西田宗千佳のイマトミライ

第258回

PS5の値上げとシャオミの29800円テレビ 「値付けとはなにか」

PlayStation 5

ソニー・インタラクティブエンタテインメント(SIE)は、PlayStation 5(PS5)とその周辺機器について、9月2日より価格改定を行なった。本体価格が79,980円(ディスクドライブ付きの場合)となり、13,000円程度の大幅な「値上げ」となる。

主に為替の影響から、日本では多くの商品が値上げする傾向にある。なかなか世知辛い時代だ。

一方で、価格を武器に市場を攻めるメーカーもある。Xiaomi Japan(シャオミ)はスマートテレビやスーツケースなど、デジタルガジェットにとどまらない幅広い製品を日本でも販売することを発表した。例えばチューナーレステレビの場合、ミニLED採用の上位モデルは55型で85,000円程度、下位機種は43型で4万円弱なのだが、9月10日までは29,800円で販売される「激安ぶり」だ。

シャオミのチューナーレスTV。43型の「Xiaomi TV A Pro 43" 2025」

PS5は値上げされる一方で、圧倒的に安価な製品もある。「値付け」とはどういう形で出来上がるものなのだろうか。今回はその話をしていきたい。

再度語る「PS5はなぜ値上げしたのか」

価格は複雑な要因で決定される。

その中でも日本を考えると、為替の要因は圧倒的に大きい。ほとんどの製品はパーツが日本国外で作られており、製造も日本国外で行なわれている。そうすると、どうしても為替の影響で、日本での販売価格は上がる傾向になってしまう。

2020年1月には1ドル110円だったものが、9月1日時点では146円。今年6月には160円にまでなった。146円の計算でも、4年前に比べて約33%上昇している。これを素直に反映するなら、「同じクラスの製品価格は3割程度高くなる」ということになる。

過去5年間のドルと円での為替レート変化。急激な変化だったのがよくわかる。Googleより引用

だが、価格は為替だけでは決まらない。

例えばiPhoneの価格。現在販売中の「iPhone 15」は、アメリカだと799ドル(税別)からで、日本では124,800円(税込)から。消費税の扱いが違うので税別・税込と表記が異なるが、それを勘案して計算すると「1ドル約141円」という扱いだ。昨年9月は1ドル147円程度だったので、少しお得な値付けがされている。

値付けの理由をアップルは公表しないので予測に過ぎないが、できるだけ多く売りたい製品で「為替より安い値付けを行なう」のは珍しいことではない。

一方PS5はどうか。

PS5の価格は499ドル(税別)。昨年新型モデルが発売された時。価格は66,980円で、現在は79,980円となる。2020年の発売当初だと54,978円(それぞれ税込)だった。

iPhoneの時と同じく計算すると、以下のようになる。

2020年発売以来のPS5(ディスク付きモデル)の価格と為替、本体価格での実質為替レートを表にしたもの。値上げは厳しいが、今回の値上げまでは実質為替レートが低い水準であったのもわかる

表を見ると、昨年11月の価格改定までは「実際の為替レートよりもかなり低い換算」で値付けが行なわれているのがわかるだろう。SIEが「国内普及のために利益を削って価格設定していた」と考えるのが妥当だ。

これは珍しいことではなく、任天堂はNintendo Switchシリーズに関し、発売以来、おおよそ「1ドル100円」換算で今も値付けしている。

こうした値付けだと、日本でハードを購入して国外で転売するだけで利益を得ることができる。普及のためにはそれを許容することもあるだろうが、単価と価格差の度合いを考えると、考え直したくなることもあるだろう。SIEは今回、その決断を下したのではないかと思う。

現状、SIEは日本でのみ値上げをしている。

ということは部材調達などの問題ではなく、為替問題への対応が中心での判断と考えるのが妥当だろう。逆に言えば、それだけSIEのビジネス基盤の「国内依存度」が減っているということなのだろうが。

半導体の論理が変えるコスト構造

もう一つ「IT機器は値下がりしづらくなっている」という状況にあることをおぼえておきたい。理由は主に半導体を中心に、パーツ価格が下がりづらくなったことだ。

過去、半導体は製造技術(いわゆる製造プロセス技術によるシュリンク)によって、「同一の面積から製造できるトランジスタの数が劇的に増えていく」傾向が強かった。ざっくり言えば、同じ面積の半導体なら性能は高くなり、同じ性能を維持するならコストが下がる。

結果的に、時間が経過すれば「同じ価格の機器で性能が上がる」か、「同じ性能の機器で製造コストが下がる」か、という影響が出た。

しかし現在は半導体製造プロセスの進化速度が落ち、進化後も「性能は上がるが同一面積内のトランジスタ数は過去ほど増えない」時代になっている。だから、単純に半導体製造技術の進化だけでは、過去のように劇的な進化やコストダウンが起きづらいのだ。

PCやスマートフォンの性能向上の幅が下がったのも、ゲーム機の値段が下がらなくなったのもこれが理由だ。以前にも解説しているので、以下の記事をお読みいただきたい。

この傾向は今始まったものではない。2010年代末には明確になっていたので、ゲーム機で言えば、PS4やNintendo Switchの発売後には起きていたこと。もう前の世代から「ゲーム機は待ってもそんなに値下がりしない」ものだった、というのが実情だ。

今回の値上げでゲーム機のビジネスモデルが変わったか、というとそんなことはない。もう5年以上前から、「ハードの価格は下がらない」「同じソフトはPCやスマホでも出る」のが当たり前で、だからこそ「サブスク型会員ビジネス」が導入され、気軽さとお得さでPCと差別化する時代に入っている。ここからさらにPCとの競争は続くだろうが、それと今回の価格改定に大きな関わりはない。

