顔が見えることだけを指しているのではないだろう。メガネ型という、一般生活の中で馴染みやすい形状であることも大切な要素だ。

Orionの使用イメージ。確かにこれなら他人と一緒に使っても違和感は小さい

Orionはまだ分厚くて大きいが、それでも「メガネだと思ってスルーできる」範囲にはある。

筆者も実機をかけてみた。普通のメガネと言ってしまうのは難しいが、そこまで違和感もない

ポストスマホならば「社会的受容性」は必要

Metaが社会的受容性を強く推すのは、「屋内で使うデバイスと街中で使うデバイスは異なる」という考え方を持っているからではないか、と筆者は受け止めている。

ボスワースCTOは、Orionの先にあるコンシューマ向けARグラスとMeta Questは「当面同じものにはならない」と話す。それは形が違うことに加え、用途が微妙に異なるからだ。

没入してゲームやフィットネスをしたり、デスクで仕事をしたり、ソファで映画を楽しんだりするなら、「他人とコミュニケーションする前提のデザイン」は必須ではない。

Meta Quest 3Sの利用イメージ。このように一人でソファで使うなら、無理にメガネ型にする必然性はない

だが、屋外で多くの人とインタラクションしながら使うなら、より自然なデバイスであることが望ましい。

ARにはビデオシースルーの方が有利だ、と書いたが、例外となる領域もある。

企業内や工場では光学シースルー式が求められる。電源が落ちても周囲が見えるので安全だし、同じ機器を使っている人々同士のコミュニケーションも簡単だ。

だからHoloLensは光学シースルー式だし、まずは企業向けを施行するMiRZAも光学シースルー式だ。視野の狭さという課題があっても、光学シースルー式で「ないといけない」用途もある、ということだ。

Metaは今後、街中で「ポストスマホ」として使える機器にしていくには、ARグラスは光学シースルーであることが望ましいと考えているのだろう。

PCやタブレット、ゲーム機の代替であるXR機器=Questシリーズはビデオシースルー式で良いが、本気でポストスマホを目指すデバイスは光学シースルーが必須。そして、企業などの特定用途向けでは許容される視野の狭さは、従来通りではいけない。

Orionに使われている光学デバイスはまだ高価で、それゆえにいきなり市販は難しいという。Orionの9割を占める光学デバイスの価格を下げ、スマホやPC並みの価格にしていくことが最初のハードルとなる。

逆に言えばMetaは、まだ高価で市販までに時間が必要なデバイスを「先見せ」してでも、「他社がすぐに作れない画期的な技術を持っていて、ポストスマホ的存在を本気で目指す」ことをアピールしたかったのだろう。

仮にOrionが画期的製品になったとしても、数の面でも文化の面でも、すぐにスマホを代替するとは思えない。しかし、目指すところは極めて意欲的だ。それだけMetaは、自らコストをかけて「次の時代を作る」ことに本気だ、ということでもある。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、AERA、週刊東洋経済、週刊現代、GetNavi、モノマガジンなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。 近著に、「生成AIの核心」 (NHK出版新書)、「メタバース×ビジネス革命」( SBクリエイティブ)、「デジタルトランスフォーメーションで何が起きるのか」(講談社)などがある。
 メールマガジン「小寺・西田の『マンデーランチビュッフェ』」を小寺信良氏と共同で配信中。 Xは@mnishi41