一方、PCやスマホはゲーム機と異なり、「同じ性能のものを作り続ける」よりも「価格を維持しつつ性能を上げていき、買い替えを促す」ビジネスモデルなので、今年もスマホの価格は下がらない。むしろ上がる傾向にある。

だから9月9日(日本時間10日)に発表される「次のiPhone」も、価格が大幅に下がるとは考えられず、維持もしくは上昇、ということになるだろう。

アップルは次世代iPhoneを9月10日に発表予定

もちろんプロセッサーメーカーもそのことはわかっているので、半導体自体のプロセスシュリンクだけに頼らず、異種のチップを組み合わせて1つのプロセッサーにする「チップレット」やアーキテクチャ自体の改善など、多様な方法論で性能向上を目指している。

AIのオンデバイス性能を向上させる「NPU」の搭載に向かっているのも、同じ面積の中でトランジスタを割り振るなら、CPUやGPUを増やすよりも、消費者に新しい価値を提供できるからに他ならない。

シャオミは「無印良品的」だからコスパがいい

「性能はもう十分。コスパのいい製品が欲しい」という声もあるだろう。よくわかる。

そういう意味では、シャオミの展開はまさに「コスパ主義」だ。冒頭で紹介したチューナーレステレビはまさに価格破壊。国内メーカーのテレビに比べ、価格差は非常に大きい。

「なるほど。チューナーがなければこんなに安くなるのか」と思う人もいるかもしれない。

だがそれは間違いなのだ。

実のところ、製造コストで言えば、チューナーを外しても価格はそんなに下がらない。変わっても数千円であり、純粋なパーツ単価で言えば200円にも満たないだろう。

シャオミのチューナーレステレビが安いのは「安価に作った製品を海外から自社販路で持ってくる」からに他ならない。

テレビの価格はディスプレイパネルの調達価格に大きく影響を受ける。中国国内向けに大量調達して販売している製品なら、当然単価は落ちる。チューナーレスであるのは「もともと量産されているものをそのまま売る」ための方策であり、チューナーがないから安いのではない。

65型の「Xiaomi TV A Pro 65" 2025」

テレビは意外と国による好みや要請が異なるものだ。アメリカのテレビと日本のテレビも違うし、ブラジルと日本でも違う。中国も同様だ。

グローバルなテレビメーカーはそこにコストをかけて多数の国で販売しているし、特定の国(例えば日本だけ)を軸にしているメーカーはその国に特化した機能や画質調整を行なう。

詳細な評価をしたわけではないので断言はしないが、シャオミの製品は中国向けに近い作りだろうと思う。Android TVベースなら、日本語化などの作業は容易い。チューナーを入れないなら、そこで日本独自の要素を検証する必要もなくなり、コストとスピードが増す。

ちょっと誤解を与えそうだが、それが悪い、という話ではない。

テレビを買う多くの人は、やはり「テレビ放送」を必要としている。普段はテレビ放送を見ていないとしても、地震や台風などの災害時、情報の入手を「スマホやPCだけ」に頼る人は少数派だろう。よほどの割り切りがなければチューナー搭載製品を選ぶのが実情だし、10年使うテレビを買うなら画質の良いものを……と考える人の方が(少なくとも現状は)まだ多数派だ。

一方でシャオミは、「自社でたくさん売ること前提に価格設定できる商品を選ぶ」というビジネスモデルだ、というだけなのだ。

これはなにもデジタル機器だけの話ではない。サングラスからスーツケースまで色々な製品を扱っているが、それは「シャオミが一括で取り扱って販売する」からできることでもある。

Xiaomi アルミフレームスーツケース

量販店に流せば色々なところで販売しやすくなるが、その分物流コストや管理費は上昇し、価格に跳ね返ってくる。自社店舗・自社ECで売ればそこをシンプル化しやすい。石野純也氏はそれを「無印良品化」と言っているが、言い得て妙だ。

デジタル製品を主軸にブランド認知を高め、直営店とECサイトで消費者に直接モノを届ける。これは日本なら「無印良品」や「ユニクロ」などに近いビジネスモデル。ただその軸足やスタート地点が違う、というだけの話である。

筆者はシャオミのような企業が日本でビジネスを拡大するのを歓迎する。

昨今はAliExpressやSHEIN、Temuなどの「越境EC」が増えている。これらでも安価な製品が手に入るようになっているが、あくまで個人輸入という体をとっているため、責任の所在が曖昧だ。質の悪い製品が入り込み、各国で社会問題化している。

だが、シャオミのようなビジネスモデルなら、責任の所在はシャオミ。だから質にも売り方にもこだわる。価格は越境ECほど下がらないだろうが、それは許容すべき範疇だろう。

シャオミのビジネスモデルは越境EC以前にあったもので、日本には遅れてやってきたと言ってもいい。

為替リスクも大きくなる中で、販路と調達を生かして差別化する戦略は十分にアリだ。

ご存知のように、そもそも、日本国内のブランドも、生産は中国で行なっている場合が多い。だとすれば、シャオミと国内ブランドの差はどこになるのか。

考えるべきはそこ、ということになるだろう。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、AERA、週刊東洋経済、週刊現代、GetNavi、モノマガジンなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。 近著に、「生成AIの核心」 (NHK出版新書)、「メタバース×ビジネス革命」( SBクリエイティブ)、「デジタルトランスフォーメーションで何が起きるのか」(講談社)などがある。
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